71 蝶よ『花よ』
皆の態度が変わった原因を探る了大ですが、ぼっち生活のトラウマをえぐられて気分が荒れます。
地の文にもその影響があります。
皆の態度がおかしい気がする。
皆が扶桑さんをもてはやして、僕はどちらかと言うと、おまけ……
いや、おまけどころかまるで邪魔者同然だ。
何かが起きているのかもしれない。
「何かがあるはずだ……と思いたい……」
もしも何もないのに今日から急にこの扱いなんだったら、皆が皆して僕を騙してたってことになるからな。
あ、想像したらすごく悲しい……
「……了大さま……泣きそうなお顔……」
扶桑さんにはそんな風に見えるか。
多分、君が原因だけどね。
何しろ扶桑さんを『ただ歩かせていただけ』でさえダメ出しを食らったわけだから、泣きたくもなるさ。
「扶桑さん、正直に答えて。君は今……何か、能力を使ってる? 例えば、皆に気に入られるような、誰からも好かれるような力」
推論ばかりじゃどうしようもない。
いっそ聞いてみる。
「……そんなの……なんにもしてません……」
本当かな。
口では何とでも言えるけど。
「……もし……そんな力があれば……今まで働かされたりぶたれたりなんて……しません……」
考えてみれば……それもそうか。
とはいえ、他に原因が全然思いつかないんだよな。
うーむ……
自分でも気づいてないとか、無意識に何かをやってしまっているとか?
なんとなく、扶桑さんの髪を撫でてみる。
「……あっ……」
「嫌だったら、嫌って言ってね?」
扶桑さんは抵抗しないけど、抵抗したいと思っていながら抵抗できないだけかもしれない。
僕はエスパーじゃないんだから、言われないとわからないんだけどな。
「……嫌じゃなくて……もっと……撫でてください……」
もっとか。
それならそうしよう。
でも、もしもこうして撫でてるだけでもダメ出しされたら相当なものだな……
「拙者も扶桑殿のお髪を撫でてみたいでござる! 御屋形様ばかりずるいのでは!」
……相当なものだな!
誰かと思えば候狼さんか。
これまでは僕が他の子を優遇していると言っていた『ずるいのでは!』が、今日はそっち方向に炸裂した。
そうか、候狼さんもそういう風になるのか。
「扶桑さんがいいって言うなら、撫でさせてもらえば?」
僕の髪じゃないから、扶桑さんに聞いてほしい。
と言うか、メイドとしての仕事はいいのか。
「お願いでござる、扶桑殿!」
「……えぇー……」
結局、その後は断り切れなかった扶桑さんの髪を満足するまで撫でて、候狼さんは仕事に戻った。
魔王の……ちょっと自信がなくなってきたけど……魔王のはずの僕の目の前で堂々と職務怠慢とは、随分といい度胸をした犬だ。
覚えておくか。
その後も、色々なメイドが扶桑さんに構おうとしてくる。
この事態にトニトルスさんは何をして、何を見ているのか。
歩かせているだけで僕にダメ出しするなら、このメイドたちにもダメ出ししてくれたらいいのに。
肝心な時に役に立たない酔っ払いだ。
イライラする。
「……了大さま……申し訳ありません……」
扶桑さんのせいじゃないよ、と言いそうになったのを飲み込む。
登場と事態の発生が同時であることから考えても、原因は扶桑さんだとしか思えない。
まだ確証はないけど。
「少なくとも、ここの皆は扶桑さんが好きみたいだから、それもいいんじゃないかな。もう僕なんかより、よっぽど人気者なのかもね」
「何だおめェ、僻みか」
話していると、イグニスさんがやって来た。
僻んでるように見えたのか。
「みっともなく僻んで、女に……それも、こんなか弱い女に八つ当たりかよ? 子供だなァ」
トニトルスさんがやられてた以上、そうだろうとは思ってた。
同じようにイグニスさんもやられてる。
話にならない。
「ちっ……」
今日は皆して、一体どうしたんだ。
つい舌打ちが出ちゃった。
「ほーう? 己相手に舌打ちかよ。ずいぶん偉くなったな、小僧?」
「偉いらしいんですよ。一応、魔王なので」
なんだかイライラする。
今日の皆の対応で、どうしてもこれまでの学校生活での『ぼっち体験』を思い出させられるせいかもしれない。
「扶桑さん。そう言えばカエルレウムが『後でゲームしよう』って言ってた。行こう」
扶桑さんと少し別行動を取るか、目が届くところにいるとしても扱いを誰かに任せるかしてみよう。
なので、さっきカエルレウムに言われた話に乗る。
連れて行ってみて、試しにカエルレウムの反応を……僕の扱いとの差を見てみるか。
この先の展開が読めてきそうではあるけど。
