65 性根が『腐ってる』奴
システム説明がやや多いですが、了大がナイファンチの稽古を始めて戦闘能力アップイベントをこなしていきます。
あと、そのつもりはあんまりありませんでしたが、奇しくも改元一発目の更新が『魔王の代替わり』の説明回に。
『イチャイチャパワー』という一見ふざけてるような用語で、意外に重要なことが説明されてしまった。
魔王である僕との接触……キスとか、エッチとか……そういうので、魔王輪から出てくる僕の魔力を得ると、魔物としての格が上がったり力が増したりする。
そして時には、単なる鍛練だけでは覆せない力量の差になることさえあるようだ。
だから、僕はどんどんエッチして、相手の子の力や格を高めることが奨励されるらしい……
僕はいろんな子と公認でエッチできて、食べ放題。
相手の子はレベルアップして、もっと強くなれる。
これだけ見るとお互いに得をしている『ウィンウィン/Win-Win』のようではあるけど、どうにも話がうますぎるような。
他に何かないか、聞いてみよう。
「いやはや……何しろ、魔物でも何でもない人間が、それもこちらから見て別の次元の人間が魔王輪を持って生まれるというのが、そもそもの異常事態でありますからな」
「確かに。先代の魔王と勇者の相討ちが原因ではありますが、このような事態は我が知る限りにおいて初めてですぞ」
僕は異例すぎて、経験談があまり役に立たないらしい。
鳳椿さんにもトニトルスさんにもわからないとなると、困ったな。
「普通なら、どうなんですか?」
「うむ。普通であれば魔王が崩じた直後、どこかの母親の腹の中か卵の中の子に魔王輪が移る場合と……生前のうちに秘儀をもって魔王の座と魔王輪を譲る場合と、ですな」
生きているうちに他の人に譲ることもできるのか。
でも、それって僕の意志に関わらず魔王をやめさせられて、皆とはこれっきり、なんてことも……
「とはいえ、秘儀にて魔王輪を譲れる相手は自らの血を分けて生み出した相手……実子か使い魔に限られまする。勇者から勇者輪を奪った件は、魔王輪と勇者輪が引き合う性質によりますからな。また別の話ですぞ」
……一応ないらしい。
よかった。
そりゃ、そんなシステム上のセキュリティホールみたいなのがそのままになってたら困るもんな。
体制側のトップである魔王としては秘儀にそんな『穴』を残しておくわけがないか。
「そう言えば、りょーくんは使い魔はまだ生み出してないね」
って、使い魔って作るものなの?
良さそうな相手を呼び出して使役する、っていうのをゲームやアニメなんかで見たことがあったけど。
「そういう『契約型』の使い魔もおりますが、魔王は使い魔を生み出す『生成型』の方が断然良いですぞ。契約型は契約が切れればあっさり裏切ることすらありますが、生成型は決してそのようなことはなく、むしろ緊急時に自分の魂と魔王輪を移す『分体』としても使えますからな」
分体!
そういうこともできるのか。
やっぱり僕は魔王として、知識も武術もまだまだ足りない。
「使い魔はぜひ生み出しておいた方が良いであります。魔王とはとかくその命を狙われやすい立場……生前に退位を済ませて隠居生活に入られたのは、ええと、前回は……そう! 五代前の魔王であった《覇王魔龍》であります!」
「《黒き者》のご隠居だな。同じく《覇王魔龍》であった娘に全てを譲って隠居したお方だった」
なんだか話が脱線し始めてきてる。
昔の魔王の話はあんまり参考にならなさそうなんだけど。
「退位の話はさておき……今日教えてくださったのが機獣天動流ではなかったなら、じゃあ機獣天動流ってどういうものなんですか?」
話を戻そう。
僕は今、少しでも強くなりたい。
「我らが開祖である《麗しき虎/Beautiful Tiger》の《麗虎》様曰く、機獣天動流に難しいことは何もなく……そもそも機獣天動流に決まった型や奥義といったものは存在せず」
型や奥義がない?
それは流派なの?
「戦いに勝つためには要するに、攻防において自分の魔力を無駄なく効率的に乗せて当てること。そしてそもそも魔力を乗せても乱れないように、基本的な要素をこそ徹底的に磨くという理念こそが、機獣天動流のありようなのであります」
基本をこそ徹底的に磨く?
