63 『墓穴』を掘る
改元大型ゴールデンウィーク特大号、または武術大会編の執筆があまり順調ではなかった分の補填として、平常のほぼ倍量でお送りいたします。
作中の季節は10月下旬、ハロウィンキャンペーンです。
学校での文化祭と、真魔王城での武術大会が終わって、季節はハロウィン。
期間限定のフレーバーやパッケージのお菓子とか、飾り付けやコスプレのグッズとかが、あちこちのお店に並んでいる。
そんな感じのお店のひとつに、学校帰りに愛魚ちゃんと寄り道。
ハロウィンか……
リア充のイベントだと思って、今までは何もしなかったな。
実際これまで一度も、誰からも誘われたことはなかった。
でも。
「了大くん、こういうのどうかな? 魔女の帽子だって」
「うん、いいかも」
今年は愛魚ちゃんがいる。
こういうイベントも、愛魚ちゃんと一緒ならきっと楽しいはずだ。
「ねえ、もし僕が『Trick or Treat!/トリック・オア・トリート!』って言ったら、愛魚ちゃんはお菓子をくれる?」
「それは、いいけど……ふふっ」
もしくは真魔王城の面々。
あの人たちも、僕がお願いしたらお菓子を用意してくれるかな?
そんなことを考えていたら、愛魚ちゃんに軽く笑われた。
「……了大くん。『トリック・オア・トリート!』でお菓子をもらえるのは、子供だけだよ?」
「うっ……」
そうか、そう言えばそうだ。
でも、子供の頃からやったことがないから、言ってみたかったんだよ……
「いいの! 了大くんは可愛いから許されるの♪」
「可愛いって言うのやめて!?」
結局《墓穴を掘る》格好になって、また愛魚ちゃんから可愛いと言われてしまった……
浮かれすぎてたかな。
「よっ、お二人さん。愛し合ってるかい?」
「イェーイ♪」
と思っていたら、富田さんが来た。
というかどういう挨拶だ、それは……
しかし愛魚ちゃんはノリノリ。
「ハロウィンシーズンかー。深海さん家はお菓子とか衣装とか用意するの?」
「んー、うちでもいいんだけど、心当たりのある会場を借りるかな?」
「おお……ゴージャス……」
女子同士で会話が弾む。
愛魚ちゃんはどこかの会場を借りるつもりなのか。
確かに、愛魚ちゃんの家はフカミインダストリ……お金持ちだからね。
「んで、真殿くんにお菓子をあげたら『私の初めても、あ・げ・る♪』とか言ったりキメちゃったりして?」
ちょっと、富田さん。
さすがにそういうセクハラ質問は勘弁してほしい。
「ううん。それはもうあげたから」
「んなッ!?」
そして、愛魚ちゃん!
それを他人に言っちゃうのも勘弁してくれ!
「り……り……」
富田さんの様子がおかしい。
表情も態度も明らかに一変した。
「リア充爆発しろーッ!」
ベタな台詞を捨てて、富田さんはいなくなってしまった。
富田さんなら大丈夫だろうとは思いたいけど、変な噂が増えないといいな……
「でも、さすがフカミインダストリだね。大きい会場を借りてハロウィンパーティーするんだ?」
「何言ってるの?」
話題を変えようとしたら『何言ってるの?』なんて言われた。
会場を借りるって、さっき自分で言ってたのに。
「皆で真魔王城でやるんだよ。主役は了大くんなんだから♪」
会場っていうのは、真魔王城でやるって意味か!
でも、ハロウィンの風習はあっちにはないんじゃ……?
