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62 頭『打ち』

いよいよ武術大会も大詰め。

執筆は難産ばかりでしたが、今週で決着です。

トニトルスさん対イグニスさんの決勝戦。

ここから先は、さらに激しい攻防になる……


「おらァ!」

「ふっ!」


イグニスさんもトニトルスさんもさっきより熱が入って、より速く、より鋭く、攻撃と感覚が研ぎ澄まされている。

でも、あくまでも普通に。

呪文なし、特殊能力なしの『なしなし』ルールの範囲内だ。

大会の中での試合である以上、大会のルールは絶対に破らない。

その上で相手を倒す。

そうでなければ、本当の意味で『勝った』ことにはならない。

お互い、そういう考えだろう。


「一発ももらうわけにいかねェ……てのがな……」


そう。

判定用の呪文がかけられた武器だから、有効打が一発入れば発光してそれを知らせて、勝負あり。


「その分、一発入れればお主の勝ちだろう。文句を言うな」


イグニスさんだけに課せられたハンデというわけじゃない。

一発受けたら終わりなのは、トニトルスさんも同じだ。


「けッ、わかってるよッ!」


イグニスさんが踏み込む。

トニトルスさんの攻撃のリズムを読んで、詰めて……


「なッ!?」


……詰めて、詰めすぎ。

いや、違う。

イグニスさんの踏み込みのリズムを読んで、トニトルスさんもさらに踏み込んできたんだ。

却って近すぎる間合いになってしまって、イグニスさんが一瞬ためらってしまう。

その一瞬をトニトルスさんは、ためらわずに駆け抜けた。

間合いを詰めるどころかすれ違って、イグニスさんの後ろへ。

そして後ろへ向き直りも振り向きもしないで、自分の脇腹の横から後ろを狙って突く。

背中合わせの格好になっていたから、イグニスさんにとって背後からの急襲。

ギリギリのところでかわしたイグニスさんだったけど、かわすだけで精一杯。

体勢が崩れたのを慌てて直したところで、トニトルスさんも悠々向き直って構え直していた。

仕切り直し。


「随分久しぶりに使うな、それ……《雀蜂刺棍(ホーネット)/Hornet》だっけか……」

「忘れてはいなかったか。以前は二度ほど、これで勝てたのだがな」


ホーネット、スズメバチ。

なるほど、死角から襲う蜂のような突きか。

あれもあれで、やられる方は相当やっかいだろう。


「特訓したんだよ。似た感じの立ち回りを、鳳椿にやってもらってな」


なるほど。

イグニスさんと鳳椿さんは一緒に修行していたと聞いている。

その中で、そういう対策も練って特訓してきたということか。


(オレ)はな……ずっと、強くなるために自分を鍛え上げてきた。自分で言ってりゃあ世話ねェが、真面目にやってきたと思ってる。色恋に(うつつ)を抜かすこともなけりゃあ、鳳椿とだって断じて修行のことだけだ」


色恋に現を……耳が痛い話が……

僕も、もっと真面目にやるべきだな、うん。


「ここまで来て能書きとは、お主らしくないな」


確かに、いくら言葉を並べてみても、この戦いには勝てない。

鍛え上げたというなら、その武術で勝たなければいけない。

ましてや、イグニスさんは口が上手い方じゃないだろう。

トニトルスさんが『らしくもない』と言い出すのも当然だ。


「己もそう思うさ。だがなァ……」


イグニスさんが踏み込む。

さっきより、もっと速い!

打ち込みは防がれたけど、トニトルスさんも防ぐだけで精一杯。


「だからこそ! 負けたくねェんだよ!」


間合いを詰めて、イグニスさんが攻める。

そして攻める手を緩めない。

割り込んでくるトニトルスさんの素手の攻撃も、きちんと見切って捌く。

するとトニトルスさんが、さらに間合いを詰めてきた!

ほぼ密着の、この距離は……


「おッらァ!」

「ぐうっ!?」


……イグニスさんが頭突きを食らわせた!

