68 飛んで火に入る夏の『虫』
いよいよ撚翅と対決!
……すいません、今週すぐ終わります。
僕たちを案内してきた猿にも、撚翅が寄生していた。
砕けた頭から飛び散った脳という、かなりグロい光景の中に……寄生虫が動いていて、さらにグロい。
とはいえ、問題になっているのは光景じゃない。
何かされる前に追撃しておこう。
さらに《ダイヤモンドの弾丸》を浴びせる。
「どうだ……?」
ここで『やったか!?』みたいな台詞は『やってない展開』のお約束みたいなものだからタブーなんだけど……ついつい言っちゃいそう。
でも大丈夫。
猿の中にいた奴はバッチリ潰れていた。
狙ったところに正確に打ち込む精密さも鍛えたからね。
「妾も気づかなんだ……なるほど、これは厄介じゃの」
凰蘭さんも気づかないレベルの寄生。
トニトルスさんもわからなかったようだから、これは確かに厄介。
今潰したこれが本体と思ったけど……どうかな?
「無茶苦茶するね、あんたは」
さすがにそこまで楽な話じゃなかった。
最初に目標にしていた木の、幹の中から声がする。
まだ解いていない結界の内側から聞こえるのは、老婆のようにしわがれた女の声だ。
「本当に本体はそこにいたのか……」
「そりゃ、あたしの気配がしなけりゃ、あんたたちの目を引き付けられないからさ。危険は承知さね」
幹の中にいる虫が食い破られて、芋虫みたいなのが出てきた。
芋虫というか……蛆虫?
どっちにしろ気持ち悪い。
その虫が変身し始める。
「あたしらみたいなのはいつも嫌われ者だ。汚物と同じ扱いを受けて忌み嫌われ、蔑まれ、そして『掃除』と称して駆除される。どこにも居場所なんてありゃしない」
虫が老婆の姿になった。
これは、撚翅が《形態収斂》を使ったのか。
その姿だと、本当は虫だとは思えないくらいに普通の人間に見える。
「あたしらは生きるために食えるものを食おうと、居られる所に居ようとしてるだけだ。それが悪いって言うのかい? そういう虫に生まれたのが、生まれてきたことそのものが悪いのかい? ええ?」
なんとも難しい問題だ。
敵対すること自体が目的なわけじゃない。
生活に関する習性や環境が、僕たちとは相容れないからこうなるんだ。
虫だって本当は生きたいのに。
「そんなことは言わん、だがな」
ここで口を開いたのは、トニトルスさん。
思うところがあるようだ。
「生きることとは、すなわち争うことだ。そのための戦いに、いいも悪いもない……生存競争という戦いに負けた方が『結果』として悪く言われるだけのことでな」
そうだ。
生きるってことは厳しいことばかり。
『動物を殺さないで!』とか『殺すなんてかわいそう!』とかの、上っ面だけの動物愛護なんか役には立たない。
そもそも、僕が育ってきた次元では殺虫剤という物も一般的に使われているくらいだ。
ああいう物も『生存競争』の産物だろう。
「生まれてきたのが悪いのではない。負けるのが悪いのだ」
究極はそういうことだ。
生きるために殺す。
他の生き物を殺してでも住む場所を確保したり、動物を家畜として飼って食肉や乳や卵を取ったり、住む場所や食べ物になる家畜を脅かす生き物は害獣、害虫として殺したり。
こうして魔王として戦うのでなくても、どっちの次元でも、いつも何かを殺すことで生きている。
そうしなければ……生きるためという理由で殺されるだけだ。
「ならば! ここであたしらに負けて、死ね!」
あたしら。
ここに来て複数形、しかも撚翅自体はまだ、結界の中だ。
……ということは、つまり。
「何ヵ月も何もしないでいたと思ってるのかい? あたしが下僕を植えつけたのが、そこの猿一匹だけだとでも思うのかい?」
周囲にいる鳥や獣たちが、一様にこちらを見ている。
その眼光……いや、眼球そのものの中に、何かがいる!
