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06 『頭痛』の種

主人公が不在の場面から始まりますので、そのパートは三人称視点となります。

今回はヒロインが顔を合わせて、ようやくラブコメパートになります。

金茶色の髪のヴィクトリアンメイド、ベルリネッタが席に着いた。

向かいには屋敷の主、深海(ふかみ)阿藍(あらん)がいる。


「なぜ呼ばれたか、わかっているのだろうな」


阿藍の表情は厳しい。

対してベルリネッタはどこ吹く風といった様子で、出されたコーヒーに口をつける。


「あの(かた)に、了大(りょうた)様に急に接触したばかりか、勝手に真魔王城(しんまおうじょう)にお招きするなど……一足飛びにも程がある」


苛立ちを隠そうともせず、詰問する阿藍。


「りょうた様、ですか……まず、勘違いなさらないでいただきたいのですが」


ベルリネッタは怯む様子など全く見せない。


「わたくしは今日、情報交換に来たのですよ。今回の事態の原因はあくまでも、ほんの少しの偶然と貴方の秘密主義です」

「なに?」


睨んでくる阿藍を気にも留めず、なおもベルリネッタは続ける。


「秘密主義の証拠に、貴方は……自分の娘を手駒に使いながら、その娘にすら全容も真意も話していないようですね」

「貴様……偉そうに!」


阿藍はとうとう激昂してしまう。


「偉そう? それこそ勘違いでしょう? 確かに貴方は《水に棲む者(アクアティック)の主(ロード)/Aquatic Lord》……六つの軍団の一角を統べる存在ですが」


