Iに隠れた感情は
いよいよラストスパートです。
「素晴らしい演奏だったわ。シオン」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
公演の後。私は彼の控室を訪れていた。招待してくれたことへの感謝と、感想を伝えるためだ。
「……それでね、シオン。その、最後の方にあなたが弾いた曲は……」
「ああ!あの曲ね。どうだった? 君が喜ぶかなと思って弾いてみたんだけど」
やっぱり……私のために演奏してくれたんだ。あの時目が合ったように感じたのは気のせいじゃなかったんだわ。
「そうだったのね……ありがとう。あなたがあの曲を覚えていてくれて、とても嬉しかったわ。……てっきりもう忘れちゃってるかと思っていたのに」
「まさか! 忘れるどころか、君と一緒に作った曲は全部覚えているさ」
そう言って笑う彼の姿に安堵する。
そうか、覚えていたのは私だけじゃなかったのね……
「それにしてもよかった。ノエルが喜んでくれたみたいで。また今度、演奏会を開くから、ぜひ見に来てよ」
「え? ……いいの?でも迷惑なんじゃ…… 」
「そんなことないよ。むしろ君に聴いてもらいたいんだ」
「…………そう。わかっ、た」
どうしよう。彼は友人として言ってくれているだけなのに。それなのにまるで彼が私のことを……。
そんなはずないと頭では理解していても、じわじわと頬に熱が集まってくるのを止められない。おまけに彼があまりにも優しく微笑むものだから……自分が特別だと錯覚してしまいそうだった。
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再会してからも私達の関係はあまり変わっていないように思う。唯一変わったことといえば、あの場所で会う機会が減ったことだろうか。
あの頃と違って、私はもう大人の女性だ。さすがに婚約者じゃない男性とこう何度も会うことは世間体的にもあまりよくないため、昔みたいに毎日のように会って話をすることは無くなった。
その代わり、シオンとは演奏会や夜会でよく会うようになったし、話だってしている。それでも、昔みたいに気兼ねなく話が出来なくなったことが少し寂しいと感じた。
夜会では、私にはまだ婚約者がいないため、相変わらずお兄様にエスコートを頼んでいる。前にシオンから――彼はまだ婚約していないみたいで、エスコートの申し出をもらったけれど、彼に悪いので丁重にお断りさせてもらった。シオンの容姿は人目を引くし、それでなくとも彼はいつも注目の的なのだ。デビューしたてで、人脈作りに忙しい私としては、ご令嬢たちの恨みを買うのは困る。
……それに、シオンにはもっと相応しい相手がいるはずだ。私みたいなぱっとしない女よりも、もっときれいで洗練されたご令嬢がきっと。そして、そんな女性が彼の婚約相手になるのだろう……。
私には関係ない話だ。……だから、なぜか痛む胸に気づかないふりをした。
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「きれい……」
前に注文しておいたバイオリンを受け取りに来たが、その出来栄えに感心する。
彼の髪に似た美しい色に一目ぼれして、この木を使ってバイオリンを作ってもらうよう依頼したのだけれど、想像したよりもずっと美しく仕上がっていた。音色も軽やかで透き通っている。
「素晴らしい出来だわ……これならきっと彼も喜んでくれるはず」
街外れにある小さな工房だったけれど、腕は確かだった。初めて来たときにいくつか試しに弾かせてもらい、あらかじめ商品の良さを確認していたけれど……やっぱりここにしてよかった。
受け取ったバイオリンは大事に持ち帰り、丁寧にケースにしまって自室に置いてある。
あとはこれをいつシオンに渡すかよね……。
そんな事を考えつつ、今日は仲良くなった貴婦人たちのお茶会に参加していたのだが……いつの間にか話の話題はシオンになっていた。さすが、バイオリン好きが集まっているだけはある。
「そういえば、相変わらずビオール様の演奏会は大人気ですわね。公演のチケットもなかなか取れなくて困っておりますの」
「私もですわ。あの美しい音色を早く聴きたいと思っておりますのに」
「ふふふ……実はそのビオール様を呼んで、近々我が家で演奏していただく予定ですの」
「「まあ!」」
夫人の言葉にはっとする。
「そのお話は本当ですか、クレア夫人。……あの、もしよろしければ私も参加してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。彼がどんな素晴らしい演奏をなさるのかあなたも気になるでしょう? ぜひ、聴きにいらしてくださいな」
「ありがとうございます! 」
やったわ!
いつ渡そうかと考えていたけれど、この時に渡そう。
彼は私が来ることは知らないはずだから、きっと驚くはずだ。その時の彼の顔を想像し――思わず笑みがこぼれる。
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そして当日。
せっかくプレゼントするのに、このままでは少し味気ないと思って、アクセントとして彼の瞳と同じ緑色のリボンをケースの持ち手に括り付けてみた。
うん。我ながら良いセンスだわ。
それから、私は自室からバイオリンを持ち出し、クレア夫人の屋敷に向かう。
そして屋敷に着くと、はじめに夫人に挨拶をした後は、彼に見つからない様、時間ギリギリに会場になっている部屋に足を運んだ。
他の招待客の後ろに隠れながら、シオンの演奏を待つ。
そして、今まさに彼が弾き始めようとした瞬間に――目が合ってしまった。
彼は目を大きく見開いた後、少し笑って、何事もなかったように弾き始めた。
み、見つかってしまった。
見つからない様隠れていたのにどうしてわかったの?
うう、驚かすつもりが……。
失敗してしまった。けれど、もしこれで演奏中に見つかった時のことを考えると、曲を中断しない分、始まる前で良かったのかもしれない。
そして案の定、彼には休憩時間に捕まってしまった。
「まさか君が参加していたなんて驚いたよ。なんであらかじめ言ってくれなかったの?」
「えへへへ……。ごめんなさい。実はあなたを驚かせようと思って、黙ってたの」
「……もう。本当に驚いたよ。でもまあ、聴きに来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
シオンは突然現れた私に驚きはしつつも怒ってはいないようだ。ふー、よかった……。
まあ、私の存在はばれてしまったけれど、まだバイオリンの方はばれていない。この演奏会が終わったら、後でこっそり渡してしまおう。
そんな事を考えながら会場で待っていたが、彼が準備のために控室に戻った後、一向に戻ってくる気配がない。
そのことに他の招待客もざわつき始めた。
どうしたんだろう……何かあったのかな?
なかなか現れない彼が心配になって、会場の部屋を抜け出して彼の控室に向かう。
控室に着くと、彼はなぜか開いた扉の前に立っていた。
「シオン、どうしたの? 何かあった……」
何かあったのかと、彼の後ろから部屋の中を覗き込むと――そこには折れたバイオリンが無残にも転がっていた。
次でラスト!
行き当たりばったりで始めましたが、なんとか無事終われそうです。
明日の更新目指して頑張ります。