【4章・備えあれば憂いなし】2
「お前はエルロランテ家の全てを知るに相応しい、永遠の飢え、強さへの渇望のままに生きてきた我等一族の秘密………知りたいか?」
緊迫した雰囲気の中、開け放たれた玄関から吹き込む風だけが関係無いと言わんばかりに大きく音を立てて、そしてその風はアルスの背中を押す様に背中一面に吹き付けた
「はい」
「良いだろう。ヴィオラ、ユリス、ヴァイオレットも良く聞いておけ、これはお前らにも話していない事だ。よし………先ずは我等エルロランテ家の誕生から軽く話そう。初代エルロランテ家当主ルクス=エルロランテは類稀なる剣の才能と己を高めまいとするその意思を認められ、当時栄えていた国の国王の護衛官の一人に選ばれた」
当時栄えていた、その言葉に違和感のあったアルスだが口を挟まず、更に耳を傾ける
「そして、格別な強さを誇っていた初代様は他の護衛官三人と括られ、ある異名で呼ばれるようになった。それが四騎士、それぞれが白、赤、黒、青の鎧に身を包んでいた事から付けられた名だ」
思わず横にあった黒い鎧に目を向けてしまう、アルス。まさかという感情が表に出ていたのかウルグは笑って頷き、そうだ、と告げる
「ルクス=エルロランテは黒騎士、永遠の飢えを覚え、常に力を求めた男は飢餓を司る四騎士の一人として誕生した」
「飢え……ですか?」
「あぁ、飢えだ。アルスも感じた事は無いか? もっと力が欲しいともっと自分を満たす快楽が欲しいと」
自覚の無さに首を横に振るアルス
「そうか、”まだ”なのかもしれんが……自覚が無いだけという事も有り得る」
唾を飲み込み、呼吸を忘れる。嘘をついた訳では無いが自分がもし自覚も無しに力を欲していたとすると想像するだけで恐怖で固まってしまったのだ
「それから代を継ぐ事にこの世界に異変が起き始めた……いや、起きていたの方が正しいな。エスト神聖王国の”死なない人間”が大陸中を荒らし回っていたんだ」
ここでアルスはあの神ハデスの言っていた無くなったり分裂したりした国の中にウルグの言っている国がある事を理解する
「簡潔に言うと……勝てなかったんだ奴等に。何代も命を落とした。命を落とす毎に、そして代を重ねる毎に剣術を改良し立ち向かったがそれでも勝てなかった」
「それが……」
「あぁ、俺が最初に言った旧王国流剣術……正式名称アヴァロン式攻性鏖殺剣術だ。先祖が創り上げた最凶の剣術だよ」
やっと明かされた旧王国の名とその狂気的な名前の剣術。まさかの創始者という事にはあまり驚かなかった、前々からその様な気はしたのだ
「アヴァロン……そんな国初めて聞きました……」
「あぁ、悉くエストの奴らに資料が消され、血を継ぐ者が殺されたからな……アイツらは人々の記憶から物理的に滅びた国の情報を消し去っていく」
「では……何故エルロランテ家は続いているので?」
「明確な理由は分からないが一つ考えられる事としてはエルロランテ家がアヴァロン王国で新興貴族だったという事、最高位の護衛を務めた名家になったとは言え、当時名を知る者は少なかった。それは勿論エストも同じだった筈だ。勿論それに伴ってエルロランテ家の資料も少なかったのだろう………アイツらの”神の手”が届かない理由は何年経ってもハッキリしないものだ……」
「神の手……知っていたんですね」
「あれ程、神聖王国と名乗っているんだ。それに魔族では無い事は初代や先代の当主が既に確かめている」
魔族でない事を確かめる? またしても意味の分からない言葉に困惑するアルスは恐る恐るその方法を質問した
「体を裂いて魔石が無いか確認するんだ。ミスリルが大量に必要だが明確な判断を下すのには止むを得ない消費だ」
体を裂いても死ぬ事は無い、存在。自分以外にその存在と戦っている者が居るという事に不思議な気持ちを抱く
「絶対に勝てない存在を前にして王と限られた民、そしてエルロランテ家以外の三家は遂にアヴァロンを捨て、そしてこの大陸をも捨てた」
「何故エルロランテ家は此処に残ったのですかっ!? 共に行く事も出来たのでは!?」
「だから言っただろう? 我等一族は常に力を求めていたんだ。狂気の剣術を武器に何度も何度も神に挑み、その度に敗れた。神をも殺す強さへの渇望が一族の飢えを刺激し、永くこの地に縛り付けてしまった。そして大陸を見守る傍観者へと……」
傍観者、数年前の風景が思い浮かぶ。ウルグの口から突然発せられた傍観者という言葉を今知る事が出来た
今だからこそ分かるその意味、絶対的な存在を前に傍観する事しか出来なかった自分達を咎める様な、そんな言葉
「不可能だ……神器も無しにどうやって神を殺すというのですか……」
視線を落とし、床を見つめ奥歯を噛み締めるアルスにウルグの笑みは見えない
「埋めるんだよ」
「埋めるって……そんな…………え?」
