【4章・備えあれば憂いなし】6
アルスは『空間移動』で自分の部屋に戻り、セレスティーナを自分のベットに寝かせた後、マリアとシルフィードと共に最初グロウノス達が集まっていたソファに三人で腰掛けていた
「私、四大精霊なんて初めて見たわ。風のシルフィード………私なんかがお話出来るなんて畏れ多いわ」
『君達の一族も中々凄いんだけどね、本当に……僕の居なかった時代に色々な事が起き過ぎなんだよ……もう………』
マリアとシルフィードが会話をしている中、ただ一人、ヴァイオレットから出された紅茶に手も付けず、組んだ両手を額に付けて前のめりに俯く男が居た
二人の話を聞いている様な、聞いていない様な、目を閉じ、微動だにせず座るその様子はまるで石像だ
「アルス、貴方のせいじゃないわ。貴方こそ、自分の境遇に何一つ動揺が無いなんてどういう事よ!」
「俺は二日ただ寝ていた訳じゃない。少なくても二十年、下手したら三十年、俺はエルロランテの歴史を見てきたんだ」
アルスは両手を解き、背中をソファに沈めながら言う。二十年、三十年。その言葉にシルフィードさえ笑い驚き、マリアは何か申し訳なさそうな目でアルスを見つめる
「ザ・バランス・オブ・ジ・アポカリプス。この組織の存在価値は計り知れない。正義の存在が居るから悪の存在が居る、反対も然り。お爺様は英断を為された、動揺なんてしないよ」
『英断……ね、確かにそうだね。実際この国のバランスは保たれている、でもここ数年でその均衡が傾きつつあるのも事実だ』
アルスは頷く
『君が国王に怒られた理由、根本的な原因は僕にある訳だが、あの時僕が手を出していなければもっと酷い事態になっていた……あの傭兵達、ただの傭兵じゃないからね』
「彼奴らに国を傾ける程の力が? でも俺は彼奴らを片っ端から殺した筈だ」
シルフィードは首を横に振る。マリアはシルフィードの突然のカミングアウトに驚き、被害者であるものの無反応なアルスとシルフィードを交互に見合わせる
『僕が警戒しているのは彼奴らの親分なんだけど、彼処には居なかったし、アルスの制圧した中で一人だけ生き残ってる奴……厄介だよ』
「ほぅ………ありがとうございます。姉さんも野盗とか傭兵には気を付けてね」
「それは大丈夫なんだけど……アルスとシルフィード様の会話が何だか不安だわ……」
辺境伯家に嫁いだマリアだが、その貴族令嬢が野盗や傭兵を眼中に無い存在と見てる辺り、アルスにとって微笑ましいもので笑みが溢れてしまうのをヴァイオレットのいれた紅茶のカップで隠す
それから少し和んだ空気感の中、マリアから辺境での生活を聞いていた二人はあまり関わりの無い獣人の話に夢中だった
「でもアルスは獣人と殺り合ったのよね? えーっと記憶で」
「うん、誰かの記憶でね。銀色の牙狼族…身体能力が高かったっていうのが印象でとても強かったなぁ………姉さんは殺り合った事あるの?」
沈黙する二人、アルスは急に押し黙る二人を見てアルスは首を傾げる。そして助けを求めようと後ろに振り返り、見ると少し後ろで控えていたヴァイオレットもアルスを一直線に見つめたまま固まっていた
「アルス様………まだ脳が完全に機能していない様ですね………まさかお忘れですか? アルス様はこの分野で数々の書物を読み漁り、学園のテストでも満点を取っていたじゃないですかっ!!」
『ハハハ、それは大変だね。まぁ1200年もの記憶を注ぎ込まれたんだ、銀色の毛並みを持つ牙狼族が王族だなんて忘れるよね♪』
銀色の毛並みは現在、ドゥルーズ獣王国で王の座に着く牙狼族族長の血筋特有の毛並みなのだ
アルスの記憶が何年前なのか定かでは無いが、ここ何百年は牙狼族が族長の座に着いており、アルスの戦った銀色の牙狼族は実は王族である可能性がある
「忘れていたよ………なんて事だ、皆絶対に喋んないでくれよ?」
「えぇ、弟の武勇伝を語れないのは残念だけど仕方が無いわね」
「私は勿論喋りませんよ!!」
『喋りたいな………うん、喋りたい………』
アルスの手刀がシルフィードの脳天に突き刺さる
精霊の中でも高位の四大精霊相手に手刀をかますアルスの根性とそれに怒りもしないシルフィードの寛大な心にマリアとヴァイオレットは唖然とする
「姉さん続けて?」
「え、えぇ……最近少数で行動する野盗まがいの獣人が多いのよ。時々、国境付近にも出るから気が抜けないのよね…」
