【4章・蠱惑】3
総合200ポイント有難うございます。まだ一年も経っていない未熟者ですが今度もこの作品を宜しく御願い致します
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互いに睨み合っていた傭兵団勢力とSクラス勢力の視線とその意識はゆっくりと歩いて来た二人の人間に注がれる。傭兵団側の人間はその実力が不明な二人に全ての弓を向けて、更に身体の向きも完全に二人の方へ向けて警戒している
アルスはゆっくりと花紺青色の美しい剣身を持つアロンダイトを抜き、剣先を上にして胸の前で構える
「《輝く恒久の雷、地水火風滅失の一太刀》『煌雷剣』……行くぞ」
普段は黄色や水色の雷魔法もアルスの詠唱で藤色の雷がアロンダイトを纏い、激しく放電している
瞬きの間にアルスは槍を握る傭兵の一人に立ち、二回目の瞬きの際には肩から腰まで斜めに斬り裂かれて地面に倒れる傭兵
その近くに居た男は目の前で起きた事を脳で処理するのに二秒程時間を要した
しかし、その間に仲間の死体を映していた景色は雲一つない青空へと変わっており。意識が遠のいていた
剣を振りアロンダイトに着いた血液を地面に飛ばすアルスに剣を持った三人が飛び付く様に斬り掛かる
男達の荒れた呼吸で放たれる斬撃を雷を纏い速度の上がったアロンダイトで弾いていく
藤色の雷はアロンダイトから男達の剣へと伝わっていき、男達の前腕に激痛が走る。緩んだその手から蹴りで剣を弾き落とすと、アルスは強くアロンダイトを握って息を吸い込む
『破撃』
まるで爆発したかのような風圧と衝撃波に三人は勿論、加勢しようとしていた他の傭兵達が吹き飛ばされて建物の屋上から煮え滾る地面へと落ちていく
視界にいる五人の傭兵を『迅雷』で通り過ぎざまに斬り飛ばしていく。駆け回るその様子正に天から落ちる雷の如く、正確に傭兵達の首を飛ばしていく
「な、何だアイツは……化け物じゃないか」
「誰が化け物だって?」
ターバンを巻いた男は思った。何故今見ている視界の中にあの男が居ないのかと、何故その男の声が真後ろから聴こえるのかと
反射的にターバンを巻いた男は剣を抜き、後ろに向かってノールックで突き出す
当たった感触は無い。それどころか後ろに突き出した腕の感覚自体が無くなっていた
「ぎゃぁぁぁ……クソがッ!!」
「それにしても、練度が高いなこの連中は。ストレイフ達が苦戦するなんて」
飛来する矢は結界に弾かれ、その方向に腕を伸ばすとその射手の頭に一本の雷光が貫通し、建物から落ちていく
突き出される槍を身を捩って躱し、振り下ろされる剣をアロンダイトで受け止めて首を落とす
振り向き、足を建物の屋上に全力で叩き付けると追撃の槍はアルスの胸に届く寸前でそれを握る女と共に崩れた建物に吸い込まれる様に落ちていく
アルスは数秒間目を瞑り、振り向きざまに『破撃』を放った。放つとその流れで剣を鞘にしまい、建物から飛び降りる瞬間にそれぞれ別の方向へ手を向けて呟いた
『雷霆』
眩しい二つの雷撃はそれぞれ傭兵達を包み込んでいく。『破撃』は地面に降りてSクラスの方へ走り出した傭兵達三人を奥の建物へと吹き飛ばす
吹き飛ばされた三人の四肢はあらぬ方向へと曲がり、血を流して即死していた
地面に飛び降りたアルスは着地後、少し制服の乱れたガーネットの元へと駆け寄っていく
「殿下、大丈夫でしたか?」
「遅いわね……もう、何処に行ってたのよ!!」
「護衛として有るまじき行為、心から謝罪申し上げます」
アルスは膝を突き、頭を下げる。弁明のしようが無い個人的な理由からのこの事態に後悔するアルス、通常ならばこの失態は護衛を下ろされるもので護衛として一線を超えているものだ
