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61 鎬を『削る』

いよいよ決勝戦が始まります。

武術大会も、これが最後の試合!

三位決定戦は意外なほどあっさりと終わった。

心構えの差が、あんなにもはっきりとした差をつけてしまうなんて。

僕も気をつけないといけない……

ということで、様子を見ようと控え室に来てみた。

机を挟んで座って向き合い、トニトルスさんがベルリネッタさんに話しかけている。


「我は、そうなるかもと言ったであろう」


トニトルスさんはこの結果を予想できていたのか。

そういう、相手の力量を見定める洞察も、この人の強さなんだろうな。

最初の印象だけでフリューを見くびった時のことを、少しだけ思い出した。


「お主に頭が上がらんリョウタ殿からは言えんだろうから、今日お主に勝った我から言おう……慢心が過ぎるぞ」


慢心。

鳳椿さんも、ベルリネッタさんに足りないのは技や力でなく心だと言っていた。

いつも落ち着いた人だと思ってたけど……いや、だからこそなのかな。

崩れた後のベルリネッタさんは、意外と脆いのかも。


「今日はルールのある試合だからまだよい。だが……ルールのない実戦で、仮にリョウタ殿に何かあってからでは遅いのだ」


トニトルスさんのお説教は、僕としても耳が痛い。

ベルリネッタさんも相当しょんぼりしている。


「……とはいえ、どこか安心したぞ。お主にも弱点があるというのはな。その洗い出しという意味でも、この大会には意味があっただろう?」


ベルリネッタさんの最終成績は四位。

あちこちからいろんな人を集めて、腕自慢が競い合った中での結果なんだから、優勝じゃなくても立派なものだ、と思う。

今の僕ならほぼ間違いなく予選敗退だ。


「お主を責めたくて言うのではないのだ。お主は城内の全てのメイドを束ねる立場で忙しいというのも、慢心さえしなければお主は掛け値なしに強いというのも認める。ただ、取り返しがつくうちに改めてくれれば……な……」


ベルリネッタさんは俯いて、黙ったままだ。

話を聞いていないということはないだろうけど、表情は伺い知れない。


「我とて完璧ではない。この大会、我はイグニスに勝てんような気もしてくる……せめて」


せめて、まで言ったところで、トニトルスさんは少しだけ僕を見つめた。

続きは僕も聞くべきだろう。


「……せめて、我とイグニスが戦う姿を見て、そこから感じ取ってほしい」


そこまで言うとトニトルスさんは席を立って、僕の方……じゃないか。

控え室の出入口へ。

その近くにいる僕とはすれ違う形になる。


「我には説教しかできませぬからな。リョウタ殿は優しくしてやってくだされ」


ベルリネッタさんを見ると、いかにも落ち込んでいますという雰囲気。

僕の方を見ようともしない。

僕が何かフォローできるなら、後でそうしよう。




その前に、ついでに……というわけでもないけど、イグニスさんにも会っておきたい。

あの鳳椿さんも下して、決勝戦に駒を進めたイグニスさん。

準備は万全なようだ。


「ん、どうした?」


いつも通りか、というのは再会したばかりの、それも以前は幼稚園児の時に一度会ったきりだった僕ではわからない。

でも、特に冷静さを欠いている様子もない、落ち着いた感じだ。


「いえ、特に用というほどでも……ちょっと、様子を見に」


会ってみたはいいけど、話題が……

何を話そうか。


「あ? 見るなら試合だけでいいだろ」


こっちを見る眼光が鋭い!

怒らせちゃったのか!?


(オレ)は言ったよな。『戦いぶりをよく見とけ、退屈はさせねェ』って」

「うっ……はい……」


確かにそう言われた。

そして実際、退屈なんてする暇がなかった。

猟狐さんや他の強豪を下して予選ラウンドを勝ち上がってきたのも、シュタールクーさんを一瞬で仕留めたのも、鳳椿さんの流儀に合わせて素手で戦ったのも、どれも印象的だった。

