75 『酒』は百薬の長
忘年会で旅行中の了大。
まだまだ季節イベントが続きます。
酔って幻望さんに手をつけてしまうという乱心……
僕は本当、お酒は飲んじゃダメだな。
「そんなにまで落ち込まれる方が、私は嫌ですわよ?」
幻望さんはそう言うけど、やっぱり気になる。
本当にあれでよかったのか?
「まるで、本当は私とは寝たくなかったような感じじゃありませんの。嫌でしたの?」
「そ、そんなわけないよ!?」
いくらなんでも、そんなことは思ってない。
幻望さんだって他の皆に負けない魅力があると思う。
だから、手をつけたんだもの……
「でしたら、堂々としていればよろしいのですわ。あえて付け加えさせていただくなら……」
「……なら?」
何だろう。
僕に至らないところがあったのはわかるから、できるだけ直すようにするけど。
「次は、お酒に酔っていない素面の了大様がいいですわ。まさか、私とはあれっきりなんてことはありませんわよね……ね♪」
「あ、あはは……」
『次は』って。
いや、まあ、そりゃそうか……一度手をつけてしまってから『次はない』なんて言ったら、それはもう『ポイ捨て』だな。
よく考えておこう。
「ところで、今は何時くらいだ……?」
スマホの時計で時刻を確認。
えーと……うわ、しっかり次の日になってる。
でも、ちょうど朝食の時間帯だ。
とりあえずは朝食にしよう。
朝食も海の幸がいっぱい。
もちろん美味しい。
ごちそうさまでした。
「いやー、贅沢してるなあって思うよ」
「三泊四日で押さえてあるから、もっとのんびりしようね、了大くん♪」
これほどの高級旅館を貸し切りにするなんて、想像もしてなかった。
でも、旅館の経営としてはいいのかな?
ふと目に入った文字を読む。
「んー?……《フカミインダストリ株式会社 特殊人材開発事業部御一行様》……何これ」
「ああ。この旅行はね、父さんの会社の福利厚生、社員旅行って形なの」
なるほど。
その方が対外的にも、大人数でいることに不思議がなかったり、経費扱いになって節税にもなったり。
そんな話も聞いて、納得できた。
しかし『特殊人材』ね……
アンデッドロード、水のロードの娘、鳥、ドラゴン、サキュバス、狼、狐、などなど。
特殊すぎるだろ。
思わず苦笑い。
「ここだけの話、女将さんは要するに『仲間』だから」
なるほどね。
社長秘書の鮎川さんとか、別荘の管理人の鮫島さんとか、そういう感じか。
人間社会でやって行くのも《形態収斂》があれば外見は完璧だからね。
「まーなちゃんっ」
そんな話をしていると、ルブルムがやって来た……って、あれ?
僕じゃなくて、愛魚ちゃんに用?
「まなちゃん、あっちで女の子同士の話しようか」
「え?」
最初は何事かと思っていた愛魚ちゃんだったけど、ルブルムに何やら耳打ちをされると、俄然張り切った感じでルブルムについていった。
何だかわからないけど『女の子同士の話』なら、男の僕がちょっかいを出すべきじゃないだろう。
愛魚ちゃんやルブルムとは別行動になって、適当にぶらついてみる。
他の人たちは何をして過ごしてるんだろう。
「あら、りょうた様」
あ、ベルリネッタさんだ。
手には……タオル?
「浴場に行くところでしたので」
なるほど。
浴場……お風呂か。
そう言えば昨夜はカニ御膳の後、飲んでやらかして寝て……ゲーマー的に言うと『寝落ちて』しまったから、お風呂に入ってないや。
「りょうた様も、いかがですか?」
「えー? ダメだダメだ! りょーたはこっち!」
いいかも……と思ったところに別の声が。
この声はカエルレウム?
