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86 猫に『小判』

アイアンドレッドが持ち込んだユニットからデータを開示して行きますが、各人の反応は……

スティールウィルが敗れたという知らせを受けて、大急ぎで皆を集めた。

まずは城内に常駐のベルリネッタさんとヴァイス。

急には来られない阿藍さんは愛魚ちゃんに全権委任。

ドラゴンも持ち回りと言わず、できるだけ参加。

最優先事項として外回りの凰蘭さんと鳳椿さん、そしてクゥンタッチさんに至るまで、思いつく限りの人を集めた。

扶桑さんは戦闘員じゃないから除外。


「ホームシアターなんて用意してたの?」

「了大くんと映画を観ようと思って買ったやつを、うちから持ってきたの」


真魔王城の会議室に、大画面で映画が見られそうなスクリーンとプロジェクターが用意されてた。

それというのも。


「了大様の大敵となるアルブムは、愛魚様にとっても大敵……使える物は何でも使うべきかと。電源は我々の技術《魔力変換電力装置(マナバッテリ)》で確保可能です」

「持ってきます!」


アイアンドレッドの提案に、愛魚ちゃんが二つ返事で乗ったからだった。

うまく口車に乗せられているような……

いや、今は緊急事態だ。


「画像、出します」


アイアンドレッドが持ってきたユニットを、ケーブルでプロジェクターに接続した。

端子やファイル形式の規格は、ヴァンダイミアムの技術で変換して合わせてくれたらしい。

そして室内に据え付けられている照明、魔法仕掛けの明かりを消して部屋を暗くして、映像がスクリーンに投影される。

特に問題もなく映し出された静止画には、女性が一人。


「……マジでアルブムの(ねえ)さんじゃねェか」

「アルブム様のお姿だな」


イグニスさんとトニトルスさんには一目でわかる。

画像の人物が、スーパードラゴンのトラーンスケンデーンス・アルブムで間違いない。

同名なだけの人違いならと願っていたけど、残念ながらその線は消えた。


「おい、母さまが敵だって言うのか!?」

「カエルレウム、母様とりょーくんとどっちを選ぶか、大事な話だから」


カエルレウムのことは、ルブルムがなだめてくれてる。

ルブルムにはつらい局面かな……


「ふむ、見かけぬ顔じゃのう」

「自分も初めて見るお人であります」


凰蘭さんと鳳椿さんはアルブムとは面識がないらしい。

中立という感じの、やや淡白な反応。


「あたしは、了大さんの味方ですよぉ♪」

「ヴァイス!? それ、私の台詞……!」


ヴァイスと愛魚ちゃんは明確に発言して、僕の肩を持ってくれる。

正直助かる。

あとはクゥンタッチさんと……


「確かにアルブムの姿だけど……ベルリネッタ、どう思う?」

「お姿だけでは何とも」


……ベルリネッタさん。

この二人はアルブムとは知り合いなのか。

とはいえ、良くも悪くも即答はしてない。


「ご覧の通り、我々が言うところのアルブム、我らがヴァンダイミアムに攻め入って来たアルブムとは、そちらのドラゴンの皆様がご存知のアルブムです」 


アイアンドレッドはユニットを操作して、別の画像も表示する。

どれも同じ人物像で、カメラに向かって戦っている姿で……

ということは、これらのデータを撮った『カメラ』は、スティールウィルの目だったんだろう。


「姐さんを呼び捨てたァいい度胸だな、あァ?」

「まあ待てイグニス。言わせておけ、寝言は今のうちにな」


やっぱりイグニスさんとトニトルスさんが穏やかじゃない。

嫌な雰囲気だ。


「では次に、動画でご覧ください。スティールウィルが敗色濃厚となるまで、データを集めてこのユニットに記録させていました」


静止画の表示をやめて動画の再生に切り替えられたスクリーンに、アルブムの動く姿が映る。

カメラの斜め下からたまに見える機械の腕は、スティールウィルのものだ。

クリーヴセイバーを振るっている。

つまりこの動画は、スティールウィルの視点でのアルブムとの戦いの様子だ。

互いに呪文や技を撃ち合ったり、それらをぶつけ合って相殺したりしている。

そして、やっぱりスティールウィルが不利だ。


「お前は俺を倒したら、次は《ヴィランヴィー/Villunvii》に行くつもりだろうが!」

「ええ、そうよ。あなたの魔王輪も貰った後でね」


ビラ……え?

