94 上げ舟に物を『問え』
二周目進行で少しずつズレていく流れを、自分に引き込むために奮闘する了大。
どうにかなること、どうにもならないこと、今初めて見ること。
いろいろ入り交じります。
浴場で、ベルリネッタさんに体を洗ってもらったり『抜いて』もらったりした後、寝間着を着る。
着るのもベルリネッタさんが補助してくれた。
寝間着か……
つまり『泊まれ』ってことね。
「それでは、この後はどのようにいたしましょう?」
どのように、とは……?
まあ、アレな意味なんだろうけど。
「ご希望をお申し付けください。尻を向けて穴を広げろとか、上にまたがってお前が動けとか、もっと人数を増やせとか……ただし、首絞めや殺傷といった行為はご遠慮ください」
「待って!?」
なんかとんでもないことをさらりと羅列された!
首絞めとか殺傷とかなんてしないよ!?
他のは、まあ……してみたかったり、前回のうちにしてみてたりだけど。
と言うか……
「さっきのお風呂で一回、済ませちゃったからなあ」
そう。
スタンディングオベーションの後はお行儀よくご退場。
男子のアレは公演終了後だ。
となると。
「添い寝だけ、してください……今は甘えさせてほしくて」
ベルリネッタさんのおっぱいに甘えて寝るとかなんとか、そういうのをお願いしよう。
殺傷でもなんでもないから通るはずだけど……
「まあ、それでよろしいのですか? では……どうぞ、わたくしに甘えてくださいませ」
……通った。
そりゃそうか。
やっぱりベルリネッタさんはいいなあ。
「おやすみなさいませ」
心地よい感触に包まれて、滑り落ちるように眠気に引き込まれた。
おやすみ……なさ、い……
翌朝。
異変を感じながら目が覚めた。
下半身の、いや、男子のアレの感触が変だ。
何かに包まれてるような、吸い込まれてるような!?
見てみると……
* ベルリネッタがレベルアップしました *
……ベルリネッタさんにまた、口でしてもらっていた。
そりゃ、朝はそっちも起きるものではあるけど。
いきなりですか?
「ふふふ。朝一番の魔力、ご馳走さまでした」
そしてまたベルリネッタさんは飲んだ。
僕が無理矢理させてることじゃなくて、ベルリネッタさんが自分からしてくれることなら、いいか。
さて、ベルリネッタさんに会ってイチャイチャパワーでパワーアップしてもらったところで、いったん帰ろう。
次は向こうでの金曜日夕方からになる旨を伝えて、帰り支度を頼む。
「お帰りになられる?……帰る必要が?」
残念ながらあるんですよ、一応。
来た時の服に着替えて、財布とスマホも確かめて……そう。
前回では、最初はスマホを持って来なかったけど、今回は持って来てた。
次元移動が済んだら時刻合わせしよう。
靴を履き替えて、と。
あ、履き心地がやっぱりちょっと違う。
靴を持ってきたのは、黎さん。
「ね、黎さん」
「何でしょう?」
これは前回同様のことになってるな?
側まで呼び寄せて、そっと耳打ち。
「この靴って、すり替えた?」
「!?」
黎さんは明らかに動揺してる。
やっぱりやったのか。
「お許しください! お許し……ください……」
ああ、怖がらせちゃった。
そんなつもりじゃなかったのに。
「大丈夫だよ、怒ってないから。内緒にしといてあげる」
「あ……ありがとうございます!」
それだけ簡単に確認したかった。
靴そのものがどうというわけじゃなくて、靴はバロメーター。
愛魚ちゃんと付き合ってないとか寄り道せずに帰ったとか、僕の行動が変わると結果もけっこう変わるというのはわかったけど、そうでないこと、僕の行動が関係しないことの結果も変わるのかどうかが知りたかった。
それでまずは試しに靴について確認してみたけど、これが前回通り。
なるほど、周囲は僕が干渉しなければだいたい同じように進みそうだ。
どこにどう干渉して、どう変えるかが問題だな。
次元移動して帰宅。
零時を過ぎて午前様になってた……ちょっと長居しすぎたか。
とはいえ、お風呂はあっちで済ませて、寝るのもあっちで寝てきたから、眠くもなければ睡眠不足でもない。
静かに部屋に戻って、学校の支度をちゃんと済ませて、あとの空いた時間はうたた寝。
そしてまた、いつも通りに登校。
「おはよう、了大くん」
愛魚ちゃんが挨拶してきた。
微妙な距離感。
付き合ってはいないはずなんだけど、仲が接近した……と思われてる?
