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奇譚ラッシュ

虹神の呪い 逆さ虹の森伝説

作者: のすけ

2019 平成最後の冬童話に投稿。

遥か昔のこと。

闇が光を追いやって、地を這うものを支配する世界があった。


色も形もない闇の中で人々は音と気配で互いを確かめ、得体の知れぬ岩苔を喰らって生きていた。

しかし世界のどこかには追いやられた「光」と七つの「色」を持つ「虹神」が今も存在すると言われる場所があった。

その場所は古くから「逆さ虹の森」と呼ばれるようだが真実を知るものはなく、その森では七つの光の帯を纏った虹神が、光を編んだ寝床に身を横たえて休むのだそうだ。

かつて油断した虹神が、闇の隙間からその姿をこの世の者に見せたためにそう呼ばれたらしい。



さて、闇が支配するこの世界のとある場所に集まって暮らす四人の男と三人の女がいた。


勇ましい声の男トホが言った。

「この世界は一体どこまで広がっているのか。俺は世界の果てを見てみたい」

鈴振る声の女ベルテが言った。

「私は夢見ることがある。それは虹神の七つの光の帯が世界に放たれ、無限の『光』に満たされる夢よ」

知恵ある男タリニが言った。

「七つの光の帯の話は何度も聞いたことがある。事実なのかデマなのか、俺はただ真実を知りたい」

キーキー声の素早い男ハクアが言った。

「どこまで行けば七つの光の帯が見られるのか、俺は昔から興味があった」

慈愛響く声の女セルマが言った。

「七つの光の帯が手に入ったなら、岩苔よりもましな物が食べられるのかね。私は色々なものを探して食べてみたいよ」

不倒の決意滲む声の女アーテが言った。

「七つの光の帯、わたしも聞いたことがある。ごちゃごちゃ抜かす暇があるなら、旅に出ようじゃないか。ハナから諦めてかかるなんて、この私が許さないよ」

皆の話にじっと耳を傾けていた小声の男イダムが言った。

「七つの光の帯を得て世界の何かが変わるだろうか。僕には想像がつかない。でも、自分の手でその時が掴めるなら、世界が変わる時を感じたい」

そうして七人は決めた。

「手を取り合おう。互いを助け合おう」



闇の世界を旅に出た七人は互いに手を取り合い、語り合い励まし合いながら道なき道を進み始めた。

あるときは逆巻く風が唸り、寒さが手足を縛り付けてくる山の尾根を渡った。

ヒョウヒョウと哭く風が惑わせ、響く谺で互いの存在を曖昧にして引き摺り込もうとする小賢しい谷ではトホが言った。

「相当に深い谷だな。綱を張りわたして向こうに渡ろう、イダムは俺が背負う」


みんなが疲れて言葉を失う時にはベルテが言った。

「旅の余興に私が唄おう」

逆さに返した鍋底を掌で軽快に打ってリズムを取ると鈴振る声で唄い、みんなは疲れを忘れて聴き入り笑顔を取り戻した。


見知らぬ場所で休む時にはタリニが機転を働かせた。

「大きな木のウロがいくつかあったぞ、そこで寝よう。火起こしは俺がしよう、火種を持っている」


さらにある時、甘いせせらぎで耳をくすぐりながら深みに誘う、どう猛な河を渡る時にはハクアが言った。

「まず俺が向こう岸まで渡るよ」


無事に河を渡り終えてタリニが火を起こすと、食事の支度をしながらセルマが言った。

「私が最初に火の番をする。ついでに岩苔を集めておくつもりだからね。みんなは先にお休み。イダムは濡れた服をこっちに寄越して、火に当てて乾かすからね」


最後のひときわ高い山の尾根を渡る時、恐怖で足がすくむ者にアーテが言った。

「勇気を出せイダム、手を引くから立ちなさい。ベルテ、私に腰紐を結ぶといい。そうすれば安心さ。ハナから諦めてかかるなんて、この私が許さないよ!」


か細い腕と脚を軋ませ、歯を食いしばってついていくイダムはいつもみんなに感謝した。

「ありがとう、ありがとうみんな。みんながいれば温かいよ、僕は弱虫だけど怖さを疲れを忘れるよ」



ついに、ぼんやりと色を変えながら辺りを照らす光のある場所へ七人はたどり着いた。

近づくにつれて光は強く眩しくなって彼らの目を射抜いた。

その光はまた、七人の姿を雄々しく美しく照らして見せた。

だがそれは序の口。

