温泉
少し遅くなってしまった。
「え? お客さん?」
それが彼女の第一声目だった。
「はい、そうですけど。ここって宿屋ですよね?」
「え、あ、あぁ、そう言えばそうでしたね。ずいぶん昔のことなので忘れてました」
「ずいぶん昔ですか。そうですよね、こんな裏路地の宿屋なんて誰も気づかないですよね。はっは」
「その言い方ムカつきますね」
「すみません。なんとなく弄ってみたくて」
「はいはい、そうですか。で、泊まりますか?」
「あ、猫も一緒ですけど、大丈夫ですか?」
「ふーん」
その人は、にゃぽをじっと見つめた。
「いい人を見つけたわね。OKよ。じゃ、お代は一人分ね。えっと、銅貨四枚よ」
俺は、銀貨一枚を渡した。
「はい、お釣りの銅貨六枚よ。お風呂と、朝ごはんと夕ごはんは、無料だからね」
「本当ですか!? よっしゃ」
「はい、これ鍵ね。部屋は二階の階段上がった突き当たりよ」
「分かりました。あ、俺の名前は菜津芽です。こっちの猫はにゃぽです」
「ニャー」
「ふふ、私はサリーよ。よろしくね、菜津芽ちゃん」
「ちゃん付けはやめて下さいよ」
「ダメよ、さっき私を弄った罰よ」
「そうですか。しょうがないですね、ちゃん付けを許します」
「なんで上から目線なのよ。初対面よ」
「すみません。それはそうと、この後夕ごはん食べたいんですけど、良いですか?」
「えぇ、あぁ、そうよね。私と一緒に食べて欲しいんだけど、良いかしら?」
「え、はい。大丈夫です」
俺たちは二階にある部屋に荷物を置き夜ご飯を食べに来た。
「もう出来てるわよ」
「え!? 早すぎじゃないですか?」
「でしょう。早さが売りよ、この宿は」
「ってことは、味がダメなんですか?」
「さぁ、どうでしょう? ま、食べれば分かるわ」
「そうですね。頂きます」
スプーンで一口スープをすくって飲んだ。
「……」
「え、何、不味かった?」
俺が一口飲み固まっていると、サリーが不安そうに聞いてきた。
「あ、いえ、めちゃくちゃ美味しかったです」
「ほんと? 固まるから不味かったかと思っちゃったよ」
「美味しすぎて、味の余韻に浸ってました」
「そう、良かったわ。あ、これにゃぽちゃんのご飯よ」
「あ、ありがとうございます。ほら、にゃぽご飯だぞ」
「ニャー」
「菜津芽ちゃん」
「なんですか?」
「にゃぽちゃんさ、魔獣でしょ。ふつうにしてて良いわよ」
「な、何をイッテイルンデスカ」
俺は、サリーさんの言葉に動揺が隠せなかった。
「ははは、しらばっくれなくて良いのに。私には隠せないよ」
「そうですか、にゃぽ、もう喋って良いよ」
「ご主人様、やっと喋れましたよ。喋れないって不便ですね」
「やっぱり、思った通りね」
その後は、サリーさんからシャルル共和国の美味しいお店や、珍しい場所を聞いて明日行くところを決めた。
「サリーさん、美味しかったです。ご馳走様でした」
「そう、良かったわ」
「あ、お風呂は何処にありますか?」
「それなら、私の後ろにある通路を真っ直ぐに進んでいけばあるわよ」
「ありがとうございます」
俺は、席を立ちにゃぽを連れてお風呂に向かった。
「おー、温泉だ!!」
「すごく綺麗な場所ですね。ご主人様!」
「そうだな、裏路地なのになんでだろうな?」
「ん〜、魔法の気配があるので、結界かなんかでしょうか?」
「やっぱり異世界だな」
「ささ、体を洗って温泉に入りましょう!」
「ん? にゃぽは温泉に入って大丈夫なのか?」
「大丈夫です。猫は猫でも、魔獣ですから水嫌いではないです」
にゃぽの意外な事実が発覚した。そして、身体を洗い温泉に浸かった。
「あ〜、いい湯だな〜」
「そうですね〜、ご主人様」
「ほんと、異世界に来て色々あったからな」
「そうですね〜」
「前の世界では散々虐められて、この世界に召喚されて、いきなり追放されて、洞窟で寝てたらにゃぽに会って、ゴブリンに殺されかけて、血の海を見て、ほんと、散々だったな」
「大丈夫ですよ、今までこんな事があったなら、これからはきっと良い事が沢山、たっくさん! ありますよ!」
「そうだな、そうだったら、嬉しいな」
そして、俺たちは久しぶりの温泉に、のぼせるまで浸かった。そして、次の日はサリーさんに教えてもらったお店にお昼ご飯を食べに来ていた。
「ここが、サリーさんが言ってた、安くて美味い麺が食べられる場所か」
「そうですね。では、にゃぽはそこら辺で待ってますね」
「え、にゃぽは来ないのか?」
「そこ、見てください」
にゃぽが足で指した所には、動物禁止と書いてあった。
「何、じゃ辞めるか」
「え?」
「にゃぽと一緒に食えないなら意味ないよ。ほら、あそこにある出店で何か食べようぜ」
「ご主人様……はい!!」
その後俺たちは、食べ歩きをしながら、シャルル共和国を全体までは無理だったが、暗くなるまで観光したのだった。
「今日は楽しかったな」
「そうですね。明日はどうしますか?」
「明日は、ギルドに行って簡単な依頼でも受けてみようと思うよ。にゃぽも来るか?」
「はい、もちろんです!」
そして、俺たちは次の朝が来るのを眠りながら待った。だが、俺たちは気付いていなかった、菜津芽とにゃぽに黒い影が近づいていることに。
俺って、名前つけるセンス無いな。頑張らないと