67 頭隠して尻『隠さず』
バトル方面に展開していきます。
以前から名前が出ていた《撚翅》と、いよいよ決着をつけます。
十二月に入った。
いよいよ冬の真っ只中。
「ふうー……」
電子文明と真魔王城との往復生活の中でも、毎日欠かさずナイファンチの時間は作るようにしている。
まだ一ヶ月くらいだけど、一日も休まず続けただけあって、型はだいぶ覚えてきた。
今日は鳳椿さんとトニトルスさんに見てもらっている。
「我からは特に問題ないようにも見えますぞ。鳳椿は?」
「うむ……」
ナイファンチを取り入れ始めたのは鳳椿さんだから、トニトルスさんが気づかないことも鳳椿さんなら気づくだろう。
何かありそう。
「確かに型は覚えられたようでありますな。しかし、まだ気が逸っておられるように感じるであります。型を覚えることや、覚えた型をなぞることに意識が取られておられるのでは?」
図星だ。
確かに『早く覚えなきゃ』という意識はあった。
そういうのも型に現れちゃうのか。
「こればかりは仕方ないことであります。自分とて最初は似たようなものでありました。結局はひたすら反復、身体で覚える。これに尽きるでありますよ」
「はい」
魔力の循環と同じだな。
意識しなくても使えるように、身体に覚えこませるしかないだろう。
「型と言えば……機獣天動流開祖の麗虎様、でしたっけ? その方はどういう技を使われてたんです?」
開祖はどういう技を使ってたのか。
何か伝わってないのかな。
「さあ?」
「我もその頃は、ようやく《形態収斂》を覚えたばかりという程度の半人前でしたからな」
ないらしい。
せっかく師弟関係なら何か教えたらいいのにとは一瞬思ったけど、トニトルスさんが半人前だった頃って……
そんな昔の人なのか。
「誰にも向き、不向きがありますからな。『教えたところで無理』という技だったのやもしれませぬ。それよりもリョウタ殿はナイファンチを……ん?」
「この魔力は!」
強い火と天の魔力が揺らいでいる。
鳳椿さんの魔力にそっくりだけど、鳳椿さんじゃない。
ここにいる三人より少し離れたところに現れたのは。
「鳳椿にトニトルス殿……おお、坊やも一緒じゃったか。丁度よい」
「姉上!」
鳳椿さんの姉、凰蘭さんだった。
この人は神出鬼没だ。
「ようやく具体的な位置が絞り込めたゆえ、打って出るとしようかの。虫どもの頭……《撚翅》を、潰す」
いよいよだ。
蜂を操り、勇者をそそのかし、そしてまた僕たちを狙っているらしい敵。
避けては通れない戦いが始まる。
緊急の作戦会議が開かれた。
《不死なる者》はベルリネッタさん。
《鳥獣たち》は凰蘭さん。
《悪魔たち》はヴァイス。
それぞれの《主》が顔を出した。
電子文明の次元で社長として多忙なアランさんは出席こそできなかったものの。
「はひっ、がっ、がんばりまふ」
娘である愛魚ちゃんに《水に棲む者の主》の全権を委任して出席させてきた。
本人がガッチガチに緊張してるけど、そんな愛魚ちゃんを見るのは初めてで新鮮だな……
なんてことを考えてる場合じゃないか。
以前、その存在だけは話に聞いた《生きた工芸品》は、やはり欠席。
採決などについては棄権として扱われるそうだ。
まあ、あの勇者の剣にべらべら喋られても困るからいいか。
そして《龍の血統の者》はと言うと……
「めんどくさー……」
カエルレウムだった。
こういう時は持ち回りって言ってたっけ。
やる気なさそうだな。
それはさておき、会議を始めよう。
「かねてより撚翅めは、大きな森の中のどこかに潜んでおるとはわかっておった。一口に森の中と言っても広いゆえ、具体的にどことまでは今までわかってはおらなんだが、ようやくつかめた」
なるほど、それで打って出ることにしたのか。
凰蘭さんに話を続けてもらう。
「本来ならばその森にはおらぬはずの虫、それも冬を越せぬはずの虫が、木の中で越冬しておる……という報告が上がってのう。いかにも寄生虫の宿主にままある症状であるがゆえに、その木を中心に結界を狭め、外に出られぬようにさせておる」
越冬。
冬になるまで見つけられなかったけど、冬になったら見つけられたというのは、そういう習性を利用して調べたからなんだな。
