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始まりはVから

貴族の家に生まれたからには学ぶべきことが沢山ある。

優雅な立ち振る舞いにマナー、語学などの様々な学問を。

そして音楽も嗜みの一つであり、どんな楽器にしろ上手に奏でられないといけないのだが……



「ほんとっ腹がたっちゃう!ふざけてなんかいないのに」


7歳からバイオリンを習い始めて早3年。自分なりに一生懸命弾いているつもりだ。弾いているのだけれど、音が上手いこと鳴らないだけだ。それなのに……。

おばあさまといったら酷いのだ。久々に私の演奏を聴いてくれたかと思ったら、聴き終わるなり、「あなたはまじめにやっているの? 」なんて!

おまけに「兄様ニコロの演奏を少しは見習いなさい! 」って怒るのだ。

私がこの曲をどれだけ長く練習しているかなんて知らないくせに。先生は「お嬢様は頑張っていらっしゃいますよ」といってくれたけれど、おばあさまの説教中、私は悲しくてずっと下を向いていた。


お説教から時間が経つにつれて、湧いてくるのはふつふつとした怒りだ。


「あー悔しい!! こうなったら、絶対上手くなって、おばあさまをぎゃふんと言わせてやるわ! 」


地面をだんだん踏み鳴らしながら向かっているのは、私のお気に入りの場所だ。丘の向こうにある、ちょっとした原っぱになっているそこは普段人が来ないから、人目を気にせずに思いっきり練習ができる。


目的地について、さあ練習しようと気合を入れたところで重大なことに気が付いた。


「しまった……。バイオリン、持ってくるの忘れた……」


やってしまった。楽器がなければ練習できない。いったい何のために此処へ来たのか……

だから家族にはよく抜けているといわれてしまうのだ。


どうしよう……取りに戻る?


