83 『名』は体を表す
了大を救出に来た面々とスティールウィルが対決。
スティールウィルは前回から魔王輪の『二基掛け』ですので、原動力の差を見せることにもなります。
振動や爆発音の間隔が縮まる。
ベルリネッタさんたちが……皆が、ここに近づいてるんだ。
たぶん、皆は僕が拉致されたと思ってる。
鬼気迫る表情で、あちこちの施設や扉を壊して回っている、
……複雑な気分だ。
僕のためにしていることだとはもちろんわかってるけど、もしも僕がああして襲われる側だったとしたら。
恐い……恐いのかな……
「こうならないために、段取りしてきたのにな……」
スティールウィルは怒るでも焦るでもなく、やっぱり落胆しているように見える。
こうなること……皆が襲ってくることがわかってたのか。
さっきも『アイアンドレッドにひたすらシミュレートさせてる』って言ってたから、シミュレートの中にこのパターンもあったんだろうな。
「近づくのが速い。この分だと、アルブムに来られた場合の予測とほぼ変わらないペースだ……アイアンドレッド、ここへ」
スティールウィルがアイアンドレッドを呼び寄せた。
呼ばれたアイアンドレッドは……ぴったりと、僕の背後に付いてる。
「このパターンは重点的にシミュレートしております。《専守防衛力場/Exclusive Defense》」
エクスクルーシブディフェンス?
アイアンドレッドと僕を中心に、何か透明な壁……バリアができた感じがする。
透明でほとんど見えないけど、シャボン玉みたいな光の反射が見えたり、密度が高くて強い魔力を感じたりする。
これは……出られない!?
「アルブムに勝つためには、お前の魔王輪が必要なんだよ。邪魔をされるわけにはいかない」
くそっ、やっぱり罠だったのか!?
せっかく仲良くなれそうな気もしてたのに!
「そして、結局こうなるなら……確かめてやるッ!」
そうこうしているうちに、スティールウィルが睨む方向の壁が爆発して、一際大きな穴が開いた。
そこから現れる皆。
「りょうた様!」
「了大くん!」
ベルリネッタさんや愛魚ちゃんをはじめとして、特に誰も怪我をした様子はない。
もっとも、そこら辺のロボット人間じゃ皆に勝つどころか傷をつけることもできなかったんだろう。
相手が悪い。
「真殿了大は無事だよ。これでもできるだけ丁重にもてなしてたんだからな」
丁重に、か……
考えてみれば、汚染区域に行く時も特別製の防護服を用意されて、先代の残骸も見ているだけで全部済ませてもらって、その後もシャワーやら機能性食品やら、至れり尽くせりだった。
その部分については、彼の言葉は事実と言えるだろう。
「了大くんを解放しなさい! でないと……」
「痛い目を見るぞ。我らの言う通りにしておけ」
でも、今の僕はこうして囚われている。
愛魚ちゃんとトニトルスさんが構えて、いつでも攻撃できるようにしているけど……
「まだダメだ、と言ったら?」
……スティールウィルは動じる様子はない。
あの《雷斬》や《輝く星の道》などを知っていて、事も無げに使いこなす彼なら、もしかしたら愛魚ちゃんやトニトルスさんの次の攻撃も予測済みなのかもしれない。
「《超電磁マノウォー/Super Electromagnetic Man-O'-War》》!」
でっか!?
めちゃくちゃ大きなクラゲが、愛魚ちゃんの召喚に応じて飛び出した!
そして水中でもないのにどうやってか、器用に宙を泳いでいる。
ここは屋内競技場のように広くて天井も高いから、大クラゲでものびのび泳げる広さだけど……超電磁!?
「ロボットのあなたたちが、この《超電磁マノウォー》の電撃に耐えられるものかしら? 過電流でお陀仏よ!」
ロボットの回路に過負荷をかけてショートさせるつもりか。
なるほど。
他の面々と違って、僕を見張りながら電子文明で長く過ごしてきた愛魚ちゃんならではの、機械の弱点を狙った着想だ。
スティールウィルに向かって、大クラゲが電撃を飛ばす!
「詰めが甘いし、威力も全然足りない」
スティールウィルは、さっきから使っていた剣を軽く振る。
《雷斬》の縮小版みたいな衝撃波が出て、電撃をあっさりかき消した。
やっぱり、通用しないか。
「下級の奴らはともかく、その程度じゃ俺はもちろん、アイアンドレッドにも通用しないぞ。それに……《渇きの嵐/Thirst Storm》ッ!」
スティールウィルの呪文で作られた熱風が、大クラゲに向かって吹く。
風量は強めだけど、吹き飛ぶほどじゃない……と思ったら、大クラゲはカラカラに乾いて、萎びて地面に落ちてしまった。
「そのカツオノエボシは、乾燥にはからっきし弱い。こんな場所で全力が出る生物じゃないな」
「ああっ……!」
愛魚ちゃんが愕然としている。
余程の自信があった攻撃だろうに、それをあっさりと破られてしまったなら、そうもなるだろう。
弱点を的確に突かれたんじゃ、仕方ない。
「マナナのクラゲはともかく、我ならばどうかな!」
通じなかったと見たトニトルスさんが、すかさず呪文を組む。
トニトルスさんは《銀雷閃龍》だから、召喚した生物に頼らずに自分自身の能力で雷撃が撃てる。
しかも、その気になれば大クラゲのものなんかよりはるかに強い威力で、だ。
「走れ雷光! 繋がれ稲妻! 《稲妻の連鎖/Lightning Chain》!」
まだ《形態収斂》を解除しないままとはいえ、大クラゲとは段違いの攻撃だ。
これは一体どうする気だ!?
