79 お邪魔『虫』
挨拶回りで扶桑に会った了大ですが、この後……
今週から急展開!
どうにかクゥンタッチさんをなだめて、扶桑さんを解放してもらう。
扶桑さんのロリ形態のことを忘れかけてたから、こうなる可能性を想像できてなかった。
とはいえ。
「……了大さま……『会いに来てください』って言ったの……覚えててくれて、嬉しいです……」
ごめん。
正直忘れてた……
いやいや、別にもう会いたくないと思ってたわけじゃないよ!?
ぼっち生活が長すぎたり、真魔王城の皆には学校の時間割に合わせて決まった間隔で会いに行ったり、行った後は城内で一緒にいたりするから『たまに会いに行く』って感覚がね?
……いや、本当ごめんって。
「……今日は、了大さまはここにお泊まりいただけますか……?」
お泊まりか。
僕はいいけど、皆の都合はどうなんだろう。
「ふふ、フソウくんはすっかり、恋する乙女の瞳だネ。そういうことなら、むしろリョウタくんは泊まって行くべきだろう」
「ではそのようにいたしましょう。夕食の用意を」
「うむ。そのあたりの仕切りは我らや村民に任せて、リョウタ殿はフソウに構ってやるとよいですぞ」
いいのか。
クゥンタッチさんがそう言い、ベルリネッタさんとトニトルスさんもその方向で動くことに話がまとまった。
それならそうさせてもらおう。
そしてクゥンタッチさんは……《門》を開けて、半身を突っ込んだ。
あれ、帰るんですか?
「《お邪魔虫》は退散するとしよう。それじゃ、またネ」
クゥンタッチさんが帰って《門》が閉じて、何もなくなった空間を少し眺めて……扶桑さんがため息。
安心した、って感じの顔。
まあ、いきなりベタベタされて印象があまり良くなかっただろうから、仕方ないか。
「……あっ……そろそろ『音』がする時間です……」
って、音?
……うわっ!
なんだか、凄い土砂降りみたいな音がするぞ!?
空は快晴なのに!?
「……無限増殖させた下僕に、餌を食べさせてる音です……餌の、桑を食べる音がたくさんつながると……こういう音になります……」
なるほど、雨音じゃなくて葉を食べる音で、餌の時間が決まってるから音がする時間も決まってるのか。
さすが主要産業。
「繭の加工に関してはアラン殿が建物もカラクリも全て用立てた作業場で万全ですが、繭になるまでの飼育は作業場でしておるわけではありませんのでな」
トニトルスさんの解説が入った。
いくらアランさんでも、さすがにそこまでは手が回らなかったのかな?
お金は元々の資産も、絹の売上金もありそうなのに。
「あちらの次元の建物は、一度建ててしまうとこちらの人間では増築も改築もできませんからな。それならば当座は普通にこちらの建物で飼育する方が、後々どうとでもできようと相談しましてな」
なるほど。
生産のための繭の量……つまり繭を作る蚕の数は扶桑さん次第だから、それが読めないうちからは飼育施設までは建てられなかったと。
じゃあ工場はどうなのかと聞いたら、不意な機材の故障や扶桑さん次第での増産に対応するために余裕を持たせて建ててあって、フル回転させるほどの事態も起きていないので、問題ないらしかった。
とはいえ……
そもそも、そんなに儲けてどうする……?
その後、扶桑さんに大人形態になってもらって、ここ最近の話を聞いたり、扶桑さんに膝枕してもらったりして過ごした。
扶桑さんが言うには、僕を甘えさせられるようになりたいと。
多分、ヴァイスの入れ知恵だろうな……
時間も経って、夕食になった。
野菜が多めだけど、変わったお肉も並んでる。
見たことがない料理だ。
「それじゃ、いただきます」
おお……
この、野菜を蒸したやつは美味しい。
油とか塩とか、調味料もけっこう贅沢に使ってる。
「絹の売上金にはこういう使い道もありますからな。特に塩は、このあたりで採れない、作れないとあって、質がいいものを安定して輸出できる国とは絹と物々交換も成立しますぞ」
なるほど。
ただお金が貯まっていくだけじゃなくて、きちんとお金は使って市場に還元してるのか。
そうした方が、生活を豊かにしつつも他の人たちのためにもなるだろうね。
「このお肉は、何だろう?」
「ふふ、是非とも一度は食べてみるとよいですぞ」
そして見たことがないお肉にチャレンジ。
お味の方は……?
「うぐっ……!?」
大まかにはエビに似ているような、とはいえ変な臭みがあるような、噛むとドロリとした汁が出てきて、その汁がネバネバしてるような、変な味……
これは、美味しくない。
「ま……」
思わず『不味い』と言いそうになって、慌てて飲み込む。
せっかく出してもらったものに、そんなことを言うのは失礼だ。
周囲の様子は……大丈夫か。
言わずに止めたおかげで、特に気にせず皆で食べてる。
うわ、ベルリネッタさんも扶桑さんも喜んで食べてる!
