80R なくて『七癖』 side赤
今回は変則。
それぞれの了大の視点で同じ時間軸を追うべく、80Bと80Rの2本立てになります。
こちらは80Rです。
変則2本立ての代わりに、1本あたりが少々(平常5000文字目標に対して4000字弱)短いです。
左の手首でリストバンド代わりにした、赤いヘアゴムを眺める。
これまで僕をずっと見てきた愛魚ちゃんでも見分けがつかないと言って、僕に渡してきたものだ。
しかし、あのもう一人の僕は何者なんだ。
あんなにも同じ存在がもう一人いるなんて、わけがわからない。
「どちらが本物かわからぬうちは、どちらにも同じようにさせていただきますが、寝室はどちらにも客間をお使いいただきます。城内の者をお誘いになるのも、ご遠慮くださいませ」
ベルリネッタさんがそう言うので、客間のひとつを割り当てられて、寝る準備。
そりゃそうだ。
『エッチしたと思ったら偽者でした』なんて後でわかっても嫌だろうし、僕だって僕が知らない間にベルリネッタさんや愛魚ちゃんが偽者に寝取られたら嫌だし。
そんな考えが頭をよぎってしまう。
寝付けない。
少し体を動かそう。
「しッ! はッ!」
ナイファンチ。
毎日やっているという自負が自信になると言われた。
結局、最後に明暗を分けるのは、そういう地道な蓄積の成果なのかもしれない。
体を疲れさせて、やっと眠気が来たところでそのまま寝た。
翌朝。
朝食をとるにも、僕がもう一人いる。
メイドの皆もやりにくそうだ。
僕もやりにくい。
「おいおい……本当か、これ……?」
同じようにすると言われただけあって、同じメニューが並んでいる。
それはいい。
でも、食べる順番も食べ方も、完全に同じになってしまっている。
その場の全員、見分けがつかない。
僕自身も含めて。
「ふむ。《無くて七癖》とは言いますが、まさかこれほどまでに同じとは。もう『似ている』という段階ではありませんね」
食事は毎日することだから、必ずその人の癖が出る。
だから、食事の癖を見れば……と、ベルリネッタさんは思っていたらしい。
でも、当てが外れた。
「少々出かけてまいります。昼過ぎくらいには戻れるかと思います」
そう言ってベルリネッタさんは《門》を開けて、どこかに移動してしまった。
メイドの統括責任者は忙しいな。
「りょーた! いるな!」
食後のティータイムにしていたら、カエルレウムが来た。
まさか、こんな時に遊びたいのか?
「二人とも来てくれ。やってみてほしいゲームがある」
でも、カエルレウムは真剣な表情。
こういう時のカエルレウムは、決してふざけてなんかいない。
もう一人の僕もそれについては同じ意見のようで、特に異論もなくカエルレウムの部屋へ。
「これだ。《Battle Meister/バトルマイスター》……これで対戦して見せてくれ」
バトルマイスター。
対戦格闘アクションゲームが社会的に大ブームを巻き起こした時代に多数作られたうちの一本。
『至高の闘士たち』という副題がついたそれは、ブームの火付け役となった作品と基本操作が同じで、とっつきやすそうではある。
ただし……完成度はいまひとつ。
そして僕は、このタイトルは以前にも触っていた。
カエルレウムが遊ばせてくれてたからだ。
これなら、いける!
もう一人の僕が先に2プレイヤー側のコントローラを握った上で譲ってきたので、1プレイヤー側のコントローラを握った。
「コンフィグまで同じにするのかよ……」
そんな言葉がついつい出た。
パンチやキックの各ボタンを初期設定のまま使うのではなく、自分の好みに合わせて変更するコンフィグ……環境設定だ。
その項目の変え方まで、二人して同じだったわけだ。
ゲームスタート。
まずはキャラクターセレクトで主人公の《ジョウ/Joe》を選択して、弱キックボタン。
キャラクターの色を変える機能で、自分のジョウを赤にしておいた。
相手のキャラクターも同じくジョウ。
青になっているのは、中パンチボタンでの選択だな。
「焔刃拳!」
ラウンド開始。
開幕は飛び道具の撃ち合い、同じ行動になった。
その後も同じ行動や相打ちが続いたけど……相手の青いジョウがコマンドをミスして、大技を空振り。
いける!
「旋円殺!」
突進する攻撃技で突っ込む。
これはガードされたけど、ここからがジョウの裏技!
攻撃を強制的に中断するテクニック『キャンセル』を使って……突進で密着しながらコマンドを入力してキャンセル、動けない相手に必殺投げのスパイラル百舌鳥落とし!
これを回避するにはガードをキャンセルして無敵技を出さないといけない上に、無敵技の入力が遅いとガードが解けて、攻撃技そのものが当たってしまう。
極めてシビアな脱出法しかない。
ゲームの完成度が低いからこそ開発者に見逃されて世に出たこれは『ハメ』としてカエルレウムは好まない攻撃だ。
でも今はカエルレウム相手じゃない。
もう一人の僕が本当に同じ記憶を持っているなら、知っているはずのこのハメのやり方で同じようにやり返して来ればいい。
使っているキャラクターだって同じジョウだ。
できるだろう?
