73 雨降って『地』固まる
扶桑の魅了能力から始まった問題が解決して、能力も制御できるようになったところで、いよいよロード争いに介入します。
扶桑さんが得た《魅了》能力は、最初こそ制御どころか自覚さえもできていなかったけど、ヴァイスの協力で無事に扶桑さん自身のものになった。
この能力は、きちんと制御できるならロード争いにおいて大きな力になる。
もしもの時は僕たちが戦うことにして……
念のため……いざとなればドラゴンの姿や力で威圧してもらうこともできるように、あと、そもそも僕が自分で《門》を開けられないから、ルブルムにも来てもらって……
よし、ロード争いに介入!
「我ら一同、扶桑姫に忠誠を誓い、お仕えいたします!」
よし、ロード争いは終了!
……早いって?
仕方ないよ。
僕たちは本当に何も、やることがなかったんだから。
「姫!」
「姫!」
「姫!」
他に名乗りを上げていた者、勝ち馬に乗るために日和見を決め込んでいた者、誰が勝とうと関係ないと思っていた者。
それらの動きに関係なく《虫たち》は残らず扶桑さんの《魅了》にやられて、忠実な臣下になった。
と言うか『姫』って。
油断を誘うために、僕がお願いした姿じゃなくて最初の姿……目や触角が虫のままの幼女姿、ロリ形態で出てもらったけど……いや……『だからこそ』か?
ともかく、臣下になった妖虫たちにロリ形態の扶桑さんがちやほやされている。
「姫、お疲れではありませぬかな。駕籠を用意させまする」
「……いえ……」
「大変、肩がこってらっしゃるわ! さあ姫様、私にお任せを」
「……あの……」
「夕食にご希望はございませんか! 必ずや姫のご期待に添うようにいたします!」
「……その……」
もちろん、これらは扶桑さんの能力にやられた状態。
真魔王城で出入りや常駐を許されるほどの実力者だけで固められた『魔王軍団』でさえもやられたのに、それより二段三段どころか何段も格が落ちる妖虫ごときが、やられないわけがない。
結果、見事に《虫たちの主》の座は扶桑さんのものになった。
「これ……姫って言うかさ……」
それを見ていた僕は、想像した言葉をルブルムに話そうとした。
どうやらルブルムも、同じ言葉を想像していたようで。
「うん。姫は姫でも……オタサーの姫……?」
実際には雌の妖虫も臣下にいるから紅一点ではないけど、その様子はだいたい、ネットやアニメなんかで見聞きする『オタサーの姫』みたいなものだった。
あとは例の桑畑を中心に農村を作るように命じて……
「何だ貴様は! 扶桑姫に対して失礼であろう!」
「姫様に対して頭が高い! 控えよ!」
「いいや! このような曲者、斬り捨ててくれる!」
……あ、ダメだこれ。
扶桑さんから命じてもらわないと。
「……あの……桑畑は必要なので……お願いします……」
「は! 必ずや!」
「お任せあれ! たちどころに取り掛かります!」
「この命に代えましても!」
すると手のひら大回転。
すごい。
誰も彼も扶桑さんの言いなりだ。
「しかし、この男は何者ですかな。姫に対して、あまりにも馴れ馴れしい態度……」
「姫に邪な思いを抱いているのではあるまいな?」
「ならぬ、ならぬぞ! 姫には指一本触れさせん!」
僕をいぶかしんで睨む虫の……なに虫だ。
まあなんでもいいか。
ここは『ナメられたら終わる』パターンだろう。
睨んでくるなら睨み返してやろうじゃないか。
今日は特別大サービス、闇の魔力マシマシで大回転。
《威迫の凝視》三段返しだ!
「むうっ!?」
「ひぃっ……」
「お、おのれ……負けるものか……」
能力に回すために必要な、魔王輪から引き出す魔力を増やした。
言うなれば『いつもより多く回しております』ってやつだ。
これでギャラはおんなじ。
その気になれば殺せるものを扶桑さんのための労働力になるなら生かしておいてやるだけ、ってのをわきまえてくれ。
「こちらの了大さまは……私の大切な人です……無礼は……ゆ……許しません!」
「は! ははぁーっ!」
結局、扶桑さんがそう宣言してくれたことでようやく決着。
しかし『大切な人』とか『許しません』とか……
扶桑さんとしては思い切った言い方なのかな?
「了大さま……私はこの虫たちを束ねながら……了大さまのために生きます……」
思い切った、というか結構『重い』話だ!