そのイグニスさんの眼光だ。

怖い……


「あー、いや、悪ィ。そんなつもりじゃねェんだ。トニトルスと違って、己は頭は良くねェからな……あいつみてェにうまく言えねェし、あいつみてェに落ち着いてもいねェし」


……と思ったら、イグニスさんの表情が緩んだ。

怒らせたわけではないらしい。

よかった。


「あいつはいつも、己の少し先にいてなァ……鍛えて鍛えて、あと少しで届くと思ったら……なんでか、またあと少し先に行かれて、離されちまう」


さっきの鋭さはどこへやら、優しい表情で宙をぼんやりと眺めながら。

そんな風に話すイグニスさんはきっと、昔のことを思い出しているんだろう。


「たまーに『今日は我の負けだな』なんてスカした台詞を吐きやがる時もあるが、己は……『勝った』と思えた時なんか、一度もねェよ」


どれだけの時間を競い合ってきたんだろう。

僕には想像もつかない。


「だがな……今日という今日は……勝つ!」


イグニスさんの闘志は充分。

休憩時間が終わる前に、僕はその場を離れた。




さあ、いよいよ決勝戦が始まる。

イグニスさん対トニトルスさんの『ドラゴン対決』だ。

きっと、すごい戦いになる……そう思うと、なんだか落ち着かない。

いつ始まってもいいように、お手洗いを済ませて観戦席に戻った。

喉も渇いた。

お茶を淹れてもらおう。


「とんだ醜態を晒してしまいました。申し訳ございませんでした」


ベルリネッタさんだ。

三位決定戦が終わって最終成績も四位と確定したからか。

僕の観戦席での、メイドの仕事に回ってきた。

本人は『醜態』とは言うものの。


「大丈夫です。というか、ですね……むしろ、今のうちに見られてよかったですよ」


そういう『弱点』はあらかじめ探し出しておきたい。

今はまだ続報がないけど、探してもらっている撚翅(ねじればね)が見つかって、戦いになったら……

その時に、今まで気づいてなかった弱点を的確に突かれたら……

それを考えてみれば、むしろどんどん見せてほしいくらいだ。

……うん、まあ、正直、さっきのトニトルスさんの受け売りだね。


「今は決勝戦を見届けましょう。細かい話は後で」

「かしこまりました」


場内で、トニトルスさんとイグニスさんが向き合う。

ここまで勝ち上がるまで使ってきた武器は両者ともそのまま種類も変えずに、棒術と剣術。

棒の汚れを拭き取ったり、折れた剣は新しいものに替えたりはしているけど、ここに来て変に手を変えることはなく、真っ向からやり合うつもりなのがわかる。


「イグニス、成長したな」


トニトルスさんは感慨深げにそう言う。

以前のイグニスさんとは、はっきりと違うということだろうか。


「白状するとな……お主はどこかで痺れを切らして魔力を使ってしまうのではないかと、今回のルールで反則負けになるのではないかと……」

「おい、バカにしてんのか?」


さすがにそれはいくらなんでも、イグニスさんを見くびりすぎだろう。

トニトルスさんこそ慢心しているのかな?


「だが、そうではなかった。準決勝で鳳椿と戦った時も、熱くはなりながらそれでいて、魔力に頼らず戦い、そして勝った」

「そりゃあ、おめェ……おめェと当たる前から、負けられっかよ」


そんなわけはない。

これはきっと、親友同士だからこその距離感、というものだろう。

僕自身にはそこまでの親友がいないから、わかりにくいけど。


「己はおめェに勝てりゃあ、それでいいよ」


イグニスさんはそれだけ言うと、剣を構える。

言葉は不要ということだろう。

応じるようにトニトルスさんも棒を構えて、司会のヴァイスに目配せ。

ヴァイスもうなずいて。


「はじめ!」


始まった!

お互い、基本の構えと型から攻撃を繰り出す。

動き自体には意外性はない、普通の技ばかりだ。

ただし、速度が物凄い。

大振りを避けて、間合いを活かして連続での突きを繰り出すトニトルスさん。

最小限の回避から牽制技に繋いで、最大限の踏み込みを狙うイグニスさん。

どちらも基本技ばかりなのに、速度が物凄いせいで派手な大技に見える。

……イグニスさんが踏み込んだ!

棒より内側の間合いに……


「ええっ!?」


……入れない。

イグニスさんが弾き飛ばされた。

そしてまた、間合いが離される。

さっきのあれは……肘だった。

棒どころか拳も振れない間合いに、肘打ちで割り込んで跳ね返した。

考えてみれば、棒なしどころか目潰しを受けた状態でも、トニトルスさんは体術で乗り切って勝った。

間合いに入られるのは承知の上、そこからの反撃技も当然ある……というわけだ。


「鼻っ柱狙いやがって……(デコ)で受けても(いて)ェー……」


イグニスさんはとっさに少し沈みこむことで体全体を下にずらして、鼻を折られるのを避けて額で受けた。

それでも痛そう、というか実際に痛いだろう。

よくあれだけで済んだと思う。


「容赦ねェなァ、おいッ!」


そう言うイグニスさんだけど、もちろん手を抜いてほしいわけじゃない。

トニトルスさんの棒の連続突きに……剣での連続突きで対抗する!