カエルレウムの部屋に扶桑さんを連れて来てみると、そこにはルブルムと愛魚ちゃんもいた。
ゲーム機に差してあるカセットは……こないだの『人生列車で行きましょう』か。
なるほど、サイコロ任せならテクニックで無闇に差がつかないから、扶桑さんの『接待』にもいいだろう。
そして……
「悪いな、りょーた。プレイ人数は四人までなんだ」
……僕があぶれる形になった。
予測はしてたけど、カエルレウムの台詞がまるで『国民的アニメの、金持ちの嫌味なお坊ちゃん』みたいだな。
頼りになる『猫型ロボット』の不在が痛い。
「……了大さま……それなら……」
「ダメだよ。『主役』が抜けちゃ」
自分から抜けようとした扶桑さんを、先に制止しておく。
皆の反応を見るなら、ここで扶桑さんに遊ばせてみる必要があるんだよ。
「女の子だけでごゆっくり」
「うん、そうする!」
「そうそう。ワタシたち、ふーちゃんと仲良くなりたいんだから」
「了大くんがいいって言うんだから、気にしなくていいの」
そして、三人ともあっさりと扶桑さんにかかりっきりになった。
まあいい……
これも薄々は予測済み……
長いことぼっちライフを過ごしてきた僕を見くびるなよ……
寂しくなんかない……
ないさ……
一人で適当に城内をぶらぶら歩きつつ、そこら辺で名前も覚えてないメイドを捕まえて、扶桑さんの印象を聞く……というのを繰り返してみた。
その全員が扶桑さんの情報を既に仕入れていたばかりか、全員もれなく扶桑さんを口々にもてはやしていた。
さすがにここまでの事態は予想外だ。
こうなってしまっては、あの扶桑さんを中心にして明らかに何かあると確信していいだろう。
今や、相談できそうと思っていたトニトルスさんまでもがはまりこんでいる事態。
下手に僕が手を出そうとすれば、未遂でもダメ出し。
うーん……いや……もういいや。
何でもいいから、お茶にでもしよう。
さすがにお茶すら淹れてもらえないというほどじゃないだろう。
丁度いいところにベルリネッタさんが見える。
話してみよう。
「あら、りょうた様。あの小娘のことはよろしいのですか?」
小娘?
まさかベルリネッタさんまではまりこんでいるのか。
「わたくしといたしましては、りょうた様があの忌々しい小娘に鼻の下を伸ばしてはすっかりと夢中になった挙句、わたくしの事などお忘れになってしまったのではないかと心配しておりましたが」
ベルリネッタさんも様子がおかしい……けど、おかしいはおかしいでも、おかしいの質が違う。
扶桑さんをもてはやすんじゃなくて、真逆。
露骨な敵意だ。
ここまで嫌そうにしてるベルリネッタさんはなかなか見かけないぞ。
「ベルリネッタさんは……扶桑さんのこと、嫌いなんですか?」
「ええ、勿論嫌ですとも。あのような、いかにも『私は純粋です』と言わんばかりの物腰。うんざりします」
なかなかキツいな。
何がそんなに嫌なんだろう。
「お気づきになりませんか? あの、まるで混ぜ物を全て徹底的に取り除いたかのような、わざとらしい真っ白! 魔力の方も、光の魔力だけを濾して集めて煮詰めて濃くしたような……あんな感覚は、勇者が使ってきた《神月》以来です」
神月って、あの剣が使ってた奥義だったか。
あのレベルで嫌とは、大きく出たな?
「……何もそこまで言わなくてもよくないですか?」
「ええ、ええ、りょうた様にとってはそうなのでしょうね。わたくしと違って、あの小娘は純潔でしたものね! さぞかしお気に入りでしょうとも! ふん!」
「いや、そんなことは……」
うーん?
これもこれでダメだ。
他の皆とは逆方向とは言っても、結局は扶桑さんの『何か』に影響されてることには変わらない。
変わらなかったのは、お茶の味だけだった。
うっかり忘れるところだった。
日課として中庭でナイファンチ。
体を動かしているうちは、余計なことを考えずに済む。
「ふうー……」
扶桑さんに悪気はないということくらいはわかる。
でも、どうしても過去の嫌な思い出を……仲間外れにされ続けてきた記憶を無理矢理掘り返される感じだ。
小学校や中学校で……ちょうどあんな感じで愛魚ちゃんがクラスの人気者で、僕は話しかけるどころか、たまたま近くを通っただけでもブーイングだった。
せめてその愛魚ちゃんには気づいてほしかった気はするけど……いや、期待できない話か。
無自覚とはいえ、ずっと『する側』にいる愛魚ちゃんだからこそ、この感覚を……『される側』の感覚を理解するのは、たぶん一生無理かもね。
「おや、今日は心が荒れているようでありますな?」
やって来たのは鳳椿さんだ。
この人は……どうだ?
