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58 完全『燃焼』

イグニス対鳳椿の全力勝負。

素手同士となりましたが、その行方は。

イグニスさんと鳳椿さんの試合は素手同士という展開に。

お互い、武器は無し。

自身の肉体とそこに積んだ鍛練だけが頼りだ。


「毎度毎度……基本通りの構えだな、おめェは」


鳳椿さんの構えは……足は少し大きめに開いて、腰を低く落として、掌を上にして握った右の拳を相手に向けて、左は平手にして右肘を手の甲に添えて、という感じ。

これが基本なのか。

いかにも、きちんと習って繰り返し修行した人という雰囲気の動き……一定の『型』ができている。

対してイグニスさんには、特に決まった構えはなさそう。

何と言うか……喧嘩殺法?


「基本にして深淵、自分もまだまだでありますから」


イグニスさんは構えや間合い、方向をあれこれ変えて隙を伺うけど、鳳椿さんは構えた型を大きく崩すことはなく、対応する方向に捻るだけ。

でも、それだけなのにイグニスさんほどの人が攻めあぐねる。

つまり隙がないということ。


「ッたく……しゃァねェなァ!」


しびれを切らしたイグニスさんが殴りかかる。

でも、剣での打ち込みと同じように捌かれた。

イグニスさんが込めた力の行き先を少し延長するように、肘から下を回す動きで流す。

上段、中段へ拳を浴びせ続けるイグニスさんが……下段へ前蹴り!

拳は防御の意識を上に上にと逸らすためのものだった。

しかも、下段前蹴りは鳳椿さんの股間を狙う、金的。

えげつない!

鳳椿さんは……


「ふッ!」


……拳を落として蹴りを迎え撃ち、金的を免れていた。

足首を殴られたせいか、イグニスさんが勢いを落として下がる。


「やっぱ無理か……」

「金的はわかりやすい急所でありますからな。狙われるのも珍しくなく、受け方も生まれるものであります」


そりゃそうか。

実戦では急所狙いは常道だから、その対策もまた常道になる。

狙われて当たり前、狙う攻撃を迎え撃って当たり前。

それができなければ……死ぬだけだ。


「普段の組手じゃ、そこまで狙わないようにしてたからな」

「いくらイグニス殿にでも、そうそう全部は見せられんでありますよ……こういう時でもなければ!」


今度は鳳椿さんから攻めてきた。

肘打ちかと思えば、その曲げた肘を伸ばして裏拳が飛んでくる。

反撃をしゃがんで避けたかと思えば、その低い姿勢から足払いが飛んでくる。

動作の大きい蹴りかと思えば、そのまま半回転して逆側の足でもう一段蹴る。

二段蹴ったかと思えば、また半回転して元の構えに戻って隙を消す。

常に動きが複数の役割を持っていて、無駄がない。

僕では『無駄がなさすぎる』かどうかはわからないけど、よほど鍛えていないとあのレベルにまではなれないとは、僕でもわかる。


「とはいえ、たいがいは見てるからな! 簡単には食らわねェ!」


イグニスさんも防御が下手なわけじゃない。

上体を反らしたり屈めたり、ステップで立ち位置を変えたりして、鳳椿さんに当てさせない。

その場をほとんど動かないで肘から下で捌いた鳳椿さんのようないかにもという感じの『防御』はあんまり使わなくて、むしろ最初から当たらないように動いて『回避』する。


「おらァ!」

「せいッ! やッ!」


そしてどちらもが相手の攻撃の合間にはどんどん反撃を狙って、応酬がどんどん激しくなる。

これは……目にも止まらぬというか……!

