90 『火を見る』より明らか
了大視点に戻ってきました。
途中、三人称視点が入りますが、了大視点に戻ってシメます。
浴場に陣取って待機。
状況は刻一刻と動いている。
まず、ベルリネッタさんがイグニスさんを殺して、死者を操る能力でイグニスさんをトニトルスさんにぶつける形にした上で、壁を増やして隔離。
ルブルムはカエルレウムを説得しに行ったものの、はっきりと味方に引き入れることはできず、ルブルム自身も気持ちが揺らぎかねないから……ということで、立待月と相談して引きこもることにしたそうだ。
こちらも隔離。
アイアンドレッドに入った連絡内容を伝えられて、どこか安心した。
《聖白輝龍》の二人を敵に回すのは正直、トニトルスさんやイグニスさんよりもつらいからね。
それを思えば、引きこもって『中立』でいてくれるだけでもありがたい。
精神的な意味だけじゃなく、本当に勝てるかどうかという意味でもつらいだろうけど……
それでも、アルブムに勝たなきゃいけない!
「了大くん……」
「愛魚ちゃん……」
かけられた声に振り向いて、返事をして、目を見る。
愛魚ちゃんは一貫して、僕の味方でいてくれる。
こんなにありがたいことはない。
ぼっちじゃ絶対に勝てない敵にでも、愛魚ちゃんがいてくれるなら勝てるかもしれない。
見つめ合う瞳と瞳。
お互いを信じ合う心と心。
「生身の体であれば、こういった場合は咳払いという行動を取るのでしょうね」
「おぅん……」
ついつい、二人の世界に浸っちゃってた。
アイアンドレッドのツッコミが入る。
機械の体だから咳払いはしないけど、効率重視ではっきり要旨を述べてくるなあ。
「アルブムは依然として城内におります。やはり誰も歯が立たないようですね。それと、凰蘭および鳳椿の固有パターンに変化があります。出力増大……ここへ来ます、ユニットをご使用ください」
「わかった。チェンジ!」
鳳凰の姉弟が相手か。
どうしてこうなったのか……
ユニットを起動させて特殊スーツを身に纏う。
「往生際の悪い坊やじゃ……アルブム様にその命を捧げよ……」
やって来た二人は、所々に炎を纏う姿。
これは鳳凰なりの《半開形態》なのか。
これまでとは雰囲気も威圧感も明らかに違う。
「アルブム様のため……お命頂戴であります……」
二人とも、どうも様子がおかしい。
何かされているのか?
ヴァイスの色気にさえ抗うほどの精神の持ち主が。
……そうか、それでヴァイスは先に狙われたのか!
しまった。
でも今は、それどころじゃない。
鳳椿さんが突っ込んでくる。
武術大会の時より速くて重い突きが僕を襲う!
「チェストォォォ!!」
「……しィッ!」
これは……
ナイファンチの動きに含まれる防御で受け流す!
どうにか流せたけど、スーツなしの生身だったら肉が焼けるか削げるかしてたな。
スーツ越しでも危険を肌で感じる。
「ほう……《颯》を受け流すとは……なかなか練っておるようであります……」
「鳳椿だけではないぞよ……妾の霊験あらたかなる扇……《鳳霊扇》に敵うと思うな……」
そして、鳳椿さんの動きに隙があっても、それをカバーする凰蘭さんの打ち込みが来る。
いくらなんでも、二対一じゃキツいぞ!
「片方は私と愛魚様で抑えましょう。了大様はそちらを!」
「了大くんには近づけさせないんだから!」
アイアンドレッドと愛魚ちゃんが割って入って、凰蘭さんを抑えててくれる。
助かる!
これで一対一か。
鳳凰の《全開形態》を見たことはないけど、屋内では鳥系全般は飛びにくいだろうから《半開形態》なんだろう。
人型だったら……これまでのナイファンチの動きで対処できるか?