週末に次元移動した後、愛魚ちゃんの発案で主だったメンバーを集めて会議。
議題はまさかのハロウィンパーティー。
「というわけで、各自何かしらのお菓子を用意してください」
「りょうた様が菓子をご所望ですか。とはいえ、りょうた様の胃袋はひとつ」
愛魚ちゃんからの提起に、ベルリネッタさんがめちゃくちゃ真面目に考えてる。
仕事モードだな。
「メイドからは連名ということで、量は多すぎないようにいたしましょう。お召し上がりいただくのを後回しにしていただくこともできるよう、日持ちするもので」
そうしてもらえると助かる。
食べ飽きて腐らせたり捨てたりするのはもったいないからね。
「皆さんも、量はあまり多すぎないようにお願いいたします。それと」
それと、何だろう。
ベルリネッタさんがこっちに向き直った。
「『トリック・オア・トリート!』ですか……こちらからも、りょうた様に仕掛けたく思います。りょうた様が顔や名を覚えきれていない者にとっては、丁度いい機会かと」
そう言えば、そういう課題もある。
メイド以外に門番やらなんやら、いろいろ合わせると百人くらいいて、まだほとんど覚えていない。
「メイドからりょうた様に差し上げる物とは別に、りょうた様からお配りいただくクッキーをご用意いたしますので、この機会によろしくお見知りおきくださいませ」
皆が僕に『トリック・オア・トリート!』って言うから、僕はそれに応じてクッキーを配りつつ、皆の顔と名前を覚える。
そういうイベントが立案された。
うん……魔王としては、さすがにそろそろその辺も把握しておかないとまずいか。
お菓子関係はそれでよし、として……
「コスプレはするんですか?」
「着飾っての仮装は、別段必要ないかと」
……コスプレはなしか。
ちょっと見てみたかった気がしなくもないけど、無理強いはできないな。
「殊更着飾って仮装などせずとも、我々であれば《半開形態》で事足ります。何しろ自前、本物ですからね」
あ、そうか。
本来は自分にないからコスプレするんであって、自分にあるなら……『本物』なら、それでいいんだ。
というかそれは……ハロウィンなのか……?
次の週末に早速開催の運びとなって、平日は学校で過ごす。
まあ、学校では嫌われ者なんだけど……と思っていたら、何だろう。
思ったより悪意が……他の生徒から感じられる闇の魔力が、薄い?
「真殿くん、少しいいかしら?」
愛魚ちゃんじゃないけど上品な呼び方。
誰かと思えば、例の生徒会長さん。
内緒話がしたいらしく、かなり近くまで寄ってきた。
「こないだの文化祭での、コンテストの様子……かなり好評よ」
……アレがか。
それで闇の魔力が薄いのか。
どいつもこいつも頭がどうかしてるな。
まあ、アレに限って言えばシャマルさんのメイクやコーデのおかげだろう。
「私のクラスにもね……『あんなに可愛いなら、最初に気づくべきだった!』って女子、いるわよ?」
って、何だよそれ。
可愛いかどうかしか見てないだろ。
愛魚ちゃんは小学校や中学校が一緒で、内面もお互いに見た上で今の関係だからまだしも、知らない人に見た目だけで言われても受け入れられない。
そもそも愛魚ちゃんと交際している時点で、そんな程度の気持ちの相手をわざわざ受け入れる気にならないからね。
「はあ、そうですか」
「気のない返事ねえ……やっぱり、深海さん以外にも女がいるから困ってないってこと?」
適当に流そうとしてたら、またろくでもないことを言い出した。
そりゃ、真魔王城に行けばいろいろいるけど。
「……誰に聞いたんです」
「え、あちこちで。銀髪の美人とイチャついてたとか、ゲーム好きな美少女と仲がいいとか、マクダグラスで美少女三人はべらせてたとか」
うん……心当たりはある。
トニトルスさんとかカエルレウムとかだな。
「でも、否定しないってことは、やっぱり噂は本当なのね……」
「別に愛魚ちゃんに隠れて付き合ってるわけじゃありませんよ」
でも、あの面々とはこそこそ付き合ってるわけじゃない。
愛魚ちゃんも知ってる人ばかりだ。
やましくはない。
ないはず。
「それって、深海さん公認で他の女とも付き合ってるってこと!? モテモテなの!?」
「あっ!?」
やましくないと思っていたがゆえの失言で、また《墓穴を掘る》僕。
