88 将を射んと欲すれば『先ず』馬を射よ
今回は視点移動がやや多め。
了大視点→ヴァイスvsアルブムの三人称視点→了大視点→ベルリネッタvsイグニス&トニトルスの三人称視点です。
真魔王城に戻って、アイアンドレッドに会う。
彼女のことは『客分』として、失礼のないようにとメイドたちには言いつけてある。
「いやー、アイちゃんが来てくれて助かるわー」
「恐縮です」
アイアンドレッドと一緒に、あの立待月がいた。
出番はもっと先じゃなかったのか?
「この城って、見た目よりもヴァンダイミアムからの技術を使った部分が多いからね。アイちゃんに見てもらった方が早くて」
なるほど、設備メンテナンスという形でアイアンドレッドは貢献してくれてるのか。
僕もユニットを預けて、メンテナンスを頼んでみる。
特に問題はないとのことで、チェックだけで済んだ。
それにしても、アイちゃんって。
「アイアンドレッドって長いじゃない? だからアイちゃん」
「了大様も気さくにお呼びいただいて大丈夫ですよ」
まるで月曜日の巨乳女子高生みたいな愛称だな。
アイアンドレッドは確かにアウトラインは巨乳だけど、ロボットなんだもん。
しかも口がギザギザに、頬まで裂けてるんじゃなあ……
「じゃ次はいよいよ、アタシの切り札の方の改造を。いつでも使えるようにはしておきた……うわ!?」
「何!?」
立待月が次の仕事を頼もうとしたところで……
激しい轟音と震動が!
何が起きた!?
「襲撃です。魔力固有パターン照合完了……襲撃者はトニトルス・ベックス及びイグニス・コマと判明」
トニトルスさんとイグニスさん……
いや、驚くところじゃないや。
あの二人なら、早々にアルブムの側に付いても不思議はない。
「ということは」
「アルブムは既に来ていると見てよいでしょう」
「りょうた様!」
そこまで分析したところで、ベルリネッタさんが現れた。
今のとだいたい同じ報告を受ける。
「仕方ありません。両名は造反者として粛清いたします。よろしいですね?」
粛清。
つまり殺してしまうということだ。
あの二人をか……
「……わかりました」
……仕方ない。
あの二人を相手に話し合いで済ませるだけの条件も、力ずくでも殺さずに止めるだけの強さも、僕にはない。
それに、背後にいるアルブムの目的は僕の命と魔王輪だ。
折り合いがつくわけがない。
でも、それより今は。
「ベルリネッタさんは、僕に付いてくれるんですね」
「当然ですとも。わたくしはりょうた様の味方ですよ」
ベルリネッタさんは僕の味方。
それが素直に嬉しい。
「りょうた様とアイアンドレッドさんは他の者がどう出るかを。なるべく味方を集めて、敵になる者はやむを得ません、粛清しましょう」
「了大様、まずは愛魚様と合流いたしましょう。あとは可能であれば、ルブルム様はこちらに引き込みたいですね」
よし、まずは愛魚ちゃん、次いでルブルムだ。
大きな音が続く方へ向かったベルリネッタさんを見送って、僕は別方向へ向かった。
アルブムは城内を悠々と歩く。
呪文による防御機構については、トニトルスの知識にあった脆弱性を突いて突破した。
今は『対策』に対策すべく、探し人を……
「そこまでです。了大さんに危害は加えさせません!」
……見つけた。
探していたのはヴァイスベルク。
他者の精神を自在に操って、魅了したり夢を見せたりする淫魔。
「そっちから来てくれるなんて助かるわ。私はね、他でもないあなたをこそ探してたのよ? あなたには《服従の凝視》も効かないから、真っ先に始末しておきたくて」
「……ということは!」
ヴァイスは精神に干渉することに長けた悪魔として『精神干渉系の呪文及び能力は完全無効』という特性を持つ。
そのため《服従の凝視》も通用しない。
それどころか、せっかく仕掛けた凝視の解除さえされかねない。
ヴァイスの存在自体が、凝視への『対策』になるのだ。
「そう、あの二人は陽動。まずあなたを確実に潰して《服従の凝視》に対抗できる者がいなくなるようにしてから……あのお子様は、その後でゆっくり始末すればいいもの」
「なんてこと……」
そこでアルブムは、服従させたトニトルスとイグニスを囮として大多数の目をそちらへ向けさせ、その間にヴァイスを自らの手で迅速確実に始末する『陽動作戦』を展開した。
囮と言っても《龍の血統の者》の実力者。
必然的に目を向けざるを得ない城内の者はまんまと作戦に乗せられ、踊らされている格好だ。
「つまり《将を射んと欲すれば先ず馬を射よ》ってこと……いい言葉よね」
「だからって、あたしをやすやす討てるとは思わないことですよ!」
ヴァイスの瞳が妖しく輝く。
しかし。
「ううん、無駄ね。魔王とは他者の支配を受けるものではなく、他者を支配するもの。あのお子様はどうだか知らないけど、魔王輪の力を存分に使いこなす者には、精神干渉は無効よ」