「良いわよ……別に、報告する人間も既にもう居ないし……」
アルスが見上げるとあったのは地面にうつ伏せに倒れている近衛騎士達を見る悲しげなガーネットの顔。そして手が震える程に強く拳を握って滴り落ちる数滴の血液
「ヴァイオレット! 殿下の傷を……」
「いいわ……この程度、明日には治っているから」
アルスを拒み、突き放すかの様な口調に自分の行動を恨んで唇を強く噛んでしまう
護衛としての任務を完全に放棄して、更には主人の機嫌を損ねてしまったアルス
ガーネットの言葉に何もする事の出来なくなったクラスメイトは功労者を褒め称える事すら出来ずに固まる。しかしその中で一人だけ項垂れるアルスと同じ高さまでしゃがみこみ、抱き込む女性が居た
「セレス……ごめんな、俺が最初からこの場に居れば」
「大丈夫よ、私信じてたから……危ない時は助けてくれるって。私が直ぐアルスに知らせなかったのが悪いの…」
熱い地面に焼けるセレスの膝は降り注ぐ光の雨によって回復していく。七人が死んだこの日、ビルイルの傭兵団の名が広く知れ渡り、エレガイレの領主ブリスベン=サンク=ハートマウスは領地の監督責任を問われ死罪が確定となり、今はもう誰も居ない地下収容所へと送られる事になった
同時にアルスは王城への登城命令が下り、翌日学園に登校する事無く王城へと向かう事になる
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〜王城、玉座の間〜
多くの貴族が並ぶこの場で膝を突いて頭を下げるアルスに冷たい冷たい視線が降り注ぐ
アルスでなければこの場で発狂してしまうだろう
それ程の視線を一身に受けて国王が喋るのをただ待っているのだが、国王や近衛騎士団長、王国騎士団長からは不思議と責め立てるようなマイナスの感情は感じ取れない
数秒のざわめきは時にアルスを罪に問おうとする様な言葉も中に入っていてその度心に太く鋭い棘が突き刺さっていく
シーン…
国王が手を軽く上げて、場を静かにする
(はぁ……中々キツかったな、この雰囲気……)
「面を上げよ、アルス=シス=エルロランテ。シスという名をただ唯一持たせた意味……理解出来ない程頭は悪くないだろう?」
「はっ」
「答えよ、何故七名の死亡を未然に防げなかった? お前の実力ならば防ぐ事は容易に出来た筈だ」
「闇ギルドに誘拐されて、気が付くとベルモット伯爵の屋敷で縛られて監禁されておりました」
嘘では無い。しかし、ベルモット伯爵は既にエストと通じていたという事実があり国に捕まっている為に、意見の相違が少しでもあれば何方かの嘘がバレてしまう
「アーデル=サンク=ベルモットの供述と闇ギルドの依頼書に一致するな………しかし!我には 一つ気になる事がある」
依頼書が王の手に渡っている事に驚いている暇は無いが突然声を張り上げて言う一言にアルスは全力で耳を傾ける
「何故、闇ギルドの人間はお前に手を貸したんだ? アーデル=サンク=ベルモットは言っていた。闇ギルドの人間とお前が知り合いであるかの様に会話をしていたと、まるで最初から自分を嵌めていたかの様な会話だったと----包み隠さず話すんだ、敢えて言うぞ……お前にはこの先もガーネットを護っていって欲しいんだ、我のこの信頼を無下にするのか?」
あの時、アルスとグロウノスの間には明確な計画と打ち合わせがあった訳では無い。グロウノスが認識阻害結界でその場に居ただけ、そこに偶然アルスでさえも予想だにしなかった神の来訪が重なったのだ