「おはよう、深海さん」
わざと『深海さん』って呼んでみる。
するとまた、頬をふくらませて不満げになる。
「……あー、そうだった。まだ慣れなくて。おはよう、愛魚ちゃん」
「えへへ♪」
あっさり機嫌が直る。
そしてまた、学校で普通に……古文の授業は前田先生。
ベルリネッタさんに絡んで殺されることがなかったから、前田先生が生きてて普通に授業をしてる。
放課後になって、家に帰ろうと校門へ。
そこには高級乗用車と、スーツを着こなした男性の姿があった。
見覚えがある光景だ。
「あれはうちの車に、社長秘書の鮎川さん」
だよね。
愛魚ちゃんと付き合ってなくても来るのか。
なんでだろう。
社長が……阿藍さんが会いたいという用件も同じだ。
とにかくここは言われる通りに行こう。
「初めまして、真殿了大です。お嬢さんのクラスメイトです」
この時点では親に言えないような後ろめたいことは何も――それこそ肉体関係どころか男女交際さえも――ないから、物怖じする必要もどこにもない。
気楽なものだ。
「呼びつけておきながら申し訳ない。この後すぐ次の来客がある約束でね」
ここだ!
このタイミングで、阿藍さんがベルリネッタさんと何かを話し合うはず。
それなら。
「来客というのは、ベルリネッタさんですか?」
「……むッ」
突っ込んでみる。
阿藍さんの表情が少し、ほんの少しだけ変わった。
やっぱりそうか。
「どうやら『時間が戻る前の記憶で物を言う』という話は本当らしい」
阿藍さんは小さくため息をつくと、鮎川さんにアイスコーヒーのお代わりを持ってこさせた。
またシロップとクリーマーを入れて、ありがたくいただく。
年配の家政婦さんに通されて、ベルリネッタさんが来た。
「愛魚、お前も聞きなさい。いつかお前には『時期が来れば教える』と言ったが、どうやら今がその『時期』らしい。ならば、すべてを教えよう」
なるほど、このタイミングでこう来るか……
その後は情報交換の時間になった。
僕が魔王で、不完全で低出力ながらも魔王輪の力をそれなりに安定制御できていること。
ベルリネッタさんが六つの軍団の一つの長《不死なる者の主》であること。
阿藍さんも同じく《水に棲む者の主》であること。
愛魚ちゃんは阿藍さんの命を受けて、僕と同じクラスになるように工作された上で僕を監視していたこと。
そして、今の僕は一度時間が戻った『二周目』であること。
僕にとって新しい情報はなかった。
情報を交換していたのは残りの三人だな。
なんて気を抜いていたら。
「魔王様の精を二度ほどいただきましたが、並外れた量の魔力が得られました。密度という意味でも格段に違いましたね」
「んなッ!?」
ベルリネッタさんにイチャイチャパワーをあげた話にまで踏み込まれた。
前回は秘密でもなんでもない話だったけど、今回の愛魚ちゃんにはショックだったみたいで。
「そんな、そんなことを……この人と……!?」
特に否定しない僕にも、平然としたベルリネッタさんにも、嫌悪感のようなものを込めた目を向けてきた。
この時点では純潔の愛魚ちゃんには、嫌な話だったか……
「悔しかったらお前も奮起しなさい」
阿藍さん、そういうこと言っちゃうのか……
厳しさというより無理解じゃないんでしょうか、それは。
鮎川さんに車で送ってもらって帰宅して、翌日。
玄関を出ると……愛魚ちゃんがいた。
「おはよう、了大くん」
おしとやかな挨拶。
ベルリネッタさんじゃなくて、愛魚ちゃんだ。
一旦ドアを閉じて、改めて開けてみる。
「おはよう、了大くん♪」
今度は満面の笑み。
朝一番でうちにまで来るなんて、今回のいつからそういう関係になった?
