【5章・狂剣乱舞】4
遅れてしまい申し訳ありません!
公爵は部屋に入ると少し深呼吸して、ガーネットとカルセインを視界に捉えて切り出す
「殿下、アルスを少し借りても?」
「だ……」
「あぁ、いいぞ。だがアルスに何を話すのか、何をするのか、此処で話してくれ」
反対しようと口を開いたガーネットを何か気付いた様子のカルセインが少し食い気味に遮った
「私用ですし、お話する程面白くない話ですが必要でしょうか?」
「俺はカルセイン=ヴァン=アトランティス。必要か否かを決めるのはこの俺だ」
「ハッハッハ……これは失礼した。帝国に行くアルスに警告をしようと思いましてね」
警告とは何だろうか。最近国内で 魔人の出没が確認されたが、時期的に考えて国外の話だろう
「それはどのような?」
「先日、帝国に共和国で指名手配されている人間が偽名を使って入国したとの報告を受けました。その知らせをアルスに直接伝えたく」
「なるほど、名だけ聞いておこう」
「エリザベータ=マキシモフ。”首狩り”です」
”首狩り”エリザベータ=マキシモフは数年前に顔が特定され、主に活動しているオニキス共和国にて指名手配されている女性だ
アトランティスでは出没が確認されておらず、被害は出ていないものの噂などは度々耳にし、その都度恐ろしい女性だと感心するものだ
「そうか、アルスでも注意が必要な相手だな。それで……本題は? 別にあるのだろう?」
「流石に誤魔化せなかったですか……先程述べた事は一応事実なのですがね……」
事実か、とガーネットとアルスは溜息混じりに呟く
「この時間に、あの焦り様…大方予想が着く。セレスだろう?」
「えぇ、セレス一人ならば問題にならないでしょう?」
「----ちょっと待って、公爵家の長女よ?」
「あぁ、だが帝国はセレスの姿形を何一つ知らない」
当然”公爵家”という看板はアルスの公言した事に反する要因となるだろう、しかしセレスティーナは患っていた謎の病のせいで長年寝込んでいた為、顔と名前を一致させて覚えている人間などとても少ない
アトランティス王国でさえこの認知度。ましてやストロヴァルス帝国が認知しているとは思えない
「カルセイン、正気なの? もしセレスに何かあれば……!」
「無いだろう? それはお前自身よく分かっている筈だ。アルスは強い……誰よりも」
カルセインの口から出たとは思えない程の高評価に目を見張る
「カルセインは認めるのね? セレスの同行を」
「あぁ、姉上も認めるだろう」
▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢
〜王城、庭園〜
「認める訳ないじゃない……!! アルス=シス=エルロランテとセレスティーナ=ディズヌフ=アーバンドレイクを呼んで! 今直ぐ!!」
完全に日の落ちた庭園で灯る小さな灯りの下でメイド達に怒鳴るのはミネルヴァ。小さなテーブルの上には紅茶の入ったカップと軍議での決定事項をまとめた資料が積み重ねられている
二人を呼び戻す様に言われたメイド達は顔を見合せ、その内の一人が言いにくそうに告げる
「お二人とも既に出発されました………」
「出発!? やられたっ……時空間魔法か……」
ミネルヴァは勢いよく立ち上がり、歩き出す。いくら平然を装うとも目の動きで怒っているのは明らかでミネルヴァの読み終えた資料を抱えるメイド達の居心地は最悪だろう
軍議を終え、談笑している烏合の衆を掻き分ける様に突き進んで行き、奥に座す赤毛の青年の前に腕を組んで立ち塞がった
周囲の人間はミネルヴァのその表情で怒っているという事は理解出来ていたが、世の中のミネルヴァに対する認識は”温厚で優しい、静かな”王女というもので目の前の光景を信じる事が出来ず唖然とするのみだった
「カルセイン……随分と余計な事をしてくれたわね」
「アルスとてまだ学生です。これくらいのハンデは許容範囲内では? もし認可出来ないとあれば陛下に進言して正式な手続きを踏んで帝国に引渡しを申し出ますが?」
まさにミネルヴァ本人の心の余裕や寛大さを確かめる様な発言にカルセインに対しての怒りが増すミネルヴァだが、唇を小さく噛んで耐え凌ぐ
「はぁ……いいわよ。甘んじて受け入れるわ」
「感謝します。ところで姉上は軍議の資料に目を通されましたか?」
「えぇ、全て見たわ」
ある程度作戦やそれを成す為の資金、物資の運搬手段などが決定した今回の軍議だが、カルセインの前にも山の様に積み重ねられているのを見ると分かる様に覚えなければならない項目がとても多かった
「極端に貴族派の人間が少ない件について、何か知っている事があれば教えて欲しいのですが?」
「今回の戦争は勝敗が読めないものよ、参加せずして利益を得ながらあわよくば空いた席に座りたいのでしょうね。でもエードリッヒ侯爵家などは騎士達の武具を多く調達して下さっているわ」
「はい、今年募集した新たな騎士の大半が侯爵の息のかかった人間だとも」
ミネルヴァは頷く
「まぁ、カルセインは派閥の貴族を煽っておいて頂戴。砦の設備が不十分だとの声が挙がっていたわ」
「は、はぁ...…了解しました。しかし、変わられましたね……姉上は」
「そう? 自分では分からないわ」
そう微笑みながらカルセインに背を向け歩き去る姉の姿からは何時の間にか恐ろしいものを感じる様になっていた
そもそも実の姉にそういう感情を抱く事がおかしいと、自分自身も理解はしている
”内なる何か”か、また違った外的要因が確実にミネルヴァを変えてしまったと、カルセインは探りを入れようと決意したのだった