眼球の中で動く寄生虫に操られて、森の動物たちが全部、僕たちの敵として集まって来ていた。
「この森は、ここの生き物は、もう全部あたしのもんさね! あんたらはむざむざその中に飛び込んできた! さながら《飛んで火に入る夏の虫》……まあ、冬だけどねえ! あひゃひゃ!」
森の生態系が全部撚翅にやられているのか。
確かに、これだと自分から危険の中に飛び込んだ格好になる。
「あの様子では、助けようにも助けられんであります。虫を取り除いたところで、食い破られてしまった頭は助からんでありますよ……」
「それに、あの数……了大くんのさっきの速撃ちでも、厳しいでしょ?」
こうなると、もうどうしようもないな。
……森については。
「私ではお手上げ……凰蘭さま、どうなさいます?」
「やれやれ。これならばベルリネッタを来させればよかったわえ」
『森を焼かずに撚翅を殺す』という目標については、もうどうしようもない。
ただし。
「すまぬのう、坊や。居場所探しが遅れた挙句、妾の下僕たる獣たちも鳥たちも寄生され、操られてこの有り様……これは妾の落ち度じゃ」
「仕方ありません。最後の手段をお願いします」
本意ではないけれど『森ごと焼いてでも撚翅を殺す』ことは、できないわけじゃない。
これだけは避けたかったけど、森の生き物はもう助けられないなら。
「そなた……今しがた《飛んで火に入る夏の虫》などとぬかしておったのう? 火に入る虫はどちらの方か、試してみるかや!」
「何言ってんだい! この数相手に勝てるつもりかい!?」
鳳凰の炎で焼き尽くせば終わり。
実は万一の際、最終手段として二言、三言だけは交わしておいた。
最悪の場合は覚悟をしてほしいと。
そして、今がまさにその『最悪の場合』だ。
もう焼き尽くすしかない。
「トニトルス殿も、すまぬのう。結界を代わってくれぬかや」
「よかろう。この広さならば、少し気合を入れるか……《半開》!」
トニトルスさんが魔力を解き放って《半開形態》になった。
初めて見るけど、あちこちに銀色の鱗が現れて、耳の上あたりから斜め上に角が生えてきた。
鱗は蛇の皮みたいに細かくて、角は雷のマークみたいにジグザグだ。
そして……
「決着を迎えずして、何人もこれに入ること、これより出ること、能わざるなり! 《雷の円天井/Thunder Dome》!」
……サンダードーム。
トニトルスさんの結界は、雷のドームだった。
いつもより多く解き放った力を使って、森全体をしっかり覆っているらしい。
「せめて、この森を汚さなんだら、楽に死なせてやったものをのう……!」
トニトルスさんからも凰蘭さんからも、滅茶苦茶に強い魔力をひしひしと感じる。
撚翅とでは……大きすぎる体を縮めて人間大に合わせるためじゃなく、小さすぎる体を大きくして不利を補うために《形態収斂》を使っているような虫とでは。
「ひっ……!?」
格が違う。
あまりにも違いすぎる。
二人とも、まだ本気じゃない……真の姿は見せてないのに、この強大な気配。
もちろん僕だって、将来的にはともかく今の時点では絶対かなわないだろう。
それほどの存在だ。
「つくづく愚かな虫であります。あの姉上をあそこまで怒らせるなど……」
鳳椿さんは僕らの守りについてくれている。
僕、愛魚ちゃん、猟狐さんが焼けてしまわないように、撚翅を閉じ込めている物やトニトルスさんの《雷の丸天井》とは別の結界を張ってくれた。
最初の案ではこれを張ってもらった内側で僕が戦う手筈だったけど、予定通りにはいかなかったからね。
「冥土の土産にとくと見せてやろう……機獣天動流が、天動奥義! 《鳳霊扇・楼華幻翔》!」
そして凰蘭さんの奥義が出た。
両手に一本ずつ持った扇を広げて、炎を纏って羽ばたくように舞う!
炎は草木に燃え移り、さらに動物たちにも。
全てを舐め尽くす炎で、辺り一面が火の海になってしまった……
あまりの火の勢いに、周りにあるもの全てが焼け落ちるのを見ていることしかできない。
これでもまだ、本気じゃないなんて。
「あひゃ……ひひ……」
そして、なまじ結界の中に閉じ込められていたばかりに。
撚翅は自分自身こそ焼けていないけれども、その様子を全部目の当たりにしたショックで錯乱しかけている。
「そなたははたして誰に楯突いたか、わきまえておらなんだようじゃから、最後にしっかりと言い聞かせてやろう」
いよいよ止めだ。
最悪の場合でも、僕が目立ちたいわけではないけど体制を固めるために必要な場合は、僕を全面に押し出してとは頼んである。
そうしないと他にも、魔王直属ではない魔物が反抗するからということで。
さて……
「この坊や……いや、こちらにおわすお方こそが妾の主様! 恐れ多くも真なる魔王、了大様に楯突いた罪……万死に値すると知れ!」
……いや、凰蘭さん?
ちょっと待ってください。
こちらにおわすお方こそって。
恐れ多くもって。
国民的時代劇ですか!?
もう、戦うとか僕の力を示すとかそういう話じゃなくなってませんか?
ここでそれはむしろギャグかと!?