「踏み込みの幅や、力の入れ方にばらつきが出ていたでありますよ。それでは体に悪い癖がついてしまうであります」
心の乱れは型の乱れ、ということか。
確かに今日の僕は冷静じゃなかった。
そう長い付き合いでもない鳳椿さんにさえそれを悟られるほど、型に出てしまっていたんだな。
……一度、落ち着こう。
「鳳椿さんは、扶桑さんに会いましたか?」
とはいえ、鳳椿さんなら今回の事態について相談できるか、というのとは別の話だ。
まずは世間話程度にとどめながら、反応を見てみよう。
「つい先程、姉上と一緒にいたところに会うだけは会ってきたであります。まるで初孫ができた婆のように《蝶よ花よ》と溺愛する有様で、姉上にも困ったものであります」
《蝶よ花よ》……ちやほや、か。
確かに皆が扶桑さんをちやほやしてる。
特に鳳椿さんは男性。
扶桑さんは女性だから、異性として特にやられやすくても不思議じゃない。
お近づきになろうとするとか、身柄を奪おうとするとか……
「しかし、いかにも手間がかかりそうな女でありましたな」
……ないか。
もてはやすでもなく敵視するでもなく、むしろ今日見た中で一番『普通』っぽい反応だ。
「いいなーとか思わないんですか?」
「自分はああいう、守られなければまるで駄目な女は好みではないのであります。というより自分は機獣天動流の修行を始めて以来、禁欲生活中でありますから」
禁欲生活!?
この女だらけの魔王軍団の中で!?
まさか鳳椿さんに限って『モテない』なんてことはあり得ないだろうから、それはつまり……よほどすごい精神力か、むしろ富田さんが喜ぶアレか……
どちらにしろ、今の状況で『まとも』なのは鳳椿さんだけっぽいぞ。
鳳椿さんに相談してみよう!
斯々然々。
「それは自分よりも適任が居る話でありますな。自分は……苦手な相手でありますが……」
え。
鳳椿さんは苦手だと思ってるけど、適任?
僕の知ってる人かな?
「やぁん、鳳椿さん♪ お久し振りじゃないですか?」
「うっ!? あー……久々? で、ありますな?」
そこにやって来た人物に、にこやかに挨拶された鳳椿さんが……なんとも露骨に苦い顔。
視線も逸らして、目を合わせようともしない。
声の主は……
「んもう、鳳椿さんってばいつも、あたしにはつれないですねえ。でも、だからこそ♪ そこがまたなんとも……♪」
……ヴァイスベルク。
って、まさか鳳椿さんはこの淫魔相手にすら禁欲生活を維持しているのか!?
そこまでの精神力とは、男として尊敬に値する。
……すごい男だ。
「では自分はこれにて! 後はヴァイス殿に相談するでありますよ!」
「あぁん、鳳椿さん!?」
なるほど、確かに苦手そうだ。
まるで逃げるよう……いや。
『ように』じゃなくてまさしく逃げたな、あれは。
とにかく、鳳椿さんはヴァイスに相談しろと言い残して去った。
「相談って、もしかして例の扶桑さんの件です?」
ヴァイスはおっとりしているようで、なかなか察しがいい。
ほんわかした表情に惑わされると後が大変そうだ。
今回の事態についても、事情はだいたい把握してるみたいだ。
「そう。ベルリネッタさんも愛魚ちゃんもトニトルスさんも凰蘭さんも皆、様子が変でね。そりゃどうせ僕はぼっちには慣れっこだけど、もうちょっとこう、さ……」
っと、いけないいけない。
ヴァイスに愚痴ってどうする。
ぼっちには慣れっこと言いつつ、やっぱり堪えてるな。
「んふふっ。拗ねてる了大さんもカワイイ♪」
「あのねえ……」
おい。
こっちは真面目に困ってるんだけど!?
「今回の事態はズバリ、扶桑さんから光の魔力が《魅了》という形で駄々漏れになってるせいです」
ズバリ!
だいたいどころか、ヴァイスは全部把握していたのか。
「魅了って……ヴァイスはなんともないの?」
「あたしは他者の精神を自在に操って夢を見せる悪魔ですよ? そういうのには強いですから」
となると……この事態を打開する鍵は、ヴァイスだ。
また自分の力で解決できない自分が情けないけど、正直に言おう。
この状況はつらすぎるから、助けてほしい……
◎蝶よ花よ
親が子をとてもかわいがり、非常に大切にする様子のこと。
多くの場合は女児に使うが、近世では男児にも使う。
また、祖父母が甘やかす場合も同じく用いることができうる。
もてはやすことを表す「ちやほや」は「蝶や花や」が縮められた言葉といわれる。
皆の態度がおかしい原因が判明しました。
次回は解決編になります。