「貴重なご馳走なんですよ、この《沼芋虫/Swamp Crawler》は」
ベルリネッタさん、そのスワンプクローラーって……芋虫!?
沼の……芋虫……
まさか、虫料理が出てくるとは……
「……了大さまに、お召し上がりいただきたくて……わがままを言って、捕ってきてもらいました……」
おぅん……
しかも、僕のためか……
扶桑さんにそこまで言われたら、とても『不味い』なんて言えない。
「ま……またまた、そんなに気を使って……ははは……」
笑ってごまかす。
そして、皆も食べるように薦める。
僕はもう味わったから『貴重なご馳走』は皆で分け合おうね!
そうしよう!
そして、夜。
大人形態のまま、扶桑さんが自分の寝室に僕を誘う。
それって、そういうサインだよね……
「……魔力がないと、下僕増殖も何もできませんから……魔力は欲しいですけど……」
同じベッドに入ると、扶桑さんがぴったりとくっついてきた。
密着としか言い様がない体勢。
「……でも、魔力のためじゃなく……お慕いする方だから……了大さまが欲しい、です……」
もう、かわいいなあ!
そこまで言われたら断れないよ。
* 扶桑がレベルアップしました *
僕も少しずつ扶桑さんに魅了されてるのかな?
せがまれるままに応えるように、扶桑さんと重なって夜を過ごした。
……この時、僕はなんて呑気だったんだろう。
翌朝。
また会う約束を扶桑さんと交わして《門》で真魔王城へ。
そこまではよかった。
「……は?」
「……え?」
《門》をくぐったら……僕が二人に増えた。
……増えた!?
どういうことだよ!?
「馬鹿な、そんなはずはありません……《門》をくぐるまでは、確かにりょうた様はお一人だけでした……」
「あくまでも《門》は移動のためだけの手段。このような効果など、あるはずがない……ないが、しかし……」
ベルリネッタさんもトニトルスさんも、二人に増えた僕を見て愕然。
古株で重鎮の二人でも、予想も推測もできなかったらしい。
そりゃそうだ!
「……どっちかが偽者なはずなんだ……どっちかが……」
もう一人の僕がそう言う様子は、いかにも僕らしい雰囲気だ。
お前が偽者だけどな!
さて、どうやって証明するか。
いくら見た目がそっくりでも……
「いくら見た目がそっくりでも、記憶までは同じにできないはずだ。僕やごく一部の人だけが知ってることをこいつが知らなければ、こいつが偽者だよ」
……それ、今言おうとしたのに!
しかも言おうとした内容が、一字一句全部完璧に同じ!
なんなんだよ、こいつ!
「なるほど。『秘密の質問』認証か。でも、その前に体から調べようか。どこかに違う部分があるはずだよ」
「ああ、生体認証ね!」
いつの間にか来ていたルブルムと愛魚ちゃんに『パスワードを忘れた場合』みたいな対応をされた。
体を調べるって……
「指紋、声紋、静脈、虹彩……このご時世、生体認証としてそのくらいは聞いたことないかな?」
……ある。
なんか、銀行口座を作る時にも勧められたことがあるぞ。
そういうのを調べれば!?
「でも、違いがあったとして、どっちが本物の了大くんのパターンか……ルブルムは持ってるの?」
「うっ……それは……」
ないのかよ。
ダメじゃん!
「ま、まあ、とにかく! 何か変身してる様子があれば感知する効果も添えて……《走査線/Scan Line》っ!」
なんだか勢いでごまかしたルブルムが、二人の僕に呪文をかけた。
光の線が体のあちこちを横切ったり往復したりする。
僕にも、もう一人の僕にも、公平に。
「……まったく同じだ……」
今度はルブルムが愕然としてる。
そんなに自信がありそうだったのに、同じだって!?
まったく同じってことはないだろう?
「じゃ、じゃあ、ちょっと! あっちの次元で! まなちゃん! まなちゃん家の《門》、貸して!」
「? いいけど……」
そして僕と愛魚ちゃんとルブルムと……もう一人の僕とで、深海御殿の常設の《門》を使って電子文明の次元へ。
まだルブルムに策があるのか?
「スマホ出して。スマホはシリアルもデータもチップも同じようには作れないはずだから、見た目だけ同じ型の端末を持っていても違うはず!」
なるほど!
さすがにルブルムはそこまで思いつくか。
安心してスマホを出す。
ついでにこのまま、ファイダイにログインだ。
ログインするアカウントのデータはこっちにしかない。
偽者にホーム画面のユリシーズを見せて、化けの皮を剥いでやる!