「りょーた! 地下のゲームコーナーがすごい! やりに行こう!」
猛烈な勢いでカエルレウムに引っ張られて、そのゲームコーナーに行くことになった。
最初は『ここまで来てもゲーム?』と思っていたけど、実際に様子を見てみると場所が広い上に、種類がどれも大型のものばかり。
ハンドルとペダルで車を走らせるドライブゲームとか、銃で敵を撃つガンシューティングゲームとか、そういう『体感ゲーム』が並んでいた。
こういうのは真魔王城の部屋にはないから、確かに新鮮に映るだろう。
あ、でも……
「一回百円とか二百円とか、お金かかるんじゃない? 僕、お金持ってきてないよ?」
「大丈夫! いつもはそうらしいけど、今はフリープレイ設定……遊び放題にしてある! わたしたちは貸し切りの団体客だからな!」
画面をよく見ると、確かにどれにも『FREE PLAY』の文字が出てる。
試しにスタートボタンを押してみると、お金を入れてなくてもゲームが始まった。
「音ゲーだな! リズムに合わせて同じ色のボタンを押すやつだ!」
リズムゲーム。
これも大きいボタンがパネルにいくつか並んでいて、他のと同じく家庭用のコントローラーとは違うプレイ感覚だった。
他にも、バイクにまたがって傾けたりハンドルを切ったり、両手に一本ずつで二本のスティックを前後左右に動かしてロボットを操縦したり、家庭用のゲーム機では得られない感覚でたっぷり遊んだ。
面白かった……けど、すぐ疲れちゃった。
ちょうど昼食の時間になったので切り上げて、昼食。
お刺身が美味しい!
「とはいえ、ずっとゲームコーナーってわけにもなあ。僕もお風呂にしようかな?」
これはいけなかった。
僕の口から『お風呂』と聞いて、色めき立つ人が続出。
「御屋形様、拙者がお背中を流しまする♪」
「了大様、ご一緒させてください♪」
候狼さんとか黎さんとか、その他のまだ覚えてない人とか。
昨夜の幻望さんを見て『先を越された』と感じてるのかな……
あんまりグイグイ来られると、ちょっと怖いよ?
「ごめん、一人でゆっくりさせてね……」
贅沢な悩みとは承知しつつ、ここは全員を断る。
そしてお風呂へ。
温泉や露天風呂ではないけど、大浴場だ。
「ふうー……気持ちいいー……」
いい湯だ。
気持ちよく浸かりながら、ちょっと考え事でもするか。
皆のこと、これからのこと……
そもそも僕は魔王で、周りの女の子たちについてはベルリネッタさんから『全員喰い尽くすくらいで』と言われていたり、女の子たちもそれぞれが『オーケー』な構えでいたりする。
甘やかされたり色仕掛けにはまったりしてばかりではダメ人間になると思ってきたけど、それもどうなんだろう。
のらりくらりとかわしては結局は手をつけなかったり、それでいかにも自分は人格者だという顔をして善人のように振る舞ったりする方が、よっぽど『ずるい』やり方なんだろうか。
わからなくなってきた……
お風呂から上がって、ラウンジへ。
何人かがそれぞれの組を作って、談笑したりカードゲームで遊んだりしている。
窓際に一人でいるのは……あれは、トニトルスさんかな?
「トニトルスさん……寝てる」
昼の日光を浴びて、すうすう、と小さな寝息。
テーブルには何も置いてない。
空調は効いてるけど、うたた寝で風邪をひいたら……って。
ドラゴンって風邪ひくのかな?
起こすべきか、どうするか。
「く……ぅん? いや、リョウタ殿か……」
あ、起きた。
自分で起きたんならいいや。
「……不思議と、どこか似ておるやもな……」
「何がですか?」
僕が、似てる?
ちょっと意味がわからない。
「ああ、失敬。先程、久々に旧い友の夢を見まして、な」
「友達? どんな人だったんです?」
トニトルスさんの古い友達か。
その友達に、僕が似てるのかな。
「うむ、我が知る限りにおいて、龍に最も近い領域にいた人間……我ら《龍の血統の者》と契約を交わし、意思を交わし、従えては、力を合わせる……《龍血使い》と、自分では言っておりました」
ドラゴンテイマー。
そういう能力もあるのか。
「持って生まれた血筋と体質がなければ、そうなるのは無理ではありますが……もっとも、リョウタ殿は魔王ですからな。『なれない』というより『なる必要がない』という方が正しいですぞ」
まだ『なりたい』なんて言ってないのに。
そんな風に、顔に出てたかな?
