93 有為『転変』
ターニングポイント・二周目開始スペシャル。
抜き打ち更新プラス増量でお送りします。
時間が戻ってやり直しに賭ける了大をごらんください。
アルブムに負けるかと思ったら、時間が戻った。
それも、負ける前どころか魔王になる前にまで。
なぜ戻ったのかはわからないけど。
「ここからやり直すとしたら……」
なんでこうなったんだ。
アルブムが攻めてくるとなって、トニトルスさんやイグニスさんと喧嘩別れのような状態になって。
アルブムが実際に攻めてきて、ヴァイスがやられたり凰蘭さんや鳳椿さんと敵対したりして。
アルブムに負けて、愛魚ちゃんを操られて自決させられたり、ベルリネッタさんを操られて斬り殺されそうになったりして。
くそっ……それもこれもアルブムのせいじゃないか。
「とりあえず、まずはなんとかして真魔王城に行きたいな。行って魔王輪を見せさえすれば、少なくとも話は聞いてもらえるだろう……」
とはいえ、誰にどうやって切り出したものか。
自分で《門》は開けられないし、深海御殿の常設のを借りるにも、時間が戻ってるから愛魚ちゃんとの付き合いはないし。
「いや、帰って寝るか……」
むしろ……なんか、一気に疲れた。
今日はもういいや。
僕は久々に『自分の家』に帰った。
厳密に言うと久々でもなんでもないはずだけど、住み慣れた自分の家、自分の部屋のはずなのに、ずいぶん久しぶりに感じる。
確か……冬休みの終わりごろにヴァンダイミアムでひと騒動あって、そこで怪我をして、治りにくいから療養して、一月の終わりごろだったか……
アルブムに全部ぶち壊しにされて、なぜか時間が戻って、カレンダーは……前年の五月だ。
だいたい九ヶ月前後はロールバックしてる。
「お風呂、入っちゃいなさい」
「はーい」
入浴。
一般家庭の、大きくはない風呂場だ。
据え付けの鏡で下腹を確認する。
魔王輪は確かにある。
魔力の流れも感じる。
魔王輪も、これまでの経験や能力も、失われてない。
でも、大事なものが失われた。
突然始まって、荒唐無稽で、でも最高に濃密で、楽しくて、幸せだった時間。
あの九ヶ月が……
もっと長かったような気がするのは、ヴィランヴィーで過ごすとズレが起きるからかな。
だから僕の体感ではもっと長く感じるのか。
「アルブムが来たのもアルブムに負けたのも全部夢で、明日起きたら真魔王城だったらいいのにな……」
また、ベルリネッタさんに起こしてもらって『おはようございます』って言ってもらって、のんびりして過ごしたいな……
そんなことを考えながら眠った。
翌朝。
僕を起こしたのは、ベルリネッタさんの声じゃなく。
「わかったよ、起きるよ、もう……」
スマホに仕掛けたアラーム。
家からの最寄り駅まで、そこから学校前の駅まで、さらにそこから学校まで、それぞれの所要時間から逆算して仕掛けた時間にアラームが鳴る。
起きて支度をして家を出ないと。
この時間でも遅刻はしないけど、電車が混雑してゆっくり座れなくなって疲れる。
いつものように余裕を持って家を出て、学校に向かう電車に乗る。
「あ。まな……」
愛魚ちゃんが同じ車内にいる。
でも、そうだ。
あれは『交際相手の愛魚ちゃん』じゃない。
単に『同じクラスの深海さん』なだけだ。
僕は声をかけるのをやめて、まな……深海さんから離れた席に座った。
定刻通りに運行する電車に揺られて、流れる景色を窓から眺めながら学校に着いて、まだ他に誰もいない教室に入って、自分の席で一息つく。
完全に『いつも』の日常だ。
深海さんが来て……深海さんも自分の席に。
そこで本を読むんだろう。
図書室からあれこれと借りて、読破して返してはまた借りて、繰り返し。
なかなかの読書家なんだよね。
そんなことを考えていると。
「真殿くん、少しいい?」
深海さんからこっちに来て、僕に話しかけてきた。
何か用かな。
「……何?」
「昨日のこと、なんだけど……」
昨日。
昨日っていつだ。
記憶が入り交じるから、いつのことを指すのか……
「昨日、保健室から帰って来た時、私のことを名前で呼んでたから……」
ああ、そのことか。
確かに『今となっては』変だもんな。
直すよ。