「あなた相手ならこれだろう。機獣天動流が天動奥義《雷斬》ッ!」
やっぱり《雷斬》か。
そもそも『雷を斬る』という名前なんだから、そういう使い方も前提にあるんだろうな。
まさに《名は体を表す》という感じだ。
僕はスティールウィルが《雷斬》を使うのを見たのは二度目だけど、トニトルスさんは初めて見る。
そして、それはもう驚く。
「馬鹿な……それは、その《雷斬》は……間違いなく、イグニスの!」
「イグニス・コマの天動奥義。そうだよ。彼女が、あなたに勝ちたい一心で編み出した奥義だ」
イグニスさんの《雷斬》は、それで生まれた奥義だったのか。
考えてみればトニトルスさんに対抗心剥き出しだったから、イグニスさんらしいと言えばらしい話か。
……なんだか不思議なほど、冷静になって見てしまう。
アイアンドレッドのバリアに守られているせいだろうか、それとも……
「おのれ……貴様、イグニスに何をした!」
「何もしていない。今、この時においては会ってさえいない……帰ったら彼女に会ってみるといい。俺のことなんか何も知らずに、ピンピンしてて元気なはずだ」
「何も……だと?」
トニトルスさんが怒り出したかと思ったら一転して、混乱気味にいぶかしんだ。
そりゃそうだ。
イグニスさんに何もしていないどころか会ってさえいないのに《雷斬》を使える上、その特性や裏話まで知ってるなんて、変だろう。
辻褄が合わない。
「ならば何故《雷斬》を……そんなはずは……」
「トニトルスさん、今は目的を見誤ってはいけません。わたくしたちの目的は、りょうた様の救出。ヴァイスさん! 精神面から!」
悩み始めたトニトルスさんをたしなめて、ベルリネッタさんがヴァイスを呼ぶ。
電気的な攻撃が通用しないなら、精神攻撃か。
それはそうなるだろう。
「ダメです。精神に《保護抵抗》が……それも、あたしたちとは原理も系統もまるで違うものができています。全然破れそうにないですよ」
「く……!」
僕程度だとヴァイスにあっさり心を読まれちゃうのに、それもダメだと。
このスティールウィル、弱点なしか!?
「ベルリネッタに、愛魚に、トニトルスに、ヴァイス……来たのは四人だけか?」
言われてみると、姿を見せてるのは今挙げられた四人だけだ。
他にも誰か来てて、別動隊のように動いてるんだろうか。
「ええ。わたくしたちは正面切って、りょうた様をお助けします。このような偽者ではなく、本物のりょうた様を、ね」
ベルリネッタさんが、何か工場で原料を入れるような大きい袋を取り出して、その中身を床に出した。
……もう一人の僕だ!
斜めに真っ二つにされていて、切り口に機械のパーツが見える。
あれは、自分のことを本物の僕だと思い込まされていたロボットだったのか……
偽者の僕の残骸を見る、ベルリネッタさんの表情がとてつもなく冷たい。
恐い。
もしも僕が、ああなったら。
本物だと思ってる僕が、もしも本物じゃなかったら。
実は僕が偽者で、ベルリネッタさんや皆にあんな冷たい目で見られるようになったら。
それを思うと、今のこの状況なんかよりもたまらなく恐くなった。
「どうやったのか知らないが、バレてるなら仕方ないな。こうなったら、ベルリネッタ。あなたを試したい」
「試す? わたくしを?」
スティールウィルは何を言ってるんだ。
ベルリネッタさんを試したい、だって?
