91 『器』が知れる
とうとうアルブムと対面した了大。
アルブムの強さはいかに。
ということでボスバトルに突入します!
こいつがアルブム……
トニトルスさんやイグニスさん、凰蘭さんに鳳椿さんも、こいつがけしかけてきて今に至る。
それに、ヴァイスをはじめ何人かは、固有パターン消失……
つまり殺されたということか。
それもこれも、こいつが僕の魔王輪を欲しがったから。
こいつさえ来なければ、こんなことにならなかったのに。
「アルブム様……自分が本気を出せば、このような者共は」
鳳椿さんもアルブムの言いなりだ。
打ち合ってわかったけど、やっぱりいつもの鳳椿さんじゃない。
瞳に変な色が見えて、明らかに雰囲気も違ってる。
「は? 『本気を出せば』ですって?」
このアルブムはひどく不機嫌そうだ。
鳳椿さんの言葉にも、不快感を隠そうとさえしない。
「それじゃあ何? 今までは本気じゃなかったの? 手を抜いて適当にやってたの?」
「アルブム様……『やり方は任せる』と仰ったでありましょう……」
鳳椿さんは手を抜いていたというよりも、武人としての戦いにこだわっていたように思う。
アイアンドレッドや愛魚ちゃんが、鳳椿さんと凰蘭さんを分断したところでさほど気にしてなかったのも、そういうことなら合点が行く。
でも。
「はあーぁ……」
アルブムには、どうやらそういう気概はどうでもいいらしい。
やたら大きなため息をついたかと思うと……
「がっ!? アルブム様……何を……」
……鳳椿さんの頭をつかんで、持ち上げた!?
しかも片手で。
どんな力だよ!?
「確かに『やり方は任せる』とは言ったわよ。それについては認めるわ。でもね……『しっかりね』とも言ったわよね? 『手抜きで適当にやればいい』なんて、一言も言ってない!」
あの鳳椿さんが、振りほどけない。
それほどの力なのか。
「しかし……自分は……卑怯な真似など……」
「そういうのはどうでもいいのよ! 何を考えてるのか、何も考えてないのか……もういい、もうあなたはいらないわ」
次の瞬間、目を疑うような光景が繰り広げられた。
アルブムの着衣の、袖の中から細い触手が何本も飛び出して、鳳椿さんの体のあちこちに刺さった!
刺さった触手は鳳椿さんの体をさらに高く持ち上げてはどんどん深く刺さって、表皮が盛り上がって動く様子で、体内で何が起きてるのかを物語ってしまう……
エグい……いや、それどころじゃない。
あんな目に遭わされたら、鳳椿さんは!
「おっ……あう、うぐ、ぐえ……」
びくびくと跳ねたり震えたりする体から、どんどん力が抜けて行くのがわかる。
終いには湯気のような煙のような、何か気体が出るようになって……鳳椿さんは蒸発して消えた。
「どうせ役に立たないなら、姉の方も最初からこうして《吸収/Absorb》しておけばよかったわ」
アブソーブ……鳳椿さんを吸収した!?
ということは、他の次元の魔王も魔王輪ごとその能力で吸収されたのか。
スティールウィルの魔王輪も……?
「前回と……スティールウィルとの戦闘時と比べ、大きな変化はありません。魔王輪の数は増やしていませんね」
アイアンドレッドが分析してくれた。
そうか……
記録された動画の後はどうなったかわからないけど、負けたとしてもアルブムに魔王輪を奪われる事態だけは避けることができたんだな。
そういう意味では彼は立派に戦ったんだろう。
「腰につけてるそのオモチャに、魔王輪を封じてるのよね。さっさとそれをよこしなさい。それと、あなた本来の魔王輪もね」
対してこのアルブムはどうだ。
魔王輪を奪うことしか考えてないようにさえ見える。
鳳椿さんや凰蘭さん、それとたぶんトニトルスさんたちにも、何か精神に干渉して言うことを聞かせてたんだ。
そして、こうして対峙した今も僕を殺す気でいる。
ふざけるな。
こういう時は……
「嫌だって言っても何をしても、どうせ暴力で奪う気だろ。いかにも暴力以外に能がない野蛮なドラゴンのやりそうなことだな。龍の中の龍とかなんとか言っても、所詮はその程度か。《器が知れる》ぞ!」
……挑発!
