07 能ある鷹は爪を『隠す』
前フリや説明を経て、やっとラブコメができるようになってきました。
それともう少し説明の回。
「……しん、まおうじょう……?」
富田さんがきょとんとしている。
そりゃそうだ。
「な、なんかね! 勉強しに行く?……のかな?」
真魔王城とか別の次元とか平気で言い出したら、なんかアレな人みたいだ。
この場はなんとかごまかさなくちゃ。
「りょうた様には各所の見学と座学、それと場合により、実地訓練も……今週末はお忙しくなりますので、皆様と行楽というわけにはまいりません」
ベルリネッタさんがたたみかけてくる。
来い、ってことね……
「それと、まななさんはまだご存知でない事柄が多いご様子……一度、お父様とゆっくりお話をされるのがよろしいかと」
どういうことだろう。
それも、阿藍さんと会って話した内容のうちなのかな?
「へー、やっぱフカミインダストリ社長令嬢ともなると、交際相手も猛勉強が要るのねー」
それで富田さんは納得したようだ。
少し長話になってしまったけど、元々早めの時間の電車で来ていたので、余裕を持って教室まで着いた。
ベルリネッタさんは、さすがに学校の中までは着いてこなかった。
とはいえ……
「深海さんと付き合うだけじゃ飽き足らず、美人のメイドだと!?」
「ハーレムじゃねーか!」
「ふざけんな! 爆発しろ!」
……ベルリネッタさんを目撃した男子生徒からの憎しみの視線は、ひしひしと痛感したけど。
放課後。
いつだったかの僕に殴りかかってきた運動部らしい奴の件とか、今朝の愛魚ちゃんの表情とかで、どうやら……
『真殿了大に手を出すと、深海愛魚にひどい目に遭わされる』
……という噂が一人歩きしているらしいのがわかった。
まあ、何もされないならそれに越したことはないか。
「りょうた様」
ベルリネッタさんが校門に立っていた。
そのまま一緒に電車に乗る。
「お荷物を置いて、動きやすい服装にお召し替えを済まされましたら、本日より早速」
例の真魔王城に行く算段だ。
「あー、一応……スマホは不可ですか?」
一応聞いておこう。
「お持込み自体は可能ですが……通信と充電は不可、並びに故障及び破損の責任は負いかねますこと、ご了承くださいませ」
コンセントにアダプタ挿してー、なんてインフラは別次元にはない。
ましてや、別次元まで電波が届くわけはないのだ。
「じゃあ今のうちにファイダイだけログインしとこ……りっきーさんにエール返しして、っと」
ゲームアプリを起動。
ファイダイ……《ファイアダイヤモンドファンタジー/Fire Diamond Fantasy》。
このゲームから知り合った《りっきー》さんには、他のSNSでもフォローしあっていろいろお世話になっている。
学校の愚痴を聞いてもらえたり、ゲームのいろんな情報を教えてもらえたり、騎士ユリシーズ……くっころ乳騎士のエッチなイラストを送ってもらえたり、くっころ乳騎士がいろんな目に遭うエッチな妄想の話をしたり。
「了大くん、ほんとそのキャラ好きだよねー……やーらしい」
愛魚ちゃんが半目でこっちを見ている。
お気に入り指定にされて大きく映った騎士ユリシーズが、視界に入ったらしい。
……露骨に不機嫌だ。
「独占欲も程々になさいませ」
そんな愛魚ちゃんを、ベルリネッタさんが露骨に挑発する。
「今朝、ご学友の方もおっしゃってましたよね。『一歩引いて尽くす女の方が、殿方の好みなのだ』と」
富田さんの台詞だ。確かに言われてた。
「りょうた様の幸せの為ならば、他の女の一人や二人、何程のものでしょう。わたくしは一歩でも二歩でも、百歩でも譲ってみせましょう」
いやいや、さすがにそこまではしませんよ!?