「リョウタ殿はとかく『強くなりたい』という気持ちが強いと見えて、それ自体は悪いことではなく、むしろ良いことですが……何でも試そうとするあまりにあれもこれも中途半端になったり、自分の芯の部分を見失ったりしてはいかん、と思いましてな」
それで先に釘を刺してきたのか。
僕がドラゴンテイマーになろうというのは無理な上に無駄だと。
「トニトルスさんにはかないませんね」
深い洞察と確かな分析。
さすが、知恵者と言われるだけはある。
頼りになる人だ。
「今のうちはまだ仕方ないとは思いますが、そうそういつまでもそんな弱気なことでは困りますぞ。ゆくゆくは我を使いこなす魔王として大成してもらわなくては」
耳が痛い。
魔王としてしっかりしないと……とは思うんだけど、思い描く理想像に具体性がない。
どうしたらいいんだろう。
「そうそう……奴も折に触れ、己のありように思い悩むことがありましたな。従えた龍の強さ、それを抑えきれなんだ己の弱さ、人々から受けた誹謗、中傷、弾圧……」
ドラゴンテイマーも楽じゃなかったらしい。
従えたドラゴンの強さに物を言わせるだけじゃ、何かが違った、何かが足りなかった、ということか。
「我も色々と学ぶことの多かった日々でしたぞ。奴の最後の選択は……我も未だにその真意を計りかねますが、な」
最後の選択。
長生きらしいトニトルスさんから見て古い友達の人間……だから、もう生きていない……か。
「その、龍の方はどうなりました?」
その人はもう生きていないとしても。
でも、龍の方は長生きだろうから、例えば激しい戦いで命を落としたというのでもなければ、いつか会うこともあるかな?
「それはもう散々泣いて泣いて、めっきり姿を見せなくなりましたな。卵から孵って以来ずっと一緒に暮らしてきた、育ての親にして伴侶も同然であった者を亡くして、人並み以上に落ち込んだきりですぞ」
そうなるか。
人間のままでいたら、僕もいつかはそうやって皆を置いて行く時が来てしまう。
魔王として、それは避けなくちゃ。
「その龍は今や名まで変えては引きこもり、我も近年は全然会ってもおりませぬ。カエルレウムが遊びに夢中で部屋から出て来ぬような程度とは違うので」
それは確かに。
あのレベルとは一緒にはできないだろう。
「そこで、これですぞ」
出た、酒。
テーブルに何もなくて真面目な話をしてたと思ったらこれだ。
どこから出したのやら。
「そんな顔をなさいますな。《酒は百薬の長》! 飲んで心を遊ばせることも大事ですぞ? ささ、リョウタ殿も」
「や、僕は飲みませんからね」
僕は酒癖が悪いんだよ。
ましてやトニトルスさんはその体で『実感』してるのに、なんでそれでいてなお僕に飲ませようとするのか。
「僕は烏龍茶で」
固辞。
ダメです。
いけません。
「やれやれ。リョウタ殿は実直なのか何なのか……」
さすがに、無理矢理に飲ませようとまではしてこない。
そこは安心した。
「当然ですぞ? 飲みたくない者に飲ませる酒があるなら、その分も我が飲んでやりますからな!」
自信たっぷりだなあ。
さすが飲んべえ。
「リョウタ殿を待つ《運命》が、易からんことを」
運命、か。
僕が魔王輪を持って生まれたのも、愛魚ちゃんや他の皆と出逢ったのも、力に開眼して魔王になったのも、運命なのだとしたら。
この先に待つのは、どんな運命なのか……
◎酒は百薬の長
適量をわきまえて少し飲む程度にしておけば、酒は心身によいということ。
近年では医学的な研究が進み、少量飲酒者が非飲酒者よりもかかるリスクが少ない病気もあるらしいなどの報告が出ている。
ただし、度が過ぎた量の酒は健康に悪く、また酩酊状態での異常行動は決して褒められたものではないため、この場合は『酒は百毒の長』と言われ、戒められる。
飲酒は法律で認められる年齢になってから、自分なりの適量にとどめて美味しく飲みましょう。
トニトルスさん持ち上げと、外伝(龍血使い)プロモーションに落ち着きました。
あっちもあっちで、もちろん続きは書く気でいます。