武器ではないから判定には関係ないけど、相当効いてるはずだ。

その証拠に、トニトルスさんの足取りが怪しい。

それでもまだ、攻め続ける。

当然だ。

判定用の武器がどちらも光ってない以上、まだ決着はついていない。

決着がつくまでは絶対に止まるものかとばかりに、赤い髪を振り乱して攻めるイグニスさん。

その姿はまさに、炎のたてがみ……

さすがにトニトルスさんも反撃し始めたけど、さっきより動きが悪い。

詰められてしまった間合いを離せないせいもあるけど、やっぱりあの頭突きのダメージが足に来ているようだ。

そして、ギリギリまで引き付けた突きをかわしての打ち込みがトニトルスさんの胴に入る。

トニトルスさんは動きを止めて両膝をつき、イグニスさんの剣が……光った。


「それまで! イグニスさんの勝利です!」


ヴァイスが決着を宣言した。

でも、イグニスさんはまだ信じられないという様子で、キョロキョロとあちこちを見回す。


「……勝った……?」


立ち上がらないトニトルスさん。

トニトルスさんが使っていた棒は床に転がってて、光ってない。

自分の右手の剣は光って、判定を表している。


「ああ……今日は本当に、お主の勝ちだ」

「……ッッしゃあッ!」


トニトルスさんの言葉で、ようやくイグニスさんも実感できた。

勝負あり。

イグニスさんの勝ち、そして優勝だ。




さあ、表彰式だ。

賞品である《最精鋭の大メダルモストエリートメダリオン》が運ばれてきた。

プレゼンターは僕。

主催なので。


「なんかさー……『何ィッ、イグニスがいない! 一体どこへ……』って言いたくなる」

「いや、何言ってんだ、おめェ?」


予選落ちしたカエルレウムが、観客席からそんなことを言い出す。

本当、何を言い出すのか。

イグニスさんはちゃんと僕の目の前、表彰台の真ん中にいる。

その両脇には準優勝のトニトルスさんと、三位の鳳椿さん。

そして今聞かされたけど、二位と三位のメダルもあるらしい。

元々は優勝者の大メダルだけだったのを、僕の次元で行われるスポーツの大会を参考にして愛魚ちゃんが提案したんだって。

ということで表彰台も急ぎで用意されて、贈呈も三回になった。

まずは三位の鳳椿さんから。


「鳳椿さんも、武術を教えてくださいね」

「自分は厳しく行くでありますよ」


あの聴勁はすぐには無理としても、基礎から色々と教えてほしい。

鳳椿さんのことは是非見習いたい。

続いて、二位のトニトルスさん。


「トニトルスさんも、かなり強いじゃないですか」

「ですが、今日はイグニスに負けましたからな。結果は結果ですぞ」


確かに試合には負けたけど、準優勝だってすごいと思う。

そして、優勝のイグニスさん。


「別にそんなん、いいんだけどよ……便利だからもらっとけって、こいつが言うんだよ」

「まあ、そうですね。このメダリオンであちこちフリーパスになるそうですし」


こいつってイグニスさんが指さすのは、トニトルスさん。

そう言えばこのメダルで数々の特権が証明される、とかなんとか言ってたっけ。

細かいことは聞いてないけど、便利そうだ。


「それでは、優勝おめでとうございます」

「……ありがとよ」


全員にメダルを手渡すと、三人はそれを掲げて観客席に見せつけた。

観客席からは拍手の雨あられ。

いい盛り上がりだ。


「ところで、余興の提案であります。大会は呪文と特殊能力なしでありましたが、もう大会も終わりということで、お二人で一発だけ魔力ありで撃ち合ってみては?」

「ふむ……我はかまわんぞ」

「おお、いいな! やるか!」


そこに鳳椿さんの提案。

確かにこれまでは禁止ルールだったから、色々ともどかしいところもあったと思う。

僕も見てみたいし、観客席もそういう雰囲気だし、ということで提案は採用。

奥義の撃ち合い一発勝負だ。