ちょっと意味が……


「ヴィランヴィーとはここ、この次元のことですよ」

「あ、はい」


……ベルリネッタさんからすかさず説明が入った。

助かった。

ということは、ヴァンダイミアムを攻めてスティールウィルを倒したアルブムは、この次元に……ヴィランヴィーに来る。


「どこへ消えたか長年わからなくなっていた、ヴィランヴィーの魔王輪……あんな子供には勿体ないもの。まさしく《猫に小判》よねえ」


《猫に小判》と来た。

確かに、僕はまだ魔王輪の本当の力も、本当の価値もわかっていない。

仕方ないことではあるけど……


「勇者輪があんな風に魔王輪と合わさるなんて、私も知らなかったけど……却って好都合だわ。私は絶対、あれを手に入れてみせる。そして」


……恐い女だ。

飽き足りない、力を求める欲望。


「あなたの魔王輪も、勇者輪と同一化してるのよね。手間が省けていいわ。他の次元じゃ誰もそんなの知らなくて、結局二度手間になったもの」


これまでも他の次元を襲って、魔王輪を奪ってきたのか。

なんて奴だ。


「へえ……そもそも『魔王輪を奪おう』なんて、いつ思いついたんだか」

「つい最近よ? 話し合いがこじれて殺した《ターミア/Tarmiea》の魔王から魔王輪が取り込めなかったら、そんなこと思いつきもしなかったもの」


やっぱりそうだ。

このアルブムはあちこちの次元の魔王を殺して、魔王輪を奪って回っている。

スティールウィルの話では、魔王輪を三つ持っているという話だったな。


「ドラゴンの間では思い通りにならなかったら相手を殺すことを『話し合い』と呼ぶとは、知らなかったよ。勉強になった」


スティールウィルの挑発。

確かに、考えてみればスティールウィルは僕に危害を加えなかったどころか、防護服や機能性食品を用意したり、僕を取り返しに来たベルリネッタさんにも手加減したりして、誰も殺してない。

できるだけ話し合いで済ませたかったのか。


「不愉快な……もう死になさい!」

「俺は死なん、何度壊されてもな!」


そしてまた戦いの様子になる。

互いに何度も攻撃を受けて、アルブムは真の姿を……白い巨体に赤と青の紋様が入ったドラゴンの姿を現す。

アルブムも傷つくけど、それ以上にスティールウィルのダメージがひどいらしく、画像が乱れ始めた。

画質が落ちたり、所々にノイズが見えたりしている。


「アイアンドレッド!」


スティールウィルがアイアンドレッドを呼んだところで、動画が終わった。

暗くされていた部屋に、また明かりが入る。


「この直後、スティールウィルはこのユニットを切り離して、私に預けました。了大様にお渡しするために」


あのヒーローベルトみたいなやつを、僕に……

つまり、使えって意味か。


「この中にはヴァンダイミアムの魔王輪と、了大様を模した《複製工作員デュプリケートエージェント/Duplicate Agent》に仕込んでいた擬似魔王輪、そして了大様の身体能力の不足を補う機構を搭載しております。これがあれば出力面での見劣りこそあるものの、勝機も生まれるかと」


そんなに至れり尽くせりなのか。

スティールウィルは、勝てなかった時のことも考えていた。

この方式はアルブムに魔王輪を渡さないための保険でもあると。

よし、それなら……


「それで寝言は終わりか」


……そこに、トニトルスさんの声。

思わず顔を見ると、今までで一番恐い顔をしている。


「寝言という言い回しは不適切です。私は機械生命体であり、睡眠を必要としていません」


アイアンドレッドは臆さず渡り合う。

この反発もシミュレート済みだったのがわかる。


「お主らの話が本当だという証拠がどこにある。我らが龍の中の龍、アルブム様を悪し様に言い立てて、ただで済むと思うな」

「ですから証拠として記録映像をご覧いただきました。証明には充分かと」

「それはおめェらが用意したモンだろうが。その絵が本物ッてェ証拠はどこだッつーんだよ!」

「それほどまでに信奉しておられるのでしたら、本物かどうかは貴方がたの方がよく分かるでしょう」


イグニスさんもブチギレ。

そして今度はトニトルスさんもそれを止めようとはしない。

冷静なのはアイアンドレッドだけ。


「お前たちはデータを集めれば、そっくりの偽者が作れるんだろ! りょーたの時みたいに!」


今度はカエルレウムだ。

やっぱり、母親が悪者扱いはカエルレウムには耐えられなかったか。


「再現するにも限度があります。アルブムほどの者は無理です。それに、スティールウィルを敗北させる意味がありません」

「じゃあCGだ! 今のはコンピュータで作った絵で、本当はあのフカシ野郎は元気なんだろ!」


CG説までもが飛び出した、

カエルレウムはゲームが好きだから、そういう発想にも行き着くんだな。


「ふむ。つまりその、シージーとか言うカラクリで我らを(たばか)ろうと」

「違います。私は起きた事実をお伝えしただけで」

「ッざけんな!!」

「そうだそうだ! 母さまを悪く言うな!」


三対一の構図。

あのデータをもってしても信用されないなら、アイアンドレッドには分が悪い。

立ち上がって、どうにかなだめようと思ったけど。


「おい、小僧。こんなガラクタ人形の言うことを信じるッつーんなら、おめェとはこれまでだ」

「我も同じく。ここまで侮辱されては、さすがに我でも腹に据えかねますからな。教師役も降ろさせていただきますぞ」


イグニスさんもトニトルスさんも本気だ。

この二人と絶縁してまで、僕はアイアンドレッドを……スティールウィルを信じるべきなのか!?


