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92 『元』の木阿弥

ボスバトル全開形態プラス、ターニングポイントスペシャル!

遅刻しましたが、定量よりほんの少しだけ多めでお送りします。

ついにその《全開形態(フルスロットル)》……ドラゴンの姿を現したアルブム。

スティールウィルの記録映像で大まかには知ってたけど、これほどとは。

まず、色や形はカエルレウムやルブルムに似ている。

白く輝く鱗に、青と赤の紋様。

カエルレウムが青だけ、ルブルムが赤だけだったのに比べて、アルブムは両方か。

さすが母親だけのことはある。

そしてサイズ。

とにかく大きい。

あの二人のドラゴンの姿は対勇者戦で見たことがあるけど、あれ以上。

何もかもがあの二人を『足して、二で割らない』感じだ。

こんな強大なドラゴンに、僕は狙われてたのか……


「立待月は、連絡はつく?」


少しでも戦力が欲しい。

アイアンドレッドに頼んで、立待月にも加勢してもらおうと思ったけど。


「連絡だけならば可能ですが、彼女の能力の真髄は城内の各種機能の管理と行使にあります。あの巨躯で屋外に出てしまっては、城の敷地内と言えども大きな干渉は不可能です」


つまり立待月は『外』には強くない。

戦力には数えられないということか。

無事でいてくれればいいとしておこう。


「立ち止まるな。《遊泳飛翔(スイミングジャンプ)》だ! 翔べ、了大!」

「わかった。《遊泳飛翔》!」


じっとしていて攻撃を食らったら、ひとたまりもない。

乱れ飛ぶように襲いかかる爪や触手は、飛んで回避。

どこかに隙はないか。

よく観察してみよう。


「触手は……右腕からしか出ないのか……?」


とにかく白いと思っていたアルブムだったけど……

空からよく見てみたら、右肩の少し後ろ、右の翼の付け根と右肩の間……

そこに黒っぽい、暗い紫の部分があって、そこから触手が生えてる。

逆に言うと、そこ以外からは触手は生えてない。

変なものだ。

あそこだけ全体の雰囲気やデザインに合わない。

むしろ、明らかに取って付けたようなパーツだもんな。

ということは、あの辺に奪った魔王輪があるとか……?


「また《息吹(ブレス)》が来る。かするだけでもまずい、大きく避けろ!」

「《神聖必罰セイクリッドパニッシュ》!」


それはさっきもアイアンドレッドに跳ね返されただろ。

地上は任せておいてもいいか。

こっちは大きく避けて、直視も避けて……!


「……ばか、な……」


……それが迂闊だった。

避けたと思ったのに全然避けられてない。

防御機構も抜かれて、飛べなくなって落ちた。

地上は……地上もか!?

アイアンドレッドが防御に失敗している!

どうして!?


「申し、訳……あり、ません……パターンと配分、が……小刻みに、変化し、続けて……」


相手のパターンに合わせる防御を、パターンを目まぐるしく変え続けることで抜いたのか!

くそっ、やられた!


「ダメ、ージ、甚大……危険……」


アイアンドレッドの体のあちこちから火花が散って、煙を吹いたり小さな爆発が起きたりした。

ああ……爆発した肩から腕が吹き飛んだ!?


「戦闘、不能……ご、武運、を……!」

「……アイアンドレッド……!」


倒れたアイアンドレッドは、もう動かなくなっていた。

彼女があんなに、あっさりとやられたなんて……!


「まずはガラクタ人形からね……!」


なおも猛威を振るうアルブムの勢いは増すばかり。

そうだ、愛魚ちゃんとベルリネッタさんは!?


「ごめんなさい、アイアンドレッド……」


愛魚ちゃんがいた。

無傷じゃないみたいだけど、軽傷で済んでるみたいだ。

アイアンドレッドが守ってくれたのか。


「……は、うっ……」


ベルリネッタさんは、やられてはいないけど動きが鈍ってる。

そう言えば、さっき自分でも『相性が悪い』って言ってた。

そのせいか!