それって……
「なので武器の種類も特に制限はなく、無手……空手もその範疇であります。そして《内歩進》という基本をひたすら磨く琉球空手は、機獣天動流の理念に相性が良いと感じているのであります」
……結局はそうか。
基本をひたすら磨いて、基本に帰結するしかない。
「使い魔の話もまた今度にしましょうか。まずはナイファンチの稽古を積んで、覚えるようにします」
使い魔を生み出すとか退位する時とか、いろんな説明は今はいいや。
魔力の循環と内歩進を鍛えよう。
「しかし、おそらく人間の体では魔王輪の魔力を十分には発揮できますまい。凰蘭殿の《鳳凰の再誕》の効果は、あくまでも再生と不老ですからな。一定以上の魔力には、体が耐えられぬかと」
「やっぱり、りょーたは人間をやめる必要があるな!」
魔力については、引き出す魔力が多すぎると体が耐えられないのか。
やっぱりまずはナイファンチだな。
次元を行き来する往復生活は続く。
学校が終わって、放課後。
すぐには帰らないで、校舎裏のあたりで。
「せいやッ」
僕はナイファンチの型の稽古をしていた。
より『内』へ『歩』みを『進』める、と書いて、ナイファンチ。
流派によっては当てる漢字や呼び方が違うそうだけど、基本動作としてはどこの流派もほぼ共通らしい。
ルブルムに撮ってもらっていた模範演武の動画も送ってもらって手本にしながら、あれから毎日必ず練習時間を作るようにした。
そして、体に魔力を循環させる方の修行も欠かせない。
「ふうー……」
だいたい一時間くらい経ったのかな。
一定の動作を経て最初に戻る、型の繰り返しをずっとやっていたら、もう冬なのにけっこう体が暖まっていた。
そろそろ今日は帰るか……
「了大くん、お疲れ様」
愛魚ちゃんがタオルとスポーツドリンクを用意してくれていた。
どちらも、汗を流した体には欲しいアイテムだ。
ありがたい。
「ありがとう。でも、見てるだけで退屈じゃない?」
愛魚ちゃんは僕が稽古していた間、ずっと見てただけだった。
図書室で本を借りて読むとか、別の用事を済ませるとか、そういうのをしていてもいいのに。
「ううん、私が『見ていたい』んだから」
愛魚ちゃん本人がそれでいいのならいいか。
スポーツドリンクを一気に半分くらい流し込んで、一息つく。
「けっ、見てらんねえなあ」
「彼女の前でカッコつけようってか?」
そこにやって来たのは、体格のいい男子生徒が数人。
そして、全員が畳んで束ねた空手着を持っている。
空手部か。
それならまあ、見てられないという部分はわかる。
何しろ僕はまだナイファンチを教えてもらったばかりで、型もたどたどしいからな。
きちんと身についてないから、空手部員からすればあちこち変だろう。
「困るんだよなあ。空手部員でもねえ奴が勝手に型の練習なんてよう」
「は?」
でも、勝手にという部分は理解できない。
むしろ空手部員でないからこそ、いちいち指図を受ける必要はないだろう。
ナイファンチについて指図を受けて勝手なことはできないというなら、それは鳳椿さんの許しを得ていないという意味でだ。
拳を他人に振るっていいとは許されていないけど、それ以外は単に型の稽古をしっかりやるように言われただけ。
校内のどこを使うか、いちいち指図されることじゃない。
「目障りなんだよ! チャラチャラしてるくせして空手もなんてよ!」
「知ってんだよ。そこの深海さん以外にも、いろんな女と付き合ってるってな」
他の女云々はどうでもいい。
どうせ、学校で流れてる噂以上のことなんか何も……それこそ、ほんの一部分しか知らないだろう。
そんな事より、寄ってたかってというのが気に入らない。
こういう時に現れるのはつくづく《性根が腐ってる》奴ばかりだな。
「なあ、深海さん。あんた、こいつに騙されてんだよ。こんな奴とは別れちまえよ」
「そうそう。俺ら空手部のマネージャーになってほしいんだよ」
身の程をわからせるには空手で立ち向かうのが一番だとは思うけど、覚えたばかりの力で調子に乗ると痛い目を見る。
それこそフリューの時のように。
一方、覚えたばかりじゃない力……呪文の類は、手加減がまだ難しい。
さて、どうしたものかな。
「ほう? 空手ならば是非とも『お稽古拝見』したいものでありますな?」
って、鳳椿さん!?
