95 『先手』は万手
トニトルスとは物別れに終わったものの、熟考の悪魔アウグスタを教師に迎えた了大。
前回とは違う教師から、前回とは違う能力を教えてもらい、パワーアップ。
そしてループの副作用として、あの人が再登場!
それからはできるだけ、真魔王城にいられる時間を修行に費やした。
魔力の感じ方、見分け方、いくつかの呪文、ナイファンチ……
前回得たものをアウグスタさんに見てもらう。
「それだけできるのであれば、基本は問題ないと考えてよいでしょう。ナイファンチ……この武術は私の専門外ですが《鳥獣たちの主》鳳椿と共通した癖が見られますね。彼から?」
「はい」
「彼も考えたようですね。もっとも……前回の彼の考え、ですか」
前回の彼。
そうだ、今は鳳椿さんにも僕の記憶はないんだ。
気分が沈む。
「落ち込んでいる余裕はありません。考えてもみてください。発動の原因と条件が不明である以上、次に負けてもまた時間が戻ってやり直せるとは限りませんからね」
今度負けたら今度こそおしまい。
そう考えて、甘えは捨てないと。
「はい!」
「良い返事です。では私からは《思考速度有意向上/Thinking Speed Up》と《動体視力有意向上/Dynamic Visual Acuity Up》を伝授しましょう」
思考速度と動体視力を上げる、か。
そうするとどうなる。
「この二つを兼備すれば、相手を見てから動く『後出し』において、よく考えた上で的確な回避と反撃ができることでしょう」
「なるほど!」
適当にテレビを見てた時の時代劇で聞いたことがある。
たしか『後の先』というアレだな。
戦い以外にも有用そうだ。
是非ともものにしよう。
学校がない時はできるだけ修行の日々。
週末だけと言わず、放課後もできるだけ次元移動だ。
だいたいの時刻をあらかじめ打ち合わせておけば、アウグスタさんが送り迎えしてくれる。
「リョウタ様。いくら専属教師とはいえ、私相手に『さん』付けや敬語は無用に願います。他の者に示しをつけることもお考えください」
アウグスタさん……アウグスタはさすが熟考の悪魔と言うだけあって、僕の都合とか悪目立ちしたくない意向とかをよく考えて、きちんと合わせてくれる。
ありがたい。
そうして地道な修行を積んで、時間もかけて、夏休みに入る前にどうにか《思考速度有意向上》と《動体視力有意向上》を修得できた。
でも、向上の『倍率』はまだあんまりだな。
「後は、習熟の度合いをさらに深めればよいのです。考え方が変わるわけではありません。単に使い込みですよ」
試しに、×点の目印をつけた石ころを高く放り投げて、それが落ちるまでを思考速度を上げた状態で眺める。
普通よりゆっくりに感じる世界の中で、石ころの向き、×点の場所がよく見える。
落ちる石ころを狙って……
「《ダイヤモンドの弾丸》!」
……基本の攻撃呪文《ダイヤモンドの弾丸》で狙い撃つ。
ただ石ころに当てるだけじゃなく、×点のところに正確に当てた。
命中精度にも大きな効果がある。
これはいい!
「ありがとう、アウグスタ」
「は……」
アウグスタに感謝だ。
お礼を言うと……アウグスタに抱きつかれた!?
「……はァー! 魔王様、可愛いっ!」
ちょっと、可愛いって!
そういう話じゃなかったよね!?
「専属教師の座を射止めればこれほどまでに役得とは! 前回の私は何を考えてこの役得をあのトニトルスなどに譲っていたのか! ああ、我ながら考えが及んでいない!」
物凄い勢いでまくし立てられる。
ちょっと引くぞ?
「……あ、あの、明日も学校なので、そろそろ」
「んっ……失礼いたしました。故郷における学業もおろそかにはできないという魔王様のお考え、このアウグスタに否やはありません」
真面目な時はきちんと真面目な人だ。
そこはトニトルスさんにも通じるところがある。
「明日が終われば土日と、その後はそろそろ定期テストですから、こちらにいられる時間が増やせると思います」
「はい、調整させていただきます」
スケジュール調整をベルリネッタさんとアウグスタに頼んで《門》を開けてもらって帰宅。
また明日。
「……あっ?」
「?」
アウグスタが何を思い出したのか《門》をくぐる直前の僕に駆け寄って、そっと耳打ちしてきた。
ベルリネッタさんにも聞かれたくないのかな?
「魔王様、ふと気になりましたが……この『二周目』が始まって以降、誰が魔王様に『可愛い』と言いました?」
何だそりゃ。
そんなの……あれ?
言われてない。
ベルリネッタさんにも愛魚ちゃんにも、言われてないんじゃないか?
「ん……アウグスタだけかな……?」
むしろ今日初めて言われたんじゃないかな。
でもまあ、面と向かって言われてないだけだろう。
「それが何か?」
「いえ。熟考の悪魔にも思い過ごしはありうるということです。熟考ゆえの考えすぎも、ね」
なんだか意味深な発言だ。
でも、熟考の悪魔と言うだけはあるから、考えなしの発言じゃないだろう。
意外と『可愛い』と言われてない、か……
まあ、可愛いよりはカッコいい方がいいよ。
翌日。
真魔王城に戻ると、すっかり忘れてた人に会った!