ベルリネッタの瞳に、わずかに紫色が増す。


「それはわたくしとて同様。《不死なる者(アンデッド)の主(ロード)/Undead Lord》であるわたくしに対して、同格ではあっても上下はないはず」


終始、ベルリネッタは事務的な無表情だ。


「まあ……通じもしない毒物をコーヒーに入れなかった点と、コーヒーのブレンドをよく研究なさっておられる点は、評価いたしましょう?」


ここまでの駆け引きは、ベルリネッタに軍配が上がる。

しかし、阿藍もやられたままで終わる男ではない。


「で、貴様はあの方に言い寄って、無碍(むげ)にされた訳か……売女(ばいた)のように股を開きながら」


安い挑発。

とはいえ、しかしその言葉はベルリネッタの態度を崩すには充分だった。


「《魂の(ソウル)もぎ取り(ミューティレート)/Soul Mutilate》!」

《水に(ウォーターアン)流す/(ダーザブリッジ)Water Under the Bridge》」


両者が立ち上がり、呪文を炸裂させる。

西部劇のガンマンの早撃ちのような、一瞬の攻防。

ベルリネッタが得意とする必殺の即死呪文と、阿藍が得意とする後出しの妨害呪文。

両者の間、頭よりもう少し高い位置で、魔力が凝縮された呪文の光が衝突する。

紫の光を青の光が防ぎ、打ち消しながら両方が消滅した。


「バカめ、ここは私の屋敷だぞ。そんな見え透いた大技が通ると思うな」


自分に有利な場所での会談。

環境を用意して仕掛けた阿藍に、ベルリネッタの即死は通用しない。


「まったく……《頭痛の種》ですね。ええ、断られましたよ。貴方の娘を裏切れないと」


手にわずかに残っていた紫の光も消えたところで、ベルリネッタは再び椅子に腰かけた。


「貴方の囲い込みの成果ですよ。良い気分でしょうね」


腕を組み、ふう、とため息をつく。


「で、貴方は自分の娘をあのお方にあてがって、娘を通じてあのお方を意のままに操り、他者を出し抜こうという魂胆、と」

「何を根拠に。出し抜くなどありえ……ぬぐッ!?」


ベルリネッタの質問をのらりくらりとかわそうとした阿藍が突如、激しい頭痛に襲われる。


「頭が……な、んだ、これは……」

「わたくしは情報交換に来たと言いましたよね? 《頭痛の種(シードオブへデイク)/Seed of Headache》……嘘に反応し、精神を苛む結界を構築しました」


先程の呪文の衝突は、一対一の交換ではなかったのか。


「もう嘘は通じませんよ。さあ……手札を晒し、捨てる時です」


大技の即死呪文を囮にして注意を引き寄せ、ベルリネッタは同時に結界呪文を室内に通していたのだ。

仕掛けたつもりが、仕掛けられた。

阿藍が愕然とする。


「そもそも、魔王輪(まおうりん)を持つお方が現れたのであれば、お招きしやすいように他の軍団と協力するのが筋でしょう。だから貴方は秘密主義だと言うのですよ」

「それは確証がな、がはッ……確証があろうと、もっと時間がかかると思ったまでのことだ」


また結界が反応する。

確証がなかったと言ってとぼけようとしたのだろう。

しかし、もっと時間がかかるという予測の部分には、結界は反応しなかった。

こちらは本心のようだ。


「しかし、うまくやったものですね。自分の娘とあのお方が想いあうように仕向けて」

「仕向け……たのは事実だが、今となってはもう、それがあの子の意思だ」


こうなるとさすがに阿藍も懲りたらしく、言い直しては結界の反応を回避する。


「それよりも、だ。貴様は情報交換と言ったな……ならば、貴様からも私に情報を与えるのが『交換』というものだろう」


結界を回避するには本当のことを話すか、黙るしかない。

相手に話させるのは、黙っておくには最良の手段だ。


「ええ、良いでしょう。とはいえ、どこかの誰かさんのように長年囲い込んでいたわけではないわたくしが持つ情報など、些少ですよ」


皮肉を交えてそう前置きすると、ベルリネッタは自分側の情報を提示した。

接触そのものはあくまでも偶然でしかないこと。

死の凝視(デスゲイズ)》をまともに受けても通用しなかったこと。

魔王輪は自分の目前で発現し、偽物の疑いは有り得ないこと。

接吻で並外れた量の魔力が吸収できたこと。

魔力の吸収の後も当人の命に別状はなく、軽い疲労感もしくは倦怠感程度の症状しか見られなかったこと。


「それと、これは歴代の魔王様の伝承と体感による推測ですが……仮に、夜を共に過ごし精を注いでいただけたとすれば、その時得られる魔力は接吻の時より格段に多く、密度も高いでしょうね」

「ふむ……」


情報量としては多くはなかったが、最後の情報は阿藍にも有益だった。

その推測が実証でき、事実であるなら、自分を優に超える域へも娘の力と格を高めることができる。


「こんなところでしょう。では、失礼いたします」


ベルリネッタが指を鳴らすと、室内から魔力の気配が消える。

結界呪文を解除したのだ。


「私たちの暦で言えば、百年以上待ちわびた魔王輪の顕現……勢力争いなどしている場合ではありませんよ」


阿藍に釘を刺し、ベルリネッタは屋敷を後にした。




車の中。

僕はどうにも、メイドの正体が気がかりだった。


鮎川(あゆかわ)さん、あの女の人はどういう人か、知ってます?」


運転席の鮎川さんは社長秘書だ。

何か知っているだろうか。


真殿(まどの)様、世間には会社の外に漏らせない『企業秘密』や、それを守るべきとする『守秘義務』という物がございます」


知っていても話さない、という意味だ。

大人の社会の常識を前に僕は、自分がまだ子供だと思い知らされる羽目になった。


「すいませんでした。子供が生意気に」

「いえ」


鮎川さんは表情を変えず車を走らせ、僕の家の前に着いた。


「よく知ってますね」


「真殿様は、愛魚(まなな)お嬢様の幼少よりのご学友。小学校の連絡網のご住所から、転居されたという話は伺っておりませんので」


学校の連絡網。

そんなのもあったっけ?

嫌な思い出が多かったから、昔の書類はできるだけ捨てちゃったんだよね。

卒業アルバムを破ろうとしたら親にめちゃくちゃ怒られて、それは居間の本棚に入れられちゃったけど。


「では私はこれで。愛魚お嬢様をよろしくお願いいたします」


走り去る車を見届ける必要もないので、家に入って部屋に戻る。

どうにも考えがまとまらない。


「昨夜の公園で会った人は実際にいて、あのお城もどこかに実在して、だから古文の先生が死んでるのも本当で……」


情報が錯綜し、思考が迷走する。


「あのお城であったことも……あの、エッチなお誘いも……本当だったら」


もし、あの人にまた会ったとしたら。

あの色香で、また誘惑されたとしたら。

僕は気を確かに持っていられるだろうか。

また会いたいような、もう会いたくないような、複雑な気持ち。

どうしようもなく不安になる。




翌朝。

玄関を出ると、眼鏡をかけたベルリネッタさんがいた。


「おはようございます、りょうた様」


粛々とした挨拶。

僕はまだ夢を見たままなんだろうか。

一旦ドアを閉じて、改めて開けてみる。


「おはようございます、りょうた様♪」


今度は満面の笑み。

やっぱり夢じゃないのか?

視線を逸らし、あえて無視して歩いてみる。

ベルリネッタさんは無言で隣について来た。

一定の間隔は空けているが、立ち去ろうという気配はない。

追い払っても駅に着いても離れる様子がないので、必然的に愛魚ちゃんとベルリネッタさんが鉢合わせになってしまった。

気まずい。


「了大くん……その人、誰?」


愛魚ちゃんは露骨に不機嫌。

彼氏が知らない女を連れて来ていれば、当然の反応だ。

しかし、愛魚ちゃんにも見えているということは、夢の中だけの存在ではないということで、いよいよ現実なのだろう。

ここは『知らないフリ』でどうかな……?