「撚翅は外に出られないように結界の中……それって、外から手出しできるんです?」
「そのままでは無理じゃ。しかし、目的の木に着いたところで同じ結界を大きめに張り直し、今ある結界を解く。さすれば、結界の中でだけ戦えるからのう」
結界……この用法なら、言うなれば檻とか虫籠とかみたいなものだ。
より大きな檻が外側にあるなら、内側の小さい檻は撤去しても変わらない、みたいな。
「それでは、具体的な戦術について……まず僕の意見を述べてもかまいませんか」
さて、こういう時はまず僕がしっかりしないとダメだ。
でないと魔王としてみんなについてきてもらう資格がない。
皆も聞いてくれるようなので続ける。
「まず、凰蘭さん、鳳椿さん、イグニスさんは全力を出せないと思います。この三名は火の属性ですから、森林火災を避けるなら全力では無理かと」
「うむ、その通りじゃ。森の生きとし生けるものを焼き尽くすのは、妾の本意ではないからの」
これはハロウィンで会った時にも言われてた。
森の自然や生態系を滅ぼしてしまうのは良くない。
「こちらにそのつもりがなくても、向こうが森に火を放つことがあるかもしれません。愛魚ちゃんは水の属性なので、来てもらうことにしようかと」
「はう、あ、うん、はい」
「定石じゃな。よかろう」
具体的に愛魚ちゃんが戦闘に参加してるところは見たことがないし、できればさせたくないとは思うし……とはいえ、私情を挟んでばかりもいられない。
必要な能力を持つ人は必要な時と場合に使う。
「ヴァイスは……今回、相手に対する効き目が薄い、かな?」
「そうですねえ。夢を見るにもそれ相応の知能が必要ですから、撚翅本体ならともかく、本能と習性で動く手下の虫には効かないかと」
『夢を見るにもそれ相応の知能が必要』か。
いい言葉だ。
訳知り顔で『虚構と現実の区別が』だの『漫画の読みすぎ』だのと説教してくる奴に言ってやりたい。
……今はそういう話をしてる席ではないけど。
「ではヴァイスは留守番、ここの守りに回すとして……ベルリネッタさんに来てもらうとしましょう」
「駄目じゃ。それはまかりならん」
ベルリネッタさんに来てもらおうと思ったら、ダメ出し。
何がいけないんだろう。
「わたくしの力の真髄は、命あるものに対する絶対的な『殺し』の力です。森の中という命あふれる場所でそこまでの力を振るえば、草木は枯れ果て、動物たちはことごとく死に絶えることでしょう。それでは火を放つのと大差ありませんので」
絶対的な『殺し』の力……
なんと言うか、すごそうな話だ。
となるとベルリネッタさんも留守番だな。
「カエルレウムとルブルムは、僕も知ってる『合体技』がありますから、ここはまたそれを使ってもらおうかと」
「《輝く星の対なる道》だな! いいぞ!」
シャイニングスターツインロード。
クゥンタッチさんが治めている城下町が蜂だらけにされた時、一匹残らず蜂を駆除したのが、その合体技だ。
「わたしを頼るとは、りょーたも人を見る目が養われてきたようだな! よしよし!」
自信満々すぎる。
逆に不安になるだろ……
「いや、悪くはないがのう? それでは十中八九、坊やの出る幕はないぞよ? 坊やが力を示さぬから舐められておるこの状況で、それで済ませてしまうのはどうじゃろうのう……」
ダメ出し・パートツー。
確かに、それだと『双子の《聖白輝龍》はすごいけど、別に魔王はすごいわけじゃないよな?』ってなっちゃうか。
「うーん……結局、結界に閉じ込めて逃げられないようにはしてあるなら……僕が直接殺すつもりではいますけど、トニトルスさんには来てもらおうかなと。バックアップとか、立会人的とかの意味で」
「ふむ……」
トニトルスさんの属性は、天と地だったかな。
複合させることで生み出す雷撃ばかりが取り沙汰されやすいけど、個別に属性を使えば森の中でも存分に戦えるだろう。
「まあ、そのあたりが妥当じゃろ。油断は禁物じゃが、大した敵ではない……早々に済ませるぞよ」
話はまとまった。
主に仕掛けるのは僕。
結界を張ったり解いたり維持したりといったコントロールに、凰蘭さんと鳳椿さん。
トニトルスさんは全体を見渡しつつ遊撃。
愛魚ちゃんはそれらの補佐と、火災の時には消火。