「まだ死んでないなら、それはそれで……そうだ、いいことを思いついたわ……」


アルブムが愛魚ちゃんを睨む。

その眼球のあたりに魔力が集中するのを感じる!

何をする気だ!?


「はっ、あっ、あうっ……」


愛魚ちゃんの様子がおかしい!

もしかして、何かの《凝視(ゲイズ)》か!?


「……よし。さあ、お嬢ちゃんは……自決なさい!」


自決だって!?

何を言ってる、愛魚ちゃんは……


「……はい。アルブム様の仰せのままに……」


……愛魚ちゃん!?

様子が変だ!

愛魚ちゃんがその手に、ドリルみたいに回る氷柱(つらら)を出した。

そして、それを自分の頭に向けて。


「やめろーーーーーーッ!!」


撃った。

愛魚ちゃんは自分で自分の頭を撃って、頭から血やらなにやらを飛び散らせながら倒れた。

嘘だ、そんな、愛魚ちゃん……


「あなたのせいよ? あなたが魔王輪をさっさとよこさないから、死ななくてもいいお嬢ちゃんが死んでしまったじゃない」


ふざけるな。

お前のせいだろうが!

お前のせいで、愛魚ちゃんが……!


「どうやら、こういう方向の手は特に『効く』みたいねえ……それじゃあ、次は」


調子に乗ったアルブム。

ふざけるな。

ふざけるな。

いい加減にしろ!


「……やめて!」


そこに飛んできた、白いはずのアルブムよりもずっと白く、小さく、か弱い姿。

まさか、こんな所に。


「扶桑さん!?」


扶桑さんが、アルブムの顔の真ん前に飛んできていた。

そんな。

君は……君は、戦いの場になんか出てくるような子じゃないのに!


「……了大さまは……了大さまは、私の……!」

「邪魔よッ!」


当たり前だ。

こんな所に来たら、そうなるってわかってたはずなのに。


「……りょ………………さ…………」


あっさりと引き裂かれて、扶桑さんは真っ二つにされた。

僕はろくに動けないまま、落ちて行く扶桑さんを目で追うしかなかった……


「扶桑さんまで……許さない……許さないぞ、アルブム……!」

「許さなかったら、どうするのかしらね?」


アルブムの魔力がまた眼球の周りに集まる。

また、さっきの《凝視》が来るのか……!?

今度は……


「ベルリネッタさんまで……!?」

「……くっ……《服従の凝視(オーバーオウゲイズ)》……! やはり……これで、まななさんに、っ、命じたのです、ね……!」


オーバー……!?

そうだ。

さっきは聞き流してしまってたけど、前にも一度聞いたことがあるじゃないか!


「何代前でしたかな……随分昔に《一千の眼(サウザンドアイズ)》という名の魔王がおられましてな。実際に千個も目玉があったわけではありませぬが、視線に様々な能力を付けて飛ばしておりました。それこそ攻撃でも威圧でも、魅了でも何でも。その《一千の眼》殿の威圧は最早、威迫程度では済まず……服従させて当然の《服従の凝視》というしろものでしたぞ」


トニトルスさんが話していた、過去の魔王の能力。

アルブムはそれを使って、凰蘭さんや鳳椿さんを、そしておそらくトニトルスさんやイグニスさんも、服従させてたのか。

そして愛魚ちゃんを服従させて、自決させて……

挙句、今度はベルリネッタさんを!


「ベルリネッタ。あなたがその子を殺しなさい」

「……はい、アルブム様の仰せのままに……」


ベルリネッタさんが剣をこっちに向けた。

体はまだ、相変わらず全身が痛くて動きが鈍ったままだ。

このままじゃ僕は、ベルリネッタさんに殺される!


「正気に戻って、ベルリネッタさん!」


凝視には凝視だ。

できるだけやってみる……いや、やるしか、成功させるしかない。

でも僕は、無理矢理に相手を服従させはしない。

僕は、僕の気持ちを込めて……!

行けッ!