アルブムには通用しない。
人間の体である了大と違い、このアルブムは魔王輪の力に耐えうるだけの強いドラゴンの体を持つ。
そして、だからこそこうして、勝算ありと見て攻めて来ている。
「それじゃあさよなら、お嬢ちゃん」
「……っ……ごふ……」
アルブムの容赦ない攻撃で万策も命運も尽きたヴァイスは、そのまま塵と消えた。
そして、アルブムの進撃はまだまだ続く。
効く相手にはできるだけ《服従の凝視》を……
効きにくい相手には迷わず必殺の攻撃を……
アイアンドレッドの案内でひたすら走る。
愛魚ちゃんのいる方へ最短で向かっているらしいけど……
どうしてわかるんだろう。
「本来は立待月様の能力です。あの方は城内の全機能について、魔王と同格に最優先の権限をお持ちですが、我らがヴァンダイミアム由来の技術を使用した部分についての整備を目的に、一部の機能を許可していただいております」
あの子はそういう能力なのか。
とはいえ敵になるんじゃないなら、今はそれどころじゃない。
後回しにして、この状況を切り抜けたらゆっくり聞こう。
「愛魚様はまだ、アルブムと接触していないようです。この先……あちらに」
示された場所は浴場だった。
なるほど、優位に立てるように水が多い場所を選んだのか。
愛魚ちゃんも考えてる。
「了大くん、無事ね……よかった」
お互いに顔を見合わせて一安心。
でも、油断はできない。
「アルブムらしき反応パターンと接触した者たちの動きがおかしいようです。アルブムを素通りさせるような、寝返ったような……」
「仕方ないよ。下手に抵抗して殺されるくらいなら」
「それと、ヴァイス様の固有パターンが消失しております。おそらく仕留められたかと」
「ヴァイスが!?」
あのヴァイスがやられた。
以前見た《全開形態》だって凄かったのに、それでもアルブムには歯が立たなかったのか。
……恐い。
「了大くん」
「……うん」
愛魚ちゃんの声で我に返る。
そうだ。僕がしっかりしていなくちゃ。
「ベルリネッタ様はトニトルス及びイグニスと接触するようです、そちら方面は、今はお任せするより他にないかと」
あの二人を相手にするのか。
ベルリネッタさん……
どうか、無事でいてください。
ベルリネッタは手元の《奪魂黒剣》を確かめる。
自己の力だけでなく、この剣の力にも頼らなくては勝てない相手が、目の前にいる。
「よう、ベルリネッタ。己たち相手に逃げなかったのは、褒めてやるぜ」
「お主もアルブム様に従えばよいものを。今からならば、我らが口利きしてやろう」
イグニスとトニトルスは《服従の凝視》にやられている。
ベルリネッタが黙して魔力の流れを見ると、わずかに様子がおかしい。
(何かされていますね。あの感じは以前にも見た、たしか……《服従の凝視》……なるほど、それならばあっさり堕ちるのも納得できます。ならば)
一目で見破ったベルリネッタは、剣から左手だけを離し、イグニスに手招き。
露骨に『かかってこい』とハンドサインで示す。
「そちらこそ。りょうた様に土下座して詫びるならわたくしから口利きして、最下級の雑用係からやり直せるように取り計らいましょう?」
明確な挑発。
トニトルスは冷静に流すが、イグニスの気性ではそうはいかない。
「言ったな、てめェ!」
剣を抜き、その名に相応しい炎のたてがみのごとき髪をなびかせ、猛然と走るイグニス。
受けたベルリネッタと、鍔迫り合いの格好になる。
「ブチのめしてボロ雑巾みてェにしてから殺してやる……己をナメたこと、後悔して死ね!」
「……ぷくっ、く、ふふっ」
炎が揺らめく熱い眼光を飛ばすイグニスだったが、ベルリネッタにはむしろ滑稽に映った。
その口上さえも、もはや喜劇同然。
「くっ、あははは! も、もう駄目! わたくしに! この、ははっ、このわたくし相手に! 『殺してやる』とか『死ね』とか!? ま、まさかそこまで無知だなんて!」
「何がおかしい、コラァ!」
それもそのはず。
このベルリネッタは。
「イグニス、今のはお主が馬鹿だ」
「おい、トニトルス、おめェまで……」
「……ふぅ。まさか《不死なる者の主》として死を超越したわたくしに『死ね』だなどと、無茶をおっしゃること」
アンデッドロード。
死んでも死にきれない死者に対する絶対の支配力を持ち、自らもまた死を超越した領域に存在する。
それが『殺されて』『死ぬ』わけがないのだ。
「ちッ……そうだったな、忘れてたぜ」
思い直したイグニスは、自らの内の魔力をほとばしらせる。
腕や頬に赤い鱗が現れて、剣が炎を纏う。
人間の姿にドラゴンが半分混じった姿に変わった。
「見た目で《半開形態》どまりだと思うなよ……己はこの姿でだって《全開形態》とほぼ同じ力が出せる。そう修行して来たからな」
