【5章・従順】2
〜アトランティス王国、虚無の大森林〜
シルバーファングを蹴り上げ、キングベアーを殴り飛ばすアルスとリザードやガーゴイルを分断するフォトゥンヘルムは毎朝恒例の鍛錬に励んでいた
「人間の所業とは思えんな、その威力」
「ハハ…そっちこそ」
現在アルスは制服を着ている、この後魔法学園での授業を控えているからだ。上着は脱いでいるものの一目で学生と分かるその格好は改めてアルスの年齢の若さを思い知らすものとなっている
「所で、王城の女騎士はどうだった? 剣聖の意見を聞かせて欲しいな」
「まぁ、まだまだ成長する見込みがある…と言ったところだ。教官か、師範か、剣を教えている人間が優秀なんだろう」
「へぇ……剣聖からそんな意見が出るなんてあの二人が聞いたら飛んで喜びそうだ」
木々の間を縫う様に走り、幹を踏み締めて飛び回るアルスはアロンダイトを空中で構えると回転し、リザードの脳天に突き刺す。耳を塞ぎたくなる様な断末魔と共に飛び散る血液はアルスの結界に拒まれ地面に滴り落ちた
「そんな使い方も出来るのか!」
「あぁ、最近気付いたんが常に結界を張る必要があって魔力面で大変なんだ……あまり常用出来ないよ」
「なるほど」
風が吹き、密になっている林冠に少し隙間が生まれて陽が差し込むとアルスは思い出した様に魔物の死骸を跨ぎフォトゥンヘルムの方へと歩いて行く
「時間だ。そろそろセレスとガーネットを迎えに行かなければ」
「おぉそうか、では私は」
「屋敷でいいよな?」
「頼む」
『空間移動』
アルスは頷き、フォトゥンヘルムの肩に手を乗せると無数の死骸を置いてその場を音も無く去った
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朝ながら強い陽の光は昨日永遠と鎧で遮ってたという事もあり新鮮味があり、散財したというちょっとした罪悪感が洗われる様な感覚を感じさせてくれている
「あら、久し振りね。お姉様の無理難題はどうだったの?」
「無事に解決したよ。-----セレスから聞いていないのか?」
「勿論聞いていたわ、直接聞きたかっただけ」
二人と合流し、教室へと向かう一行は道中クラスメイト数名と合流し他愛もない日常的な話を交わしながら”学生”というものを再認識していた
(これだよな……忘れかけていたこの感覚、時々自分が何者なのか分からなくなる……)
時は進み昼食の時間、無事魔法学や歴史学、生物学やら何まで卒なくこなした後の休憩時間であり学校生活でクラスという壁が失くなる数少ない時間である。二つの院が合併した事もあり貴族並びに平民の視線がガーネット達に集まるのは至極当然の事
「実は私この時間が一番憂鬱なのよ」
「私も」
「俺もだ」
「俺も」
今日はクラス全員で食事を摂っており、珍しくカルセインも会話の輪に入っていた。これは昨日の名残でアルスとセレスティーナが居なかった日はどうやらクラス全員で一緒に居たらしい
「私が気になるのは良いのだけど……私だって普通の女性よ? 毎日毎日何か変化ある訳じゃないわ」
「まぁ、お姫様だから………」
「ん? どうした?」
丁度食事を終えたストレイフがアルスに近付き、アルスの後方に向かって何か意味ありげな目配せをしてくる。頭に疑問符を浮かべたアルスだったが、興味が湧き、素直に振り向いてその方向を見る
視界に映るのは歩く魔法学園の生徒ばかりなのだが、三名その場で仁王立ちしてアルスの方をじっと見つめる人間が居た
「ストレイフ、確かに気になる人達だが関わらないのが一番だ」
「そうかもしれないが、彼奴ら新しい生徒会の奴等だぞ」
「どうでもいいよ。前の生徒会には義兄さんが居て、珍しい魔法銃使いの会長が居たから少し関わりが生まれただけだ」