棒の断面なんてわずかな面積しかない上、連続突きで激しく動く。

その棒の先端を正確に突いて、合わせる。

とんでもない技巧だ。

よほど修練を重ねていなければ、あんな真似はできない。

いや……修練を重ねれば絶対できるというものでもないだろう……

何だあれ!?


「ふふ、さすがだな……よく鍛えておる」

「おめェもな、サボってねェようで安心したぜッ!」


技と技とが《(しのぎ)を削る》攻防。

これは、すごい……

不意に突き合いをやめて、イグニスさんが踏み込んだ。

トニトルスさんの棒を上から抑えながら、剣身が滑る!


「ぬうッ!?」


このままだとトニトルスさんの手が斬られる。

刃引きではあるから切り落とされることはないだろうけど、当たれば負けだ!

トニトルスさんは……棒から手を離してしゃがんで、足払い。

食らうイグニスさんじゃなかったけど、剣の軌道までは変えられずに空振り。

その隙に棒を拾って間合いを広げるトニトルスさん。

両者とも譲らない。

お互いに有効打は受けていないけど、つまりそれは有効打を入れられずにいるということ。

まだまだこの戦いが続く……


「くくくッ、楽しいぜェ……なァ、おい……」


イグニスさんのギラギラと輝く瞳が、トニトルスさんを捉えて離さない。

トニトルスさんの瞳もまた、爛々としていた。


「ああ……楽しい時間だ」


そしてまた、間合いの有利を活かしてトニトルスさんから仕掛ける。

今度は……足首への突き。

機動力を直接削ぐ手だ。

素直に食らうイグニスさんじゃないけど……避けられて地面を突いた棒の先が、そこから跳ね返るように駆け上がっている。

もちろん、次の攻撃として。

それを避けると今度は棒が振り下ろされ、頭を狙う。

下に受け流してみればまた足を狙われ、避ければまた棒が跳ね返る。

この動きは……


「さすがにお主なら、これも避けるか……名付けて《飛蝗棍打(グラスホッパー)/Grasshopper》」


……グラスホッパー、バッタ。

棒の先をバッタが跳ねる様子に見立てて、飛び跳ねさせるように繰り出す連続攻撃。

言えばたいしたことはないかもしれない。

基本的な動きから大きく変わることはないかもしれない。

でも、自分が全力で戦っても負けるかもしれないような相手と戦う時。

一瞬の判断の誤りが、一歩の出足の遅れが、勝敗を分ける時。

そういう時に頼れるのはきっと、使いやすさだ。

例えば構えて溜めないといけないとか、長い詠唱を全部言わないといけないとか、そういう悠長なことは言ってられない時。

そういう時ほど、使いやすさは効くだろう。


「まァた、おかしな(もん)編み出しやがって……会うたびに違う手を使って来やがる」

「いつも同じ手では、お主に勝てんからだ。それにお主は、我に進歩がないとそれはそれで文句を言うからな」


お互いに、相手に勝つために鍛練を欠かさない。

親友同士として、好敵手(ライバル)として、お互いに相手を意識して。


「はッ、(ちげ)ェねェッ!」


そしてまたイグニスさんが突っ込む。

トニトルスさんはその足元を狙って、イグニスさんは避けて……

跳ねる前の棒を、踏んだ。


「どうした。バッタはこんなもんかよ?」


すると、跳ねた。

トニトルスさん自身が。

踏まれた棒の先をむしろ支えにして、棒を立てる棒高跳びのように跳躍。

飛び蹴りを繰り出して奇襲。

これも避けたイグニスさんだったけど、頬に少しかすったようで、少し痕ができてる。


「やはり、そうそう上手くは食らわせられんか……」


避けられて当然といった顔。

トニトルスさんはこれくらいは想定の範囲内ということだろう。

対するイグニスさんも、満足できないという顔。

ということは、やはり。


「さて、挨拶はこんなとこだな……そろそろ本気で行くぜ、チビんなよ!」

「こちらの台詞だ。ようやく暖まってきたのだからな」


ここまでの攻防は本気じゃなかった。

二人にとって、今のは挨拶代わり。

むしろ、ここから先が本番だ……!




◎鎬を削る

人同士、または団体同士が激しく争うこと。

鎬とは、刀の刃と背の間、横の少し盛り上がった部分。

そこを擦り合わせて削るほどの激しい戦いの様子から。


毎話5000文字と少々程度を目安にしていますが、ここ最近はどうにもこの武術大会の先の展開は思いつく一方で、武術大会自体はあんまりスラスラとは書けていません。

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