口を滑らせてしまったものはもう仕方がないので、生徒会長さんについては『誰にも言うな』と《威迫の凝視》でシメておいた。
そしてハロウィンパーティーの開催日になった。
別に古いしきたりを正確に再現するわけじゃなく、まだ僕が顔や名前をよく覚えてない子たちとの『親睦会』の口実になったわけだ。
と、その前に。
「ベルリネッタさん。『トリック・オア・トリート!』」
これは欠かせない。
お菓子が欲しかった以上に、この台詞を言ってみたかったわけだから。
「はい。それではこちらを、メイド一同より連名で」
ガラス瓶を渡された。
中には、色とりどりのトゲが生えた小さい粒。
金平糖だ。
「日持ちするものということで、猟狐さんの提案を採用しました」
なるほど。
金平糖はきちんと直射日光や高温多湿を避けていれば一年でも十年でも保存できるらしいから、他の人たちからのお菓子より後回しにさせてもらえるなら、ぴったりだ。
「わたくし個人からりょうた様に差し上げるケーキは、また後程……まずはこのクッキーを、皆にお配りください」
ベルリネッタさんは個人的にケーキをくれるのか。
楽しみにしていよう。
そして、打ち合わせ通りに用意したクッキーが渡された。
目の前には真魔王城に常駐の女の子たちの行列。
いつもは見られない様々な特徴が《半開形態》で少し明らかになってる。
猫耳とか兎耳とか、牛の角とか山羊の角とか。
で、僕はこの子たち一人一人にクッキーを一枚ずつあげながら、改めて自己紹介を受ける、という流れ。
「黎です♪ 『トリック・オア・トリート!』」
とはいえ、僕がもう覚えてる子は参加しちゃいけないというわけじゃない。
黎さんも半開にして参加。
以前見せてもらった、両腕が翼になった状態だ。
「はい……というか、それだと受け取れない?」
そう、両腕が翼になっているから、両手も使えない。
どうしようかな。
「一枚だけですから、この場ですぐ食べてしまえばいいのですわ」
黎さんのすぐ後ろに、幻望さんもいた。
これまた半開で、両腕が翼の状態。
「なるほど。あーん♪」
食べさせろ、ってことね。
小さいクッキーだから、黎さんでも一口だろう。
ということで食べさせてトリート。
次いで幻望さんにもトリート。
しかし、これはいけなかったかもしれない。
「黎や幻望ばかりずるいのでは!」
候狼さんお得意の『ずるいのでは!』に、残りのほぼ全員が同意してしまったからだ。
これを『ずるくない』にするためには結局、全員に同じように食べさせて平等に扱うしかないわけで。
皆に『あーん♪』してもらうことになってしまった。
その場で食べさせて、行列を捌く。
「御屋形様! この候狼にも、悪戯か菓子かでござる!」
当の候狼さんは……悪戯か菓子かって……
外来語が苦手なのかな?
ともかく、耳や尻尾以外にも両手を鋭い爪にした、狼の半開状態。
攻撃力はありそうだけど、細かい動きは苦手そうだな。
「あー、この狼の爪ではクッキーをうまくつかめないでござるなー? チラッ。うーむ、渡されても一人ではうまく食べられないでござるなー? チラッチラッ」
「もういいよ、わかったから」
棒読み。
わざとらしいというか、白々しいというか……
まあいいや。トリート。
食べさせると、尻尾をパタパタさせて喜んでた。
「あんなに喜ばれるんなら『お前はクッキーじゃなくて、これでもしゃぶれよ』ってチャック下ろせばよかったのに」
「できるかっ!」
そしてルブルムは何を言い出すのか。
というか、なんでわざわざこの行列に並んでるのか。
「そりゃ、このサンクトゥス・ルブルムの《半開形態》を見せびらかすためよ!」
そう言えば今まで見たことはなかった。
頭には後ろに向けて角が生えたり、髪がいつもの金髪じゃなくて白髪で、カエルレウムみたいにところどころ赤いパターン。
手足も肘や膝から先がドラゴンっぽくなったり、ドラゴンの尻尾も生えたり。
変身を解いたドラゴンの姿とも、ファイダイのユリシーズのコスプレとも違う姿。
これもこれでカッコよくて、強そうだ。
「りょーくん。あーん♪」
もう『トリック・オア・トリート!』って言う手間も面倒か。
まあ、僕も時間が惜しいから、利害の一致ということにしてトリート。
「今度また、シコい同人誌探しとくからね♪」
「シコいとか言うな!」
