001「白衣の天使スイレン」
ここは、離れの二階にあるスイレンとカミツレの部屋。
ベッドで横になっているカミツレの額に、スイレンはセロファンを剥がし、内側に冷却ジェルが付随しているシートを貼っている。ベッドサイドにある読書テーブルには、丸盆と空のグラス、それから、摂氏三十九度台を示した水銀体温計が置かれている。
どうやら、カミツレは風邪を引いてしまったようだ。
「屋敷のことなら、なんにも心配いらないから」
「でも……」
「奥さまも心配してらしたわ。『オーバーワーク気味なのよ、カミツレは。少しは、自分のキャパシティーをわきまえなさい』って」
「グッ。正論過ぎて、何も言えません」
カミツレが気まずそうに視線をそらすと、スイレンは話題を変える。
「風邪引いたり怪我したりすると、どうしてみんな私に手当や看病をさせるのかしらね」
「なんとなく、治りが早まりそうな気がするからでしょう。黙っていれば美人ですからね」
「……アニマルセラピーはいかが?」
「ごめんなさい。それだけは、勘弁してください」
立ち上がったスイレンが窓辺へ行き、日向ぼっこをしている猫を抱えようとすると、カミツレは、心なしか青ざめながら謝ったのであった。もし、このときのカミツレの体温を計っていたなら、血の気が引いてサーッと平熱まで下がっていく様子が記録できたかもしれない。