「はァッ!」
2ラウンドが終了して、連勝して終わった。
ハメと言われたらそれまでだけど、同じキャラクター同士での対戦だったんだから、やり返されても文句は言わないつもりだった。
でも、脱出されたことはあっても、やり返されることはなかった。
「うーん、どうだろうな? 他のキャラも使ってみてくれ?」
カエルレウムは、今の一戦だけではどうとも言い切れないらしい。
仕方がない、とことん付き合うか。
『ジョウ』以外にも女子の《茅姫/Kayahime》や、投げが得意な《ボリス/Boris》や、他にも裏技コマンドで最終ボスの《天元/Tengen》など、全部のキャラクターでひたすら対戦してみた。
ほとんど使ったことがないキャラクターでは散々だったけど、それは向こうも同じ。
ジョウを使ったときはハメれば全勝だったけど、それ以外は勝ったり負けたり。
でも、向こうからハメてくることは、最後までなかった。
こいつ、何を考えてる……?
別行動を取ることにして、少し外の空気を吸いに。
階段を登って上の階段にある、下の階の屋根部分を使ったルーフバルコニーで一休み。
「本当、あいつは一体何なんだろう」
もう一人の僕。
何から何までそっくり。
これまでにわかった違いが、せいぜい『格闘ゲームのハメ技を使うかどうか』くらいなんて。
わけがわからなくなる。
メイドたちもどっちが本物かわからないから、積極的に『僕』に構おうとはしてこない。
安楽椅子でしばらくぼんやりしてみる。
けっこうな時間が過ぎたかな……
ふと、近くの空間が歪む。
《門》が開いて、誰か出てきて……ベルリネッタさんが帰ってきたかな?
「よう、真殿了大。会いたかったぜ」
違う!
こいつは全身が、金属や樹脂でできた……ロボット!?
ということは、ヴァンダイミアムの、アイアンドレッドの……
「だいたいわかった、って顔だな? だいたいその通りだ。俺がヴァンダイミアムの王こと《鋼鉄の意思/Steel Will》……アイアンドレッドを寄越したのも、俺だよ」
構える。
こういう時のための、ナイファンチだろう!
鉄を殴ると痛い?
知るか。
魔王の魔力でなんとかするよ!
「待て待て。俺はお前には、一緒に来てほしいんだ。今はやり合う気はないよ」
「一緒に……来てほしい、だって?」
僕と違って、このスティールウィルは戦うつもりはないようだ。
てっきり僕の命や魔王輪が目的だと思ってたら、違うのか?
「近々、お前じゃ到底勝てない相手が、お前を狙ってここに来る……もう一度言うけど、お前じゃ到底勝てない」
二度言うなよ。
僕が魔王として力不足なのは、自分自身がよくわかってる。
でも『到底勝てない』とまで言われるのは、やっぱり嫌になる。
「お前の命だけじゃない。お前の魔王輪だけでもない。ここにあるあらゆるものを……人も、物も、誇りや尊厳さえも、あいつは何もかも奪って自分のものにするつもりだ。だから……」
僕が到底勝てないほどの力を持つ奴が、そんなことを企んでるのか!?
じゃあ僕は、どうしたら……
「……俺とお前、二人で勝つ方法を編み出すんだ。最後は、俺が戦うから」
……なぜ?
お前はヴァンダイミアムの王だろう?
ここはヴァンダイミアムじゃないのに、なぜお前が戦うんだ。
そんな敵が来るなら、戦わなきゃいけないのは僕じゃないのか!?
わけがわからないことだらけじゃないか!
「なんでお前なんだ!? 僕が戦うべきだろ!」
「勝てないくせに戦おうとするな!」
「なんで、勝てないってわかる!」
そうだ。
なんで、こいつは『僕が負ける、到底勝てない』って前提なんだ。
まずはそこからだろう。
「……俺が負けてきたからだ」
「っ!?」
このスティールウィルが……
対面しているだけでも、魔力も存在感も僕より圧倒的な感じさえしてくるこいつが、負けてきた相手!?
そんなのが来るとしたら……確かに僕じゃ勝てないだろう。
でも。
「でも、僕は一人じゃない! 他の皆もいる……ベルリネッタさんや愛魚ちゃんや、皆が」
「ベルリネッタを当てにするな!!」
一喝された。
他力本願は魔王にあるまじき心構えというわけか。
しまったな。
「お前がベルリネッタを、それはそれは大事に思っていて、かつ絶対的な信頼を寄せているのはわかる……よく知ってるよ。でもな……」
スティールウィルの顔の上で、細かいパーツが表情を作るように動く。
眉をひそめるかのように。
「……いや、だからこそ。戦いには俺が行く。今度こそ負けない力を手に入れて、俺はあいつに勝つ」
話していると、不思議な気分だ。
僕の中ではもう、スティールウィルは敵じゃないどころか、他人じゃない気さえしてきた。
「アイアンドレッドに来させずに、俺が自分で来た意味を汲んでくれよ。俺と来てくれ……頼む」
そして、こいつには勝たなきゃいけない大きな理由があるのか。
得体が知れない奴だけど、ここは乗ってみるか……
スティールウィルと一緒に、僕は《門》をくぐった。
◎なくて七癖
誰にでも、どんな人にでも、多少は癖があるものだということ。
「無くて七癖、有って四十八癖」とも。
スティールウィルは先に青の了大の方に会って話をして、それからこっちの、赤の了大の方に会って誘っています。
同時に二人のスティールウィルが存在するわけではありません。