りっきーさんの『中の人』なのはわかるけど、美少女の口から『シコい』なんて聞きたくないよ……
ルブルムも終わったから、また行列の続きを捌く。
「ども、シュタールクーっす……了大様、あ、あの……あたいも……」
そうしていると現れたのは、門番の一人であるシュタールクーさん。
こないだの武術大会で決勝ラウンドには進出したものの、試合の後に《形態収斂》を解除して暴れるという失態を演じた人だ。
でも今日は神妙な態度。
半開にして見せているらしい牛の角を生やして、それでいて筋骨隆々の巨体を縮こまらせて恥ずかしそうにしている。
「はい……あ。それと、こういう時に悪いけど例の件について。明日から『停職一ヶ月』ということで、その間に修行のやり直しをしててね」
顔と名前を覚えるのが主目的なら、もう覚えてるシュタールクーさんには意味合いは薄いかなとも思った。
そこで、こういう催しの時には気分が悪いかもしれないけど、せっかくだから通達。
テレビのニュースで見た大きい会社の不祥事なんかを参考に、失態についての罰は停職処分にしてみた。
免職までは行き過ぎだろう。
「うっす、反省します……でも、今日は、あの……あー……」
シュタールクーさんも『あーん♪』してる。
ここは差別しないで、トリート。
もじもじしながら去って行った。
なんだかギャップがかわいいかも。
「……リョウタさま……私も『トリック・オア・トリート!』です……」
今度は猟狐さんだ。
しかし、つくづく全員、もれなく巨乳だな……
つい口に出てしまった。
「ルブルムさまのお調べで……『リョウタさまはおっぱい大きい子じゃないとダメ!』って……」
ルブルム!!
何を言いふらした!!
「……でも、リョウタさま……嬉しくない?」
いや、そこは僕も年頃の男子ですからね?
正直に言えばすごく嬉しいですよ?
至れり尽くせり、その気にさえなれば食べ放題の巨乳・爆乳ハーレムですからね?
さすがに『遊び』で手を出すのは気が引けますけどね?
環境としては最高です。
「嬉しいよ。はい、猟狐さんにもクッキー」
「あー……んっ♪」
猟狐さんにもトリート。
狐の耳と尻尾がせわしなく動いてる。
「……リョウタさま。お声がけ、お待ちしてます……♪」
くそっ、可愛いなあ……
あの可愛さでオッケーされたら、普通は『もう辛抱たまらん!』ってなる。
けど、ここはどうにか我慢。
何しろまだまだ行列は続く。
これを今回だけで全員覚えるのは……無理だな。
うん、無理。
割り切って考えながら、兎耳の美少女とか羊っぽい角の美女とかにもトリート。
ようやく全員にトリートして行列を解消したと思ったら、それだけでお昼になってしまった。
「昼食を用意いたします。その後は皆さんからの菓子をご所望でしょうから、軽食で」
うん。
お菓子が入らなくなっちゃうから、軽くにしておきたいと思ってた。
その辺を予測済みなのは、さすがベルリネッタさんだ。
というわけで軽く済ませて、午前中に配ったクッキーの残りを持って、あちこち出歩くことにした。
そうだな……
カエルレウムはどうだろう。
ゲーム好きのついでに、ハロウィンのことも知っていそうだ。
そう思って部屋を訪ねてみると……
「はーっはっはっはぁ! よく来た勇者よ! この『水聖龍の魔女』に貢物を用意したかぁ!」
……なんか魔女のコスプレをしていた。
ルブルムみたいにドラゴンの半開形態じゃないのかとは思ったけど、小道具にはなかなか凝ってるみたいだから、言うのはやめよう。
「りょーた! 『トリック・オア・トリート!』」
「はいはい。あーんして」
おお、やっぱり知ってる。
というわけでクッキーをトリート。
あーんしてもらって食べさせる。
やっぱり食べ足りない様子で、カエルレウムは別のお菓子をつまみ始めた。
電子文明の次元で売られてて僕もよく知ってる、ポ……チョコがけのスティック状プレッツェルか……
いいな、分けてもらおう。
せっかくだから僕も例の言葉で。
「『トリック・オア・トリート!』」
「ん」
カエルレウムに仕掛けた。
すると、カエルレウムはチョコがけプレッツェルを一本、口にくわえて僕に向けた。
パッケージの箱に手を伸ばしてみたけど、そっちからは全然取らせてくれない。
まさか。
「……それを食べろ……と?」
「ん!」
リア充ゲームか!
