005「履歴書を読むキク」
アヤメが面接を受ける、少し前のこと。
郵便局から局留めで配送されていた郵便物の束を持ったカミツレが、書斎で履歴書に目を通しているキクに声を掛ける。
「本日の局留め分、ココに置いておきます」
「ありがとう。――カミツレ。あなたなら、どう考えるかしら?」
赤字で「未処理」と書かれた文箱に束を置いたカミツレに向け、キクは手に持っている履歴書を見せる。文化祭で女装させられた少年の顔写真がある左側ではなく、志望理由が書かれている右側である。
「『時給が高いし、憧れのメイド服が着られるから』ですか。ずいぶんストレートな動機ですね」
「そうでしょう? オブラートに包んだ言い回しが多い中で、若さゆえの欲望をありのままに書いてるところが可笑しくて」
口では可笑しいと言いながらも、キクの表情筋は微動だにしていない。
カミツレは、本心が他にあるのではないかと察しつつ、資格・免許欄を見ながら話を継ぐ。
「これといったスキルは、お持ちでないようですね」
「そうなのよ。でも、決めたわ。この正直さが気に入ったから、この子にします」
「えっ! こういうことは、もっと時間を掛けた方が……」
「長考したって、悲観的予測が増えるだけよ。だったら、ここは楽観的に直感を信じるべきじゃない。違うかしら?」
「いえ。奥さまさえよろしければ」
「じゃあ、決まりね。さっそくだけど、採用ですって電話してちょうだい」
「はい。それでは、失礼します」
キクから履歴書を受け取り、カミツレは一礼して廊下に向かって行った。
このあとの話は、本編に書いてある通りである。