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次はIで

最近バイオリンが楽しくてしかたない。

前から弾くのは楽しかったけれど、自分と同じバイオリンを演奏する仲間がいるというだけでより楽しいと感じるようになった。

自分と同じ趣味の人がいると楽しいというのは本当だったようだ。


あの天才少年とはあれからすぐに再会できた。


前回と同じ曜日だから、もしかしたら彼が来ているかもとドキドキしつつ、いつものようにお気に入りの場所に行ってみると、予想どおり彼の姿があった。


彼は私を見るなりニヤリと笑って、「今日は忘れずに持ってきたんだね」って声を掛けてきた。

失礼な。私だってそこまで間抜けじゃない。

しかもご丁寧に自分のバイオリンを見せながらなんて、彼はなんて意地悪なんだ。


それから私達は、この前みたいにお互いの演奏を聴かせあっては感想を言ったり、一緒に弾いたりした。


彼の演奏は相変わらずとても上手で、きれいだった。私がすごい! と褒めちぎると彼は少し顔を赤くしていたけれど、まんざらでもないようで安心した。

逆に、私が感想を求めると悪くないと言いつつも顔が少し引きつっていたのは気のせいだろうか。


彼との時間は驚きと楽しさと感動でいっぱいだった。

特に彼が前回私が弾いていた自作の曲をこうしたらいいんじゃないかと弾いてくれた時はとっても驚いた。

彼は耳だけでなく記憶もいいらしく、一回しか弾いていないのに完璧(でも音は別物)に演奏してみせたのだ。

同じ曲でも演奏する人が違えば、違って聴こえるが、彼の場合凄すぎて悔しいという感情よりも賞賛の方が勝ってしまう。

やっぱり彼は天才なんだとあらためて思った。


その後、ここはこうしよう、ああしようと二人で話し合っていたらあっという間に時間は過ぎてしまって、気が付けば帰らないといけない時間になっていた。


次はこの曲を聴かせてあげるから楽しみにしていてね――そう言ってから私は屋敷に帰る。

毎回同じようにしていたら、気が付けばそれが私達にとって次に会う約束になっていた。



何か特別な約束をしなくても、こう言えば彼は必ず来てくれる。

最初は一週間に1回会うだけだったのが、どちらともなく会う回数がだんだん増えていって、気が付けば2、3日に一回は会うようになっていた。

その度に曲を一緒に考えるものだから、作った曲もけっこうな数になった。



私は、決して短いとはいえない時間を彼と一緒に過ごしている。

……過ごしているのだが、なぜか未だに私は彼の名前を知らない。

毎回行く前は今日こそは名前を聞こうと思っているのだ。けれど一緒に居る時間があまりにも楽しすぎて頭から抜けてしまい、いつも彼と別れてから屋敷へと帰る途中に思い出すという……。

私自身、流石にもう抜けているというよりは馬鹿だと思う。


でも、彼も彼だ。

彼だって私の名前を知らないはずなのに、ちっとも聞いてくれないから、私の方も聞くのを忘れてしまうのだ。

君の名前は? って聞いてくれたら、私だって思い出すのに。


******


だから今日こそは名前を聞こうと思う。今日が彼と会える最後のチャンスだから。


漠然とだけど、いつかこんな日が来るだろうなって思っていた。今はどれだけ一緒に、隣に居ても、彼はいずれ私とは違う世界に行ってしまうとわかっていたから。だから、今日が会える最後だってわかっても、悲しいと感じても不思議と涙は出てこなかった。