カエルレウムからの思わぬ形でのトリート。
一本を両端からポリポリと食べて行くと、顔が近づく……
かなり恥ずかしいな!?
「んーっ♪」
そしてやっぱり、チョコ味のキス。
カエルレウムから僕の首筋に両腕を回してきた。
回避不可能。
お互いを味わうように舌を絡めて、堪能してから離れる。
「ぷぁ……おいしかった♪」
ここまで含めて、カエルレウムからのトリートか……
うん、まあ、僕も美味しかったからいいか。
色々な意味で。
トニトルスさんはどうだろうと思ったら、イグニスさんと一緒に中庭で焚き火をしていた。
二人とも先週の会議にいたから話は知ってるだろう。
仕掛ける。
「『トリック・オア・トリート!』」
「やれやれ、リョウタ殿もまだまだお子様ですな。では、これを」
「今週はお祭りだッつゥからいいけどな、今度からはビシビシ行くぞ?」
焚き火の中に焼き芋が。
一口だけ分けてもらった。
うん、美味しい。
「己らには、なんもねェのか?」
「会議で話を聞いていなかったのか。合言葉の『トリック・オア・トリート!』を言わねばもらえんのだ」
もう完全に、僕との親睦会でしかなくなってる。
子供しかもらえないというしきたりは綺麗さっぱり切り捨てられてた。
というわけで二人にもトリート。
「今度、イグニスにもリョウタ殿の魔力をたんまりトリートしてやってくだされ」
「ばッ!? トニトルス、おめェ!」
そう言えば、例の『副賞』の話は宙ぶらりんだっけ。
うーん……魔力をトリートって、つまりアレだよね……
まあいいや、先送り。
その後も適当に歩いていると、派手な和服の美女が来た。
久しぶりに会うような気がする。
鳳椿さんの姉、凰蘭さんだ。
「凰蘭さん、お疲れ様です」
「おお、坊や。久しいのう」
元々は城に常駐ではなく、俗に言う『外回り』の仕事が多いらしい上に、ここ最近は当面の敵である《撚翅》の捜索で忙しく飛び回ってもらっていたけど、今日はこっちに来てたのか。
「彼奴めの居場所は大分絞り込めた。森の中から出られんようにはしたが、じゃからとてそこから探し出すとなるとなかなかのう……森全部を焼き尽くしてもよければ炙り出すのも殺すのも容易い話じゃが、それでは他の動物、植物が滅びるわけじゃからして《鳥獣たちの主》たる妾としては到底、そのような愚挙には出られぬ」
確かに、そういうわけにも行かない。
敵を倒すためとはいえ、森をまるごと滅ぼすというのはあんまりだ。
ひとまずの報告はありがたく受け取った。
「まあ、それはよい。今日は異国の祭りで菓子をやりとりすると聞いてのう。妾にも用意はあるが、ほれ、言わねばならぬ合言葉があるのじゃろ?」
一応は伝達だけしておいて、忙しいなら参加は自由と思ってたけど、ちゃんとお菓子も用意して来てくれたのか。
ありがたい話だ。
仕掛ける。
「はい。それでは『トリック・オア・トリート!』」
「うむ。ではこれを進ぜよう」
意外や意外。
凰蘭さんが持ってきた焼き菓子はビニールで個別包装にされていた。
僕は慣れ親しんだ包装だけど、凰蘭さんのイメージとは結びつかなくてびっくり。
「『金楚糕』じゃ。鳳椿の勧めでの、曰く『かつては王族や貴族のみが食べられた菓子であります』じゃと」
ちんすこう。
何かと思ったら、有名な沖縄土産だった。
帆船の影絵がついた個別包装に二個入り。
「一つずつ食べます?」
「いや、妾は先に食してきたゆえ、もうよい。それよりのう……ちと、肩を揉んではくれんか?」
肩揉みか、そのくらいならお安いご用だ。
椅子があるところまで移動して、座ってもらう。
「それでは、失礼しますね」
「うむ、よきにはからえ」
先に断りを入れてからその背後に立って、凰蘭さんの肩に触れる。
細い肩だけど、固く感じるところもある……こってるんだな。
まんべんなくもみもみ。
「おっ、ほぉ♪ おお……♪ 生き返るのう……♪」