「りょーた」


カエルレウム……今までで一番、怒った顔で……

そんな顔で僕を見ないでくれ。


「母さまを悪く言うなら、りょーたとは絶交だ」


絶交。

僕から離れて行く。

あの無邪気なカエルレウムが、今はとても冷たい。


「……僕が本当に、アルブムに殺されても?」

「そこまで言うなら、絶交だな」


イグニスさん、トニトルスさん、カエルレウムの三人が部屋を出て行く。

僕を見捨てて。


「ルブルムはどうなんだ。りょーたの味方をするのか?」

「ワタシは……もう少し考える」


ルブルムは出て行かないでいてくれる。

でも、とりあえず即答を避けただけという感じだ。

確信とか覇気とかのようなものは感じられない。

三人が出て行った後の、部屋の空気が重苦しい。


「……他の皆はどうなの。僕を見捨てる?」


むしろ、いい機会だ。

こういう時だからこそ聞いてやる。

誰が離れて行くのか。

誰が最後までついて来てくれるのか。


「誰か、何か言ってよ」


どうして何も言わないんだ。

何か言ってくれよ!


「……アイアンドレッド」


僕がお前を信じて、こうして迎え入れたことはもちろん、僕の責任だ。

でも、お前のせいでもあるんだぞ、アイアンドレッド。

ここまで騒動を持ち込んでおいて途中で逃げるなんて、絶対に許さないからな。


「そいつを渡せ。僕に渡すものなんだろう」 

「はい。お持ちください」


プロジェクターやアイアンドレッドからケーブルを外させて、ユニットを手に取る。

なるほど、本当にヒーローベルトみたいな感じだ。

ふざけているんだか、僕が直感的に使えるようにしたつもりなんだか。

試しに下腹に当ててみると、本当にベルトが伸びて僕の腰に固定された。

まるで特撮番組のワンシーン。


「これで『チェンジ!』って全身特殊スーツになったら、もうそのまんまだな」

「やはり、使い方の説明はご不要でしたね」

「え……」


なった。

ユニットから極細の繊維みたいなのが全身に伸びて、体をくまなく覆うスーツに変形した。

頭を触ってみると、いかにもそれっぽいヘルメットの硬い手触り。


「な、何これ!」

「それが先程申し上げました、了大様の身体能力の不足を補う機構です。出力の増強や外部からの防御はもちろん、魔王輪の魔力を伝達する経路を分担しますので、魔力を多く使っても身体にかかる負担はほぼゼロで済みます」


それが本当だとしたら、まさに特撮ヒーロー状態。

ここでは試せないけどね。

ということで、スーツを脱ぐというか、変身解除というか……

元に戻れと念じてみる。

何の抵抗もなく全身の繊維が解けて、最初の状態になった。


「これは凄いかも! ねえ、皆……」


皆して無反応。

何というか、まるで売れないお笑い芸人がスベった時みたいな……


「そのような玩具に頼ろうなどと、自分の見込み違いでありましたな」

「主様……いや、まだまだ坊やということじゃったか」


鳳椿さんに、凰蘭さん?

出入口へ向かって……まさか……


「自分も降ろさせてもらうであります。内歩進(ナイファンチ)の稽古については、止めるも続けるも好きにすればよいでありますよ」

「やはり、坊やには魔王の位など《猫に小判》じゃったかのう」


……この二人にも見捨てられた。

もう止めようがないか。


「ね、了大くん。聞かせて? むしろ了大くんはどうして、そこまでスティールウィルを信じてみたいの?」


そう言ってくれたのは愛魚ちゃんだ。

愛魚ちゃんは本当に、僕の味方でいようとしてくれる。


「あいつは確かに何を考えてるのかよくわからなかったし、いろんな事をやけに知ってて薄気味悪かったし、今でもまだ半信半疑くらいだよ。でもね……」


だから、愛魚ちゃんの隣に座り直して、しっかり目を見て伝える。

手を繋いで、きちんと言葉にする。


「……あいつは、僕が本当に失いたくないものが何なのかを完全に理解してた。そして、そのために必要な準備を進めていても僕や愛魚ちゃんに怪我をさせようとはしなかったし、ベルリネッタさんにだって剣を鞘に納めたままで、できるだけ穏便にしようとしてたでしょ。だからさ」


やっぱり、あいつは気になる。

なぜだろう。

賭けてみたい気持ちが、どうしても止まらない。


「ユニット……こんなオモチャをくれたからじゃなくて、その言動の中にある真意を、信じてみたいからなんだ」


こうなったら、行くところまで行くしかない。

このユニットを完全に使いこなす。

そして、アルブムが本当に攻めて来るなら、戦って勝つ!





◎猫に小判

貨幣の価値は猫には理解できないことに例えて、価値の分からない人に貴重なものを与えても何の役にも立たないことを言う。


この選択で実に五人が距離を置いてしまいました。

とはいえ、それと引き換えにしてもなお惹かれる何かを、了大はスティールウィルに感じています。

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