「魔力で燃やすその炎なら《不死なる者》にも効くだろう。存分にやるといい」
ドラゴンの巨体は狭い場所では全力が出せない。
今まさに、真魔王城の中という狭さで《全開形態》を使えないのだ。
その弱点をこそ補うべく鍛えて至ったイグニスの解答がこれだ。
「そう言えば《将を射んと欲すれば先ず馬を射よ》という言葉もあります。あのアルブムを倒す前に、まず貴方から倒しましょう」
対するベルリネッタは、特に姿が変わるわけではない。
最初から同じ様子のまま《奪魂黒剣》を構え直す。
「行くぜ、おらァ!」
イグニスの打ち込み。
先程とは比較にならない速度でベルリネッタを狙う。
瞬きほどのごく短い時間が……
「がっ、は……!」
「……な……!?」
……イグニスを斬った。
トニトルスも驚愕で動きが止まる。
光をも飲み込む《奪魂黒剣》の黒い刃は、イグニスの腹を滑るように撫でて過ぎた。
その後には両断された肉が切り口を見せるだけだ。
「イグニス!?」
「……だッ、大丈夫だ……まだ内臓は出てねェ……!」
おびただしい流血や内臓の漏出を気力と魔力で抑えながら、イグニスは踏みとどまり、ベルリネッタの位置を探る。
いた。
間合いを離して、仕切り直している。
「それで『全開とほぼ同じ』なら、わたくしの……《命無き者共の女帝/No Life Empress》の《半開形態》には及びません」
ノーライフエンプレス。
生きとし生けるものに対する絶対的な『殺し』の化身が、その姿を半分だけ現しているのだ。
……半分だけ。
「なんと……それでまだ《半開形態》だと……? あのリョウタ殿の魔力が、それほどまでにお主を強くしたのか……」
トニトルスの分析は正鵠を得ていた。
ベルリネッタは了大の『初めて』の女となってからも『お気に入り』として他の女たちよりも多くの夜を共にしてきた。
その度に得られた魔力がベルリネッタの力と格を高めてきた今、ほぼ全開というイグニスが相手であっても、半開程度で事足りる。
それほどまでの力を秘めて、今、この瞬間に放っているのだ。
「ッ……ざけんな……男に股ァ開いて魔力を増やした奴なんかに……負けられッかァァァ!!」
腹を裂かれた苦悶の表情のまま、イグニスがなおも打ち込む。
しかし、明らかに速度が落ちていた。
いくら魔力で補っていても。
「遅いです」
ベルリネッタが正確に狙うのは、イグニスの右手。
剣を持つ右手の中指と薬指の間へ、剣とは垂直に、拳を等分に割るように斬り込む。
狙いを過たず《奪魂黒剣》がイグニスの右手を剣の柄ごと裂く。
「がッ!?」
いくら魔力をたぎらせて《全開形態》とほぼ同じ力が出ると言っても、それで痛覚までが克服できるわけではない。
右手とひとまとめに斬られて柄が短くなってしまった剣を、力が入らなくなった右手から取り落としたイグニスは、まさしく致命的としか言えない隙を晒して……
次の瞬間には、首が胴体と離れていた。
「……よくもイグニスをやってくれたな、と言っておこうか。だが、我も同じように行くと思うなよ」
その様を見て、しかし平然とトニトルスが進み出る。
姿はすでに《半開形態》だ。
「まあ、冷たいこと。ご友人でしたら、少しは嘆き悲しんでさしあげてはいかがです?」
親友であるイグニスを殺されても平気な態度。
ベルリネッタは見破っていた。
これはトニトルス自身の胆力ではなく《服従の凝視》の影響。
アルブムからの命令の前には、親友の死さえ些事になるのだ。
「ほら、そんなつれない態度では」
「ぬうッ!?」
そこでさらに異変が起きる。
首がないイグニスの胴体が起き上がり、トニトルスに拳を打ち込んだ!
「イグニスさんも淋しいでしょうから、ご一緒に踊ってさしあげてくださいませ?」
「やはり……ただ殺すばかりか、死体を操って来るか……」
「体だけで済むとお思いで?」
敵を前にしたベルリネッタにとって、殺すのはもはや当然。
むしろ『殺した後』こそ本領だ。
死者となりその魂を握られてしまえば最後。
「きひッ、ひひひッ、面白ェ、面白ェな、これ!」
胴体と別れたイグニスの生首が、頓狂な笑い声を上げる。
表情にも狂喜が浮かび、先程とは大違いだ。
そう、これこそがベルリネッタの真髄。
あらゆる死者の魂に対し絶対的に君臨する《命無き者共の女帝》の力……!
◎将を射んと欲すれば先ず馬を射よ
敵の大将を狙うなら最初から本人を狙うのではなく、まずは乗馬を攻撃してから確実に追い詰めて本人を攻撃せよという戦場の心得から、重要な目的を達成するにはまず周辺のことから達成していくのがよいということ。
今回はようやくベルリネッタに(半分)本気を出させることができました。
かねてより書きたかった山場イベントを着々とこなしています。
《追記》
終盤、トニトルスのリアクションが無知気味でしたので改訂しました。