ああ、久しぶりだな……
「何よ? じっと見つめて……ははーん。アタシがそんなに美しい?」
……星の嘆きの大悪魔、フリューリンクシュトゥルム!
前回は転生もできないようになんて念入りに消滅させられてたけど、時間が戻ったからそれもご破算になったのか。
「うん、なんだか感慨深い」
「変なガキんちょね?」
フリューが健在。
皆の記憶が失われて淋しかった二周目にも、いいところがあるじゃないか!
これならヴァイスも泣かなくて済むね。
「で、フリューはやっぱり僕のことが気に入らない?」
せっかく健在なら、今度は喧嘩したくないな。
穏便に済ませて、できれば仲間になってほしい。
「……どうかしらね。見た目はガキんちょなんだけど、なんか落ち着いてる感じで……魔王輪は全力じゃないみたいでも、身の丈に合った使い方というか、持て余してるでもなく」
今度のフリューは喧嘩腰じゃない。
むしろ僕を冷静に分析して、一定の評価を下してくれてる?
「これからもっと強くなりそうというか……なんか、まともにやり合うのは損な感じね。やめとこ」
「それがいい、フリュー」
アウグスタも来た。
そうか、この二人は同じ《悪魔たち》軍団の仲間だ。
仲良くしてるんなら、それに越したことはない。
「フリューがよく考えてくれて助かった。君は血の気が多く喧嘩っ早いところがあるからね。考えなしに戦いを挑みでもしたらどうしようかと心配していたよ」
いや、実際に前回はそうなってたよ。
フリューにも僕の体感が二周目なのを説明しておこう。
斯々然々。
「はァ!? それでアタシは死んでたの!?」
「ぶふっ……言わんこっちゃない……あははっ……」
修行のやり直しに熱中してたから、アウグスタにも前回のフリューの話はしてなかったな。
今日初めて聞いたアウグスタはしめやかに失笑。
「アタシがそんなあっさり殺されちゃう未来なんてクソっ食らえよね。アンタが付き合う相手を選ばないからそうなんのよ」
「いや、話の筋から考えると、魔王様に反抗心剥き出しだった君が自滅したようなものだぞ」
なんにしろ、やり直しの理由がひとつ増えた。
今度はフリューとも仲良くしたい。
「そう言えばさ……アンタ、あっち関係はどうなの」
あっち?
フリューの言わんとするところは……
「女関係よ。この女の城で、我慢できなくて溜まっちゃうんじゃないの?」
「私はそういった意味では任命されておりませんが……魔王様はどのようにお考えで?」
……エッチ関係のことか。
そりゃ、イチャイチャパワーでのパワーアップがかかってるからね。
明日も学校だから日帰りで時間がないという時は、ベルリネッタさんが口でしてくれる。
泊まりの時、夜は『わたくしばかりが魔力をいただいていては、他の者からの風当たりが強くなりますので』とベルリネッタさんが言うのもあって、他の人を……幻望さんや候狼さん、ヴァイスあたりを誘っている。
朝は、ベルリネッタさんが口でしながら僕を起こしてくれる。
そんな感じで、僕の魔力で強くなってもらっている。
もちろん、不自由なんかしていない。
「なるほどね……それであいつら、妙に魔力が増えてたわけか……」
「考えてみれば、彼女らばかりにいい思いをさせておくのは得策ではなかったな……」
フリューとアウグスタが顔を見合わせる。
そして、何かこう……悪い顔に……
「よし、アンタ! 今夜はアタシたちが楽しませてあげるわ! 感謝なさい!」
「魔王様、今日までこのアウグスタを抱いてくださらなかった理由、どういうお考えか……ベッドでゆっくりお聞かせいただきますよ」
……二人してエッチのお誘い!?
いや、お誘いというよりもむしろ、強引に連れ込まれてる!?
あっという間に王様ベッドで、三人とも裸。
「何よアンタ。胸ばっかり見て……赤ん坊みたいに吸いたいの?」
「魔王様は大きな胸がお好きと伺っておりますからね。どのようにしたいとお考えですか?」
僕の弱点を……巨乳好きを的確に狙い撃ちされてる。
この状況はもう考えるまでもない。
いただきます!