アルスは再び前を向くとストレイフに視線をずらす様に指示し、コップに入った水を一気に飲み干す。無駄な推測や無意味な思考を洗い流したつもりだったが同時に『空間知覚』で一人の厄介な人間を知覚し、思わず目を伏せてしまった
「はぁ……平穏とはかけ離れてるな」
踵を強く地面とぶつけ音を立てながら進む一人の女性は胸を張り、ある人物目掛けて一直線に進んでいる
往来する生徒達もその行先を妨げる事無く道を譲り、何が起こるのかと息を飲んでその動向を目で追っていた
「どうしたんだ? アイゼンドルフの天才さん。忠告しておくが王女殿下の前だ、あまり無闇に近付くと容赦無く斬り伏せる」
「分かっています。王女殿下に用があって来たんじゃない、貴方に用があるのよ。アルス=シス=エルロランテ」
一年首席が二年首席に”宣戦布告”か、と誰しも思ったその時、Sクラスに在籍している数名が目の前に立つ女性マリー=トロワ=アイゼンドルフの台詞に違和感を覚え目を細めていた
ストレイフやグレイス、セーレにセレスティーナは何かそれに思う事があるのだろう表情を浮かべてはいるものの黙ったまま
しかし、オロバスは違った。席を立ち咳払いをした後神妙な面持ちで口を開いたのだ
「同じ子爵家、いや父上同士が親しいという好みから一つ言わせてもらう。アルスは”シス”だが実際には侯爵家の人間だ。此処が学園という事もあり、身分を越えての言動や行動は容認されつつあるのは事実。しかし今君が口にした言葉は解釈次第で誤解を招き冗談で済まないものとなる恐れがある」
「オロバス、ありがとう。でも良いんだ、アイゼンドルフだってそんな事理解している筈。それより俺が気になるのは”何故そんな事をするのか”」
終盤にかけて語気が強まっていく口調で話すアルスはマリーの瞳が一瞬揺らいだのを見逃さなかった
「ボロが出るのを狙っていたか? それともまた王族の護衛に就く俺の信用を傾けようと? 少し礼儀を欠かれた程度で激昂したりしないぞ……ストレイフじゃあるまいし……」
ゴンッ
硬く鍛えられた男の拳がアルスの頭上に振り下ろされ、骨同士が衝突したかの様な硬い音が周囲に響き渡った
「ハハ…済まない。心にも無い事をつい……」
ゴンッ
「イタタ……まぁ聞きたいのは君の望みだ。何がしたいんだ? 何故俺に拘る?」
アルスの作り笑いだろう表情が分かるのはSクラスの面々だけ
マリーはそのヘラヘラとした表情を見て嫌気が差したのか少し顔を歪めると少し震えた口を開いた
「珍しい魔法を三つも会得し、鑑定をも持つ貴方はこの”魔法学園”で特異で皆の憧れ……」
「褒めているのか…?」
「違うわ、その特異さと持つ才能が大き過ぎるが故に他の生徒達は”埋もれるのよ”」
「嫉妬か」
「えぇ、嫉妬よ。だから私は貴方の名声を利用する」
「なるほど、どんな形でも俺との関わりが有れば”目立てる”という訳か」
「そうよ」
狡猾だが、アルスという存在はそれ程に大きく”首席”と言えどもマリー=トロワ=アイゼンドルフの認知度は未だに低いのだ
アルス達がそうである様に基本他学年との交流は少なく、こういった授業外で関わる他無い
「馬鹿げてるな」
「な、何ですって…!?」
「第一に君は弱過ぎる。俺達は来年に戦争を控えているし、最近の授業では本格的な戦闘訓練も行っているんだ、決闘するにしても勝敗は目に見えている。それに学園内外で目立ちたい? 後輩を気にかけられる程俺達は暇じゃない」
そう笑顔で告げられた言葉に唖然とし、固まるマリーを置いてSクラス全員その場を去った
一見雑に扱われ、その場に取り残されて見えて笑ってしまう様な場面も王族の護衛、言うなれば戦争の中心に居る人物の口から”戦争”という単語が出て来て笑う事が出来なかった




