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08 武士は『食わねど』高楊枝

ベルリネッタが添い寝と思い出話をする回です。

実例を目の当たりにする形で座学が終わり、書庫を出た。


「りょうた様、そろそろ夕食といたしましょうか?」


立ち止まって考えてみる。

……うん、確かにそろそろかも。


「はい、お願いします。食べながらテーブルマナーでしたっけ」


のんきに考えていたのが大間違いだった。


「……そん、なに……」


豪華な料理がたくさん。

かえって落ち着かない上に、そもそも食べきれない。

とはいえテーブルマナーの方はテレビか何かでよく見る西洋風とそう大差はなく、もう充分という時は一口残すという中国風が混じっている以外は、そんなに問題はなかった。


「良い時間になりました。湯浴みを」


お風呂場の方も豪華。

地下1階に位置する大浴場。

中央に湯が循環するチョコレートファウンテンみたいなやつがあって、大浴場の四隅に虎とか鳥とかの顔が向いていて、その口から湯が出ている。

その顔が向いている四隅に浴槽があり、色があったりなかったり泡が出ていたりする。

それぞれ湯の薬効が違うらしい。

そして大浴場自体の広さもさることながら、どれもこれも大きい。


「時間割を区切りまして、只今はりょうた様だけがお入りになる時間としておりますが……」


確かに、言われてみると他には誰もいない……『が』?

もう何か嫌な予感がしてくる。


「りょうた様のお望みの者を連れ込んで、お楽しみいただくことも可能でございます♪」


お風呂エッチ!?


「どの道、お楽しみの後はまた体を清めて、流した汗を落とさねばなりませんので♪」


ベルリネッタさんから門番に至るまで巨乳美女揃いなのは、そういう訳かー!?

むしろ男性を全然見かけてないような気がする!