「それしかないか……」


屋敷に戻るため来た道を帰ろうとしたときだった。


「この音……バイオリン? 」


音のする方へ行ってみると、そこでは同い年位の男の子がバイオリンを演奏していた。


「きれい……」


思わず声が出てしまったが、男の子は演奏に夢中で私には気づいていないようだ。


その事にほっとしながらも、意識はますます彼の演奏に向いていく。


なんてきれいな音なんだろう……

まるで大人の女性の様な透き通ったきれいな音が辺りに響き渡っている。

平凡な私でも、兄様や習っている先生よりも彼の方がずっと上手だとわかる。


なんだかここだけ時が止まってしまったみたい。

それぐらい見事な演奏だった。

それに、日の光を浴びて演奏する彼の姿はとても美しくて、淡く輝く茶色の髪がさらさらと風に揺れる様はひどく幻想的だった。


しばらく聞き惚れていると、彼が演奏をやめた。どうやら曲が終わったらしい。

思わず拍手を送ると、彼はようやく私の存在に気づいたようだ。


「誰、君? 」


彼の顔は思いっきり不審者に対するそれだったけど、感動冷めやらぬ私にはそれを気にする余裕はなかった。


「すごいね、君! とってもきれいな演奏だったよ!! どうやったらそんなに上手に弾けるの? 」

「……別に。普通だろ、これくらい」

「全然普通じゃないよ。私なんかより何十倍も上手だった! 私だったらこんな風に弾けないもん」

「私だったらって……君もバイオリンを弾くの? 」

「うん、君よりだいぶ下手だけど」


すごいすごい! 本当にすごい。そんな気持ちをありのまま彼に伝えたつもりだ。

それなのに彼は顔を歪ませて皮肉気に笑った。


「そうなんだ。でも無理して褒めなくていいよ……自分の腕は自分でよくわかってるから」

「そんなことないよ! 本当にすごいと思ってるし、何なら今から私が弾いて……」


そう言ったところで、気が付く。そうだった、バイオリンは屋敷だった。

これじゃあ、証明のしようが……


「どうしたの? 」

「……バイオリンが」

「?」

「君が私よりずっと上手だって、私が弾いて証明しようとしたんだけどバイオリンを持ってなかったのを忘れてて」


何で肝心な時に私は持ってくるのを忘れるのだ。必要ない時には必ずといっていいほどバイオリンを持ち歩いているくせに。


「はあ、……じゃあ貸そうか?僕の」

「えっ? 」


思いがけない言葉に顔をあげると、彼は呆れた顔をしていた。


「僕の方が上手だって証明したいんでしょう? 普通自分の方が上手いことを証明するならまだしも、自分の方が下手なのを証明したいなんて……君って変わってるね」


そう言いながらも、はい、どうぞと言ってバイオリンを手渡してくれる。

私は彼の手からバイオリンを受け取ると、顎と肩で挟むように構えた。

演奏する曲はもちろん何時間も練習しておばあさまからも怒りのお墨付きをもらったあの曲だ。

小さく深呼吸をしてから彼の前でバイオリンを弾き始める。

すると彼が弾いていたのと同じ楽器かと疑うくらいバリバリとした音が辺りに響き渡った。


暫く無心になって演奏していると、気が付けばもう曲の終わりだった。

最後まで弾き終え、やり切った気持ちで彼の顔を見ると、その表情は引きつっていた。


「どうだった!? これでわかったでしょ? 君の方が上手だって」

「う、うん……よくわかった。確かに僕の方が上手だね……」

「でしょう!! 」


ほら、私の言う通りじゃないか。そんな気持ちで彼に笑顔を向けたら、目をそらされた。


「そ、それよりずいぶん楽しそうに弾くんだね……嫌になったりしないの? 」

「えっ? どうして? 」

「だって自分の思いどおりの音が出ないんだよ? 嫌になるでしょ」


うーん、確かにどんなに練習してもきれいな音が出ないのはつらいけど……


「でも、楽しいもの」

「え? 」

「思いどおりの音がでなくて嫌になることはあるよ」


私の場合ほとんどだけど。それでも、


「それでも、私はバイオリンを弾くのが好きなの。楽しくてたまらないのよ」


自分の言葉で演奏している時を思い出して思わず笑ってしまう。

そんな私を見て彼は苦い表情を浮かべた。


「……すごいね、君は」

「君はバイオリンが楽しくないの? 」

「え? 」

「バイオリンを弾くのは嫌い? 」

「……どうだろう。そんなこと考えたことなかったな……」


彼は驚いた表情をした後、顔を下に向けた。


「いつもさ、先生に言われるんだ。君の演奏はとても素晴らしいけれど、楽しそうじゃないねって。感情がこもってないって」


それから彼は自分の前髪をぐしゃっとつかむ。


「どれだけ練習時間を増やしても、完璧に演奏しようとも、感情が入ってないから駄目だと言われてばかりで……だからかな、楽しいなんて、そんな事思う余裕もなかったな」


そう言って顔をあげると、悲しそうに笑う。


そんな彼に何を言おうと考えたところで、ふと思いつく。


「じゃあ、これからは好きに弾こうよ! 」


私の言葉の意味が分からなかったみたいで、彼は困ったように首を傾けた。


「あのね、私の先生は私がバイオリンを嫌いにならないようにって、よく好きな曲を弾かせてくれるの。今日はこれだけ頑張ったから、好きに弾いてもいいよって」


先生も必死だったのだろう。私があまりにも上達しないから、せめてどうにかして続けさせようと考えた末に、課題曲が終わったら私に好きなように弾かせることにしたのだろう。

でも、私はそのお陰でバイオリンを嫌いにならずに済んだ。思うように好きに弾くことで演奏する楽しさを忘れずに済んだ。だから、


「だから、君も好きに弾いたらいいんだよ。やりなさいって言われた曲ばっかりじゃなくて、5分でも10分でも、自分の好きな風に弾いてみたらきっと楽しいって思えるよ」


彼にはバイオリンを嫌いになって欲しくない。だって、あんなにきれいな音を出せるのだ。彼には才能があるのに、感情が入ってないからってだけで、嫌いになってしまうのはもったいないと思う。第一、私からしてみれば、感情なんて二の次だ。まず上手く弾けないし。だから、彼にはバイオリンを弾くのが楽しいと思ってもらいたい。そして、出来ればこのままやめずに続けて欲しい。


「自分の好きなように……」

「うん」

「……そうすれば、弾くのが楽しいって思える? 」

「うん! 私がそうなんだもの、保証する!! 」


絶対に大丈夫だからと自分の胸を軽く叩いたら、なぜか笑われた。


「そっか……じゃあ騙されたと思って試してみようかな」


そう言った彼の表情は、まだ少し影を帯びていたけれど、出会った最初より明るくなっていた。


******


それから私達はしばらく交互にバイオリンを弾き合った後、それぞれの屋敷に帰っていった。

屋敷に帰る途中に、そういえば彼の名前を聞くのを忘れていたのを思い出したけれど、きっとまたあの場所に行けば会えるだろうから、その時に聞こうとすぐに思い直し、私は屋敷への道を急いだ。


乙女ゲームでもない、転生でもないお話が書きたくて書きました。

筆者はバイオリンに触ったこともないので、その辺は温かい目でお願いします。

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