「死んでたんですか?」
「うむ。死んで生き返って、生き返ってはまた死んで、死んではまた生き返って、繰り返すがゆえの鳳凰じゃ」
上手いこと言って……いや、僕が知らないだけで、その繰り返しの中にいろいろあったんだろうな。
ここは茶化すのはやめよう。
「時に坊や、肩以外も揉みたいかえ?」
凰蘭さんが自分のおっぱいをぽよぽよと持ち上げて揺らしてくる。
肩以外ってさあ……いや、その……うん、まあ……
どうにもうまく対応できず、焦ってしまう。
「ほほほ。これしきでうろたえるとは、まだまだよのう……それはそれで愛らしいが、妾は安売りはせぬ。もし妾を抱きたいなら、それ相応の男になっておくれ」
やっぱりお子様扱いだな。
凰蘭さんが相手じゃ、今は仕方ないか。
そういう関係になりたいかどうかは別として、もっと認めてもらえる魔王にならなくちゃいけない。
凰蘭さんとの会話を終えてヴァイスに会ってみたら、いつも通りの格好だった。
というか……その『いつも通り』のサキュバスコスチュームがすでにハロウィンコスプレと言っても違和感がないやつなんだけど。
強いて言えば、人前に出るにはエロすぎて困ることか。
「そうだ。ヴァイスにも……『トリック・オア・トリート!』」
一応、これも言っておこう。
イベントから除け者にしてるわけじゃないんだよとアピール。
「?……何も持ってませんよぉ?」
あ、ないのか。
思えば、すっかり『もらえて当然』だと考えてしまっていた。
それは増長だな。
反省しよう。
「急に言っても、そうだよね。ごめんね」
そもそも、元々は真魔王城にハロウィンの風習なんてなかったんだから。
ここはヴァイスを責めちゃいけないだろう。
他の人に会いに行ってみるか。
「それじゃ、僕はこれで」
「えぇ? ちょっと待ってくださいよぉ!?」
でも、移動しようとしたらヴァイスに猛烈な勢いで呼び止められた。
何か大事な用があるんだろうか。
「了大さん、さっき何て言いました?」
「え……『トリック・オア・トリート!』?」
「ですよねぇ?」
確かに言った。
けど、ヴァイスはお菓子を用意してないと。
残念だけど、別に怒ってはいないよ?
「了大さんにお菓子をあげないあたしは、これから了大さんに……イ・タ・ズ・ラ♪ されちゃう運命ですよねぇ……♪」
「あっ!?」
いや、もしかして、ヴァイスは……
ハロウィンの風習がないからじゃなくて、イタズラされるのを目的に、わざとお菓子を用意しなかった……!?
「思ったこと、なぁんでもイイですよぉ……♪ 了大さんのしてみたい『イタズラ』……ぜぇんぶあたしに、してみてくださぁい……♪」
表情も言い方も仕草も声色も、全部がいやらしすぎる。
サキュバスだから、当たり前だけど……
「了大さんにどんな『イタズラ』されちゃうのか……きっとすごいんだろうなぁって想像しただけで、あたし……もう、きゅんきゅんしちゃってぇ……♪」
まさか、サキュバステクニックにかかると『トリック・オア・トリート!』がこうなるとは。
またもや《墓穴を掘る》ことになった僕は、ヴァイスにすっかりペースを握られて。
* ヴァイスがレベルアップしました *
お菓子ではなくヴァイスを美味しく食べて、ごちそうさまでした。
ヴァイスが言う『きゅんきゅん』って……発情って意味なんだな……
ついつい『おかわり』したくなる危険な味。
「りょうた様! お待たせいたしました、わたくし渾身のケーキ……を……!?」
そこにやって来たのはベルリネッタさん。
メイド一同からの日持ちがする菓子とは別に、個人的にケーキを用意してくれた……けど……
僕に『食べられた』ヴァイスを見て、愕然としてる。
「くっ……盲点でした。菓子を差し上げないと悪戯されるということは……菓子を差し上げないなら悪戯していただけるということ……!」
もう完全に曲解されてる。
それはハロウィンの本意じゃないよ!?