……少しならするのかと言われると、正直自信がないけど。
「我が物顔で束縛するくらいなら最低限、貞操くらい捧げてからにしてはどうです」
「なあっ!?……て、てて、貞操って……せ……せっ……」
『貞操』という言葉に、愛魚ちゃんは硬直する。
まだ始まったばかりというのを差し引いても、愛魚ちゃんとは父親の阿藍さんに聞かれても恥ずかしくないくらい清い交際だけ。
最後の一線どころか、キスだってまだだ。
「わたくしは今の所はお断りされているだけで、りょうた様がそれをお望みになるなら、いつでも応える所存ですよ」
いっぱいいっぱいの愛魚ちゃんと、平常心のベルリネッタさん。
精神的な余裕はベルリネッタさんの方がぶっちぎりで勝っている。
「悔しかったら、どうなさいます? お父様にでも言いつけますか?」
「ぐっ……く……」
結局、それきり黙りこんでしまった愛魚ちゃんは、電車が停まるとすぐ一人だけ足早に降りて、無言で帰ってしまった。
「あと少し力を入れれば、簡単にへし折れそう……あれは温室育ちの花、父親に甘やかされすぎですね」
ベルリネッタさんの総評が手厳しい。
「ご容赦くださいませ。只今のことは、りょうた様の為でもあります」
どういう意味だろう。
「臣下としてお仕えするだけならば、あれでもかまいませんが……お側に寄り添い並び立ちたいというのであれば、あんな幼稚なことでは困りますので」
あえて厳しく当たって、あれでベルリネッタさんなりに愛魚ちゃんを成長させたいということか。
「憎まれ役は請け負いましょう」
深い。
家に帰って学校の鞄を置き、楽な服装に着替えてきた。
スマホは電源を切って、一応持ってきている。
しばらく歩き、例の公園で人目に付きにくい場所を選び……
「《門》!」
……また、あの光る板状の門――ポータル――が現れた。
「それではまいりましょう」
門をくぐり抜けた……と思った途端に、突風が巻き起こる。
「わっ! 何!?」
何かが通り過ぎたような感覚に振り向いて空を仰ぐと、次は鳥とも蛙ともつかない生き物の鳴き声。
その鳴き声の中心には、コウモリのような膜の翼で空を飛ぶ、トカゲのような生き物。
ゲームや漫画で見たことがあるイメージにほぼ合致するそれは……
「ドラゴン……!」
……ファンタジーの王道的存在、ドラゴンだった。
「ああ、あんなものは所詮、我らが軍団では雑兵にすらなりません。真の姿というものは、往々にして隠すものです」
真の姿を隠す。
モンスターが人間の姿になったり、人間がモンスターの姿になったり、かな?
「変身する……とか、ですか?」
「ええ。我々は《形態収斂/Form Convergence》と呼んでいます。我らが軍団の者は皆、できて当たり前ですが」
なるほど、そういうのもファンタジーというジャンルでは王道だ。
「さて、前回は内側から二部屋と、廊下を少々しかごらんいただけませんでしたが……本日はまず、外からごらんくださいませ」
ベルリネッタさんが右腕全体で指し示したその先にあるものを目の当たりにして、僕は呆気にとられた。
「我らが軍団の本拠にして、りょうた様の居城……真魔王城でございます」
天にそびえる偉大なる城。
濠は広く深く、壁は厚く高く、壁の曲がり角では尖塔が外敵を睨む。
そしてとにかく全体的にデカい。
あとは説明不要。
いや、ちょっと待とう。さっきなんて言った?
「……誰の城ですって?」
「りょうた様の居城でございます」
この巨大な城が僕のもの。
意味がわからなさすぎて、つい呟いてしまった。
「…………うそん」
少し歩き、城の門がある所まで来た。
深い濠と跳ね橋が上がっていて通れないが、向こう側には門番が二人いる。
そこにベルリネッタさんが手振りで合図をする。
門番の人が何か仕掛けを操作して、金属音と共に、鎖でつながれた跳ね橋が下りてきた。
「お待たせいたしました」
跳ね橋が完全に下りるまでいくらか待たされたけど、何もかもが新鮮すぎて、そんな時間は全然気にもならない。
「ベルリネッタ様、お帰りなさいませ」
「して、その少年は」
門番が聞いてくる。
得体の知れない者をホイホイと城に入れていたら、門番の意味がないからな。
「近々、全員を集めてお知らせします。今は『この城に入るべきお方』とだけ認識しておいてください」
「承知いたしました」
ベルリネッタさんの説明で、あっさりと門を通過できた。
しかし、ついつい見ちゃうけど……
門番の人まで巨乳美女だったのは、さすがにわけがわからないかも……
「本日は実例の提示を交えまして、先程お話いたしました《形態収斂》についてのみ座学を少々、その後は夕食をお召し上がりいただきながら、同時にテーブルマナーの学習といたしましょう」
そして城の中、内装も王道的な様式。
絨毯やシャンデリア、紋章が入ったペナント、調度品……
そのどれもが最高級と呼べる品質であり、それでいて装飾は適度に抑えられ、落ち着きがある。
広い場内を歩き、他よりも厚い感じがする両開きの扉の前で止まった。
「こちらが《書庫/Library》でございます」
入ると、とても広いはずの室内にたくさんの本棚が立ち並び、むしろ狭く感じてしまう。
窓はなく、明かりが届かない場所は見えないほど暗い。
学術や研究に没頭するための場所でもあるということで机や椅子があって、前回会った黎さんと幻望さんがいる。
図書館で勉強する感覚で、椅子に座った。
「座学につきまして、教師となる者は只今呼び戻している最中ですので、本日はこちらの本のみを」
厚めの本を一冊、ベルリネッタさんが出してきた。
けど……
「次元が違うんじゃ、言葉も違うんじゃありません? 読めないんじゃ……?」
……表紙にはやっぱり、なんだか知らない文字。
読める気がしてこない。
「読めるか読めないか、まずはお試しください」
ベルリネッタさんがそう言うなら、読んでみるか?
