59 燻し『銀』
トニトルス対ベルリネッタ。
まだまだシリアスに武術大会です。
第六試合はトニトルスさん対ベルリネッタさん。
イグニスさんと鳳椿さんの様子を見た控え室から僕専用の観戦席に戻る途中、考え込んでしまう。
棒術対剣術か……どうなるだろう。
ベルリネッタさんは剣術一本でまっとうに予選ラウンドを勝ち上がってきた以外に、ルブルムとの試合で見せた絞首紐……隠し武器もある。
しかも、隠し武器があれだけとは限らない。
まだまだ底が見えない……それこそ他にも何か『隠し持って』いそうだ。
一方、トニトルスさんも棒術で……呪文や特殊能力でない武術で勝ち進んで来たというのはベルリネッタさんと同じだけど、予選ラウンドの各試合や決勝ラウンド第三試合のエギュイーユさんとの対戦を見ても、なんだか……派手さはない内容だった。
しかもエギュイーユさんとの試合に勝った時は、相手の得意技をやり返すという手で……正直、棒術はあんまり関係なかったようにすら思えてくる。
そもそもこれまで僕にあれこれ授業で見せてくれた中にも棒術なんてなくて、この大会が始まってから初めて見たくらいだ。
やっぱり、本人が言っていた通り『教えられなくはない程度』ではあるんだろうけど、他の……それこそイグニスさんや鳳椿さんのような、そういう……腕自慢には及ばないんだろうか。
呪文や特殊能力を全部使えばともかく、武術だけに限定すればトニトルスさんではベルリネッタさんには勝てないんだろうか。
でも、イグニスさんは言っていた。
「後でお前が勝つから、どっちも己とは当たんねェ。信じてるぜ」
イグニスさんのあの言葉が、トニトルスさんに対する贔屓目とか、トニトルスさんに勝ってほしいという願望とか、そういう不確かなものじゃなく……トニトルスさんなら勝つという確信から出たものなら……
トニトルスさんも何か『隠し持って』いるのなら……
いや、考えていても仕方ない。
成り行きを見守ろう。
「では、よろしく頼む」
トニトルスさんはこれまでと同じ棒。
特に何かを変えてきた様子はないかな。
「よろしくお願いいたします」
ベルリネッタさんもこれまで通り。
ヴィクトリアンメイドスタイルに、訓練用の剣。
……とはいえ、二人とも見た目だけでは何とも言えない。
どうなることか。
「それでは……はじめ!」
司会のヴァイスの号令で試合開始。
まずは普通に中距離で立ち合うなら、やっぱり見た目通りに棒の方が剣より有利だ。
長さの有利を活かして、トニトルスさんはベルリネッタさんを近寄らせない。
踏み込みを制する形で膝や足元を狙って突いたり、その突きを狙って払われても姿勢を崩さすに構え直したり。
棒の両端をきちんと使って、左右どちらに構えてもしっかりしている。
地味ではあるけど……強い。
「トニトルスさま……基本の動きしかしてない……でも、強い……」
基本の動きだけ。
だから僕には『地味』に見えてしまったのか。
猟狐さんにはもっと違う意味が見えてるんだろう。
「あくまでも基本通りの動き。鳳椿様もでござりましたが……あれらは奥義でも何でもない、門弟が早いうちに習う構えと動きだけ。ただし」
ただし、何だろう。
候狼さんの言葉の続きが気になる。
「……ただしそれを、恐ろしいまでに鍛え上げた速度と精度で、正確に行っておられまする。間違いなく『達人』と呼んで差し支えない領域かと」
ひたすら鍛え上げた成果。
それがあの隙のなさなのか。
思えばトニトルスさんは、授業の時も基本の部分は懇切丁寧に説明して、基本の反復を欠かさないように繰り返し僕に言い渡してきた。
そういう人だからこそ、あの堅実な戦いぶりと強さを発揮できるんだろう。
対するベルリネッタさんは……?
「どうした……我に、近寄れんか?」
「そのようなことは」
トニトルスさんの攻撃を巧みに避けて、剣が有利な近距離の間合いを狙って踏み込む。
もちろん、勝敗が決まるような攻撃は受けず、一本は取らせない。
達人と言っていいトニトルスさんが一本取れないなら、ベルリネッタさんも少なくとも同様のレベルにいるということか。
そのベルリネッタさんが……トニトルスさんの棒を左手でつかんだ!