「笑い話にもなりはせぬわ! 滅びよ!」
「はぎゃ!……あぉあ……」
そして撚翅自体も、あっさりと焼き殺された。
あの言い回しは……凰蘭さんとしてはギャグのつもりはなかったのか……
その後、森林火災については愛魚ちゃんに頼んで呪文で雨を降らせてもらおうと考えたけど……
「あの忌々しい撚翅の影響がどこに残るかわからぬ。かくなる上は何も残さぬよう、しっかりと焼き尽くしてくれよう」
……ということで特に消火活動はしないことになった。
延焼が恐いんだけど。
「我の《雷の丸天井》が効いておるうちは、火の手も外へは回りませぬ。これが効いておるうちは《門》も使えませぬが」
今回は術者が敵と認識したものを……この場合は撚翅と、その影響を受けたものを……焼き尽くすまで丸天井が解除されない。
丸天井はそもそも殺し合いの時に敵前逃亡を防ぐための呪文でもあるから、そういう効果があるんだそうだ。
「では自分の結界をこのまま使って移動するであります。森の外でなおかつ丸天井の中、という場所ならば大丈夫でありましょう」
鳳椿さんの結界で炎と熱を防いでもらいながら、歩いて森の外に出た。
結局、後は森林火災で焼けるに任せる感じだったので、戦闘らしい戦闘も危機らしい危機もなかった。
丸天井が解除された後、更に念を入れて焼け跡で魔力感知を精密にやり直して、何も残っていないのを確かめてから《門》で真魔王城に戻った。
終わってみれば、撚翅はただの雑魚と言うか、肩透かしと言うか……
予定通りに行かなくて丸焼きにしたのもあって、鳳椿さんはともかく愛魚ちゃんと猟狐さんは何をしに来たかわからないほど、さっさと終わってしまった。
まあ、手こずったり誰か犠牲者が出たり、負けたりするのに比べたら、その方がずっといいに決まってるか。
ラウンジでティータイム。
いつも通り、ベルリネッタさんが淹れてくれるお茶が美味しい。
問題は。
「はあ……」
凰蘭さんが浮かない顔ということ。
高飛車なところか理知的なところくらいしか見たことがないから、そういう風に落ち込んでいるのを見ると心配になってくる。
原因はだいたい察しがつくから、話しかけてみよう。
「すいません、凰蘭さんにあんなことをさせてしまって」
僕が命令したことだけど、森を全部焼き尽くしたのは愚挙……凰蘭さんも、本意じゃないと言っていた。
なのにそこまでさせてしまったのは、僕の……
「妾を見くびるでない」
……僕のせいだろう。
僕が、もっとしっかりしていたら……
「そして、自惚れるでない。あそこまで手を回されておったら、そなた一人がどうあがこうと誰も助からぬわえ」
……だとしても。
そこまで全部、凰蘭さんのせいにはしたくない。
「あそこまで手を回されぬよう、あのようなことが起こらぬよう、方々を見回って目を光らせるのが《鳥獣たちの主》のつとめなのじゃ……それができておらんかったのじゃから、妾の落ち度じゃ。そなたのせいには、せぬ」
「森ごと焼けと命令したのは僕です」
そもそも虫たちの反乱は僕がナメられていたから起きたことだ。
凰蘭さん一人に負わせたくない。
きちんと目を見て伝える。
「そなたは!」
「一人で抱え込もうとしないで!」
今回のことは、僕にも負わせてほしい。
一人で抱え込むだけのつらさは、わかるから。
「なっ……」
「本当に悪いのは撚翅です。その撚翅はもう凰蘭さんが仕留めました。救えなかった命も、殺すしかなかった命も……凰蘭さんだけのせいじゃありません……」
生きていれば、時にはどうしようもないことくらいある。
他人だけのせいだと押し付けるのでも、自分だけの責任だと思い詰めるのでもなく、分け合えれば。
そしたらきっと、楽なはずだから……
「ベルリネッタが言っておった。そなたは芯が強いと……そうか、そなたはそうやって女たちの心をつかんでゆくのじゃな……」
は?
いや、そういう話じゃなくて。
「この凰蘭、真なる魔王たる了大様に不惜身命の精神でお仕え致します。いかようにもお使いくださいませ」
は!?
急に凰蘭さんの態度が変に!?
ここまで下手に出られると逆に恐い!
「ほう! とかく気位の高いこの姉上にそこまで言わせるとは、たいしたものであります。さすがでありますな」
鳳椿さんもそれでいいの!?
確かに、魔王としてはこうなるべきなんだろうけど、大丈夫かな……
◎飛んで火に入る夏の虫
光に近づく習性で火に向かって飛んで来た夏の虫がその火で焼け死んでしまうことから、自分から進んで災いの中に飛び込むことのたとえ。
結局、了大の出る幕がありませんでした。
次回以降、新キャラを出しつつ打開策が提示されます。




