87 『唯々諾々』
ユニットを手に取り、アルブムと対決することを選んだ了大。
その機能を使いこなせるよう慣らして行きますが、離反した五人は……
ユニットの試運転に、外に出てみることにした。
途中、カエルレウムの部屋の前を通った。
一応呼んではみたけど……出てこない。
当たり前か。
「その子はそうなったら、もう当分出てこないよ」
ため息をついたところで、そんな声をかけられた。
声がした方に振り向くと……誰だ?
病院で入院中の患者が着てるようなガウン姿の少女。
これまたいかにもな巨乳美少女だけど、僕は今まで一度もこの子に会ったことがない。
忘れてるのでもない、完全に初対面だ。
「ま、引きこもりはアタシも似たようなものだけど」
これまでの生活とかハロウィンイベントとかで一度くらいは会っていそうなものなのに、全然会ったことがなかった子。
誰だ……?
「初めまして、アタシは《立待月》。とはいえ、きっとアタシの出番はもっとずっと後だと思うけどね。魔王の了大クン♪」
僕のことは知ってるのか。
立待月……いや、今はそれどころじゃないか。
本人も出番はずっと後だと言ってたからな。
そして外に出てからは特に荒れている所を選んで、周囲に誰も、何もいないのを確かめる。
それから、ユニットを腰に当てる。
どうやら各種機能の使用については僕の魔王輪が認証のキーになっているらしく、試しに愛魚ちゃんに貸してみても《ERROR!》という音声が出るだけで何もできなかった。
今はちゃんと僕が使っているから、認証してベルトが腰に巻かれる。
「チェンジ!」
下腹を意識して、魔王輪の魔力をユニットに少し流す。
ユニットから極細の繊維が伸びて、僕の全身を覆うスーツになった。
頭部はヘルメットが形成されて、このヘルメットにも補助機能がいっぱい。
試しに動いてみる。
動きが軽い。
「具合はどうだ?」
おお、ユニットから音声ガイダンスが流れる。
言えば対応するかな。
「腕を曲げた時、外側の引っ張られる感じがちょっと強いかも」
「わかった、調整する」
本当に調整された。
今度は引っ張られる感じがほとんどしない。
「すごいね、これは」
「そうだろう。お前のことならよくわかるぞ」
フレンドリーな声だ。
何となく親近感がわく。
「どうして?」
「僕は《もう一人の自分自身/Another Myself》……もう一人のお前だからさ」
アナザーマイセルフ。
それって、まさか。
「そう、こないだこっちに送り込まれた、いわゆる『偽者』のお前だよ。今は疑似魔王輪をはじめとして、使える部位を再利用されてこうなってる」
偽者の僕。
ベルリネッタさんが真っ二つにしてヴァンダイミアムに持って来て、それからどうなったか忘れてたけど、こうなってたとは。
「このユニットに組み込まれる時に聞いたけど、あの時は偽者の方を……つまり僕をアルブムに襲わせて、目を欺く作戦も考慮に入れられてたんだ」
確かに、あれだけそっくりならそういう手も使えたかもしれない。
愛魚ちゃんや僕自身も、違いがわからなかったくらいだ。
「まあ、こうなったら直接対決だけどね」
「そうだな。僕のことは複雑で面倒だろうから《アナザー》って呼んでくれ」
そうだ。
そう遠くないうちに、アルブムがここに……この次元、ヴィランヴィーに来る。
僕の魔王輪を狙って。
とはいえ……
「トニトルスさんたちにそっぽ向かれたのは、つらいな」
「生き残れば説得してみることはできるだろ。成功するかどうかはさておき、言い返すことはできる。でも死んだらそこで終わりだ。死ねばそれっきり未来永劫『アルブムを侮辱して歯向かった無礼者』として、死んで当然の存在にされるぞ」
……トニトルスさん、イグニスさん、カエルレウム、鳳椿さん、凰蘭さんと、実に五人の実力者たちに離反された。
そりゃ、あれほどの人たちなら、何があっても《唯々諾々》と僕についてきてくれるわけではないだろう。
本当にこれでよかったのかと、アイアンドレッドやスティールウィルを信じてよかったのかと、不安になる。
でも、もう決めたことだ。
「そうだね。だから僕は……いや、僕たちは! 勝たなきゃいけない!」
「その意気だ。各機能を説明するから、どんどん使って慣らして行こう。時間はもうあんまり無いぞ」
今は不安がっていても無駄だ。
アルブムに勝つためにこのユニットを使いこなしてみせる。
アナザーの説明を受けつつ、どんどん機能を試す。
まずは走る速さ、ジャンプの高さ、パンチやキックの強さ。
岩を楽々砕いても、それでいて体は何ともない。
これは……すごい!