凰蘭と対峙する、アイアンドレッドと愛魚。
何らかの精神干渉を受けていることを見抜いたアイアンドレッドは、次にその干渉の深さを探りに行く。
「……そこな人形……妾をババアと申したな……聞こえたぞよ、ガラクタ……!」
「私はヴァンダイミアムの最先端技術を結集した最新鋭機であり、ガラクタではありません。ましてやババアに遅れは取りません」
「……一度ならず……二度までも……!」
あえて挑発することで精神の働きを見る。
精神をまるごと破壊したり消去したりしたものではなく、ある程度の自我は残した上で服従させられていると見抜いた。
「氷結系の呪文を行使して援護します。ここは浴場、水はいくらでも回せますから」
「お願いいたします」
アイアンドレッドに加勢するのは愛魚。
純然たる水の魔力とその属性を、城内の範囲で一番活用できる場所として選んだのが、この浴場だ。
地の利はこちらにある。
「……旋転、穿ち貫け、氷の錐よ……《氷の螺錐/Ice Gimlet》!」
アイスギムレット。
工具の錐のように先端が尖った円柱状の氷が、愛魚の周囲に浮かんだ。
まずは四本。
この呪文は最近までは、単に氷柱状に尖った氷を揉錐としてそのまま飛ばしては魔力でわずかに誘導する程度だったが、愛魚の父である阿藍が、電子文明の次元で重工業を扱う大企業の社長として生活する中で得た知識を使い大幅に改良した。
まずは銃砲の銃身内にある施条、ライフリングに着想を得て円柱に回転運動を与えるように、術式を書き換え。
次いで円柱自体も揉錐ではなく螺錐に着想を得て、先端に螺旋状の切り込みが入った形となるように、こちらも術式を書き換え。
この二点の変更により、旋回運動を与えられて飛ぶようになった錐は直進性と命中精度が大幅に向上、旋回方向に合わせた切り込みの螺旋形状で貫通力と破壊力も大幅に向上と、最早『以前とは別物』と言っても差し支えないほどの呪文となった。
故に、ついたあだ名が。
「アランスペシャル! 行ってッ!」
アランスペシャル。
単に同じ名ではまとめきれない違いと、秘密主義的性格から他人にはろくに教えられていないという詳細の不明さから『阿藍だけの特別な呪文』として認識されていた。
愛娘として、そして次代の《水に棲む者の主》として阿藍から直々に、そして秘密裏に伝授された愛魚だからこそ、こうして同じように使える。
了大を監視する任務のために電子文明の次元で暮らしていた分、科学的な根拠の採り入れも順調で、確実に会得しているのだ。
かくして、四本の氷の錐が凰蘭へ向け、空気を唸らせて飛ぶ!
「……鳳霊扇!」
対する凰蘭も負けてはいない。
霊験あらたかなる鳳の扇、鳳霊扇。
凰蘭が持つ火と天の魔力とを余すところなく伝えて、空気を切り裂いて舞う!
広げて、両手に一枚ずつ。
二枚の扇で二本を相殺し、二本を逸らさせた。
凰蘭にダメージはない。
「阿藍殿の隠し玉かや……さすがは愛娘と褒めてはやるが、それしきで妾には当てられんわえ……」
「誰が『四本が限界』なんて言いました?」
次の《氷の螺錐》がすぐさま浮かび、飛ぶ!
今度は六本。
しかも六本飛ばすと同時に、さらに六本浮かべている。
「了大くんの敵になるなら、容赦しませんからね!」
「こっ……小癪な……」
さしもの鳳霊扇でも、最早それだけでは捌ききれない。
大きく動いてかわす。
かわし方を制限するように飛ぶ錐も、かわした先を狙って飛ぶ錐もある。
飛ばす本数自体もさらに増やされて……
「ごぼっ……」
……一本が凰蘭の頭部に直撃した。
旋回運動が脳を、そして頭を派手に吹き飛ばす。
上半分を失った頭部から中身を撒き散らして、凰蘭の体が倒れた。
「やった!」
「いえ、これからでしょう。次弾の準備をお願いいたします」
喜色満面の愛魚をアイアンドレッドがたしなめる。
凰蘭は半分ほどになった頭部から炎を吹き出したかと思うと、元通りの様子で起き上がった。
「妾の顔を抉り取るなど……ゆ……許せぬ……万死に値、する、ぞよ……」
この瞬間的な再生が、鳳凰の固有能力。
一度殺されたくらいは何程のものでもない。
そして、元々《半開形態》で吹き出していた炎がさらに大きく、強くなる。
「効いていないわけではありません。再生できなくなるまで殺しましょう。次は私も」
アイアンドレッドの左腕で、下腕部が展開した。
二つに割れて、ひっくり返して、手首周辺の機構を裏返しにして、また一つに戻る。
手首が収納された代わりに、レンズが現れた。
「お、の、れェ……」
「先般の回避運動で、スピードとパターンは分析できました。射程圏内、照射可能です」
距離を詰めるべく踏み込む凰蘭の体に、細い光が射す。
アイアンドレッドの左腕から出たそれは、ものの二秒前後で凰蘭に大穴を開けた。
「がふっ……」
今度は血反吐を撒き散らし、凰蘭は前のめりに倒れた。
また先程のように、傷口を炎で包んで再生する。
「レーザー照射も効くようですね。この調子ならば、繰り返せば再生もままならないほど衰弱させられるでしょう」
アイアンドレッドの左腕のレンズは、戦術高出力レーザー。
その気になれば、電子文明の戦闘機でさえ撃墜できる代物だ。
それを生身で浴びて、ただで済む方がおかしい。
実際、凰蘭は『本日二度目の死』を迎えた。
「……わ、妾は……死なぬ……」
一瞬、全身に炎をちらつかせた凰蘭は、体が小さくなっていた。
短くなるリーチは鳳霊扇で補いつつ、投影面積を減らして回避に重点を置いた格好だ。
しかしその姿は。
「幼女なんて、了大くんは興味ないんですけどね」
「了大様の嗜好はさておき、年齢的にはやり過ぎな若作りですね」
幼女姿。
ルブルムのようなオタク文化に明るい者なら『ロリババア!』と言い切るような、業が深い姿だった。
「なんでもいいでしょう。敵は殺す、それだけです」
レーザーで焼いても、螺錐で貫いても、復活してくる凰蘭。
それでも容赦なくレーザーを浴びせるアイアンドレッドは、射撃を半自動化して立待月に連絡を取っていた。
(再生能力が面倒です。足止めは可能ですが、きりがありません。何か手はありませんか)
(もちろんあるよ。何度か再生を繰り返させたから、さすがに弱ってきたかな?)