「ふむ?……む、んッ……」
「さて、少々根比べとまいりましょう」
ただつかんでいるだけのように見えるのに、戦いの流れが止まった。
しかもベルリネッタさんは左手一本で、トニトルスさんは両手持ちなのに。
何が起きてる……?
「……お互い、力の向きをあれこれ変えてる……自分が押してる時に引かれれば前に、自分が引いてる時に押されれば後ろに、崩されちゃうから」
単純な引っ張り合いじゃなかったのか。
確かに、猟狐さんにそう言われて見てみれば、押したり引いたり、上げたり下げたり。
お互いに相手の力をうまく受け流したり、相手の力を利用して姿勢を崩させようとしているらしい。
学校の体育の授業で、少しだけ柔道をやらされたことがあるけど、あれもそういう感じかな?
「とはいえ、地味すぎんだろ……や、まあ、わかるけどよ」
「自分はああいうのは嫌いではなく、むしろなかなか好みでありますよ」
イグニスさんと鳳椿さんも、この攻防の意図は理解していた。
そりゃそうか。
この二人は熱心に鍛えてるからね。
「とはいえ、ずっとこのままというのも……な!」
トニトルスさんが突然、棒を捻った。
押し引きや上げ下げでなく、軸回転させる方向の力。
その逆側にベルリネッタさんが力を入れると……
「隙ありだ!」
……またその逆側にトニトルスさんが力を入れて、軸回転が逆方向になる。
自分がかけた力も合わさって手首が曲がりすぎてしまい、ベルリネッタさんは棒を放すことになってしまった。
そこからの追撃となる突きは避けたものの、やはり棒の長さを活かして間合いを離されてしまう。
これで勝負は振り出し。
「やるゥ。さすが《燻し銀》だねェ」
「まだ勝っていない」
一連の棒さばきを、イグニスさんが《燻し銀》と褒める。
とはいえトニトルスさんが言う通り、決着がついていないのは事実。
ましてや、ベルリネッタさんは別に何かダメージを受けたわけでもない。
ここから負けることだっていくらでもあり得るわけだ。
「ええ、わたくしはまだ、勝利を手にしておりませんので」
ベルリネッタさんもベルリネッタさんで、あくまでも勝つ気だ。
当然と言えば当然か。
むしろここまでの攻防は双方にとって、単なる様子見程度だったのかもしれない。
「続けて、参ります!」
ベルリネッタさんの踏み込み!
トニトルスさんは当然迎え撃つけど、いくらトニトルスさんでも誰でも関係なく、攻撃の動作には『戻す部分』がある。
どうしてもそれはゼロにはできないから、極力そこに合わせられないようにするのも、型や速さを鍛える意義のひとつ……のはずだ。
ファイダイでユリシーズが言ってただけ、でしか僕は聞いてないけど……今、ベルリネッタさんも同じようにトニトルスさんの『戻す部分』に合わせて踏み込んだら……
「……頂きます」
……剣の間合いに入った。
こうなると、中距離で有利を得ていた棒の長さが、却って邪魔にさえなってしまう。
予選ラウンドの相手は誰も近寄ることができず、第三試合のエギュイーユさんは弓術ということでむしろほとんど近寄ろうとはしなかったから、この大会でこの状況はベルリネッタさんが初めてだ。
そしてベルリネッタさんもここまで勝ち上がるのに余力を残して来たほどの人なので、自分の間合いをつかんでしまえば隠し武器なんてなくても充分に有利だ。
トニトルスさんが防戦に回る。
まだ負けてはいないけど、棒を操る間合いじゃないのとベルリネッタさんの剣術もすごいのとで、思うように反撃はできない。
このままベルリネッタさんが勝つか……!?
「やはりな。お主の剣の弱点が見えた」
弱点!?
ベルリネッタさんは現に今、有利に戦っているのに。
トニトルスさんは弱点が見えたという。
何が、一体……?