僕から告白はしてないよな?
まあ、それより登校だ……と思って駅まで歩き始めたら、鮎川さんもいた。
もちろん、例の高級乗用車つきだ。
「車で一緒に行こう?」
なんで車?
電車は事故とか運休情報とかないよね?
「差し出がましい口をお許しください、真殿様。愛魚お嬢様と旦那様のご意志、お察しいただきたく存じます」
……囲い込まれたか。
つまり阿藍さんの公認した策略で『愛魚ちゃんとイチャイチャしろ』って言われてるわけだ、この状況は。
父娘揃って『ベルリネッタさんに出し抜かれた』とでも思ってるな?
とりあえず、学校に行くことには変わらない。
今日は鮎川さんの運転で……あれ?
いや、そっちの道は避けましょうよ。
通勤ラッシュですごく混むんですよ。
ちょっと、そこの踏切は一度閉じたらなかなか開かないやつ!
まさかのノロノロ運転で、普通に電車で行くより時間がかかる始末。
おかしい。
鮎川さんって、こんな『出来ない』人だっけ?
「大丈夫、まだ十分間に合うから。ね?」
確かに、学校の予鈴に対してだけなら時間的な余裕はあるよ、うん。
でも、悪目立ちしたくないから早めに着いておきたかったのに。
こうなると……
「ちょ! 何それ!? 一緒の車で登校て!?」
……人が多い時間になって、たくさんの生徒に目撃される。
物怖じせずに話しかけてきたのは、クラス委員の富田さんくらいなものだ。
何と答えたものか。
「父さんがそうしなさいって。ねー、了大くん♪」
愛魚ちゃんは当然のように、僕に抱きついてきた。
密着して、おっぱいも当たる。
……悪目立ちしている中でだ!
「父親公認の仲ってこと!?」
富田さんは二度びっくり。
周囲を見回すと、様々な感情が入り交じった他の生徒の視線と……電話している鮎川さん。
何を話してる?
選り分けて聞き取れるかやってみよう。
魔王様の耳は地獄耳!
「……はい、目撃者多数。成功です。時間帯調節は抜かりありません。ギリギリですが、もちろん定刻前です。むしろこの場合、ギリギリの方が……」
やられた!
鮎川さんは『出来ない人』じゃないどころか『わざとこの時間になるようにそれとなく遠回りをして、目立つように学校に着いた』ということか。
既成事実で追い込むとは……それは、やり方が汚くないか?
釘を刺しておこう。
「鮎川さん、次回からは車は結構です。今日の帰りも。阿藍さんにも伝えてください」
「……かしこまりました」
そういうの、僕は好きじゃない方なんだな。
自覚してなかったけど。
今朝の件で、校内を悪い噂が席巻する。
結局はこういう展開に収束するのか。
ようやく帰れる……このタイミングだと、次は何だっけな。
そろそろ真魔王城で自己紹介とか修行開始とかだったような。
帰って私服に着替えておく。
「ベルリネッタ、罷り越しました」
あらかじめ金曜の夕方を指定しておいたから、出迎えにベルリネッタさんが来た。
家族に見られると説明が面倒だ。
さっさと《門》を開けてもらって、真魔王城へ。
皆を集めて自己紹介。
こうして二回目になって冷静に見回すと、知った顔で視線が止まる。
幻望さん、候狼さん、猟狐さん、などなど。
あ、あっちにヴァイスもいる。
でも……
「皆、僕の記憶はないんだよな……」
……寂しい。
僕だけが全部覚えてる一方で、誰も皆、何も覚えてない。
全部アルブムのせいだ。
あいつに勝つには、自分を鍛え直さないと。
そのために。
「呼び戻しておりました教師が今朝到着いたしまして、ぜひ実技をと申しております」
今日から実技。
ここはトニトルスさんだな。
「魔王様専属の教師を仰せつかりました《雷のくちばし》と申します」
この人には、もっといろんなことを教えてほしいと思ってた。
それだけじゃない。
あんな喧嘩別れじゃなくて、味方でいてほしかった。
そういう切なさがこみ上げてくる。
「早速で失礼ながら……魔王様はこれまで、どのような敵と戦ってこられましたかな?」
敵。
もちろん、アルブムのことが浮かぶ。
あのふてぶてしい態度。
怪しげな触手。
複合属性の《息吹》
そして《全開形態》の巨躯。
「うむ、そのお顔。思い当たる節があるようですな。何も殺し合いという意味でなくともよいのですぞ」
殺し合いだ。
負ければ魔王輪を奪われて殺される。
勝ったところで、あの時間の記憶は失われたままだ。
その原因となったあいつを生かしておくつもりなんかない。
殺すか、殺されるかしかない!