了大がユニットを試している様子を、遠くからそれとなく眺める一団。
通常の視力では見えないほどの遠距離から、魔力を使って増幅した視力が了大を探る。
「けッ。ガキが新しいオモチャではしゃいでやがる」
赤い髪に褐色の肌。
炎のたてがみ、イグニス・コマだ。
「堕落する時は呆気ないものだな。もう少し、基礎の大切さを理解していたと思っていたのだが」
銀髪に青や黄の差し色。
雷のくちばし、トニトルス・ベックスも半ば呆れ顔。
「とはいえあの力、歴代の魔王にも劣らぬほどの……いや、それ以上やもしれぬぞよ?」
「あのような、降って湧いた力に頼るなど邪道であります。おそらく、そう長くは続かんでありますよ」
蘭花の鳳凰、凰蘭と、椿花の鳳凰、鳳椿。
ユニットを使う了大の力を冷静に分析しつつも、やはり今となっては距離を置きたいようだ。
「アルブムの姐さんに言うか?……いや、そもそも姐さんは本当に帰ってくんのかよ」
「さてな。お戻りになられぬのであれば、それもまたよし。その事自体が、奴等の言い分が嘘だという証拠になる」
「では、戻って来たら……そのアルブム様とやらが戻って来て、本当にあの坊やを殺そうとしたらば、どうするのじゃ」
「そこは聞いておきたいであります。自分は、あのような道具や力に頼ろうというのが気に入らぬだけのことで、そのアルブム様を信じておるわけではないのでありますから」
四者の相談が続く。
一旦生まれてしまった了大への疑念は、簡単に消えるものではない。
「どうしてもとなれば、アルブム様に従うのも已む無しか」
「ほう。殺すのかえ、あの坊やを」
「あのアイアンドレッドの言い分が嘘でなくとも、了大殿の選択が間違っていなかったとしても、でありますか?」
「己らにとっては、姐さんの言うことは絶対だ。姐さんがここの魔王になるッつーなら……それもアリかもな」
ああ、悲しいかな。
皆が道を違えてゆく。
皆が道を誤ってゆく。
さて、どうする、真殿了大……
すぐには覚えきれないほどの多機能。
覚えること自体も大事だけど、とっさの判断で使い分けられるようになるのも大事だ。
ひとまず、とにかくいろいろ試す。
「腰の左右のフィンに触れて、魔力を込めろ」
フィン……ヒレ状の部品がついている。
ここに触れて魔力を……
「うわ、飛んだ!?」
「慣れれば滞空や方向転換はもちろん、水中航行すら自在に可能の推進システム《遊泳飛翔/Swimming Jump》だ」
スイミングジャンプ。
泳ぐも飛ぶも自由自在か。
「ということは、飛び蹴りとかで使うと……」
「そう、必殺キック! スティールウィルも想定してたから実装してるぞ。やってみるか?」
ヒーローのお約束の必殺技!
やってみよう。
キックの威力を増幅するとか、どれだけの威力があるとか……
あ。
「ここまでは大丈夫だったけど、増幅したキックの反動に僕の脚が耐えられなかったらどうしよう!?」
「心配性だな。知ってたけど……そうならないように計算したり補強したりするのが僕の担当だろ。気にせずやってみろ」
自分のキックで自爆して大怪我する心配はない……らしい。
よし、さっきの《遊泳飛翔》で高度を取って……
目標は適当に空き地に、何もないのを確認して……
「行っけぇぇぇぇぇぇ!!」
「Special Function...Riot Impulse!」
スペシャルファンクション・ライオットインパルス!
奔放にほとばしる衝動の一撃が、大地を穿つ!
蹴ってる脚や体に痛みはないけど……止まらない!?
キックの勢いのまま、地面を掘るように削りながら滑って……
「嘘っ、落ちる!?」
「空洞だ!?」
掘った地面に開いた穴が地下の空洞に繋がってしまったらしい。
落下していく感覚。
着地しなきゃ。
《遊泳飛翔》の応用で姿勢を整えて、着地もゆっくりとソフトに。
「何だ、ここ……」
「こんな地下のデータは、僕も持ってないぞ」
無事に着地すると、すごく大きな空間に出た。
これだけの大きさなら大型の魔物が《形態収斂》を解除しても不自由しなさそう。
例えば、そう……ドラゴンとか……
「広いけど、それだけだな」
「出たければさっき開いた穴に《遊泳飛翔》で飛べばいい。慌てることはないな」
ヘルメットの各種センサーで周囲の情報を集める。
特に何か宝物があるわけじゃないみたいだ。
ひたすら岩と土と砂と……いや、センサーが何か金属を見つけた。
近づいて拾ってみる。
学校で使ってるノートくらいの大きさの金属板に、何か文字が彫ってある。
魔力も少し残ってるみたいだ。
文字は……読めるかな?
「何だ、これ……《Go back in time with your burning heart》……う!?」
「どうした?」
下腹が一瞬、じくじくした。
ユニットに何か故障でも起きたか!?
この状況でそれはまずいぞ!