「つい、うっかりだよ。ごめんね。『深海さん』」
魔王輪のある下腹じゃなくて、心臓のあたりがじくじくする。
心が軋む。
そうだ。
もう、あの『愛魚ちゃん』じゃないんだ。
自分の口で改めて『深海さん』って言うと、それを思い知らされる。
これはなかなか……キツいな。
「ううん、怒ってるんじゃないの。むしろ……」
深海さんの反応は別に冷たくはない。
むしろ、初々しい年頃の少女の好意を感じる。
僕は知ってしまっている。
深海さんは……
「……むしろ、これからも名前で呼んでほしいかなって」
「ういーす」
「はよー」
……深海さんは本当は僕を、って。
他のクラスメイトが来はじめた。
「んー? 深海さん、真殿なんかと何話してんの?」
不審者を見る目で僕を見る女子が現れた。
やっぱり品のない女だな。
家庭でのしつけが知れるぞ。
「けっこう大事な話みたいだから」
僕からそうは言ってみるけど、これは逆効果になりそうかも。
何しろ僕は嫌われ者だからな。
「真殿、お前調子に乗ってんなよ?」
これだよ。
やっぱりそうなるのか。
でも僕に逃げる理由はない。
今の状況は、深海さんから僕の席に来て話していた途中。
僕は自分の席についているままだ。
「……何が『調子に乗ってんなよ』だ。お前が言うな!」
敵対的な反応。
アルブムに負けた時のことを思い出させる、嫌な感触だ。
無性にイライラする。
お前なんか、どこかへ行ってしまえ。
魔力を込めて……《威迫の凝視》ッ!
「うぇっ、女子相手に睨んでイキッて、ダッサ!」
追い払うことはできたけど、悪態をつかれた。
昨日は猿どもに三段返ししても、何も言い返されなかったのに。
あいつの精神が猿どもより強いのか、それとも僕の方が弱ってるのか……
なんでもいいや。
あんな奴がどうなろうと知ったことか。
「……真殿くんって……?」
深海さんはその様子を見ていたらしい。
今ので、闇の魔力を感じ取られたかな。
この日は何事もなく終わった。
そう……何事もなく。
深海さんと付き合い始めたわけじゃないから、至って普通の一日。
寄り道もせずにまっすぐ帰宅すると、家族全員が出かける支度をしていた。
「今日は外で食べましょ」
そう言えばそうだったかな。
時間が戻る前はどうだったっけ……えーと……
たしか『愛魚ちゃん』とマクダグラスで寄り道して帰って、家に誰もいなくて千円置いてあったんだっけ?
でも寄り道せずに帰ったから、出来事が変わってるのか。
私服に着替えて車に乗って、一家勢揃いで外食。
なんとなく見本写真が目についたエビチリを注文。
なかなか美味しい。
「エビの食感か……」
これはエビだ。
あの時に食べた《沼芋虫》じゃない。
臭みもないし、ネバネバした汁もないし、美味しい。
なのに。
なんでスワンプクローラーを思い出すんだろう。
あの時はあんなにも不味いって、もう勘弁してって思ったのに。
家に帰って、明日の学校の支度もお風呂も済ませて、少しだけスマホをいじる。
ファイダイにログイン。
「りっきーさんにエール返し、か……」
ゲーム内のフレンド一覧にある《りっきー》の名前に視線を落とす。
りっきー……赤の《聖白輝龍》、サンクトゥス・ルブルム。
美少女の外見でエッチな薄い本を持ってきてくれたり、薄い本のイメージでエッチしたり、なんてこともあったけど。
もう『今』は、画面の向こうのルブルムにはそんな覚えはないんだ。
フレンドのりっきーさん。
ただそれだけでしかない。
心臓のあたりがじくじくする。
「……りっきーさん……ルブルム……」
ユリシーズのレベル上げをする気分になんかとてもなれなくて、ログインボーナスの受け取りを確認したらあとはエール返しだけして、タスクキル。
スマホは充電を仕掛けて、夜更かしもしないで、寝た。
次の日も普通に登校。
普通だ。
待ち合わせする恋人もいない、いつも通りの一人での登校。
そのはずだったんだけど。
「隣、いいかな?」
……深海さんだ。
同じ電車になることが多いのは、それこそ時間が戻らなくても知っていた。
見かけたことも、同じ車両になったことも、何度もあった。
車内で話したことは、付き合い始めるまでは一度もなかったけど。
それが今日は、どうしたんだ?