今後の人生に関わるんだもの、そりゃそうか。
「たまには……会いに来てください……いつでも……」
「うん、そうさせてね」
扶桑さんは農村ができたらそこの村長になるから、真魔王城で一緒に暮らすのは無理だろう。
でも、会うのが無理なわけじゃない。
僕から会いに行けばいいだけのことだ。
ということでようやく、虫たちとの抗争は手打ちになった。
真魔王城に戻って、一連の結果報告を済ませてティータイム。
今回はヴァイスがいなかったら取り返しがつかないことになってただろう。
危なかったと素直に思う。
「それだけ大事にされるなら、扶桑さんも安泰ですねえ」
解決のための一番の功労者として、また《悪魔たちの主》という要職に就く者として、ヴァイスへの説明は欠かせない。
あとは真魔王城の面々の、扶桑さんの《魅了》にやられていた時の言動について、どうするか……
ちょっと今回、お咎めなしという気にはなれないんだよね。
「とりあえず候狼さんは、怠業ということで停職一ヶ月の刑!」
「ええっ!?」
これまた停職。
そう言えばシュタールクーさんにも、十月下旬のハロウィンイベントの時に停職一ヶ月を言い渡したっけ。
今は僕の元々の次元でも十二月に入ったのもそうだけど、体感する時間はこっちにいる方が長いので、もう復職している。
「大丈夫、心配しないで。他にも、扶桑さんに気を取られてサボってたメイドは同じようにするから。候狼さんばかりじゃない。ずるくない。オーケー?」
「ううっ…………」
また『ずるいのでは』と言われることを見越して、先に潰しておく。
僕の目の前で堂々とサボってたのを忘れたとも言わせないからな。
「りょうた様、さすがに怠業行為で全員に一ヶ月は、日々の業務にも差し障りますので……せめて何人かに分けつつ一週間程度で……」
ベルリネッタさんから意見が出た。
メイドの統括責任者であるこの人がそう言うなら、ローテーションやらなんやらを考えると、その通りだろう。
それに、シュタールクーさんの時とは違って、事実上の殺し合いにまで発展したわけじゃないからね。
「じゃあ、停職一週間で勘弁しておくか……」
ただし、出勤停止中は給料も出ない。
一週間まるまる停職なら、一週間まるまる給料なしだ。
これでギャラはおんなじ。
あ。
ギャラと言えば……
「さて、今夜は楽しい楽しい『成功報酬』の時間ですよねえ♪」
……そうだった。
うまく解決できたら、ヴァイスに『同じこと』を……ベルリネッタさんにしたみたいに、激しく、何度も……する約束だった。
「だいたい《全開形態》って、魔力をとってもいっぱい使っちゃうんですからね? 今回は了大さんのために働いて使った魔力なんですから、その分は了大さんからいっぱい魔力をもらっても、当然だと思いません?」
なんだか『必要経費の請求』みたいではあるけど、その支払い方法が、僕の魔力。
つまり、面倒な場面はヴァイスに働かせておいて、僕はエッチするだけ……
しかも僕からじゃなくて、ヴァイスから言い出してくる……
こんなの、ダメになるだろ!
* ヴァイスがレベルアップしました *
結局、ベルリネッタさんとしたのと同じくらいの『夜更かし』を、ヴァイスともすることに。
僕の記憶を少し読み取ったらしく、ベルリネッタさんにどういうことをしたか言い当てられては同じことをせがまれたり、ベルリネッタさんとはしなかったことをして飽きないように工夫されたり。
かなわないな……
起床して朝食。
そろそろ元の次元に帰らなきゃいけないからその支度もしておく。
思えば結局、今週もエッチしてばかりだった気がする。
扶桑さんの初めてをもらって、ベルリネッタさんの機嫌を直してもらって、扶桑さんの能力を制御できるようになってもらって、ヴァイスが使った魔力を埋め合わせして……
うん、毎日エッチしてた。
もしもこのままズルズル行けば間違いなく、エッチすることばかりしか考えないダメ魔王になる。
困った……
そして恐らく、この考えを相談できる相手は限られる。
まずベルリネッタさんとヴァイスはダメだ。
あの二人は『何か問題でも?』とかなんとか、そういうことを言い出すだろう。
そして多分……トニトルスさんも当てにはならない。
前に《凝視》を仕掛けられて、したくてしたくてたまらない気分にさせられた『前科』がある。
イグニスさんはこういうことには疎いような感じだし、カエルレウムやルブルム、あと黎さんや幻望さん、猟狐さんあたりは『したいならいつでも相手するから問題ない』みたいなことを言い出しそうだし……
ううむ……
「了大くん、どうしたの? 宿題が終わってなくてピンチとか?」
愛魚ちゃん!
そうか、もしかしたら愛魚ちゃんなら、きっと……!?
ここは愛魚ちゃんなら聞いてくれると信じて、話してみよう!
