【5章・狂剣乱舞】8
乱舞は?と思う方居るでしょう。次の話です
誤字脱字報告等お待ちしております
翌日、時空間魔法で移動させたエクリプスに跨ったアルスと帝国の白馬に跨ったセレスティーナ、ヴァイオレットの二人はエスターライヒという偽名で購入していた屋敷を出立し、数時間かけて目的地への目印である帝国の砦に到着していた
「ねぇセレス、玉座の間に乱入した俺達が正面から入ってまともな歓迎を受けると思う?」
「無理ね。でも帝都から離れているし情報が行き届いていない可能性も」
「御二人共…穏便に行きましょう? 国同士の関係悪化に繋がります。それに……」
「偽名とは言えエスターライヒ、そしてエルロランテ家との繋がりも疑われるな。”でしゃばり過ぎると死に至る”と二十代目当主は言っていたし、それを二十一代目は”人間は何時か死ぬ。先の心配など要らない”と否定していた。俺は何方も理解出来るからそこに関して特に否定とかはしないけど…………人生の選択一つ一つが記憶という深い形で受け継がれていくのならば、行く行くは”英雄”だとか”人類の救世主”だとか未来のエルロランテ家に誇ってもらえる様な人間でありたいよね」
「結局どうするの?」
「静かに横を抜けよう。”でしゃばり過ぎない”様にする♪」
三人は奇妙な草木が生い茂る一帯へと進行方向を変えて馬を歩かせる。何度訪れても心昂り、感覚が研ぎ澄まされる場所で鬱陶しい要素を挙げるとするならば触れるだけで鳥肌がたつ奇妙な葉とどんよりとした雰囲気だろう
「何度か誰かが通った跡があるわね」
「フォトゥンヘルムが通った跡か、帝国の者が通った跡か……今のところ周囲に人影及び魔物の気配は感じられないが…決して警戒を怠るなよ、気配や魔力を遮断出来る魔物も居るからな」
アルスは二人に対して言うが同時に自分自身への暗示であり、言葉に出す事によって『空間知覚』の質を高めているのであった
三人が進む道は多少踏み固められているものの、まだまだ柔らかく、蹄が深く沈み込み多少進行速度が遅くなってしまう箇所もあった
「これは湿気じゃない……」
「この泥濘の事? 森によくある泥濘じゃないのだとしたら何なの?」
「血だよ。動物や魔物、人間のものまで染み込んでいるのかもしれないな」
「そんな……」
苦い表情を浮かべるセレスティーナだが当然の如く此処が危険な場所である事など、とうの昔に知っているし世界の常識だ
生命の誕生から死滅まで、数え切れない程の種族がその業を繰り返すこの地は人間が忌み嫌い、開拓を避ける数少ない領域
アトランティスが行った遺跡の調査も大規模で有益な情報を幾つも得たと言えるだろう
しかしそれはあくまでも遺跡の調査で”大森林”の調査では無い。未開の地というレッテルは剥がされていない
「本当に見た事の無い植物ばかりね、魔法学園の大書庫にある資料でも記載されていない不気味なものも幾つか…」
「セレスティーナ様、どうかお手を触れない様にお願いします。毒が付着している可能性があります」
触れかけていた自分の手を止めて引っ込めるセレスティーナは頷き、再び手綱を強く握る
(植物性の毒か……面白い。だが解毒薬も作る必要があるな……)
アルスは不意に思いついた新兵器の開発に思考を練る。毒薬の開発には本来生物や植物の持つ有害物質を別の生物に打ち込み、抗体を抽出して毒薬と解毒薬を同時に作り出す
抗体を作るのに複数の馬やラット、羊に魔獣、様々な生物に打ち込み試行錯誤を重ねてきたエルロランテ家だが実験を始めて数十年、【治癒魔法】を利用した人体での抗体産生に成功した
ウルグの代でも二種、強力な神経毒に対する抗体が産出されている
魔物の毒から蛇、河豚、蠍、更にはボツリヌス菌毒まで”耐える程度”の耐性を有しているアルスにとって新たな耐性を得る事自体は魅力的に思えるのだが、どうしてもその際の”工程”が気に入らないのだ
「まさかアルス様、抗体を作ろうとしているんですか? 確か……一週間は苦しむんですよね?」
「こ、抗体? ヴァイオレット…一体何を…」
「アルス様の御先祖に当たる方々は出血毒も神経毒も直接体内に打ち込む事で抗体を作り出す事が出来たんです」
「有り得ない……」
「えぇ、信じられないでしょう? これも”頑丈な身体”と細胞が破壊されたと同時に再生させる多重の治癒魔法が叶えた奇跡らしいですよ-----ねぇ、アルス様?」
「あぁ、十六名から二十名の治癒魔法士を二名毎に延々と抗体が産出されるまで回すんだ。今ヴァイオレットは一週間と言ったが、それはあくまでも父上の場合で、記憶を掘り出してみれば数週間苦しんだというのもざらにあるんだぞ」
「そんな危険な事をやると言うの!?」
「予定は無い。だが…正直迷っている。父上やお爺様の代ではここまでエルロランテ家が目立つ事は無かった。しかしそれも今は違う…俺がエルロランテ家を目立たせてしまった。日々不安要素は増えるばかりで食事一つ一つにも警戒しなければならなくなってしまったのは……今更だが若干後悔している」
そうは言っているものの、三人の馬は速度を緩める事無く颯爽と森を駆けている
「私達も巻き込んでいる、と思うのなら本当に今更だし特に思う事無いわ。何となくだけど楽しいのよ、アルス達と過ごすこの”少し変わった”生活が」
「ありがとう。セレスにはこれからも感謝し続ける事になりそうだな…」
「まぁ、私が”井の中の蛙”……この大陸の常識をあまり知らない女性である事にも感謝しておいて欲しいわ。ガーネットだったら卒倒するでしょうし…」
そろそろだ、とアルスは手を上げてセレスティーナとヴァイオレットに合図を出す。陽の光が徐々に強まってきた事から林冠辺りが薄くなってきており、それらと比例して木の本数が少なくなってきている事が分かる
しかし一向に開けた場所に出ないこの奇妙な状況にヴァイオレットが何か気付いたのか口を開いた
「アルス様っ!!」
「分かっている!今破壊する」
驟と同等レベルの認識阻害効果のある結界魔法が張り巡らされているのだ。出し惜しみ出来ないアルスはこの広範囲の結界を薙ぎ払う為に鞘からアロンダイトを抜き放ち、耳飾りから魔力を引き出して纏わせる
「《無窮の閃耀、夢幻の虚空に沈め》『次元斬』」
ガキンッ
(この硝子が割れる様な音……やはり結界か)
三人が見上げた上空には”何故か”ヒビが入っており、そのヒビが急速に進んだ後、空間が”崩壊”した
「だ、大丈夫なのよね?」
「あぁ。これでやっと会えるぞ」
どんと構えた一つの豪華な屋敷より、少し開けた場所にぽつんと佇む男が先ず目に入り三人はその男に向かって速度を落としながら近付いていく




