002「大蔵大臣カミツレ」
所変わって、花森邸の母屋にある書斎。
備え付けの背の高い書棚に挟まれた真ん中で、全回復したカミツレが、書き物机に向かって領収書を整理している。
帳簿に行儀よく数字を書き並べていたカミツレだったが、一枚の領収書を見た途端、ペンを動かす手を止めた。
「これは……」
カミツレは立ち上がり、ペンと領収書を持ち替え、帳簿を閉じて書棚に戻し、ガラス扉を閉めて施錠すると、廊下へと向かった。
そのまま廊下を突き進み、いくつかのドアを通り過ぎたところで、カミツレは足を止め、厨房に繋がるドアを開け、部屋の中へと入る。
すると、開けたドアの向こうでは、ヒイラギが果物ナイフを片手に身構えていた。
「ぬっ! なんだ、カミツレさんか」
「ヒマワリだとでも思いましたか? お話がありますから、構えてる物騒なモノを、まな板の上に置いてください」
「は~い」
ヒイラギが作業台を片付け、丸イスを二つ持ってきてその一つに座ると、カミツレは立ったまま作業台の上に先ほどの領収書を置き、人差し指で軽くトントンと叩いて額面に注目させる。
「この材料費、いつもより高い気がするんだけど、そんなに消費が激しかったの?」
「いや、お出しするお料理とは別に、味覚の研究も兼ねてて」
「ふぅん、味覚の研究ねぇ。どういう研究をしたの?」
カミツレが質問を重ねると、ヒイラギはイスから立ち上がり、カミツレの上着の袖を掴みつつ、上目遣いで懇願する。
「お願い、カミツレ様。来月は、なるべく安くつくように工夫するから、大目に見て」
「……わかりました。今月は、まとまった支出が少ないので、なんとかしましょう」
「よかった」
「ただし、同じ手が何度も通用すると思わないように。私が花森家の収支を管理する限り、無駄遣いさせません」
「はい、了解しました!」
ヒイラギが小首を傾げながら、どこかあざとさを滲ませて敬礼すると、カミツレは小さくため息を吐きつつ、領収書を持って立ち去った。