闇ギルドが神を敵視している事。これは未だに謎で、あの場での”埋める”発言は人間の手で神は死なないという事、つまりは神の誓約の一つを把握していたという事になる
少し親しいアルスでも闇ギルドは謎でしかない組織だ。話す事なんて何一つ無い
「闇ギルドはエストの人間を殺す事を目的に乗り込んできました。そこに私が一時的な”協力”をする形でベルモット伯爵から受けていた拘束を自力で解いたという訳です。決して闇ギルドと繋がっていたなどという事はありません」
追加でアルスはベルモット伯爵にセレスティーナとガーネット、セーレにグレイス、シトリーを人質に取られていた事を話す
「近衛に間者か……それに、馬車か……うむ、筋は通っている」
「陛下、発言の許可を」
声を出したのは近衛騎士団長、フロイド=セーズ=トランツェルだ
「許す」
「これから話す事は皆は勿論陛下も耳を傾けて頂きたい」
国王も頷き、一連の話を静かに聞いていた玉座の間に居る全ての貴族も渋々と言った表情で頷く
「私が最初、部下の報告を聞いた時。ある事に疑問を抱きました」
ある事とは何だろう、考えれば考える程胃が痛くなりそうなのでアルスは考えるのを辞めた
「ガーネット殿下及び、カルセイン殿下に目立った外傷無し。王国騎士団長の愛息子ストレイフ君、セレスティーナ公爵令嬢、グレイス侯爵令嬢ともSクラス全員が外傷無し。素晴らしい功績だと思いませんか?」
「おい、トランツェル……お前、後で覚えておけよ」
王国騎士団長の怒りを含んだ静かな呟きを無視して更に近衛騎士団長は続けようとする
「続けます、勿論アルス君が両殿下の傍に着いていなかった事……これは十分に罰を与えるべきだと思います」
再びざわめき始める貴族達、中には笑う者まで居る。近衛が五人と教師が二人も死んだじゃないかという言葉が貴族達の中から聴こえてくる
「……ですが! 流石王立魔法学園首席といった所でしょうか、ガーネット殿下が街中で魔法を放つという”常識外れな行動”を取る程に止むを得ない傭兵団相手に、この結果ですよ?」
近衛騎士団長のガーネットを馬鹿にする様な発言に貴族達は動揺を隠せない。国王の顔と近衛騎士団長の顔を何度も見返して顔色を窺っている
国王は眉一つ動かさずに、近衛騎士団長が続きを言うのを待つ
「文句がある方もいらっしゃるでしょう。であれば正式な決闘をアルス君に申し出ては? 運が良ければガーネット殿下の護衛を下ろす事さえ可能ですが?」
「トランツェル……お前……なんて事を……」
ざわつく貴族達がしんと静かになる。この場の誰もが王女の護衛という立場を欲しているが、それが叶わぬ夢である事を知っている
決闘という一見平等な制度でその壮大な夢が叶うと思っている貴族は此処には居ない
アルスが怪物級の強さを持っている事を疑っている者など既に居ないのだ
近衛騎士団長のあからさまな擁護だったとしても反論出来ない
「この沈黙こそ、答えなのでは? 陛下」
「うむ……フロイドはアルスを護衛から下ろす事に反対なのだな」
「えぇ」
「誰かが言った様に実際に七人が死亡している。国に仕えて最期まで国の為に戦った勇猛な戦士達だった。追悼の儀式は後日行うが-------最後にアルス=シス=エルロランテ」
「はっ」
「ガーネットを悲しませるなよ、それだけだ」
それだけ?という疑問は誰しもが抱いただろう
「はっ!」
国王のオレンジの瞳から目線を一切逸らさない。何だかんだ罪を問われなかったが、アルスが見つめるその瞳はオレンジ色という暖色が持つ温かみ以上に感情が映し出す温かみを含んでいて、見て取れる厚い期待や深い信頼に気が引き締まった思いのアルスだった