レーザーだけでなく、愛魚の螺錐も凰蘭に再生能力の使用を強いる。
致命傷すら治癒する再生能力と言っても、だからこそ消耗は激しい。
短時間で立て続けに何度も『死んでしまう』と……
「……はーっ……はー……」
……息が荒い。
何度も何度も致命傷から復活していれば、その度に大量の魔力を消費してしまうのは《火を見るより明らか》だ。
そのうちに戦闘どころではなくなり、足元もおぼつかなくなる。
そこへ。
「古式ゆかしき落とし穴、没シュート!」
立待月の声が響いて、凰蘭の足元に穴が空いた。
飛ぶための魔力さえも再生の繰り返しで減っていた凰蘭は、一瞬で下半身がまるまる穴に落ちてしまう。
「い、嫌じゃ……妾は……わら、わ、は……」
残った上半身もゆっくりと穴に飲まれ、凰蘭は穴と共に消えた。
あまりの光景に、愛魚も一時呆然。
「立待月様、今のは?」
「ああ、没シュート? あれは《亜空間収納》って能力の劣化コピー。本来は生き物を入れちゃダメって聞いてるけど、敵なら別にいいでしょ」
亜空間という不可思議な概念には付いていけなかった二人だったが、敵を排除できたということでよしとする。
殺せなくても、出られない別空間に隔離できれば同じことだ。
「弱ってたから落とし穴タイプで落とせたけど、そうじゃなかったら落とせなかったねー」
「はあ……」
さすがは、真魔王城の隠し機能。
それを操る立待月が敵にならなくてよかったと、愛魚は胸を撫で下ろした。
あくまでも武人として、徒手空拳にこだわっているらしい鳳椿さん。
そのおかげで、攻めをどうにかナイファンチで受け流せている。
そのナイファンチを教えてくれた鳳椿さんに殺されそうというのが、皮肉な話だけど……
「その程度であれば……自分には勝てんであります……」
この突きも捌いて……首を掴まれた!?
引き寄せられる!
「がふっ!」
腹に鈍く重い痛みが来る。
これは……膝蹴りか……?
振りほどこうにも、逃げようとする力をうまくいなされて、外れてくれない。
そして繰り返し入れられる膝蹴り……
痛い……
どうすればいい。
スーツの制御を担当している自分……アナザーに知恵を借りたい。
「下手に暴れるな。頭を下げてろ。熱源が来る」
熱源?
何のことだろうと思った次の瞬間、僕の首を掴んでいた鳳椿さんの腕から力が抜けた。
慌てて離れると、鳳椿さんが首なしになっていたのが見えた。
「やはり、鳳椿にも通用しますね。勝機が見えました」
「すいませんけど私たち、今は修行や一騎討ちがしたいわけじゃないんです」
アイアンドレッドと愛魚ちゃん!
助けてくれた熱源っていうのはそっちからか。
でも、凰蘭さんは……いやいや、ダメだ。
敵になったんだから、仕方ない。
「ぬ、う……よもや、姉上が……敗れた……?」
首が再生した鳳椿さんが、体を起こす。
正気になった様子じゃないか……これもまた、仕方ないのか。
「かくなる上は……自分も本気を……」
「だらしないものねえ?」
構え直した鳳椿さんの後ろから登場した女が一人。
初めて会う相手だけど、初めて見る姿じゃない。
こいつが……
「あまり手間を取らせないでちょうだいな。さっさと魔王輪をよこしなさい?」
……こいつが、アルブム!
僕を殺そうとして、皆を狂わせたり殺したりした、敵だ!!
◎火を見るより明らか
きわめて明らかで、疑いの余地がないこと。
普通、悪い結果が予想される時に使う。
「書経」盤庚上から。
いよいよ了大とアルブムが直接対面しました。
次回からクライマックスバトル!
もうすぐ100ブックマークと、やや欲が出てます。
よろしくお願いします。