「何か今、お腹に……ユニットは大丈夫!?」
「ユニットの各種システムは全て正常だ。外装の擦り傷くらいだけど……今の板、何かあったのか」
「さあ……」
何かあったのかもしれないけど、今はもう金属板から魔力を感じなくなった。
下腹がじくじくしたのは、ベルリネッタさんの《死の凝視》やクゥンタッチさんの《眷属化》に抵抗した時みたいな防御反応かもしれない。
何にしても薄気味悪い板だ。
元々ここにあったままに捨てて行く。
そこで試運転は終わりにして、真魔王城に戻った。
アイアンドレッドを呼んで、ユニットを点検してもらおう。
一部始終を見届けて、トニトルスはため息をひとつ。
単に『幼稚な玩具』と断ずるにはあまりにも強力すぎるユニットと、そのユニットが可能にする必殺技の威力に、一同は認識を改めねばならなかった。
「おいおい……アレはやべェな」
「むしろあれだけ暴れておいて『中身』が耐えられる、という方が驚きだ。今までならばそれこそ、肉が裂け骨が折れていただろうに」
あの力をアルブムに振るわれれば。
アルブムのみならず、造反者として自分に振るわれれば。
只事ではない。
「あら、良いじゃない。それでこそ魔王だわ」
そこに現れた女が一人。
ああ、この女こそは!
「アルブム様、本当にお戻りに!? ご無沙汰しておりまする」
「姐さん、お久しぶりッス」
「ええ。久しぶり、二人とも」
超越する白き者、トラーンスケンデーンス・アルブム!
龍の中の龍と讃えられる《天轟超龍》が、本当にその姿を現した。
トニトルスもイグニスも、敬意を表して挨拶を欠かさない。
「あのスティールウィルとかいう人形からは、なぜか魔王輪を奪えなくて無駄足かと思ってたけど……そういうカラクリだったのなら、納得ね」
そしてアルブムは真相を述べる。
自分はスティールウィルに会ってきたと。
「てことは姐さん、あいつらが言ってたのは……」
「ええ、本当のことよ。だって、必要なことだもの」
アイアンドレッドが持ち込んだデータと話は本当だった。
ということは、それを信じた了大の選択は間違いばかりでもなかったということになる。
「……姐さんが言うなら仕方ねェ。己は姐さんに付くぜ」
「我もだ……こうなれば致し方あるまい」
だが《龍の血統の者》の序列や絆を覆すほどではない。
アルブムが言うなら、この二人は従うのだ。
「ありがとう、二人とも。でもね」
アルブムの瞳が、禍々しく光る!
視線を合わせていたのは、イグニスの方。
「私は『仕方ない』なんて嫌そうな返事はいらないの。やれと言ったら『はい』って素直に言えばいいのよ」
「あ……ぁ……?」
術中にはまったイグニスの様子がおかしい。
ぼんやりと立ち、隙だらけだ。
(……何をされているのだ!?)
トニトルスは予想外の事態に戦慄する。
少しふらついたかと思ったイグニスが姿勢を正し、口を開いた。
「己は……アルブムの姐さんのために……」
明らかに様子がおかしい。
いつものイグニスではない。
「凰蘭殿! 鳳椿! 何かおかしい……うっ!?」
慌てて凰蘭と鳳椿の方を向いたトニトルスだったが、異変に気づく。
まさか、これらの実力派さえもが。
「妾は……アルブム様のために……」
「自分は……アルブム様のために……」
術中にはまっている。
イグニスと同じように様子がおかしい。
アルブムの言うことを《唯々諾々》と聞くだけの操り人形のようだ。
「《一千の眼》は放蕩三昧でどうしようもないろくでなしだったけど、この《服従の凝視》を私にもたらしたことだけは価値があったわ」
かつての魔王、サウザンドアイズの技。
《服従の凝視》によって、凰蘭も鳳椿も、そしてイグニスも、今やアルブムに絶対服従となってしまった。
こうなれば本人の意思など関係なく、アルブムの好きなように使われてしまう。
「リョウタ殿の記憶にあった『尊厳を奪われる』とは、こういうことか……!」
今更とは思いながらも、トニトルスは自身の不明を恥じた。
まさかアルブムがここまでやるなどとは、夢にも思っていなかった。
「トニトルス、あなたは不満そうね? 私はあなたを、そんな反抗的な弟子に育てた覚えはないわよ」
アルブムが手振りで指示するだけで、術中にある三人がトニトルスの両脇と背後を固める。
戦力差から言えば、勝つどころか逃げることさえも絶望的だ。
そして三人にがっちりと掴まれたトニトルスは……
「この私が命じるのだから、言う通りになさい」
「う……うおおッ……!!」
……なす術もなく《服従の凝視》を受けてしまう。
そして。
「我は……アルブム様のために……」
あとは他の三人と同じ。
四番目の操り人形になってしまった。
「じゃ、適当に暴れて人目を引いてちょうだい。やり方は任せるから、しっかりね。私は『対策』に対策してくるから」
いよいよ、その時が来てしまった。
アルブムの魔手が迫る了大の運命や如何に……
◎唯々諾々
事のよしあしや自分の意思に関係なく、何事でも従うこと。人の言いなりになる様子。「唯」も「諾」も「はい」という応答の意味。
『韓非子』八姦が発祥。
いよいよアルブム本人が登場。
次回以降はターニングポイントスペシャルとして、場合によってほ日頃の一話あたりの尺(本文5000文字規模)を度外視しようかと思っています。