獣人は基本的に部族毎に行動する事が多い、全部で六部族あるが数が少なく、あまり話題の上がらない部族も中にはいると言う
現在、王族も居る牙狼族が最も権力のある部族な訳だが、これは決して”実力”と直結する様なものでは無い
しかし牙狼族に勢いがあるのは事実で、国境警備において牙狼族の発見は警備を務める辺境伯家の騎士達にとっては身の毛がよだつ報告となる
「ゼロ義兄さんはどう? 仲良くやってる?」
「あぁ、ゼロさんはウチの副団長として団長の補佐をしているわよ」
(え……また、副だ………)
アルスだけで無く、セレスティーナと共に学園生活を送ってきたシルフィードも同様の事を考えていただろう
「ゼロ義兄さんは属性魔法スキルを持っていないからな………獣人相手に身体能力だけで勝つのは厳しいね」
『ゼロ=サンク=エーデガルドは………弱くは無い。でも属性魔法スキルが無いってのは大き過ぎるハンデだよ』
辛辣だが、現実を考えると行き着いてしまう”属性魔法スキル”の有無
最近では国を主体に違法奴隷を解放する動きがあり、度々獣人奴隷が主人に反抗するという事件が出ている
この際用いられるのは勿論、地水火風の属性魔法で多くの場合が殺処分になるのだが、逆を言えば一度反抗してしまった気が立って自制の効かない獣人を抑える事は身体強化魔法や武術では少し無理があるのだ
「四大精霊に言われちゃ……何も言えないね」
「俺で良ければ何時でも力を貸すよ」
「とことんこき使わせてもらうわ、姉の特権ね♪」
微笑みながら言われても困るのだが、身内の窮地に駆けつける”能力”をアルスは実際に持っている
もし自分が駆けつけたら救えた命。こういった後悔を生みたくない
頷くアルスは次の瞬間にはそのソファには居なかった。三人の髪がなびく程の風が吹き、消えたアルスはセレスティーナが寝ているベッドの傍へ、一瞬で移動していたのだ
シルフィードを始め、マリアもヴァイオレットもそのアルスの動きに反応する事が出来なかった
『あれ、視力落ちたのかな……まだまだ完全回復までは時間が掛かるようだね』
「え!? 」
「なっ!?」
アルスはベッド端に腰掛けて、薄く目を開けたセレスティーナの手を握っている。何時気づいたのだろうか、セレスティーナは一言も発していない筈で、寧ろ物音さえしなかったのではないかと三人は思う
「私、寝てたの……?」
「あぁ、二時間くらいだけどね」
「”あれ”は夢じゃないんだよね……? これからもアルスを信じていいのよね?」
「勿論」
アルスの背中をよじ登り、シルフィードが肩からセレスティーナを覗く
子供の様な行動だが、子供が決して持ち得ない威厳をその”子供”は持っている。精霊だと分からなくても”ただの子供”とは誰も思わないだろう
マリアもアルスの横から登場し、大丈夫?と声を掛ける
ベッドから起き上がったセレスティーナは自分が気絶して、アルスのベッドで寝ていた事が恥ずかしくなったのか赤面しながら部屋の中を歩き回る
『落ち着きなよ〜』
「お、落ち着いていますよ。多分……ちょっと運動し、したいなぁー……」
「じゃあ、少し手合わせしようよ」
セレスティーナの苦し紛れの台詞もアルスは真正面から受け取り、破砕していく
アルスもセレスティーナの台詞が本気で言っているものでは無いと分かっていたが、実際に手合わせしたいという気持ちがあった、からかいの意思がそこにあった事は否めないものの、自分の成長を確かめる良い機会だと思ったのだ
「え、えぇぇえ……??」
『良いね! 僕もセレス側で加わっていいかい?』
「はい。全力でやりましょう」
意気揚々と腕を振りながらアルスの部屋の扉へ向かうシルフィード。ヴァイオレットに開けられた扉から外に出て行ったものの、数秒で戻って来たのか、首だけ部屋を覗き込む様に出して口を開く
『勿論、魔法ありだよね?』
「えぇ、勿論。--------ヴァイオレット、少し来てくれ」
元気に頷き、首を引っ込め去るシルフィード
アルスは思い出した様に扉付近で控えていたヴァイオレットを呼んで、一枚の紙を渡して何か話している
ヴァイオレットはアルスの話に頷きながらも、何やら提案しているのか考える素振りを度々見せていた
アルスも度々顎に手を添えて熟考している様で悩ましい問題なのだろうか、気になるが、マリアには思い付きもしなかった