「席なんて他にいくらでも空いてるのに?」
この状態で、どういうつもりだろう。
何か話でもあるのかな。
「ん……真殿くんの隣が、いいんだもん……」
それだけのことか。
そのくらいなら、いいか。
「深海さんがそうしたいなら、どうぞ」
「それ!」
それだけじゃないのか?
僕の隣に座った深海さんだけど、ぷぅーと頬をふくらませて、まだ不満そうだ。
距離感がつかめない。
「昨日! 『これからも名前で呼んでほしい』って言ったのに!」
呼べって言うのか。
僕に……『愛魚ちゃん』って……
「でね。私の方もね? えっと、その……りょ、りょ……」
「りょ? 《呂布/Lu Bu》?」
「違うよ!?」
先は読めてたけど、わざとボケてみた。
もちろん違う。
そりゃそうだ、三國志の話はしてない。
「私も名前で……『了大くん』って呼びたいの……ダメ?」
もう呼んでるじゃないか。
そのくらいなら好きにしたらいいのに。
「……わかったよ。『愛魚ちゃん』」
「えへへ♪ 『了大くん』……やぁん♪」
この『愛魚ちゃん』は気楽なもんだ。
アルブムが攻めて来るのも知らないし『前回』に僕と何があったかも知らないし……おそらく阿藍さんからも、何も知らされてない。
「えへへ……了大くん……♪」
どうしてだろう。
無邪気に浮かれる『今の愛魚ちゃん』を見ていても、まるで自分の身近な出来事のようには思えない。
どこか他人事のような、不思議なような、冷ややかなような……
一歩引いた感覚にしかならない。
お互いの二人称が変わったとはいえ、関係性まで変わったわけじゃない。
また今日も特に大きな事件はなく、帰宅。
魔王輪には自覚できる変化がないから、あの頃にあった下腹のじくじくとした痛みはもうない。
だから変わったことは、病院には行かなかったことくらいか。
少しずつ変わって進む日常。
同じにならないこの状況は《有為転変》と言うか……なんと言うか……
「もしかして……このまま僕は真魔王城に行かなくてよくて、このまま日常を普通に過ごしていろってことか……? でも……」
日が暮れたところで、出歩くことにした。
目的は……ある。
たしか、今日は。
「でも今日はたしか、僕がベルリネッタさんと最初に出会った日のはずだ」
コンビニに行ったり、その帰りに公園にも寄ったり。
そしたら公園でベルリネッタさんに会ったんだ。
あちこち『前回』とは違う流れになっていても、そこが変わらないなら。
「もしベルリネッタさんに会えれば……きっと真魔王城に行ける……!」
いや、違う。
僕は『真魔王城に行きたい』んじゃない。
本当は、僕は……
「僕を見つけて、ベルリネッタさん……」
……僕は『ベルリネッタさんに会いたい』んだ。
会って、顔を見て、話して。
優しい声で『りょうた様』って名前を呼んでくれて。
時には甘やかしてくれて。
そして、アルブムを敵に回しても僕の味方でいてくれて。
あのベルリネッタさんに、また会いたいんだ!