「剣の使い方が荒すぎる。日頃はそれでも《奪魂黒剣》なら耐えるだろうがな……」
そう言うとトニトルスさんは棒を捨てて、両手を後ろに回した。
そんな体勢のトニトルスさんに、ベルリネッタさんは構わず攻撃を続けるけど……
「普通ならば、こうだ」
「……な!?」
ベルリネッタさんの剣が折れた。
トニトルスさんが後ろから振った両手には……
「リョウタ殿の次元には『百均』という店が多くあってな、様々な道具が小銭一枚と少々で買える。便利だろう」
……それぞれ一本ずつの、金槌。
なるほど、僕の次元の百円均一ショップで売っていそうな、安そうだけど十分使える金槌だ。
その金槌で横殴りにして、剣を折ったのか。
イグニスさん相手に鳳椿さんがやったような返し技だ。
それにしても、トニトルスさんがそんな百均グッズを隠し武器に選んできたなんて。
意外すぎて思い浮かばなかった。
「……武器を隠し持つのは違反ではないが、同時にお主だけの特権でもない。汚いなどと、まさか言わんよな?」
「ええ、常套ですとも」
そしてベルリネッタさんは、折れた剣を捨てる。
不敵に構えて、続けるつもりだ。
トニトルスさんが金槌で殴りかかる、まさかの展開に。
ベルリネッタさんは受け流しも上手いけど、金槌というトニトルスさんの武器選択は決して冗談ではなく、厄介かもしれない。
ルブルムの鎚矛も遅くはなかったけど、やはり武器としては素手ほど速くはなかった。
でもこの金槌なら、それこそ素手とほとんど同じ、いくらかは変わるかもしれないけどほとんど変わらない、そんな速度で攻撃できている。
しかも剣が折れたベルリネッタさんは、素手でなくても何か隠し持ってはいるだろうけど、ことさら間合いを離すタイプの武器を出すというのは、収納性からも考えにくい。
そもそも何かを取り出す暇もないほどの絶え間ない連続攻撃を受けているから、そんな中を無理に懐を探ったせいで、一瞬だけど防御がおろそかになってしまった。
トニトルスさんの金槌が、ベルリネッタさんの脳天に降る!
大丈夫なのか、それは!?
「ぷあっ!?」
ぎりぎりでベルリネッタさんが、額の直前に入れた右手で金槌を受け止めた。
でも、そこから先が明らかにおかしい。
その右手から黄土色の液体が飛び散って、トニトルスさんはそれを顔や体のあちこちに浴びてしまった。
しかもこの液体は……
「うわッ、くっせェ! これッ……おめェ!」
……臭い。
中二階の観戦席にさえ届くほどの、腐ったような悪臭がする。
何の毒だか、あるいはいつからの生ゴミか。
とにかく臭い。
これにはイグニスさんもしかめっ面。
そして、そんなものを浴びてしまったトニトルスさんはと言えば。
「いかがです? その様子では、目も開けられないのでは?」
「……ぐっ……くぅ」
いくらか目にも入ってしまったようで、目を閉じてしまっている。
至近距離で浴びてしまったから当然とも言えるけど。
「降参するなら早い方がよろしいかと。浴場の支度はさせてありますので」
エグい!
変な液体で目潰しとは、ベルリネッタさんはやることがエグい……
というかこれ、もう武術大会って感じじゃないかも。
止めようかな?
「おい、小僧!」
そう思った途端に、下からイグニスさんに呼ばれた。
やっぱりイグニスさんも、これには不満かな。
「これッくれェで止めようなんて考えるんじゃねェぞ。これで負けるなら、トニトルスもここまでだ」
逆だった。
イグニスさんはあくまでも、あの液体を受けたトニトルスさんの責任という考え方らしい。
でも、そこからトニトルスさんが勝てる可能性があるのか?
「まあ、もっとも……これッくれェでトニトルスは……己のダチ公は、負けやしねェけどな」
イグニスさんは信じてる。
この状況でもまだ信じてるんだ。
トニトルスさんは負けない、そこからでも勝つって。
「ふふふ、随分舐められたものですね。お互いに呪文や特殊能力が禁止なら、それらによる感知をしただけでも反則負け……ならば、目が見えないのは絶対的な不利では?」
確かに不利だ。
目が開けられないんじゃ、敵がどこにいるかも見えない。
武器がどうとか間合いの有利不利とか以前の問題じゃないのかな?
「舐めてかかられておるのは……我の方だな……」
当のトニトルスさんが、重い口を開いた。
やる気だ。
それなら、僕には止められない。
「友が信じておるところで、おめおめと負けられはせんからな。来い……目が見えなくとも戦える領域があることを、お主に教えてやる」
そして見届けよう、その領域を。
見極めることはできないとしても、最後まで見届けることはできるはずだ。
さて、どうする……トニトルスさん!
◎燻し銀
いぶした銀がつやのない灰色になることになぞらえて、見た目に派手さはなくても実力や魅力があるものを指して言う。
百円均一とはいえ、金槌は立派に凶器になりえます。
ということでチョイスしてみました。
意外性も少々。