意気揚々と画面を表示した直後。
《別の場所でログインされました》
ファイダイがタイトル画面に戻った。
どういうことだ。
別の場所!?
「……ま、こういうことだよ。偽者くん」
もう一人の僕が持ってるスマホに、僕のホーム画面が……
ユリシーズが映ってる!
それは僕がやろうとしたことだろ!
手元のスマホのタイトル画面をタッチ連打。
「何っ!? 別の場所でログインって!?」
偽者め。
驚き方まで僕そっくりにしやがって!
今度はこっちが、ホーム画面のユリシーズを突きつけた。
その後、SNSのアカウントへのログインや別のデータを確認したけど、完全に同じ。
キャリア……通信会社の会員情報へのアクセスすら、完全に同じ。
全員わけがわからなくなって、真魔王城に戻った。
「さすがに『戻るとさらに増えた』なんてことはなかったか」
増えてたらどうしようかと怖かったけど、さっきから二人のまま。
いや、そもそも僕一人でいいんだから、消えろよと思ったけど。
「なんだルブルム、ダメダメじゃないか!」
騒ぎを聞きつけて、カエルレウムやヴァイス、他にもいろいろな人も集まってきた。
思いつくことは全部試してもダメだったルブルムは、ぐうの音も出ない。
「しかしこれはまさしく、どちらも御屋形様にしか見えず……偽者も何も……」
「あー、候狼さんか……いっそ、匂いでわかったりしない?」
こら、偽者め!
候狼さんを露骨に犬キャラ扱いするな!
あ、いや、犬キャラ扱いはアレかもだけど、意外と名案かも。
候狼さんの嗅覚なら、どうだ……!?
「否、それが拙者の鼻にも、嗅ぎ分けがつきませぬ……完全に同じ匂いにござりますれば」
匂いまで同じ!?
ますますわからない。
あとはどうやったら……
「とはいえ、どっちかが《お邪魔虫》さんなんですよねえ?」
ヴァイスには策はあるかな。
何か名案があればいいけど。
「あたしは他者の精神を自在に操って夢を見せる悪魔です。その能力で了大さんの思考や記憶は、わりと読めますからねえ。記憶までは同じにできないなら、あたしたちとのこれまでの思い出がある方が本物かと」
なるほど。
いちいち『秘密の質問』に答えるより、よっぽど確実か!
じゃあ、その手で行こう!
「……嘘でしょ……全部、全部おんなじ……」
いやいや、全部同じて!
そんなはずないでしょ!?
「本当に同じでした! 覚えてる内容……あたしのことも……フリューのことも! 全部同じ記憶の、区別がつけられない、同じ記憶の……!」
おっとりしているようで、実はいつもしっかり落ち着いてるヴァイスが、こんなにも動転してる。
こいつは……目の前にいる、こいつは……そんなにも同じだって言うのか!?
「記憶ならば我も、その気になれば読めますぞ。では、失礼! 《敗者の記憶/Loser's Memories》ッ!」
「こうなったら、何でも試してよ!」
今度はトニトルスさんの呪文で。
同じ同じと言われるだけはあって、そこは偽者も同じ気持ちらしい。
「……やはり、我の呪文で読める記憶も、同じだ……わからん……」
トニトルスさんもダメって!?
じゃあ、もうどうしたら……うぐっ!?
下腹がじくじくと……久しぶりのこの感覚は……
「偽者ならば死ぬかと思い、手荒くしましたが……どちらも死なないとは」
ベルリネッタさんが眼鏡を外してる。
まさか、あの《死の凝視》か!
そりゃ『何でも試して』とは言ったけど!
「いっ……痛っ、じくじくする……」
いや、お前もじくじくするのかよ!
本当にそっくりだな、この野郎!
「……仕方ない。今日のところは、とりあえず区別がつくようにだけしようか」
そこで愛魚ちゃんが取り出したのは……リストバンド?。
シリコン製で、赤いのと青いのと、二つある。
「リストバンドじゃなくて、ヘアゴムだけどね。色分けして、それぞれの動向を注意深く観察しましょう。いつか、どっちかにボロが出るはずだから」
他にいい手が思い浮かばず、僕は青いヘアゴムを受け取った。
必然的に、もう一人の僕は赤いヘアゴムを。
結局、この日はヘアゴムをリストバンド代わりに色分けして、もう一人の僕とにらみ合いになった。
◎お邪魔虫
そこに居るだけでも雰囲気をダメにしてしまうような、その場の人にとって邪魔な人物を、滑稽に表す言い回し。
了大が二人に増えるという事件が発生しました。
もちろんどちらかが偽者ですが、その正体とは、偽者の背後には何があるのか、が今後の焦点になって行きます。




