つばさがほしい
冬の寒い夜、街はクリスマス一色になっていた。アパートのとある一室も例外はなく、賑やかであった。
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「裕也、サンタさんに何お願いするか決めた?」
お母さんに聞かれてうんと元気よく返事をする。サンタさんは色んなものを僕にくれた。一昨年はずっと欲しかった本で、去年は欲しかったゲーム機。全部僕の欲しいものだった。
だから、今年もきっとくれる、叶えてくれる。僕はこの日をずっと待ってたんだから…!
「なんだ? ん? お父さんに言ってみろ」
「だめー! 絶対言わない!」
学校の友達に言ったら変なやつだって馬鹿にされたし、お父さんやお母さんが馬鹿にするとは思わないけど…でもやっぱり…ちょっぴりいやだ。
「なんだ…俺にいってくれないのか…うう、母さん裕也が大人になってしまった」
「あら、もう小学二年生よ? 秘密もあるわよ」
お母さんに泣きつくお父さんはかっこ悪い。でも泣かせたいわけじゃなかったし、お母さんが気にするなって言ってたけど、仕方ないから僕のすきなお菓子を分けてあげた。
「あああ、裕也はやさしいなぁぁあ!」
わしゃわしゃと、頭を撫でられて痛くてまたお父さんに文句言い返せばまたお父さんは落ち込んだ。お母さんはそれを笑っていて、時計を確認したあと僕に言った。
「そろそろ寝なさい裕也」
「…はーい」
ホントはもっと起きてたかったし、ゲームもやりたかったけど、お母さんは怒ると怖いから僕は大人しく寝る準備をする。
歯磨きとトイレをちゃんとして部屋に戻ってから折り紙の裏にサンタさんへの手紙を書いた。ずっとずっとこの願いにしようって決めてたんだ。
「…お願いします、サンタさん…僕に翼をください」
夏休みに行った動物園でみた鷹は大きくてかっこよかった。でも、檻の中でちょっと狭そうだった。
あんなに立派な翼があるのに飛べないのなんてきっと勿体ない。そう考えたら飛んだらどんな気分なんだろうと思った。きっと綺麗だ、星とかもずっとずっと綺麗だと思う。
だから僕は翼がほしい。
サンタさんお願いします。
布団の中に入って、最後にそう呟いてから目を閉じた。
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ばさばさと、風の音がして目が覚める。なんだろうと思って起き上がると窓が開いてて風が入ってきてた。慌てて閉めようとして周りが真っ暗なことに気づく。
道の電灯もついてない。全部真っ暗で、月だけが光ってた。
空を見上げると星がいっぱい見えて吸い込まれるみたいだった。ずーっと暫く見てて体が冷えてきたから戻ろうとしたら流星がすっと落ちてきた。
僕の方に、落ちてきた。
「わぁ!」
ぴかぴかと明るいおもちゃみたいな星は僕の周りをてんてんとはねてから僕の背中にぴったりくっついてきた。
最初はすごく冷たかったけど、しばらくすると、それもなくなって、慌てて取ろうとしていた手を止める。無くなっちゃったのかなと背中の方に一生懸命首を向けたら…ちっちゃい翼が僕の背中にあった。
ぴろぴろと真っ白な翼が僕に教えてくれた。
「…やったぁ!」
僕の願いはかなったんだ! こんなに綺麗な翼が貰えた! サンタさんありがとう!
そう思ってからすぐにあることが浮かんだ。
さっそく飛んでみよう!きっときっとすごく楽しくてすっごく綺麗だ!
僕はベランダの柵に手をかけてよじ登り、真っ暗な街に体を傾けさせた。
僕がベランダから足を離した途端に翼は大きくなって羽ばたいて僕を空に運んでいく。友達の柚ちゃんの家や、春くんの家も見に行った。お願いが叶ったんだって教えたかった。
…でもピンポン押しても誰も出てこなかった。その上街のどこも真っ暗で鳥もいなくてつまらない。
つまんないから雲の上に出てみた。眩しい月を見上げて雲の間を通り抜けて、やっとたどり着いたところはやっぱり綺麗だった。
どんな絵本で見るよりも綺麗で素敵で…でも僕なんだかどんどん寂しくなってきた。
だって、綺麗ではあるけど、楽しくないから。
誰もいないし、一緒に鳥と飛べるわけでもないし。
僕はお家に帰ろうと思って。ようやく気づいた。
雲の上はどこまでも続いてて、目印になるものは何も無い。
高いところから見たことなんてない僕は自分が今どこにいるのかもわからなくて、帰り道もわからない。
「……お母さん…」
誰もいない。
「お父さん…」
何もいない。
「ふ、ぇ…」
お願いを叶えてもらえたのに、僕がずっとずっと楽しみにしてた事なのに、僕は翼なんていらないって思った。
自由に飛べるのはたしかに綺麗で楽しかったけど。
大好きな人が誰もそばにいないのは寂しいし悲しい。
一人ぼっちで楽しいのより、みんなで楽しい方がずっとずっといい。
「う…ひっく…サンタさんごめんなさい…ごめんなさい」
せっかくお願い叶えてもらったのに、こんなことを思うのはきっと最低だって分かってるけど。
「翼はもう要らないから…プレゼントも要らないから…お家に帰りたいよっ」
寂しいのは嫌だ、一人ぼっちは悲しい。一人ぼっちで翼を手に入れても何も楽しくない。
だから、お家に帰りたい。お母さんと、お父さんに抱きついて、抱きしめてもらいたい。お母さんの温かいホットミルクを飲んで、今日は一緒に寝たい。
翼が真っ白な光になって消えていく。空の上だから、急に翼が消えて、僕の体はどんどんと下に落ちていく。
僕は怖くなってずっとごめんなさいって言ってた。
お願い叶えてくれたのに。要らないなんて言ってごめんなさい、でも、僕帰りたい。帰りたいんだ。
そしたらあの僕の背中にひっついてきた星が僕の前にやって来た。チカチカと弱々しい光を放って、僕の方に擦り寄ってすぐに離れていった。
その星が寂しそうに見えて手を伸ばしたら、目の前にいつの間にかお母さんがいた。
「…あれ?」
「どうしたの、裕也。怖い夢見た?」
やさしい顔して、優しい声でお母さんが僕に聞いてくれる。
怖かった…、うん。怖かった。でも、それだけじゃなかった、優しくて、悲しい。
そっか、あれは夢だったんだと胸がぎゅっとしてお母さんに抱きつく。
「どうしたの?」
「…今日一緒に寝てもいい?」
「サンタさん待つんじゃないの?」
「ううん、今年はもう叶えてもらったんだ、だからいいの」
「そっか」
お母さんは頭を優しく撫でてくれて、すぐにいいよと言ってくれた。それから怖い夢でも見たのかと馬鹿にしてくるお父さんに思わず蹴りを入れたらお母さんも一緒にお父さんに文句言ってくれた。
昔みたいに三人で一緒に眠って、やっぱり一人ぼっちよりもこっちがいいと僕はサンタさんにまた、謝った。