「出来るだけ深く……光も音も届かない地下深くまで体を複数に分割し、燃やしながら埋めて二度と地上に戻って来れない様にする。切断面は再生が早いから素早い作業と効率が重要だ」
疑問に思ったのはそこでは無い。急に襲って来た悪寒で手足が震えるが力ずくで抑え込んで必死に思考を廻らすアルス
さっきまでエルロランテ家の歴史の話を目を見張って聞いていたヴィオラやユリス、ヴァイオレットは打って変わってこの話では驚かない雰囲気を醸し出していて真顔でアルスの方を見つめている
ユリアーナもセバスもクルエナでさえ、現実を受け止めろと言っているのだろうかひたすら真顔でアルスを見つめてくる
その圧に押し潰されそうになるのを必死に堪え、声を絞り出す
「俺はっ…………アイツらを殺した事だってあります!!」
「知っている」
「目の前で拷問すると言い………自殺に追い込んだんです……っ!」
「知っている」
「でも………アイツは………あの時………俺を助けてくれた………何故っ!! 父上は黙っていたんです!! 幼い頃から悪い組織だと! 俺の真横で家庭教師が組織への罵詈雑言を吐いている時も笑顔で見守り、何度も何度も悪の組織だと俺に教育をしたんですかっ!!」
込み上げてくる怒り、涙など一滴も出ない。言ってくれれば、最初から伝えられていれば、もう少し組織の見方、そして世界の見方すら変わっていたかもしれないのに
「必要悪だ」
「何故、そこで悪を掲げる必要があるのですかっ! 正義を掲げても良かった筈だっ!」
声を荒らげる。いつ喉が壊れてもおかしくない声量で早口に述べていく自分の意見には本人でさえ驚きを隠せない。平穏に暮らせればいいと、神を殺し尽くして愛する人と”永遠に”暮らしていければいいと考えていたアルスに叫ぶ程の確固たる自分の意見があったのだ
「”殺し”は正義に決して許されない行為だ。何があっても”殺し”は悪の所業。ここで反論する者も居るだろう”生きる為に殺しているんだ”と、しかしこれは一体誰に許された権利だ? 逆に正義を名乗る者は悪を名乗る者から常に護らなければならない、命を、家族を、大切な人を。我々が神を殺す事、これ即ち悪。例え世界を救おうとするのならば、悪に徹するのだ。撲滅し、破壊し、鏖殺し、抹殺する。とてもじゃないが正義に似合わない言葉だ」
「俺は悪に徹しろと……?」
「アルス、自分の行ってきた事を振り返ってみろ。少なからず正義と悪が混濁した様な結果に終わった事もあった筈だ」
思い当たる節がある事に悔しく、強く唇を噛んだアルスは渋々といった面持ちで頷く
「ならば最期までこの世界に抗わないか?」
ウルグは左手に填めていた指輪を外し、ゆっくりと近付いてくる。アルスの脱力しきった腕を持ち上げて手に指輪を乗せて握らせる
「この指輪は四騎士それぞれに与えられた指輪。エルロランテ家に伝わっているのはその”天秤の指輪”だ。長年の記憶がその中には入っている。気付いていただろう? これまで私がまるでその記憶を持っているかの様に話していた事を」
「知識は力なりですか………」
「あぁ、その指輪には幾星霜を経て鍛錬に鍛錬を重ねて”神を殺す”その技が、狂気の剣術を磨きに磨いた英雄達の記憶が数え切れない程入っている」
黒い指輪の表面には釣り合った状態の大きな天秤が刻まれていて、何やら怪しい光を発している
ウルグの話を聞き、呆然と指輪付けようとしたアルスの手はヴァイオレットやヴィオラ、ユリス、ユリアーナの手によって止められる
「アルス様いけません……!」
「駄目です」
「そうです駄目です」
「アルス、駄目よ」
「そう、安易に装着すると指輪のその膨大な記憶量に脳が耐え切れなくなり最悪の場合死ぬと……言い伝えられている。私も実際アルスの様な髪色だったのだが……色が落ちてしまったよ」
やはり色の落ちた理由は歳によるものでは無かったのだ。指で摘み引きちぎった髪の毛を見ては淋しそうに空中に放るウルグの姿を見てアルスはゆっくりと手を引っ込める
「髪色は……確実に抜けるのでしょうか……?」
「ちょっとアルスっ!?」
「「アルス様っ!?」」
「先代……私の祖父は抜けなかった………が、父も私も抜けているのは事実、-----危険だぞ?」
「俺は逃げない、セレスを守る為に御先祖の知識は必須だ……それに父上は俺を信じてくれて全て打ち明けてくれた」
ウルグは頷く。ユリアーナはウルグに止めるように目で訴えかけているが小さく首を横に振り、拒否をする
「アルス! 今じゃなくてもいいのよ!」
「いいや! 今です!でも殿下から髪色は褒められたんだよな………此処で髪色を失うのは今後の仕事に影響が出るけど……………ふぅ〜っ、いくぞ……俺はアルス=シス=エルロランテ、神殺しも何もかも何れ全ての悪は俺が背負う!!!」