「そう。まずは俺にも勝てないようなら、今後そう遠くないうちに破滅だ。ただ死ぬより恐ろしい結末を迎える。そうなりたくないなら……来てみろ!」
「随分な自信ですが、わたくしを過小評価されては不愉快です!」
露骨な挑発。
でも、ベルリネッタさんはあえて乗ってくる。
僕の身柄がかかっているから。
「他の三人は手を出さないでくれよ。一対一で試したいんだ。俺もこのアイアンドレッドには手も口も出させないし、了大に危害を加えることもしない」
スティールウィルは一対一での戦いを望む。
僕をバリアに捕らえさせたまま。
何を考えてるのか、つくづくよくわからない奴だ。
「いいでしょう。皆様、そのように。わたくしが勝てば、りょうた様をお返しいただきますよ!」
「そりゃ返すよ。今のあなたが俺に勝てるならな」
《奪魂黒剣》を抜いたベルリネッタさんが、スティールウィルと切り結んだ。
スティールウィルが持つ剣も、負けじと輝く。
「この《切望真剣/Crave Saber》は、あなたよりもはるかに強い敵を見据えて造ってある。《奪魂黒剣》相手でも、引けは取らない!」
クリーヴセイバー。
鋼鉄の意志が持つ、切望の剣。
その強い心で、何を望むんだ。
そこまでして、アルブムという敵に勝ちたいのか。
そこまで強く思い描いて、望んで、願って、勝たなければならない敵なのか。
とはいえスティールウィルは、ベルリネッタさんに対しては明らかに手加減している様子が見える。
ベルリネッタさんがどう動くか、どのくらいの速さか、全部見切っている感じだ。
「あなたの力の本分は、生きとし生けるものに対する『殺し』の力。《奪魂黒剣》の力も、魂を奪って集める力……どちらも、機械の体の俺にはおそらく通用しないだろう。かと言ってわざわざ受けて見せようとも思わないが、な」
「っ……!」
ベルリネッタさんの能力は、相手を殺すための能力。
ブラックブレードの能力は、魂を奪うための能力。
生きてるとか死んでるとかの問題じゃないロボットには効かないだろう。
実際、それ以前にベルリネッタさんは剣筋も見切られている。
どんな攻撃も、防御されたり回避されたりして、当たらない。
「あなたのデータは特に重点的に集めた。だから、悲しいくらいにわかってしまう……」
スティールウィルが、クリーヴセイバーを鞘に納めた。
そして、その鞘を固定したままで構え直す。
「手荒くしたくはないが……俺に勝てないのなら、俺の言うことを聞いてもらう!」
なおも向かって行くベルリネッタさんに、スティールウィルは回避や防御だけじゃなく反撃も加え始めた。
鞘を付けたのはそのため……ベルリネッタさんを斬らないようにするためか!
「あうッ!」
鞘が付いているから、ベルリネッタさんは服が切り裂かれたり血が出るような怪我をさせられたりはしない。
でも、攻撃しに行くたびに的確に反撃されて、着実にダメージをもらってしまっている。
それでもベルリネッタさんは、スティールウィルに向かって行く。
……僕を取り返すために!
「……や……」
ベルリネッタさんが傷ついていく。
僕のせいで。
僕がここに囚われているせいで。
僕がここに来たせいで!
「……やめろ! やめてくれ!」
「俺だってもうやめたい!」
何を言ってる!
お前が僕をバリアで閉じ込めさせてるからだろ!
ベルリネッタさんはもうふらふらなのに、それでもまだ立ち上がるのは!
「……今、ベルリネッタはお前を……真殿了大を、本当に愛しているのか……!? 心の底から……!」
スティールウィルの顔にもしも表情をつける機能があったなら、きっと今は『信じられないものを見るような』……そんな表情をしていたかもしれない。
そんな気がするほど、彼の声は震えていた。
「……了大を愛しているのなら!」
でも、ベルリネッタさんは変わらずスティールウィルに向かって行き、スティールウィルは手を緩めはしたものの相変わらず反撃を加えて、ベルリネッタさんを僕に近づけさせない。
僕はずっと、バリアの中で見ているだけだ。
悔しい。
僕が魔王輪の力をろくに使えないから、こんなことになる。
こんなの嫌だ。
力を。
もっと力を。
こんなバリアなんか破って、ベルリネッタさんを助けて、皆で真魔王城に帰るんだ。
もっとだ。
もっと……力を!
「ダメだ! やめろ、了大! その体……ただの人間の体が、魔王輪の出力に耐えられるものか!」
関係ない。
スティールウィル……お前が何かしらの強い決意で《名は体を表す》存在だとしても、僕にだってある。
お前に負けないくらい、決意して守りたい、奪われたくないものが!
「ううう……あああッ!」
魔王輪の魔力を込めて、バリアを内側から両手で押す。
こんな量の魔力は今まで使ったことがない。
腕の血管が切れて、血が飛び散る腕に激痛が走る!
それでも……それでも、僕は!
◎名は体を表す
人や物などに付けられた名前は、その性質や実体をよく表すものだということ。
いいところで引きました。
余談ですが、今週はこれの挿絵に使いたくて(将来的には挿絵も自分で賄いたいと考えています)ダイソーのイラストマーカーを買いに行きましたが、四軒はしごして『カーマイン&コーラルピンク』が全店品切れという悪夢にしてやられましたので遅刻しました。
山場としてネタは脳内でかなり固めていましたので、執筆は正味数時間でした。




