【5章・狂剣乱舞】5
〜王城、とある部屋〜
「という訳で帝国に行くよ」
「そうなのね、気を付け……え、私も?」
勿論と言わんばかりの笑顔で頷き、手を差し伸べるアルス
顔は戸惑っているが、差し伸べられた手を握る行動には躊躇が無く、謎の信頼がそこには働いていた
「先ずは寮と家に帰っていいかな? 必要な物が少しあってさ」
「分かったわ」
ストロヴァルス帝国に居る要人というのは帝国内で圧倒的な権力を握り、”取引相手”とするならばこれとない人物
いくら”仲が良い”と言えども相手が相手。アルスをエルロランテの人間として、もっと言うならばザ・バランス・オブ・ジ・アポカリプスの人間と確実に証明出来る物が必要になる
「アルス、セレスを頼んだぞ」
文字面にそぐわない表情でアルスに頼む公爵
「はっ、文字通り指一本触れさせません」
滅龍騎士団のザナトスやミストレイ、その他多くの団員が寛ぐこの部屋だが、もうこの場にアルスの発言に対して過度なリアクションをとる人間は居ない
では、と一言告げるとアルスはセレスと共に時空間魔法で消えた
「何故だろうな、アルス程あの言葉が似合う人間は居ない様に思える」
「突然何ですかフェビオ様……団長だって本気出せばそれくらい出来ますよね?」
「そうだな、私の場合気持ちの良い終わり方にはならないだろうが……抹殺や駆逐は我々の専門分野だ」
護衛対象の目の前で臓物を撒き散らしたり、返り血で服を汚したりと、護衛対象の”気持ち”を考えない護衛ならば可能だと言うザナトス
龍種の討伐を主な生業とする滅龍騎士団だが、当然人間の殺し方や獣人の殺し方も熟知している
「お前達はそれでいい、少し位守り方は違えても目の前に居る大切な人を守れたら十分だ」
「フェビオ様……今日は何処か感傷的というか…」
「ハハハ……疲れているのかもしれんな、これらも全て闇ギルドの奴等のせいだろうか……」
というのも、公爵が懇意にしていた貴族家二つが消滅し、両家の長男二人が誘拐されていたのだ
家人から当主やその親類が全て殺されている事に気付いたのがつい数時間前、同時に挙がった脱税の証拠に違法奴隷の売買記録は全幅の信頼を置いていた公爵の心を深く抉った
「跡継ぎだけ攫って………何をするつもりなのでしょう……?」
「分からん、だが一つ憶測を述べるとするならば両家ともこの城の建設に携わっている一族の末裔…定期的な補強作業は彼奴等の家の担当だ」
「では、見取図を入手してこの城を本格的に乗っ取ろうと?」
「いや、建築図面を見てこの城の構造を理解しようとするのは不可能に近い筈だ。いくつか存在した地下通路は潰され、多くの部屋は改装しているからな」
それに闇ギルド程の組織であれば、わざわざ家を二つ消滅させなくとも見取図程度簡単に入手出来るだろう
「”建設初期の図面”……」
「あぁ」
ミストレイの呟きに頷き、肯定する公爵は大きい椅子に座り腕を組む
「初期の図面に存在していた隠し部屋などを探しているのか、はたまた城を建てようとしているのか……」
「おいおい……ミストレイ、城なんて何処に建てるって言うんだ?」
ミストレイの考察に反応したザナトスは笑いながら問う
よく考えると比較的平地が多いこの国で城という巨大な建造物が建てられた場合とても目立ってしまう。闇ギルドが自ら目立つ様な真似をするとは思えず、ますます何を考えているのか分からなくなる
「この際王城の見取図なんて物はどうでもいい、一刻も早く両家の子息を救出しなければならないのだ!」
真剣な面持ちで告げる公爵の気持ちが伝わったのか部屋中の雰囲気が一気に硬いものとなり、気にもならない様な少しの雑音も掻き消える
「「「はっ!」」」
「犯罪組織と手を組む貴族でもこの国には必要だ。しかし、最近看過出来ない組織を見つけた。これはただ資料に目を通しただけで無く、拠点もいくつか割り出した後君達に話している------”ビルイルの傭兵団”セレス達を襲った愚かな組織だ」
「一つ質問を」
「何だ、ザナトス」
「その傭兵団はアルス=シス=エルロランテが壊滅させた筈では?」
「そうだ、傭兵団は既に壊滅しており組織的な脅威は去ったと言えるだろう。しかし私の睨む所はそこでは無い。傭兵団を率いる男ビルイル、今回の誘拐について何かしらの情報は持っているとみた」
全員がその名前に首を傾げる。”ビルイルの傭兵団”と名前が付いていればその首領は当然ビルイルという者だろう
だが、過去の罪人でも、指名手配されている訳でも無く一度も聞いたことの無い名前で、それを公爵が警戒しているというのだ。疑問に思うのも無理はない
「聞いた事の無い名前です」
「私も調べるまでは特に気にしていなかった。ただの無名犯罪者だと、そう思っていたんだが…どうやら違う様でな…」
一同唾を飲み込み、その次の台詞に耳を傾ける
「恐らく魔人だ」
一瞬凍りついたかの様に思われた空間はただの”間”でザナトスはなるほど、と呟き軽く頷くのみ
伝説の存在とされる魔人だがその存在が確認されたところであまり驚かず、狼狽える事も無かった
「因みに包帯を身体中に巻き付けており、その隙間から見えた地肌は激しく爛れていたとの報告だ」
「身体が上手く魔石と適応しなかったのだろう。全く愚かな事だ…一時的な背伸びで身を滅ぼすとは」
「団長、侮らないで下さいよ。まだ敵がどの様な戦力を有しているか分かりませんから」
「ミストレイの言う通りだが、恐らく敵は単騎。知っている情報を絞り出した後、早急に処分せよ」
「「「はっ!」」」
空は暗い。当然今は夜で人々が就寝の準備をする時間帯だからだ
その静寂の中で王城の門が開き、家の中に居ても聴こえてくる程大きい蹄の音がしんとした王都を駆けていく
滅龍騎士団による大規模な魔人討伐が始まった