そう思った途端、表紙の文字が日本語に見えるようになってきた。
《形態収斂の秘儀とその修得についての解説》
「……読めそうですね」
「はい。読もうとする当人の意思に応じて、その記憶にある言語に変換して感じ取れるようになります」
どうせ語学でつまづいて、やっぱりダメじゃん不合格、とかなんとか言われるかと思って心配してしまった。
「ちなみに、話し言葉も同様でございます。この本の、中ほどにもございますが……」
僕の左側からベルリネッタさんが近づき、寄り添うように本を開いた。
ベルリネッタさんの手が、ちょうど本を開こうと思っていた僕の手に触れる。
ちょっと冷たいかもしれないけど、柔らかい手だ。
「ええっと……あら、もっと前の方の段落でしょうか……」
と言って僕にさらに近づき、ページを前後させるベルリネッタさん。
おっぱいが!
左腕におっぱいが!
「ああ、はい、こちらのページですね。《形態収斂》の利点」
《形態収斂》という能力を身につけ、変身することのメリットがまとめられたページが開かれた。
人間の体格に統一することで、建物の寸法も統一でき、人間と同じ品でまかなえるようになること。
種族ごとの体格の差や環境に対する得意・不得意を解消し、不公平を是正すること。
優劣の決定を生死ではなく、儀礼的な闘争のみにとどめる際にも都合がよいこと。
潜在的な魔力を隠したり温存したりできること。
これを使えるか使えないか自体を基準として、力量の劣る者をふるいにかけられること。
「ここまでお越しいただく経路からこの本に至るまで、あらゆる物が人間大に合わせられていた理由、ご理解いただけましたか」
なるほど。《能ある鷹は爪を隠す》だ。
それなら『魔王の城なのに人間サイズなのかよ!』と言われても、納得できそう。
「では、いよいよ実例の提示でございます。幻望さん、黎さん」
僕の前にメイドが二人並ぶ。
両者とも若干離れて、周囲に空間があるかよく確認しているようだ。
「「《半開形態/Partial Mode》!」」
かけ声の後、二人の両腕がコンピュータグラフィックのモーフィングのように歪む。
「え……え!?」
目の前で起こったのに信じられなくて、目を疑う。
幻望さんと黎さんで色や柄は違うが、二人とも両腕が鳥の翼に変わっていたのだ。
「この城に常駐要員としてお仕えする者は皆、形態収斂で真の姿を隠せる者たちの中でも、選りすぐりの精鋭なのです」
黎さんと幻望さんは腕を……いや、翼をひらひらと舞わせて、僕に見せている。
「では、改めまして自己紹介を。《黎明のセキレイ/Dawn Wagtail》、黎です」
「《幻覚のチョウゲンボウ/Hallucination Kestrel》、幻望ですわ」
黎明のセキレイと、幻覚のチョウゲンボウ。
両翼を人間の腕に戻すと、二人は深々とお辞儀をした。
……このインパクトあふれる自己紹介は、忘れられそうにないな。
◎能ある鷹は爪を隠す
有能な鷹は獲物に知られないように普段は鋭い爪を隠しておくことから、いざという時にだけその真価を発揮するということ。
ファイダイってのは要するにグラブルみたいな流行のガチャありゲーです。
ファンタジーのご都合主義あるある展開に少しだけ言い訳する回でもありました。
次回はベルリネッタの過去バナも。