精神攻撃を仕掛けるような奴が相手だからこそ、素面の精神で優位に立っておきたい。
特に、アルブムは今も見たところ相手が思い通りに動かないとすぐ機嫌が悪くなった。
こういう挑発は効くんじゃないかな。
「言うことを聞かないばかりか、この私に向かってそこまでの暴言……久しぶりよ、そこまでの身の程知らずは……」
うん、効いてる。
冷静なふりをしていても、全然冷静じゃないのがよく伝わってくるぞ。
ここまではよしと。
「しつけのなってない餓鬼は、脳みそぶちまけて死ね!」
さっきの触手がいっぱい出てきた!
まともに食らうとヤバいやつだ。
大きく動いて回避。
回避に関してはアナザーに演算してもらって、ナビを出してもらうんだったか。
「そうだ。大丈夫、避けられる。合間を見てレーザーナイフで斬って、数を減らすんだ」
レーザーナイフ。
指を揃えた平手の小指側に熱源を作って、チョップで打つだけでなく斬れるようにもする、スーツに装備された内蔵型の武器だ。
これで、斬って……よし!
通じるぞ!
「ちょこまかと!」
アルブムが触手を増やしてくるけど、斬って減らす。
たまに危ない場面もあるけど、アイアンドレッドと愛魚ちゃんが援護射撃を飛ばしてくれる。
ここまではなんとかなってるな……と思った途端。
「うわっ!」
見えない触手が顔のすぐそばをかすめた。
危ない……というか、触手が見えなくなってる!?
視覚関連のセンサーでも捉えられない。
「光の系統の呪文で、見え方や屈折率を変えてるのか……」
ここでもアナザーに解析を頼む。
視覚以外のセンサーを使って避けるけど、確実性がいまいちだ。
たまに当たりそうになったり巻かれたりする。
巻かれた時は素早くレーザーナイフで斬って脱出。
捕まったらおしまいだ。
「これならどうかしら! 《神秘の靄/Mystic Mist》!」
ミスティックミスト。
愛魚ちゃんが水の系統の呪文で、アルブムの周囲に靄を出した。
これは?
「こんなものを出したところで!」
アルブムに何か効いてる様子は全然ない。
こうしている間にも、見えない触手は跳ね回って襲ってくる。
靄を切り裂いて。
「了大くん、靄の方を見て。触手は見えなくても、触手の動きで靄が乱れるのが見えるから」
なるほど!
そういう意味での補助か、ありがたい!
靄が切り裂かれる様子を見ることで触手の動きを演算しやすくなって、回避が確実になる。
そして、靄でアルブムから見た視界が悪くなってたり、触手が当たらないことでアルブムの精神がさらに乱れたりする。
「触手が雑になってるな。行けると直感したら行け。攻勢に転じるんだ」
アナザーからも助言が出た。
よし……行くか!
《遊泳飛翔》の応用で腰のフィンから推進力を噴かして……
とった、ここだ!
レーザーナイフ、斬れ!
「ぎゃああああっ!」
アルブムの脇腹を斬った!
手応えはあったけど、浅いか!?
「おのれ、よくも……もう棺桶の準備も許さないわ! 絶望を刻んでやる! 《致死の創痕鞭/Deadly Beat Whip》!」
触手の動きが、突きや巻き付きじゃなくて振り回しになった!
しかもこの本数と速さだと、乱れ斬りとでも言うような形に!
まずい!
「了大くん!」
「だ、大丈夫……まだ、なんとか……」
防御はしたけど、あちこちにダメージをもらってしまった。
体も痛い……
「動きが鈍ったわね! 恐怖するといい!」
さらに触手が飛んでくる。
見えなくなる効果はもう消えてるから、目には映ってるけど……まずい、回避が間に合わない!
当たる……
「させませんッ!」
……と思った触手が斬られた。
僕を守るようにアルブムの前に立ちふさがる、黒い剣を持った黒いメイド。
「ベルリネッタさん!」
ベルリネッタさんが駆けつけてくれた。
この人が加勢してくれるなら、百人力だ。
「ベルリネッタ! あなたが無事ということは、あの二人は……」
そうだ。
ここにこうしてベルリネッタさんがいるということは、用事を片付けてきたということ。
用事というのは……トニトルスさんとイグニスさんだ。
「ええ。まさか《服従の凝視》まで使って支配するとは思っていませんでしたが。しかしだからこそ、かえって普通よりやりやすかったくらいです」
粛清という言葉を使っていたベルリネッタさんのことだ。
おそらく、躊躇せず殺してきたんだろうな。
「それにしても。あなたが来る前に自発的にりょうた様から離れたあの二人でさえ……りょうた様よりもあなたを選んだあの二人でさえ《服従の凝視》に頼らなければ使役できなかったというのが、もうあなたの限界でしょう。《器が知れる》というものですね」
ベルリネッタさんも挑発してきた!