「ベルリネッタさん!」

「!……い、や……りょう、た、さま……」


ベルリネッタさんの手が止まった。

顔を見ると……泣いてる。

一瞬動きが止まって、涙を流してるベルリネッタさん。

僕への想いとアルブムからの支配の狭間で、ベルリネッタさんの心が悲鳴を上げてるんだ。

アルブム……ふざけるのも大概にしろ。

ベルリネッタさんの心は、お前なんかに好きにさせていいものじゃない!


「ベルリネッタさん! 気を確かに! ベルリネッタさん!」


全身の激痛を押し退けて、今の精一杯の声で呼びかける。

ベルリネッタさんが正気に戻ってさえくれれば……


「……くっ、う……ああっ……」

「やれッ!」


……斬撃。

魔力を込めた号令にだめ押しされたベルリネッタさんは、アルブムに支配された色の瞳で僕を見据えて、斬った。

ダメだったのか。

結局はユニットに頼ってさえ、僕はこんなものなのか……

こんな。

こんなのは嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ!


「そんなにベルリネッタが好きなら、ずっと一緒にいさせてあげる……ベルリネッタが使役する《不死なる者(アンデッド)》になれば、永遠に側にいられるわよ。もっとも……魔王輪は、私のものだけど!」


違う。

違う……お前の、魔王輪じゃ……ない……

僕、は……

僕が、魔王……だ……




……気がつくと、僕はベッドで寝ていた。

どういうことだ?

それに、寝心地も天井も真魔王城の王様ベッドじゃない。

なんだか安っぽい、粗末なベッドだ。

天井も画一的な化粧ボードの仕上げ。

ここは。


「学校の、保健室?」


学校って……

真魔王城じゃないどころか、そもそもあっちの次元……ヴィランヴィーですらない。

とりあえず起きてみる。

今着ている服も、学校指定の制服だ。

支配されたベルリネッタさんに斬られて、アルブムに殺されそうになってたのに、我ながらどうやって学校に逃げてきたんだろう。

ユニットは……ない。

特に手荷物もない。

なぜか財布がポケットに入ってるくらいか。

ここは……まあ、とりあえず?

自分のクラスに戻ってみるか。

戻ってみると、普通にクラスメイトの面々がいる。

そして。


「愛魚ちゃん!」


当然のように、愛魚ちゃんもいた。

てっきり死んでしまったかと思ってたけど、愛魚ちゃんもアルブムから逃げられたのか。

よかった。


「……? 真殿くん?」


愛魚ちゃんも制服姿。

普通に学校に来ているだけという感じで、アルブムと戦っていたことなんてまるで感じさせない。


「あの後、どうなったの……?」


実はこの風景全部がアルブムの罠で、この愛魚ちゃんも偽者……という作戦だったりして。

いや、ないか。

データを集めて再現して作れるヴァンダイミアムの技術でならまだしも、アルブムにそこまでの地盤はないだろう。

それに、あの状況はアルブムにとっては既に『これ以上何もしなくても、勝利は確定』だった。

僕に止めを刺す寸前だったあの絶対的有利な状態から、わざわざこんな罠を用意する理由がない。

ここは目の前の愛魚ちゃんを信じよう!


「あの後? うん、それなら」


愛魚ちゃんはいたって落ち着いた様子で、それなのに、僕が全然求めていない答えを述べた。

しかも、その件以外あり得ないと確信した表情で。


「さっきの古文の授業は四十七ページまで進んだから、そこまでやっておけばいいと思うよ」

「え、古文? 四十七ページって……?」


なんで古文の話になるんだ。

アルブムは、ベルリネッタさんはどうなったの!?


「……さっきの授業の範囲だけど?」


授業の範囲。

古文の教科書の四十七ページまで。

おかしい。

そんなの、たしか……一学期のうちに終わったところじゃないか。

何を言ってるんだ?

わけがわからない。

詳しく聞いてみようと思ったけど担任の先生が来たから、自分の席に戻っ……あれ?

席の場所が、一学期の時のだ?