斯々然々。
「了大くんは、どうしてそれがダメだと思うの?」
恋人が自分以外の女と寝てるというのに、根気よく聞いてくれる。
この時点でもう頭が上がらない。
だからこそ、なあなあにしちゃダメな問題なんだ。
「どうしてって……いや、普通に考えたらダメでしょ。性欲剥き出しでいろんな女にデレデレしてベッドに引っ張り込むなんてさ……そりゃ、たまにはそうしたくなる時もあるけど……たまにはというか正直、最近はすごく多いけど……でも、それが許されるというのなら、その理由は僕の魔力が得られるという打算とか魔王という僕の立場とかじゃなくて、僕自身に魅力を感じた上で許してほしいんだ。そしてそのためには、僕はもっと強くなりたい……いや、強くならなくちゃいけない!」
長い台詞になったと自分でも思う。
一気にまくし立ててしまった。
愛魚ちゃんもさすがに呆れてるかな?
「じゃあ私としては、了大くん自身に魅力を感じてるっていうのを、わかってもらえばいいんだ?」
あれ?
そうなるんだっけ?
「だって、そうでしょ? 私は最近までは了大くんが魔王だなんて知らなかったけど、了大くんを好きになったのはそれより前、中学の頃だよ」
そういう話もあったな。
自分のことよりも愛魚ちゃんがとばっちりを受けないかを心配した僕に惹かれたとかなんとか……
となると。
「つまり、魔王じゃなくても私は、了大くんが好き」
そうなるか。
うん、愛魚ちゃんに相談してよかった。
魔王だから知り合えた人ではあるけど、結果として僕の、魔王とは関係ない部分を……僕自身を好きになってくれた人だ。
「ありがとう……」
素直にお礼の言葉が出た。
これからは愛魚ちゃんには、もっと自分の気持ちを伝えることにしよう。
「はあ、やっぱり了大くんは可愛い♪」
……ちょっと!?
どうしてそういう話になるかな!?
「そういうの、やめてよ……」
「どうして? 可愛いのも了大くんの魅力だよ? 魔王じゃなくても関係ない部分の。それにね?」
それに、何だろう。
まだ先があるのか。
「了大くんは、おっぱい大きい子の方がいいって思うでしょ? それと同じことだよ?」
ぐっ……それを言われると弱い。
そういう、外見による選別は僕もやってしまっているから。
「ね、了大くん。了大くんは芯が強い人なのも、私たちとの関係性を真面目に考えてて『遊び』で手を出す気がないのも、ちゃんと私たちには伝わってるよ」
そこのところはもちろん、そうじゃなくちゃ困る。
僕は別に、お高く止まってるわけでもなければ、皆のことを都合よく遊んで取っ替え引っ替えしてポイ捨てできる相手と思ってるわけでもない。
「むしろ、しっかりしないといけないのは私……私たちかもね。魔王なんて本当は怖いことも多いのに、それを了大くんに担わせないといけない私たちが、扶桑さんの魅了にやられて」
愛魚ちゃんが、僕の目をじっと見つめてくる。
真面目な表情だけど厳しくはない、優しい表情だ。
「今回のことで、わかったの。了大くんはひとりぼっちに慣れてなんかいない、本当は寂しがりなんだって……私も、魅了にやられて寂しがらせちゃったから、それは申し訳なく思うけど」
確かに、愛魚ちゃんの言う通りだ。
今になって皆に見放されたら、僕はもう立ち直れないかもしれない。
「でも、だからこそ、これからはもっと色々話して、打ち明けて、頼ってほしい。私たちもそうするから、ね」
言われてみれば、僕はどこかで強がりを続けていたんだろう。
いざ皆の態度が変わってみたらあんなに心細くなったんだから、それはただの強がりに限界が来ただけのことだ。
《雨降って地固まる》と言うか……扶桑さんの魅了で散々嫌な思いはしたけど、結果として自分の本心を思い知ったり、皆にもう少し近づけたりしたのかも。
だったら、悪いことばかりじゃなかったのかな。
「もう少しで二学期も終わるから、そしたら忘年会でもしようか? 皆で過ごせば、きっと……ううん、絶対! 絶対に了大くんも楽しいから!」
忘年会か。
それもいいかもね。
無礼講で、皆で食事したり騒いだり……自分には無縁だと思ってたけど、期待してみよう。
僕の方から、もっと皆に近づいてみよう。
近づいて……いいんだ……
◎雨降って地固まる
土がどろどろになるほどの大雨の後、地面が固まって良くなる様子に例えて、人間関係や組織などが揉め事を乗り越えて前より良い状態になることを言う。
結果として皆の結束が強くなったということでトラブル編は終了、扶桑は現地妻みたいな感じで落ち着くかなと。
作中の時間を経過させて、次回から二回か三回は年末年始の季節イベントにしようかと思います。




