004「スミレと読み聞かせ」
「また、失敗しちゃったなぁ。どうして私は、こんなにドジなんだろう……」
母屋にあるルーフバルコニーの掃除を終え、汚れたデッキブラシとバケツを持ったスミレは、温室の横にある倉庫へと向かっていた。
すると、そこへモモが駆けつけ、片手でエプロンの裾を掴んで軽く引っ張りつつ、もう片方の手に持っている本を掲げ、無邪気な笑顔で言う。
「ねぇねぇ、スミレ。ご本、読んで!」
「あぁ、モモ様。お掃除を終えたばかりですから、エプロンに触れないでくださいませ。手が汚れてしまいます」
そう言うと、モモはパッと手を離し、両手で本を持ってピョンピョン飛び回りながら言う。
「ねぇ、読んでよ。読んで、読んで!」
「う~ん。カミツレやスイレンの方が、読み聞かせが上手ですよ?」
「スミレが良いの。お願い!」
「困りましたね。読んで差し上げたいのは、ヤマヤマですけど、私は、コレを片付けないといけませんし、エプロンも新しくしないと、……んんっ?」
出来ない理由を説明していると、ようやくスミレは、モモが持っている本が、いつもの絵本ではないことに気付く。表紙には、ドレスを着たグラマラスな女性が、アラビア風の男性に肩を抱かれている繊細なイラストが描かれている。誰がどう見ても、大人向けのロマンス小説であると分かる。
「あの、お嬢さま。この本は、どちらから?」
「ママのお部屋にあったの。こっちのキレイなお姫さまと、こっちのカッコイイ王子さまのお話でしょう?」
「えーっと。あながち、その推理は間違ってませんけど、この本は絵がないので、モモ様には退屈かと」
「あっ、そうなの? それじゃあ、別の本にするわ」
そう言って、パタパタとモモは立ち去った。スミレは、難局を潜り抜けてホッと安堵の息を吐くと、手に持っている物を片付けに急いだ。