「メダルは自分が持っておくであります」

「おう、頼むぜ」

「我のも頼む」


メダルを鳳椿さんに預けて、二人とも躍り出る。

まあ、イグニスさんとトニトルスさんなら明確な差でどっちかが死ぬということはないだろう。

そして試合と同じように向き合った。

余興なので武器は試合の時と同じ、訓練用のまま。


「んじゃあ、行くぜ」

「いつでも来い」


二人とも気合充分。

気合だけでなく、魔力も高まって行く……


「機獣天動流が、天動奥義(てんどうおうぎ)……《雷斬(らいきり)》ッ!」

「貫け……《雷撃閃砲(サンダーショット)/Thunder Shot》!」


イグニスさんは、シュタールクーさんにも使った雷斬。

トニトルスさんは雷を帯びた突きの、サンダーショット。

技同士が激しく衝突して、光って、まぶしい……


「が……あッ!」


……イグニスさんが吹き飛ばされた!

トニトルスさんの方は構えのまま、普通にしている。

少なくとも、この撃ち合いだけを見るとトニトルスさんの勝ちか。

互角という感じじゃないな。

僅差だった試合とは打って変わって、明らかにトニトルスさんの方が優勢だ。


「む、まさかここまで変わるとはな……イグニス、大丈夫か?」


サンダーショットだけに電撃で体が痺れているのか、倒れたイグニスさんの動きがかなり鈍っている。

見かねたトニトルスさんが手を貸して、ようやく立ち上がった。


「くっそ……やっぱ勝てねェのかよ……」


イグニスさんはかなり悔しそう。

『やっぱ』と言うだけあって、ある程度は予想や覚悟をしていたようだけど。


「なんで魔力を使うとこんなに差がつくんだよ!? おかしいだろ!?」

「おかしくはない。いつも言っているだろう、自分の魔力だけでは《頭打ち》になると。そこから先は、魔王の魔力をいただかねば、な」


魔王の魔力って……僕か。

そう言えばかなり最初の方、まだトニトルスさんと会ったばかりの時に、えーと……


『魔王輪を持つリョウタ殿の精は魔力がたっぷり。我等からすれば至高の滋養にして極上の甘露……まさに蜂蜜の如く甘い、あまーいご馳走なのですぞ』


……そんなようなことを言われた覚えがある。

その後は色々あって、結局はトニトルスさんともそういう関係になった。

つまり、今のトニトルスさんは僕と会ったばかりの時よりも、僕の魔力を得た分だけ強くなっているのか。

トニトルスさん……悪ふざけで『副賞』を僕にしたんじゃないんだな。


「まあ、大会の優勝者はお主だ。『副賞』をどうするかは、ゆっくり考えろ」


イグニスさんに『副賞』を……って、イグニスさんと僕がエッチするってこと……?

そりゃ、仮に優勝が鳳椿さんだったら、それはもうビーがエルでアウトだったけど……褐色巨乳美女のイグニスさんとなら……

あ、いやいや、それは相手の……イグニスさんの気持ちだってあることだから……


「まあ、お主が要らぬと言うなら『繰り上げ』で準優勝の我がもらうだけだがな?」


考え込んでいたら、トニトルスさんが抱きついてきた!

皆が見てる……けど、大会の準優勝というのが効いているのか、大きな混乱や反論はない。


「さあリョウタ殿、我をたっぷり可愛がって、リョウタ殿の魔力で我をもっと強くしてくだされ……♪」

「な……納得いかねェー!!」


こうして、武術大会は幕を閉じた。

イグニスさんの強さは皆に知れ渡ったけど、同時にイグニスさんが《頭打ち》状態なのもわかってしまった……

今後の課題になるのかな。




◎頭打ち

物事が限界に達して、これ以上には向上しない状態になること。


今後の展開のために必要なフラグ立てとして、必要なエピソードと思って執筆していた武術大会でしたが、来週からはまた、ラブコメ成分多めでお送りしたいと思います。

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