なんだか言うことが僕に似てたのは気のせいかな……?
「あなたまで私を侮辱して……!」
アルブムの姿がどんどん変わる。
体のあちこちがドラゴンの構造に変わって……《半開形態》か!
「城は後で使おうと思ったから、なるべく壊さないようにしてたのに……!」
「いけません、《息吹》が来ます!」
ブレス。
炎の息を吐くとかなんとか、そういう俗に言われるドラゴンによくある能力か。
アルブムにもあるとしたら。
「あのアルブムの《息吹》は、光と火と水の複合型……わたくしでは相性が悪いものです」
ベルリネッタさんはアルブムの能力も自分の性質もよく把握しているから、相性が悪いとわかってしまう。
ここは僕の頑張りどころか!
「まだです。了大様、ここは私が」
アイアンドレッド!
任せて大丈夫だろうか。
でも、彼女はいつでも緻密な計算に基づいて、より確実性のある方だけを選んできた。
その彼女が言うなら!
「これで死ね! 《神聖必罰/Sacred Punish》ッ!」
「あれは光だけでもイメージセンサーが逝くな。いっそ視覚を切るぞ!」
圧倒的な光が溢れる!
特殊スーツの視覚も焼き付きかねないから、アナザーがセンサー類をオフにした。
これだとヘルメットで何も見えない。
見えたところで攻撃が防げなかったら同じか。
とはいえ何も見えなくても、防御しきれない場合に備えてみるけど……
「《専守防衛力場》は防戦一方にはなりますが、外からの攻撃で固有パターンも魔力属性の配分も丸見えならば、通しはしません」
……無事か!
《専守防衛力場》ってそんなに強いのか。
僕はスーツなしでも内側から割ったけどな……
「あくまでも『外側からならば』ですよ。『内側から破られる』ことは然程想定しておりませんので」
補足された。
外と内では防御の積層構造の順番が変わるから、らしい。
今は細かいことはいいか。
とにかく、防げた!
「そして、通さないということは」
視覚が戻る。
アルブムは……何だ?
傷ついてる?
「適切な角度と形状をもってすれば、返すこともできますので」
「う、ぐ……」
さっきのセイクリッドパニッシュとかいうのを、返したのか!?
あんなのを、どうやって?
「了大様、キッチンでおたまやスプーンを洗おうとして、水が跳ねたことはありませんか」
言われてみるとあるかも。
あれ、厄介なんだよね。
「あの要領です。受ける攻撃の固有パターンと配分を分析し尽くし、減衰を最小限にしつつ外側を滑らせる力場を形成し、計算した角度で半球状にへこませた形状で受けました。結果、跳ね返ってあの通りです」
そんなことまでできるのか!
専守防衛と言いつつ攻撃も兼ねてるとは、さすがアイアンドレッド。
「う、ぐ……おおおああああ!」
アルブムの姿がまた変わる。
今度はどんどん巨大化して、浴場の天井に届いてもまだ大きくなろうとして、浴場全体さえも窮屈になるほどだ。
さらにそのまま大きくなると……?
「りょうた様、ここは崩れます。外へ!」
ベルリネッタさんが窓を指して、次いで先陣を切って窓に飛び込んで外へ飛び出す。
次いで僕、愛魚ちゃんと続いて、最後にアイアンドレッドも。
少し高いところの窓から飛び降りて、高低差の位置エネルギーを足腰で受けて着地。
どうにか屋外に出るのは間に合った。
大音量に振り向くと、破裂するように浴場が内側から崩壊したところだった。
中から現れたのは、白く巨大なドラゴン。
カエルレウムとルブルムを足したように、青や赤の紋様が入っている。
「あなたたち四人は確実に殺さなきゃ……もう、気がすまないわ……!」
あれが《天轟超龍》の真の姿か!
姿自体は記録映像でも見たけど、あれほどのサイズとは。
あんな大きな相手に、僕は……
「勝とう、了大くん!」
「りょうた様、勝ちましょう」
……勝たなきゃいけない!
負けたら、これまでのことが全部無駄にされてしまう。
そんなのは嫌だ。
死ぬのも嫌だ。
なら……勝つしかない!
◎器が知れる
上限が判明して、大したことがないものという実情が判明するさま。
飲食に供する食器など、容器が小さいと中身も少ししか入らないことなどから。
ここまではなんとかなっていますが、全開のアルブム相手にはどうかな、というところで引きました。
この配分だと、次回は特に大きなターニングポイントを書けそうです。
よろしくお願いします!