「ではまず、お召し物をすべて脱いでいただくところから……」

「一人でやります! 自分で! 着るのも!」


これはアレだ。

立場とか命とかじゃなくて、貞操が危ない。

はあ、と不満そうなベルリネッタさんを下がらせて、しばらく大浴場で一人になってみた。

洗い場に座って、据え付けられた鏡に映った自分と向き合う。


「魔王って大変だ……」


騙すにしても全てがあまりにも大がかりで不可解すぎて、そうなると信じざるを得ない。

で、信じるとなると、たびたび言われた『食べ放題』もセットで付いてくる。

ベルリネッタさんでも、幻望(げんぼう)さんでも、(れい)さんでも、その他の人でも誰でも……なんて……


「話がうますぎるでしょ……これ、そんなにすごいものなの……?」


魔王輪(まおうりん)と呼ばれた下腹の丸いアザに、鏡に映しながら触ってみる。

何がすごいのか、さっぱりわからない。

気持ちの中がさっぱりしない時は、体の外だけでも薬液と泡風呂でさっぱりさせておこう。

いい湯だった。

バスローブを着て大浴場の外に出ると、ベルリネッタさんが待ってくれていた。

……もう見ればすぐわかるくらい、さっきよりももっと不満そうだったけど。




寝室。

ベッドも王様ベッド。


「前回は緊急のことでしたので客間でしたが、専用の寝室はこちらに」


屋根がついていて、ダブルどころか4人ぐらい広がっても大丈夫そう。


「おおー……」


寝心地ももちろん抜群で最高だ。

ついついうつ伏せでバタバタして、子供みたいにはしゃいでしまう。

でも、これって……


「この大きさって『寝返り打っても落ちなーい』とかじゃないんですよ……ね……!?」


……ここまでの展開、王様のベッド、そしてこの広さといえば。


「りょうた様♪」


振り向くと、ピナフォアもワンピースも脱いで、下着姿になったベルリネッタさんがいた。


「夜はこれからですよ……さあ、召し上がれ♪」


上品な刺繍を凝らした、濃い紫色の上下。

あともう少しでこぼれ落ちそうな二つの果実を揺らしながら、眼鏡の向こうに大人の色気をいっぱいに詰めた瞳が、僕という獲物を捉える。


「だ、ダメっ! 僕には愛魚(まなな)ちゃんがぁー!」


ベルリネッタさんのエッチな下着姿をまともに見ることもできず、僕は目を閉じて顔を逸らし、その顔も両手で覆ってしまった。


「はぁ……ここまでしても、お手をつけていただけないなんて……」


僕の拒否にがっくりとうなだれるベルリネッタさん。

落胆して当然だと思う。

これだけの美人のお誘いを断るなんて、普通じゃありえない。

僕だって、もし愛魚ちゃんがいなかったら絶対断らない。

もったいないことをしてるのはよくわかってる。

それでも。


「ならば、せめて……教えてください。わたくしのどこかに、至らぬ点がございましたか……?」


顔を覆った僕の両腕の手首をつかんで、ベルリネッタさんはせめて僕の顔を見ようとしてくる。


「そんなの、なんにもありませんよ。ただ、愛魚ちゃんと付き合い始めたこと自体もそうですけど、僕はずっといじめられっ子でしたから……話がうますぎて逆に信じられなくて、裏切られるのがつらいから、信じるのが怖くて、裏切るのがつらいんです」


お嬢様育ちで、世界が違うような気がして、いつも注目されてやりにくくて、どこか得体が知れなくて、時々怖い愛魚ちゃん。

でも、とっても可愛くて、ずっといじめられっ子だった僕のことを好きになってくれて、だからこそヤキモチも妬いちゃう愛魚ちゃん。

そんな愛魚ちゃんのことを裏切りたくない。

裏切られる悲しさはよく知ってるから。


「だから、裏切る側になるのは絶対嫌なんです……」

「……心が、芯がお強いのですね」


ベルリネッタさんもわかってくれたようだ。

ほぼ押し倒すような位置から少し離れて、落ち着いてくれる。


「僕は弱いですよ……弱いから、傷つくのも傷つけるのも怖いだけなんです」


仰向けになって、下腹をさすりながら、ひとりごとのように続ける。


「このアザがいったいどれだけすごい物なのか、僕にはわかりません……もしもガッカリしたなら、見限ってくれていいです」


魔王輪なんて、そんなに大事な物だろうか。


「でも、裏切るのだけは……僕が信じる前じゃなくて、信じた後に離れるのだけは……それだけはやめてください」


戸惑う僕の顔を覗き込むベルリネッタさんの顔が、どんどん近づいてきた。


「離れません。絶対に」


三度目のキス。

力が抜けるような、甘い味わいのような、不思議な感触。


「りょうた様……添い寝だけでもダメ、でしょうか」

「『だけ』なら、いいですよ。でも、向き合ってはやっぱり恥ずかしいから……背中からなら」


予防線を引きながら二人でベッドに入ると、眼鏡を外したベルリネッタさんが魔法の照明に命じて、明かりを消した。

今夜はやせ我慢だ。

《武士は食わねど高楊枝》ってことで。




眠れない。

眠れるわけがない。


「……無理」


美女の色香とぬくもりに包まれ、背中にはたっぷりの果実……おっぱいの感触。

もちろんこんなことは初めて。

僕には刺激が強すぎる体験だ。


「眠れませんか?」


身じろぎすると、甘い声がした。

ベルリネッタさんだ。


「あ、ごめんなさい……起こしちゃいました?」


自分のせいでベルリネッタさんが眠れなかったのなら、申し訳ない気持ちになる。


「いえ。つい先程、わたくしも目が覚めましたので」


そうでもなかったらしい。

よかった。


「どうしても眠れないようでしたら……今からでも、お手をつけていただいてかまいませんよ? スッキリします」


諦めてなかったの!?

慌てて離れようとすると、離れまいとして抱きついてくる。

するとまた、ベルリネッタさんのおっぱいがむにむにと……

詰んでる!


「……では、昔話でもいたしましょうか。面白いかはわかりませんが」


昔話?

こちらの次元にだけ伝わる、独特なものだろうか。


「わたくしが、初めて好きになったお方のお話……ずっと昔の、短い間だけの魔王様のお話」


それはかなりプライベートな話だ。

聞いてもいいものなのだろうか。

ベルリネッタさん本人が自分から話してくれるのなら、いいのかな。


「どんな人でした? ベルリネッタさんほどの人が好きになるくらいなら、やっぱりすごくカッコいい人です?」


せっかくだから聞かせてもらおう。


「りょうた様を見ていて、思い出してしまいました。カッコいいかどうか以前に、わたくしのことなんて少しも見てくださらなかった、あのお方」


そんなもったいないことをした人がいたのか。

魔王の女選びはそんなにもレベルが高いらしい。


「どんなに想っても、愛しても……届かないお方でした。何度も精神を生き地獄に落とされて、深く傷ついたあのお方」


魔王の生き様はそんなにもハードでもあるらしい。

ちょっと不安になってきた。


「財宝も魔法も、純潔も……捧げられるものはなんでも捧げました。癒してさしあげたかったのに、それでも、少しも振り向いてくださらなくて」


ベルリネッタさんの声は、どこか寂しそう。

懐かしい、戻らない時間に想いを馳せて。


「挙句、人間の町を襲って、双子の姉妹をさらってきたかと思えば、わたくしには一度も向けてくださらなかった慈しみにあふれるお顔で『俺は、この人たちを幸せにしたいんだ』ですって。わたくしの気持ちも知らないで、ひどいと思いません?」