「さあ? 愛魚ちゃんの家のメイドさんじゃないの?」

「わたくしはりょうた様のメイドです」

失敗。

即刻否定してきた。押しが強い。


「あの、私たちはこれから学校ですから、メイドさんまで来られると困るんですけど」


さすがに『メイドがいる』という環境自体には違和感がないのか、愛魚ちゃんはうろたえない。


「この件につきましては、貴方のお父様とも話がついておりますので」


そして引き下がらないベルリネッタさん。


「父に!?……む……もし嘘だったら、承知しませんからね」


愛魚ちゃんは先に部屋に戻ってしまって知らないことだけど、ベルリネッタさんは昨日、阿藍さんと会っている。

会話の内容までは僕もわからないけど、話がついているということは、その内容がこれということだろうか。


「本当みたい。そのメイドさん……ベルリネッタ?……さんって、父さんの知り合いなんだって。好きにさせろって……」


電車の中で、愛魚ちゃんは阿藍さんに確認を取ったらしい。

文明の英知の行使、メッセージアプリさまさまだ。


「本当に話がついてるのか……」


結局、電車に乗っても駅に降りてもベルリネッタさんはぴったり隣について来た。

しかし。


「まな……」

「…………何!?」


愛魚ちゃんの表情がヤバい。

殺意すら感じるかもしれない。

経路としては学校の最寄り駅に降りて、同じ学校の生徒もちらほら見えるところ。

こんな表情の愛魚ちゃんと、ベルリネッタさんのヴィクトリアンメイドのルックスで、悪目立ちはこれまで以上だ。

同じ学校の生徒かどうかに関わらず、こっちを見ない人はいないくらい。

しかし、僕に因縁をつけてきそうなバカも、愛魚ちゃんの表情が凄まじいせいか近寄ってこない。

表向きは平穏といえば平穏……なのかな?


「ちょ、何それ!? 美人メイドて!」


唯一話しかけてきたのは富田(とみた)さんだ。

この人は事態に人並みに驚きはしても、基本的に平常心だから助かる。


「深海さん()のメイドさんなの?」


富田さんにも聞かれた。

まあ、愛魚ちゃんの家の裕福さを聞いていれば、普通はそう思う。


「いいえ、わたくしはりょうた様だけのモノです」

「モノって!?」


そこに際どい台詞を平然と言ってのけるベルリネッタさん。


「…………あ゛ァ!?」


それを聞いた愛魚ちゃんの声が……美少女キャラにあるまじき感じの、というか、ヤンキー漫画のやつになってる!

ヤバい!


「に、日本語がまだちょっとね! 『専属』って意味で、らしいよ!」


慌てて訂正し、ベルリネッタさんには小声で釘を刺す。


「話が面倒になりますから! 愛魚ちゃん家のメイドってことにしといてください!」


富田さんは少しだけ絶句した後、愛魚ちゃんの方に話しかける。


「なにアレ大丈夫なの? 真殿くん取られちゃうんじゃない?」


断ってます。

なんとか……今の所は……ギリギリ……まだ。


()取るなどと、滅相もございません」


おい。

今、確かに『寝』って付けたぞ。

『寝』って。


「りょうた様が誰を愛するかは、りょうた様の自由……わたくしは、りょうた様とまななさんの仲を引き裂くつもりはございません。ただ、りょうた様には一人の女だけしか愛せない小さい男で終わってほしくはないと。わたくしも末席に加えていただきたいと。それだけでございます」


えーと……

ベルリネッタさんの言い回しは、ちょっと難しめなんだけど……?


「愛人宣言じゃん!」


富田さんが要約してくれた。

つまり、愛魚ちゃんとでも誰とでも付き合いながらでいいから、自分のことも見ろ、ってことか!?


「深海さん、ダメだよコレ! やっぱり取られちゃうよ!?」


呆気に取られているらしい愛魚ちゃんに、富田さんがまくし立てる。


「わかってないなぁ……男の子はね、ヤキモチ妬いて『あ゛ァ!?』なんて言っちゃう女の子は怖いの! このメイドさんみたいに、一歩引いて尽くすタイプの方がずっといいんだから!」


うっ……確かに……

ここ数日、愛魚ちゃんのことを得体が知れないとか怖いとか思ってたこともあるからなぁ……


「まあ。ではわたくし、りょうた様の一番になれるかもしれない、ということですか?」

「ややこしくしないでください!?」


これ以上、事態をややこしくしない為には……

話題を変えよう!


「そうだ、明日から土日だから、どっか……」

「りょうた様には、真魔王城へお越しいただきます」


失敗。

ベルリネッタさんに先手を打たれた。

ああ、頭が痛くなる……




◎頭痛の種

安心できない原因として残っている事柄、処理に手間がかかって面倒臭い事柄のこと


呪文の撃ち合いは「マジック:ザ・ギャザリング」で考えると目安となるようにしています。

今回は除去に打ち消しを使わせて囮にして《偏頭痛》からの手札破壊です。

次回はまた異世界パートが始まります。

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