最初に見たのは光を編んだ寝床が放つ光で、その中に闇と同じマントにくるまった何かがいた。

その何かは丸くなって、ユラユラ動く寝床に揺られながら眠っているようだった。

「あれが虹神なのか」

勇ましい声の男トホが言い、恐る恐る七人が忍び寄ると闇のマントの塊がブルブル震えた。

そしてそれが地の底から響くような唸り声を発し轟くように叫んだ。

「人間どもか忌々しいっ。お前らなぞに与えるものか!虫けらと変わらぬお前らに、この私を与えるものかっ。地を這って暮らせ!」

闇のマントがするする解け始めたと思うと、それが憎しみの黒いリボンとなって矢のごとくあらゆる方向から飛び、七人に迫った。



その時、鈴振る声の女ベルテが歌いだした。

「聞けよ憎しみ。やがてお前は砂となり、全ては虚しく過ぎ去るだけ。思いを手放し空に舞え」

するとベルテの歌声を聴いたリボンは全て蝶の形に姿を変え、そのまま空に飛び去った。

虹神はそれを見るとギリギリ歯噛みして、今度は鎖のような閃光を放った。

光の鎖は勇ましい声の男トホと知恵ある男タリニを縛り付けた。

しかしキーキー声の素早い男ハクアが一飛びすると鎖の箸をぐいと摑んで力任せに引き寄せた。

力負けした虹神は地面に打ち倒れ、のたうち回りながら七人に噛みつき、暴れに暴れた。

激しく暴れるうちにその体が闇のマントと同じように解け、七色の蛇の姿に変わった。

トホが赤い蛇を捕まえた。ベルテは橙の蛇、タリニは黄色の蛇、ハクアは緑の蛇を掴み格闘した。

セルマが青い蛇、アーテが藍色の蛇、そしてイダムが紫色の蛇をひっ掴んで虹神の体が七つに解けたその時。

断末魔の叫びとともに、もがき暴れる虹神が空に溶けて消え失せて、それとともに七色の色彩と光とが世界中に満ち溢れた。



世界が光と色を手にした途端に七匹の蛇は七人の手から消え失せ、彼らは白日の下初めてお互いの姿を知った。

「これが俺の姿か」

「これが私なの」

でも違う声が上がった。

「どうして、さっきまでと違うわ」

「おかしいぞ、戦いの前に見た姿と違うじゃないか。虹神に何かされたな」

それもそのはずで、彼らの姿は虹神が七つに解けて消える前に見た時とはまるで違っていた。

ただ一人、イダムを除いて。



イダム以外の六人は、戦いの際にそれぞれが捕まえた蛇と同じ色に皮膚が染まり、頭のてっぺんから足の先まで蛇の鱗に覆われてヌメヌメと光っていた。

口は耳まで裂けて、赤い舌先が二つに割れている。

六人は自分の姿の醜悪さに驚き、またそれがお互いの前にさらされたことに恥じて絶望した。

「なんと醜いおぞましい姿。これでは光を得てもその下で生きていくことなどできない!」

六人とも顔を隠してその場を走り去った。


それぞれに与えられた姿。

それは、寝ぐらを奪われ倒された虹神の呪いだった。


「みんな何を叫んでるの、怖いものが居たの?」

みんなの声と気配がかき消えて一人取り残されたのはイダム。

風になびく紫色の髪に白い肌。四肢はすんなりと長く美しい少年の姿だった。

ただ、イダムには光も色も全く見えなかった。

目が見えないイダム。

新しいこの世の始まりを知ることができない盲目のイダムだけがその場に取り残された。

「ねえみんな、どこに行ったの?なぜ行ってしまったの。おーい、おーい」

時折、風が通り過ぎる音と葉ずれの音、それに鳥の声があるだけだった。



どれほどの時が過ぎた頃か。

地面に腰を下ろして膝を抱え顔を埋めるイダムのそばに、誰かの足音が戻ってきて目の前で立ち止まった。

「ごめんよイダム。あんたを一人にするなんて」

「その声は、セルマだね」

「そうだよイダム」そう言ってセルマはイダムの顔に触れた。

「ああイダム、あんた目が見えないんだね。あんたにはこの光が、新しい世界の色が何一つ見えないんだね」

「光、色?世界が変わったのかどうか、僕には何もわからない。わかるのはみんなが消えて一人になったこと。そして、今セルマが戻って来てくれたことだけ」

「あんたには私の姿が見えないんだね。この醜い姿が」

「セルマが醜いって?」

「イダム、あんたはとても綺麗な顔をしてるよ。顔だけじゃない、全てがこの世のものと思えないくらいに。でも見えないなんて。虹神のやつ、あんたの両目を取り上げたんだね。なんて真似を」