そして、愛魚ちゃんの護衛に猟狐さんを。
幼女勇者の時には愛魚ちゃんをさらわれてしまったから、同じ失敗は避けたい。
候狼さんはまた『猟狐ばかりずるいのでは!』って言ってたけど……
「森の中……狭い場所で刀は思うように振り回せない。取り回し優先」
……ということで猟狐さんになった。
また今度、候狼さんには埋め合わせをしよう。
そして、やって来たのは森の中。
この次元では精密に測量をしたり具体的に地図を描いたりといった地理的な事業はあんまり発達していないそうで、単に『森』としか呼ばれてないらしい。
町から見て北にあるから北の森とか、西にあるから西の森とか、そういう相対的な見方が多いとのこと。
まあ、それはいいや。
とにかく、撚翅が越冬しているという木を目指して進む。
この森に住んでいる猿を凰蘭さんが使役して案内させているから、道順はその猿の後をついて行く。
申し訳程度に獣道はあるけど、本当に申し訳程度だから、歩きやすくはない。
これも修行と思っておこう。
「ウキ、ウキッ」
「着いたようじゃな」
猿が鳴き声を上げて指し示す先を見ると、一本の木が赤い半透明の壁に囲まれている。
ガラスかアクリルの板みたいに見えるけど、あれは魔力だ。
結界か。
「あまり出来のよい結界ではないのう。もう少しもてばそれでよいとはいえ……逃がさなんだだけ、よしとするかの」
「そうでありますな。あの、皮を剥がされたあたり。穴が空いているであります」
木に穴が開いている。
虫食い穴だ。
ちらりと虫の腹っぽいものが見える。
「ほほ。まさに《頭隠して尻隠さず》じゃのう。隠れきっておらぬわえ」
この木と僕たちを囲う結界を新しく張って、それを凰蘭さんと鳳椿さんが維持。
今ある結界をトニトルスさんが解くと同時に、僕が《ダイヤモンドの弾丸》をひたすら浴びせて殺す、という打ち合わせをしてきたけど……
「では、お願いします」
「とくと見ておれ、鳳凰の結界!」
……そんなに簡単に終わるものか?
おかしくないだろうか。
撚翅が傀儡にしていた、人型になれる蜂が勇者と一緒に処刑されたのが夏休みの中盤、八月。
その後、最近まで音沙汰がなく時間が過ぎて、今はもう十二月。
時間はたっぷりあった。
僕らが攻めてくることくらい、予想も覚悟もしていたはずだ。
それなのに、この木の中でのんびりと寝ていて、それを凰蘭さんに報告されても結界に閉じ込められても、動こうとしないなんて。
おかしいだろう。
「愛魚ちゃん?」
「ん……なあに?」
この面子なら、真っ先に狙われるのはきっと愛魚ちゃんだ。
仮に僕が撚翅の立場ならそうする。
絶対と言ってもいい。
そして、もしも僕ならだけど、この状況で手を打つとしたら。
予想したところで、魔力の感知に改めて意識を回す。
電子文明の次元の希薄な魔力とかショッピングモールの雑音とかで鍛えた感知だ。
無意識にだいたい感知するのではなく、ごく小さな魔力まで精密に感知する。
これをやると、いわゆる『情報量』が激増して疲れるから、なかなか使える手ではないけど、今は使うべき時だ。
よく集中して……
そこだ!
『《ダイヤモンドの弾丸》!」
感知できた、ごく弱い闇の魔力に向けて《ダイヤモンドの弾丸》を撃った。
再現されたフリューとの戦いで鍛えて、準備時間も詰めてすぐに撃てるようにした『早撃ち』が……
「ギャキッ!」
……捉えたのは、僕たちをここまで連れてきた猿の頭。
やっぱりそうだった。
木の中にいる、腹を見せてしまっている虫は、囮。
その囮に釣られているうちに、猿を使った不意打ちを仕掛けるつもりだったんだ。
「なんと!?」
トニトルスさんすら気づいていなかったらしい。
それほどのかすかな魔力だった。
頭を割られて倒れ、地面にぶちまけた血と脳の中から、何かが動き出す。
『それ』が撚翅の本体か!
◎頭隠して尻隠さず
敵に追われた雉が、草むらの中に頭を突っ込んだだけで隠れた気になっていながら実際には尻が見えていることから、自分の悪事や欠点の一部を隠しただけで全部を隠した気になっている愚かさのこと。
寄生させて操るということで、まあ常套手段かなと。
貧弱な虫の体ですが、宿主操作で強さを発揮する敵です。