いつもの場所に行くと、彼は初めて会った時みたいにバイオリンを弾いていた。演奏に夢中で私が来たことに気づいていないみたいだ。


私は声を掛けることはしないで、彼の演奏を静かに聞いていた。もうこんなに近くで聞く機会なんてないだろうから。


なんてきれいな音なんだろう……

いつもと変わらない、美しいソプラノの音が辺りに響き渡っている。

いや、違う……。出会った頃に比べると彼の演奏は変わったように思う。どこがどう変わったのか説明するのは難しいけれど、でも音がどこか温かく感じる。


演奏が終わるのを待ってから、私は拍手を送る。私が今できる精一杯の賞賛を込めて。

その音にようやく彼は私に気づいたようだ。

私の顔を見るなり笑顔を見せてくれる。


「やあ! いつからいたの? 」

「君が弾き始めた途中からだよ。とってもきれいな演奏だった」

「ありがとう。でも、来てたなら声を掛けてくれればいいのに……」

「だって、とってもきれいな演奏だったから、声を掛けてやめちゃったらもったいないと思って」


そう言ったら、彼は顔を少し赤くした。


「そ、そっか。それで今日はどうする?弾きたい曲とかある? 実は昨日新しい曲を練習したんだけど、よかったら僕が先に弾いて……」

「ま、待って! あのね……実は君に伝えなくちゃいけないことがあるの」

「伝えたいこと?」

「うん。実は私、領地に戻ることになったの……」

「……いつ?」

「……明日」

「明日!?」


彼らしくない大きな声に思わずビクッとする。


「どうして急に? ……なんで言ってくれなかったの」


その声には非難の色が混じっていた。


「……ごめんなさい。実は私も昨日、急にお母様に言われて……おばあさまの体調がよくなくて療養のために領地に戻ることになったから、あなたも付き添ってあげてって」


申し訳なくて、彼の顔を見ることが出来ない。


「どのくらいいるの」

「わからない。取りあえず、おばあさまの体調がよくなるまであっちにいる予定だから……」

「……そう」

「だから、今日はお別れを言いに来たの……」


ああ、怒らせてしまった。

私のこと嫌いになったかもしれない。

彼の表情を確かめるのが怖くて、顔をあげられないでいると、「ねえ」と声をかけられる。


「顔をあげなよ。……別に怒ってないからさ」

「でも……」

「それより、これ」


彼の言葉に、恐る恐る顔をあげると目の前にバイオリンを差し出された。

意味が分からなくて、その行動に戸惑っていたら、続けて「あげる」と言われた。


「え!? だってこれ君の……」

「別に構わないよ。他にも何本か持ってるし。急だったから、練習用ので申し訳ないけど、餞別代りに君にあげる」

「でも、やっぱりもらえないよ! いくら練習用だっていったって」


いくら馬鹿な私でも、バイオリンが高いことぐらい知っている。

それにこのバイオリン、私が使っているのより絶対いいやつだ。

だからもらえないよと、必死に断っていたら、


「じゃあ貸してあげる」

「え?」

「それなら別に構わないでしょ? ……貸してあげるから、また返しに来てよ、僕の所に」

「!」


それは、つまり……彼にまた会えるってこと?


「う、うん! 絶対、絶対に返しに来る! だからそれまで待っててね!!」

「うん、待ってる。……やっと笑ってくれたね」


彼の手からバイオリンを受け取った後、私はそれを大事に大事に両手で抱えるようにして持つ。


「じゃあもう行くね。そろそろ帰らなきゃ。……本当は私も何か渡せたらよかったんだけど」


彼に一刻も早く伝えないといけないと焦るばかりに、つい、手ぶらで来てしまった。


「いいよ、別に。もう会えないわけじゃないんだしさ。バイオリン、返しに来てくれるんでしょ?」

「もちろん!」


大きく頷きながら肯定すると、彼はおかしそうに笑った。


「それじゃあ!」

「あ、待って」

「?」


何だろう? なにか忘れ物かな。


「君、名前は?」

「!」

「名前、ずっと聞こうと思ってたけど、今日まで聞けてなかったから……だから、教えてくれる?」


そうだ、私も。私もずっと聞きたかったんだ!


「ノエル。私の名前はノエルよ。君は?」

「僕はシオン。……ノエル、いい名前だね」

「ありがとう!シオンもすてきな名前ね!」


目が合って、お互いに笑い合う。

もっと一緒に笑っていたいけれど……残念だけど、時間だ。


当たり前だけど、もうさよならはいわない。その代わり、


「またね、シオン! 」

「うん、またね。ノエル」




私は、彼の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

――もう片方の手には、彼との約束(バイオリン)を持って


次はシオン視点です。

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