* フリューがレベルアップしました *
* アウグスタがレベルアップしました *
まさに悪魔の誘惑。
二人の巨乳美女を美味しくいただいたり、二人の巨乳美女にサンドイッチにされて美味しくいただかれたり。
「や、あはぁっ……アンタ、すごいじゃない……イイわ……♪」
「これほどまでとは……はぁ、はぁ……これでは、魔王様と寝ることばかり考えるようになってしまう……♪」
そう言う二人もすごい。
めくるめく色欲の夕べ。
ただしひとつだけ、気になったことがある。
「ねえ、二人とも。僕のこと『アンタ』とか『魔王様』とかさ、そういう呼び方じゃなくて、名前で呼んでくれないかな」
思えば、前回の出来事の中でヴァイスが作り出した夢の中では、再現されたフリューは最後に僕を『リョウタ』って……名前を呼んだ。
アウグスタと親しくなってエッチしたのは今回が初めてだけど、これからもっと親しくなるなら……名前を呼んでほしい。
「……嫌、かな……?」
前回のカエルレウムやトニトルスさんを思い出す。
『りょーた』って僕を気さくに呼んでたカエルレウム。
『リョウタ殿』って僕を盛り立ててくれてたトニトルスさん。
もう帰ってこない時間が、僕だけに残した懐かしい思い出。
「今、他の女のこと考えてたでしょ。ナメてんの?」
「そういう切ない表情も可愛いですが、私たちを想いながらにしてほしいですね」
うわっ、あっさり見抜かれた。
この二人にはお見通しだったか。
「ごめん」
「しょうがないわね……その代わり『これから』は、アタシたちを大事にしなさいよ、リョウタ♪」
「フリューの言う通りですよ。『昔』の女のことなど考えられなくして差し上げますから、お覚悟を。リョウタ様♪」
フリューがおっぱいで甘えさせてくれた。
アウグスタも、言えば甘えさせてくれる。
安らいだ気分で眠った。
翌朝。
フリューとアウグスタさんの二人に挟まれて目が覚めた。
「ふふん。どうよ、リョウタ。この起こし方は♪」
「リョウタ様の嗜好から考えて、これは効果抜群でしょう?」
絶句。
そう……『二人に挟まれて』目が覚めた。
男子のアレが、四つの豊満なふくらみに囲まれて嬉しい悲鳴を上げてるぞ。
これは、すごい……
* フリューがレベルアップしました *
* アウグスタがレベルアップしました *
朝からいきなりイチャイチャ。
改めて考えてみると、とんでもない生活だ……
「おはようございます」
ベルリネッタさんだ。
そう言えばここ最近、朝一番はベルリネッタさんの口でしてもらってたっけ。
「今朝は……ふむ、既に『済ませて』おいででしたか」
いつも誰かに朝から抜いてもらってるぞ。
大丈夫か、これ。
寝室から出て、浴場へ。
昨夜三人で汗を流した体を清めて、また修行だ。
学校は夏休みに入る。
今回修得した能力の使い込みと……
「当代の勇者が現れました」
……対勇者戦。
考えてみると、あいつって勇者スキルとやらに依存してる上に、こっちには前回の記憶があるから、もしもあいつの方に前回の記憶がないなら楽勝なんだよね。
虫の対処が面倒なのと、勇者の剣の能力に気をつけてメンバーセレクト。
たしか《神月》だったかな。
あれと相性が悪いだろうから、その分はベルリネッタさんやフリュー、アウグスタに城の守りを固めておいてもらおう。
愛魚ちゃんに至っては、前回は拉致されたからな。
いっそのことあっちの次元の、深海御殿にいてもらうことにする。
えっと……後はどうしよう。
自分の方に虫の大群が来ると面倒なんだけど、前回はルブルムに防御の呪文を使ってもらったんだっけ。
ルブルムか……
今回は会ってもいないや。
「いや、ここは私が同行しましょう」
「アウグスタ? 話、聞いてた?」
たぶんアウグスタだと《神月》を受けたら、前回のヴァイスと同じようなことになる。
ネタがわかってるなら、それは避けたいのに。
「聞いていたからこそですとも。相性の悪い攻撃だろうと、来るとわかっているなら撃たせなければいいだけです」
確かにそれはそうだけど。
もっと言えば、勇者の強さが前回と同じとは限らない。
なにしろ勇者だ。
魔王である僕と同じように、前回の記憶を持っている可能性がある。
「その時はそうとわかった時点で撤退としましょう。戦うにせよ逃げるにせよ、常に機先を制することで戦いの半分ほどが決まるものです。《先手は万手》ですよ」
先手必勝か。
国民的ロボットアニメのライバルキャラも『当たらなければどうということはない』って豪語してたっけ。
でもあれはあくまでもアニメだ。
大丈夫かな……
「リョウタ様、もっと私を信じてください。リョウタ様の言う『イチャイチャパワー』で強くなった私を」
「それを言うならアタシも信用すること! 城の方は心配しないでいいわよ!」
……信じよう。
アウグスタを、フリューを、そして自分自身を。
◎先手は万手
相手より先に物事を行い機先を制することが、他のどんな手段よりも効果的で、優位に立てるということ。
先手必勝。
「先手」の「先」と「千」をかけ、それに対応して「万」を用いることで、調子よく言うもの。
星の嘆きの大悪魔、フリューリンクシュトゥルムが再登場可能になりました。
ループものにすることは第1話の投稿よりも前から決定していましたので、最初の時点ではあえて気にせず死なせていました。
今後は彼女にもいい扱いをしたいところ。