いつの間に……って《主》クラスならそのくらいは当たり前か。
「よく手を出さずに我慢しましたな、了大殿。生兵法は……」
「いえ、それはもう別の人に言われましたから」
やっぱり、覚えたばかりのナイファンチで喧嘩はダメだよね。
鳳椿さんに叱られるか、最悪の場合『破門』されるか、って予想したから気をつけてたんだ。
「何だ、てめえ!」
「校外の奴が勝手に入って来てんじゃねえぞ!」
この事態に空手部員は全員立腹。
そりゃそうか。
どうせ、思い通りにならなければ暴力に訴えようと……空手をそんな事にしか使えない程度の奴らだ。
「了大殿。ここは自分が。了大殿が負けるとは思いませんが、学校からの罰則処分が来ては、愛魚殿共々ご面倒でありましょう」
鳳椿さんが小声で僕に提案してきた。
確かに。
学校から見れば鳳椿さんは部外者だからともかく、僕と愛魚ちゃんはここの生徒だから停学とか退学とかを言い渡される恐れがある。
うん、鳳椿さんにお願いしてしまおう。
「自分は通りすがりの『道場破り』でありますよ。時間も勿体無いので、全員で束になって来ればいいであります」
おお、挑発してる。
あくまでも相手に手を出させちゃいたい考えか。
「道場破りだあ!? ふざけんな!」
「かまわねえ! やっちまえ!」
「うおおお!」
あっさり挑発に乗って襲ってきた!
しかもいかにも雑魚っぽい!
まあ、鳳椿さんなら何の心配もなく、あんな奴らじゃ話にもならない。
「がぎゃっ!」
「げぶっ!」
「ごほっ!」
あっさり撃退。
先に手を出してきたのはあっちだから、心配なんかはしてやらない。
何か言われても、大事を取って愛魚ちゃんと一緒にスマホで動画を撮ってるからね。
それを証拠として出せば、鳳椿さんの方も安心だろう。
「さっきは『お稽古拝見』と言ったものの……稽古を積んでいるようにはまるで見えんであります」
いやいや、鳳椿さんとは文字通り『次元』が違うよ。
せめて比べるのだけは勘弁してやるか。
って!
鳳椿さんの闘気というか魔力がなんかヤバいぞ!?
「今のことは録画してある! お前らが先に手を出したのは証拠を出せるからな!」
「くそ! 行くぞてめえら!」
死人が出る前に、証拠だけ押さえて追い払っておこう。
二度と僕らの前に現れるな。
もし今度何かしたら、今の様子の動画を先生に提出するからな。
「何!? この騒ぎは!」
あ、富田さんだ。
騒ぎを聞きつけてやって来たのか。
でも先生を呼ばれるのは嫌だな。
「ああ、何でもないよ。ちょっとバカが絡んできたのを追い払っただけ」
「そうならいいけど……」
そうとしか言い様がないし、僕らは悪くないし、大したことじゃない。
富田さんに心配をかけることでも、騒ぎを大きくすることでもない。
まあ、鳳椿さんには面倒をかけちゃったけどね。
「危うく、皆殺しにしてしまうところでありました。了大殿……姉上の言う通り、自分は政治がわからぬ阿呆であります。闘うことしかできん自分でありますが、どうか自分を使いこなしてほしいであります」
「こちらこそ、未熟者ですがよろしくお願いします」
鳳椿さんが片膝をついて、略式で僕に臣下の礼を取った。
自他共に認める《鳥獣たちの主》である鳳椿さんにそこまでされたら、魔王としてはありがたく受けるだけだな。
「スポーツマン系イケメンと年下系の……しかも主従カプ……尊い……尊い……」
ダメだ。
富田さんがまた『腐った目』でこっちを見てる!
そういう妄想するなよ!
「鳳椿さん、あの人は気にしないでください。ちょっと《性根が腐ってる》ので」
「そんな風には見えんでありますが?」
見た目はね。
でも、腐った妄想は見た目じゃわからないんだよ!
「あの! わ、私、富田みゆきと言います! お名前をお尋ねしても!?」
「鳳椿……『鳳』の『椿』で『ほうちん』であります」
富田さんと鳳椿さんがお互いに名乗りあった。
そのままノーマルなラブになっちゃうのもいいんじゃないかな?
「真殿くんとは、どういう関係なんですか!?」
「了大殿は、自分の主であります」
何を勘繰ってる。
あくまでも主従関係だけだよ。
疑うな!
「主従だけですか!? 一緒の夜を過ごしたりとか、少年愛とかは!?」
そういう『腐った』話はないよ!
あり得ないよ!
バカか!
「……衆道は武家のたしなみでありますからな。了大殿がそれをお望みとあらば」
「衆道キターーー(゜∀゜)ーーー!!」
『キターーーーーー!!』じゃない!!
鳳椿さんも鳳椿さんだ!
あり得るのかよ!
◎性根が腐ってる
その人の大元の心構え、心の持ち方、根性、心根がダメになっていて救いようがないこと。
ボーイズラブを好む腐女子の性癖のことではないと思います。
多分。
今回の前半、システム及び世界観説明部分で語られた五代前の魔王・覇王魔龍というのは、拙作《落ちこぼれて今は、龍血使い》の第一話で死んだ《孤独なる黒き者》のことです。
《落ちこぼれて今は、龍血使い》
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