僕だけじゃなくクラス全員の、着席している位置が違う。

席替え前の位置なのか。

戸惑っていたら担任の先生が来たので、ホームルームの時間。

適当に聞き流していると、思い出してきた。

なんだか、この展開には覚えがある。


担任の先生が出て行くのを確認。

たぶん、この後はスマホを取り出そうとして……


「……ないよな」


……うん、ない。

通学用の鞄の、定位置に決めたポケットに入れていたスマホがない。

それもそのはず。


「おう、真殿」


不良グループのボス猿が盗んでるからだ。

そう言えばそんなこともあった。


「お前、深海さんに馴れ馴れしくねーか? 下の名前で呼ぶなんてよ」


やっぱりそうか。

この状況は『僕と愛魚ちゃんが付き合い始める直前』だな。

だから、苗字で呼んでないと不自然というか、馴れ馴れしく見えるのか。


「つい、うっかりだよ」


やっと気づいたんだから仕方ない。

今のはうっかりしてたということでごまかそう。

そして。


「ところで、これ」


出た、僕のスマホ。

バカ相手に有無は言わせるか!


「返してほしかっ……うぐあっ! いたたた、いだっ、痛いィ!」


大袈裟な奴だ。

たかが少し魔力を入れて手首を強く握っただけだろ。

さっさとスマホを取り返して、あっさりと離す。


「他人の物に手をつける癖の悪い手なんか、たとえ折られても文句が言えると思うな」

「てめえ……!」


反抗的な目つきだ。

仕方がない、ここは……


「窃盗の現行犯で警察を呼んでもよかったんだぞ。むしろ『この程度で済ませてくださって、ありがとうございます』だろうが!」


……魔力を込めて《威迫の凝視(メナスゲイズ)》だ。

後ろに控えてる子分の猿どもにもまとめて仕掛ける、三段返し。


「……ううっ」


眼力だけで降参させるこの力。

なんだかヤンキー漫画の主人公になったみたいだ。

……アルブムの《全開形態》には、何も通じなかったけどな。


「さて、と……こうなるとまずチェックすべきは……時刻合わせと、ファイダイだな」


さっき意識が戻ってから、保健室にいたり教室の様子が一学期の状態だったりしてるのは『時間が戻ったから』じゃないかという仮説を立ててみた。

愛魚ちゃんが僕のことを『了大くん』じゃなくて『真殿くん』って呼んでたのも、その証拠と考えてみよう。

そして、その仮説が正しいなら……


「やっぱりそうか」


……正しかった。

まずスマホ本体の時計を見ると、今日の日付のところに五月と表示。

次いで、ファイダイにログインして、サーバーにセーブされているセーブデータを読み込み。

この日よりも後にガチャで引いたはずのキャラがいなかったり、この日よりも後で増えたボスや武器がゲームに実装されてなかったり、手持ちのユリシーズのレベル上げが終わってなかったりする。

進行度が戻る《後進復帰(ロールバック)/Rollback》状態だ。

これで決まりだな。


「魔王になるよりも前に、時間が戻って……《元の木阿弥》か……」


ここからまたやり直せということか。

状態が戻って、愛魚ちゃんの記憶が……そしてきっと、他の皆の記憶も……この時間に戻って、なくなってしまったのは寂しいけど、あのまま負けて死ぬのに比べたらまだマシだろう。

あんな負け方はもう嫌だ。

いいさ、やり直してやる。

今度こそ。

今度こそは……アルブムに勝ってやる!




◎元の木阿弥

いったんよくなったものが、再びもとの状態に戻ること。

戦国時代の武将、筒井順昭が病死した時、子の順慶が成人するまで死を隠すために、声の似ていた木阿弥という男を寝所に寝かせて会う者を欺いていたが、順慶が成人すると順昭の喪を公表したため、木阿弥は再び元の身分に戻った、という故事から。


ターニングポイントということで、ここから『ループもの』にジャンル自体が突入します!

ネタバレ要素ということで作品全体の検索タグには入れていません。

これから了大は、ロールバックした世界で失われた幸せを取り戻すために悪戦苦闘します。

よろしくお願いします!

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