「記憶の函の奥底より出でよ……《回想の探求》!」
僕の記憶を元に幻影を作る試練の呪文が、アルブムの姿を写し取る。
それを見て何もわからないトニトルスさんじゃない。
「む!? あれは、まぎれもなくアルブム様のお姿……この少年……」
トニトルスさんは距離を取って、僕と幻影のアルブムが戦う様子を眺める。
幻影のアルブムは、あの変な触手を飛ばしてくる。
あの時、ユニットの補助に頼らないと避けられなかったそれを、生身で避けることができずに僕は滅多打ちにされて、あっけなく負けた。
勝てるイメージが全然浮かばない。
「もうよい」
トニトルスさんが幻影を消した。
倒れ込んだ僕を見下ろす目は……冷たい。
「弱いだけならばまだよい。鍛え直すだけだからな。しかし……アルブム様に敵対し、そのお命を狙うというのが気に入らん。大体がなぜ、アルブム様にあのような触手などが生えておるのだ」
僕はこの目を知っている。
この目は、相手を見捨てる時の目。
僕から離れて行った時の、僕が最後に見た目だ。
「……ベルリネッタよ、この話は気に入らん。おろさせてもらう」
「トニトルスさん!? そんな、困ります」
トニトルスさんは去って行った。
結局、あの人は味方になってくれないのか。
どうしたらいいんだ。
「お悩みのようですね」
……?
この声、誰だっけ……
姿を見ると、青銅色のような色彩の服に金髪で、やっぱり巨乳。
碧眼には眼鏡をかけていて、知的な装い。
ハロウィンや忘年会のイベントでは会ってた気がする人だ。
「ベルリネッタさん、よく考えてみてください。トラーンスケンデーンス・アルブムが敵になるというのに、その弟子の……言わば子分であるトニトルス・ベックスが味方になるわけがないじゃないですか」
「いえ……まさか《回想の探求》であれほどはっきり、アルブム様のお姿が現れるとは思いもよらず」
「聞いてたならそこは考えましょうよ」
その人がベルリネッタさんと相談しているうちに、体の痛みが消えた。
なんとか起き上がる。
「どうせ教師役を頼むにしても、せめて考えて相手を選べということです。《上げ舟に物を問え》とも言うでしょう」
トニトルスさんとは違うけど、闇と天と地の属性を併せ持つ魔力。
この人は……たしか、えーと……
「アウグスタさん、だっけ?」
「いかにも。魔王様の専属教師はこの私こと、熟考の悪魔《アウグスタ/Augusta》が勤めさせていただきましょう」
うん、アウグスタさんだった。
この人なら、僕の味方になってくれるのか……?
◎上げ舟に物を問え
ものを問う前には相手を選ぶ必要があるということ。
川を下る舟は速いので、何かを訊ねてもゆっくり答えている余裕がないのは当然で、ものを訊ねるのなら流れに逆らって上る遅い舟に聞いた方が良いということから。
新キャラ、熟考の悪魔アウグスタが登場。
何かにつけて「考えて」と言い出すのが口癖ですが、オーギュスト・ロダンの「考える人」像に着想を得たキャラです。
(オーギュストの言語違い+女性形がアウグスタ)
そして、最近めっきり出番がなかったキャラが次回は久々に再登場します。