セルマのすすり泣く声が聞こえてきたので、イダムは手を伸ばしセルマに触れようとした。

「イダム、これが私の頬だよ」

セルマは言ってイダムの手を掴むと自分の肌に押し当てた。

鱗みたいなヌメヌメした感触。

「どこもかしこも身体中がこうなってる。そして私は頭の先から足の裏まで、目玉も舌も全てただ一つの色に染められてしまった。『お前は青』私に向かって、虹神が消える前に言ったのさ。呪いだよ」

「呪い?」

「イダム、この森には人の言葉を話す気のいいキツネが居てね、私はそいつに聞いたんだ」

「キツネから、どんなこと?」

「虹の神は私たち七人それぞれに呪いをかけた。けれど、みんなが集まって心を合わせてお願いすれば、戻れるかもって」

「本当に」

「ああ。みんなで願って森にある池にドングリを投げたら、願いが叶うかもしれないって、そう言うのさ」

「それが本当なら。いや、本当かどうか分からなくたってトホとハクアなら絶対、すぐにでもやろうって言うよね」

「そうだね。そして知恵者のダリニは疑ってかかり、ベルテが励ます」

おかしくなってクスクス笑いながらイダムは言った。

「そしてアーテがこう言う」

『ハナから諦めてかかるなんて、この私が許さないよ!』

二人の声が重なって、イダムとセルマは笑った。

「イダム、私はみんなを探しに行くよ。そして必ず連れてくるから、あんたはこの森を離れるんじゃないよ」

そうして盲目のイダムは一人、この逆さ虹の森で暮らすようになった。



盲目のイダムの周りには、逆さ虹の森で暮らす気のいい動物が集まるようになった。

美しい声のベルテのように、いつも唄うのは歌上手なコマドリ。

彼女はイダムに向かって歌い、そして教えた。

「虹の神様宿る森、逆さの虹の森の池、ドングリ一つ投げこんで、叶う願いはただ一つ」

「叶う願いはたった一つ」

「そうよイダム」

「そうか。ああ僕の目が見えるようになったらな、と思うよ。でも六人が本当の姿を取り戻すって願いの方が大切だよな。僕にはもともと暗闇しか見えないんだから」

冬が近づいた頃、大きな気配を持つ何かがのっそりとイダムに近づき匂いを嗅ぐと、ボソボソと話しかけた。

「イダム、あんた僕の寝ぐらに来るといいよ。外で寝るにはもう寒い」

それは臆病者のクマだったが、気のいいキツネに頼まれて面倒を見てくれたのだった。熊と一緒にイダムはアナグラの中で丸くなった。



そうして春を迎える頃、かつてイダムとともに旅をした六人が揃ってこの逆さ虹の森に帰って来た。

「イダム、お前を一人ぼっちにして本当にすまなかった」

「その声はトホだね。みんないるの?ああ嬉しい、おかえりなさい」

イダムはみんなの顔を順番に撫でた。

「ああ、みんながいる」

「イダム、もうどこにも行かないからね」

「セルマ」

「さあ時は満ちたよ、イダム」

「その声はアーテだね。みんなの答えはもう決まってるんでしょう。ドングリを投げて願う、その願いは一つしか叶わないんだもの」

「そうさ」

「みんなが元の姿に戻れるように。そうだよね」

イダムがそう言うとアーテは笑った。


「さあ、それはどうかな。あんた、自分の願いはどうする気なの?ハナから諦めてかかるなんて、この私が許さないよ!ねえみんな」


赤い肌の男トホ。

鈴降る声、橙の女ベルテ。

黄色の知恵者タリニ。

緑色の素早い男ハクア。

青の慈愛深きセルマ。

藍色の猛女アーテ。

紫の髪のイダム。


闇の世界を旅して逆さ虹の森にたどり着いた七人の物語はこれまで。



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