「ベルリネッタさん……」
名前を呼んで、公園のベンチで祈るように待つ。
周囲には誰もいない。
「……あら」
違う。
出てきた。
長いスカートの、黒の面積が多い女性のシルエット。
機能性を追求したシンプルで清潔感あふれるワンピースは、過度の装飾や肌の露出を控えたデザイン。
ピナフォア……エプロンは内側から押されて盛り上がるカーブを描いて、その中のふくらみの大きさを語る。
日本人ではない顔立ちは無表情という感じではあるけど、とても美しく。
金茶色の髪にはホワイトブリム。
それはまさしく、待ち焦がれていた人。
記憶の中にあるそのままの姿が、こちらに向かって歩いてきた。
「不思議ですね。貴方からたくさんの魔力を感じます。本当ならこんな所にはありえないはずの、とても強くて、はっきりとした魔力……」
心の中に熱いものがこみ上げてきて、思わず視線が釘付けになる。
会えた。
また会えた。
「……ベルリネッタさん!」
「え?」
あの時間はもう失われた。
記憶も、絆も、何もかも。
だから今の彼女にとっては、僕は見ず知らずの子供だ。
それでも、呼ばずにはいられなかった。
心が高鳴る、その名前を。
そして、力を示す。
魔王の証にして力の源である、魔王輪を意識して下腹から魔力を引き出し……
「これは……まさしく、ヴィランヴィーから失われた魔王輪……なるほど、それでわたくしをご存知なのですね」
……察してもらえた。
ベルリネッタさんに《門》をお願いして、やっと『帰ってきた』。
真魔王城だ。
「わたくしにご用命いただきまして、恐悦至極に存じます。《魔王》様」
やっぱりそうだ。
魔王輪の力を見せれば身分証明みたいな感じになって、連れてきてもらえたり話を聞いてもらえたりする。
時間が戻る前に何があったか、話しておこう。
斯々然々。
「あのアルブム様が? にわかには信じがたい話ですが……」
アルブムはあれで人望があるとでも言うのか。
簡単には信じてもらえない。
「……ですが、本当でなければそもそも、なぜわたくしやアルブム様をご存知なのか、というところから破綻しますか。ひとまず、嘘とばかりは言い切れないとしましょう」
先送り。
まあ、まるっきり嘘つき扱いされるよりはいいか。
お茶を淹れてもらえた。
ベルリネッタさんが淹れてくれた紅茶も、久しぶりな気がする。
「今、浴場の支度をさせております。湯浴みを」
お風呂……そうか。
たしか『前回』は失神してる間にベルリネッタさんに体を拭かれたんだったかな。
意識があるなら自分で入った方がいいな。
そう言えば今日はうちでも入ってない。
美味しい紅茶を飲みながら、支度が整うのを待つ。
「はあー! お風呂……」
真魔王城の浴場。
家のとは段違いでのびのび入れる広さ。
湯の薬効もいろいろ。
「お湯加減はいかがです?」
「最高ですよ」
ベルリネッタさんが入ってきた。
もう当たり前のように全裸だ。
「お体を洗わせていただきますね」
ベルリネッタさんに背中を流してもらって……大きくて柔らかいおっぱいが密着して……あれ、前も!?
前もか……
うん、でも……ベルリネッタさんになら。
「わたくしにお任せくださいませ。『こちら』も、全部」
体は正直。
サービスに感動した男子のアレはスタンディングオベーション。
そのままベルリネッタさんにお任せして……
* ベルリネッタがレベルアップしました *
……口で『お世話』してもらってしまった。
思い切り出しちゃったけど……ベルリネッタさんは、飲んだ。
「はぁ、素敵……たったの一度頂戴しただけで、こんなに……とっても濃密……♪」
恍惚とした表情で、僕の魔力を採り入れていた。
いつだったかに『イチャイチャパワー』って言われたこともあったっけ。
今のもそういうことかな。
「もしも毎日頂戴したら、どれだけ凄いのでしょう……♪」
ベルリネッタさんには、最後まで僕の味方でいてほしい。
そのためには……そういうことも必要になるのか?
思えばベルリネッタさんとは『初めて』より後も、なんだかんだ言って他の子より、愛魚ちゃんよりも回数が多かった気がする。
それが原動力になって、アルブムに勝つための力になるなら、ベルリネッタさんを……
僕だけのベルリネッタさんにするんだ……!
◎有為転変
世の中のすべての現象や存在は常に移り変わるもので、決して一定しているものではないということ。
「有為」は、因縁によって生じたさまざまな現象。
仏教用語。
ループものとして前回から知識と経験を持ち込み『強くてニューゲーム』に突入しました。
それゆえに前回とは展開があちこちズレてきますが、そのズレがどういう影響を及ぼすかがポイントですね。
引き続きよろしくお願いします。