「であれば! わたくしもこのケーキを差し上げるわけにはまいりません! どうぞ、わたくしにもお望みのままの悪戯を!」
「いや、ケーキ食べさせてよ!」
ベルリネッタさんは頭がどうかしたのか。
イベントの趣旨を見誤らないでほしい。
「はぁ……りょうた様がそれでよろしければ。せめて『あーん♪』してくださいませ」
渾身のケーキじゃなかったの……?
なんでそんな、急にやる気がなくなってるの。
食べさせてもらって、味の方は確かに美味しいのに。
「まさか根幹から先を越されるなんて……不覚でした」
ちょっと待って。
『先を越される』って何だ。
「『ありがとう、ベルリネッタさん。美味しいよ』『恐縮です』『でも、ちょっと食べ足りないな』『ケーキがなければ、わたくしをお召し上がりになればよろしいではありませんか』『それもそうだね、ベルリネッタさんを食べちゃおうっと』『はぁん♪』……となるはずが!」
怖っ!
何を言ってるんだ!
いや、でも、ヴァイスのことは『食べちゃった』から、ありえないとは言い切れないのか……
「っと、そう言えば、クゥンタッチさんは?」
うっかり実現しそうだったから、慌てて話題を変えた。
会議には来てもらわなかったけど、ベルリネッタさん経由で伝達はしておく手筈だった。
来てないのかな?
「ああ、あれは不参加です。『そんな面白そうな祭りなら、こっちで雛鳥たちと楽しむとするよ』とのこと」
なるほど、例のお茶会に来るような小さい子たちなら『トリック・オア・トリート!』でお菓子をねだっても何の不思議もないや。
ロリコン魔王のクゥンタッチさんは喜んでお菓子を配りまくるだろう。
それならそれで、そっちの魔王城で楽しんでくれたらいい。
僕は幼女にモテたとしてもちっとも嬉しくないから知らない。
でも、思えば愛魚ちゃんはどこだろう。
電子文明の次元にはよく慣れ親しんでて、ハロウィンもやる気だった愛魚ちゃん。
けど、さっぱり見かけてないぞ……?
適当に探し回る。
「がおーっ!」
「おぅわぁ!?」
後ろから誰か襲いかかってきた!?
気配なんてしなかったのに!
驚いて、つい叫んでしまう。
「あははっ! 了大くん、私だよ♪」
誰かと思ったら、愛魚ちゃんだった。
気配を消すのが地味に上手いな!?
「色々悩んだ結果、狼男のコスプレにしてみたの」
耳や尻尾、それと両手が狼っぽいコスプレになってる。
あくまでもコスプレ。
候狼さんとは違って、明らかに作り物だ。
「狼になって、了大くんのこと食べちゃおうかなーって♪」
ずいぶん可愛い狼だ。
いや、もちろん候狼さんも可愛いけど、それとこれとは別でね。
とりあえず『食べないでー』と棒読みしつつトリート。
クッキーで我慢してもらった。
「私からはこれ。よく味わってね♪」
愛魚ちゃんからのお菓子は、ロリポップなスタイルの棒つきキャンディだった。
これは一人の時に食べよう。
たぶん、人に見られたらなおさらお子様扱いされる……
「うん……後でね。お腹いっぱいだよ」
精神的にお腹いっぱい。
こんなに充実した幸せなハロウィンは初めてだ。
「皆が了大くんのこと大好きだから、楽しいハロウィンになったね」
「愛魚ちゃん、ありがとう。皆にも感謝しなきゃ……」
この幸せを続けていくためにも、魔王としてもっと強くならなくちゃいけない。
イグニスさんや鳳椿さんも稽古をつけてくれる。
がんばるぞ!
◎墓穴を掘る
自分の死体を埋める穴を自分自身で掘る様子に例えて、自分を破滅させる原因を自分から作り出すことを言う。
こういうパートの執筆は快調でしたので、ラブコメ成分マシマシでお送りいたしました。
毎回この量は厳しいので、今回は特別ということで。
武術大会編で立てた新キャラ登場フラグと、今回の凰蘭が経過報告したフラグで、次回以降のストーリーが進みます。