「ちょっと、あんまりですね」


何があったのか……ベルリネッタさんの好意を無碍にしてでも、守りたいものがあったんだろうか。

その双子の姉妹がそうだったんだろうか。


「でしょう? 悲しくて、悔しくて……ヤキモチを妬いて、当たり散らしたこともありました。今のまななさんのことを、どうこう言えないくらい」


ベルリネッタさんにもそういう時代があったんだな。

今の様子しか知らないと、ちょっと意外に感じるかも。


「で、その魔王さんは、最後はどうなりました?」


そこまでベルリネッタさんを好きにさせた人がどうなったのか。

魔王の先輩の末路は、ちょっと知りたくなってしまった。


「夢みたいに、消えてしまいました。『甘えちゃいけなかったんだ』って……最後まで、意味がわかりませんよね」


悲恋のお話だった。


「なのに、去り際にだけ優しく髪を撫でて『ありがとう』なんて、ずるいですよ……わたくしは……甘えてほしかったのに」


僕に抱きついてくるベルリネッタさんの手に、少し力が入る。


「今でも好きなんですね、その人のこと」

「忘れられない想い出ではありますが……今はもう、あのお方のことは『好き』とは違います」


頭の後ろで、もぞもぞという感触がする。

首を横に振ったらしい。


「今は『りょうた様が好き』ですからね」

「はーい」


せめて、ここは素直に返事をするくらいは応えてあげたい。

そんな気分になりながら、ようやく来た眠気を迎え入れた。

これで眠れそう。




そして翌朝。


「まさか……ほんっっ、とーに……一晩中お手をつけていただけないなんて……」


ベルリネッタさんが昨夜以上に落胆している。

いや、手を出せるムードじゃなかったような……


「あれは! 『昔の男なんか、俺が忘れさせてやるよ』って囁いて! 顎クイッってして唇奪って! そのまま押し倒して全部奪う場面でしょう!?」


どういう理屈だろう。強引なタイプが好みなんだろうか。

僕には無理そうだぞ。


「忘れちゃダメですよ」


それとは関係なしに、あの話は忘れちゃいけないと思う。


「大事な想い出だから、忘れられないんでしょう?」


過去の魔王とのその悲恋があったからこそ、今のベルリネッタさんがこんなにも素敵な女性なのだ、と。

そう思うことにしよう。


「……本当に、芯のお強いことで」


それに、もしそういう関係になるなら、魔王輪なんかじゃなくて僕自身を好きになってほしい。

でないとそれこそ悲しすぎる。


「いいでしょう。信じていただくにも愛していただくにも、時間が必要とおっしゃりたいのですね」


メイドスタイルに戻り、眼鏡をかけるベルリネッタさん。

昨日の服とはちょっと違う……?


「ではいかがでしょう、こちらのデザインは!」


違う!

だいたいヴィクトリアンだけど、胸元が大きく開いて!

おっぱいが……おっぱいが飛び出しそうになってる!


「何それ!?」

「魔王様の代替わりごとにモデルチェンジしてきた歴代の制服の中から、復刻しております」


ベルリネッタさんは眼鏡をキラリと輝かせ、誇らしげに胸を張ってドヤ顔。


「ミニスカートスタイルも、バニーガールもございますよ。明日以降、順次お見せいたしましょう……なお」


ていうか歴代の魔王、何やってんの!?

……『なお』?


「制服ではなく『中身』をごらんになりたい場合は、ここへお連れ込みいただけましたら……うふふ♪」


ああ、愛魚ちゃん……

明日以降も我慢できるかは……ちょっとわかりません……




◎武士は食わねど高楊枝

武士は貧しくて食事ができなくても食べたかのように楊枝を使ってみせる。武士の清貧や体面を重んじる気風のこと。

転じて、やせがまんすること。


ここまででようやくチュートリアルという感じです。

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