不意に、風船が割れるような音がした。

何かと思ったら、お互いが繰り出した拳同士がかち合った音だった。

両者ともにまったく譲らない。

見ているだけで熱気がひしひしと感じられる『熱い』勝負だ。


「くくッ、面白(おもしれ)ェなァ……一発入れるかもらうかしたらもう終わりなんて、もったいねェぜ」


そう。

あくまでも『殺し合い』ではなく『試合』として勝敗をつけるために、鳳椿さんの手足の防具には判定用に発光する呪文がかかっている。

それが光れば、ルール上は鳳椿さんの勝ち。

イグニスさんの方はその呪文は剣にしかかかってなかったけど、ここまで見てきた鳳椿さんの性格や気質からして、判定に相当する攻撃を受けるようなことがあればその時点で、そんなものがなくても負けを認めそうだ。

確かに、一発で終わりはもったいないのかも。

そう思っていたら、鳳椿さんが……


「まったくでありますな!」


……間合いを離して、着けていた手甲を外して捨てた。

まず左手から、次いで右手も。

観客席が騒然となるのも構わず、同じように足甲も外す。


「自分らの決着をこんな物に決められてしまうのは、無粋でありますよ」


結局、足甲も同じように捨ててしまった。

そして勝負の邪魔にならないように、それらは場内の端へ。

これだと、判定は本当に当人同士の間だけでしか決まらない。


「え、ええっ!? 困りますよ、そういうの!」


司会兼審判のヴァイスとしては、確かに困るだろう。

でも、悪いけどこれはヴァイスが割って入れる話じゃないように思う。

よし。


「僕はそれでいいと思います! 二人とも、気が済むまで思い切りやってください!」


主宰として、僕からオーケーを出す。

おそらく二人とも気力や体力が続く限り戦う気がするけど、むしろそれを見たい気もする。

まだ準決勝だからほどほどに、とも思わなくはないけど、この組み合わせはお互い『ほどほどに』なんて言っていたら勝てないんだろう。

それならそれで結構だ。


「ほーう? あの小僧……単なるお飾りかと思ってたが、話がわかるくちじゃねェか。気に入ったぜ!」

「ならば、ここはお言葉に甘えて。改めて、推して参るでありますよ!」


うん、やっぱりこれでよかった。

二人ともさっきより更に速度を上げて打ち合い、蹴り合う。

イグニスさんは回避で避けきる必要がなくなった分、思い切りよく防御したり反撃を積極的に狙いやすくなり。

鳳椿さんはルール上の勝利条件を自分から捨てた分、それがなくても自分は勝ったと誇るためにより攻撃的になり。

結果として、熱い勝負がさらに熱くなった。


「下がったら負けでありますよ! より、内へ!」

(オレ)は、負けて、ねェッ!」


少しくらい攻撃が当たっても勝負がつかないから、かするくらいはお構いなし。

なんだったら効かない攻撃はもらっても関係ない。

間合いもさっきよりさらに近いような気がする。

ほぼ密着くらいか……と思った瞬間、イグニスさんの体が一瞬浮いて、震える。

鳳椿さんが一撃入れた!


「がッは……」

「た……ッ、ただでは入れられんでありますか……」


でも、勝負あった雰囲気じゃない。

また間合いを開けて仕切り直した鳳椿さんも、何か一撃入れられたようで苦しんでいる。

えーと……?


「この席の方向からでは見づらくなっておりましたが、イグニス殿が左手で鳳椿様の首をつかみ、右足で腹に膝蹴り……しかしイグニス殿の左脇腹が空きましたので、鳳椿様がそこに寸勁……いわゆる、ワンインチパンチを」


候狼さんには見えていたのか。

さすが決勝ラウンド進出者、羨ましがるばかりの犬キャラなだけじゃない。

つまりあの一瞬で、お互いにかなり効く攻撃をもらってしまった『相討ち』ということらしかった。

でも、どっちもまだ倒れてない。

勝負はさらに続く。

また間合いを詰めて、打ち合う。

受け止めた蹴り足をそのままつかんで捻ったり、捻りに合わせて跳んでダメージを回避したり、ハイレベルな攻防が続く。

そのうちお互い防御も回避もあんまりしなくなって、殴りながら殴られるカウンター状態になることもしばしば。

顔や体にアザができたり、関節が痛くなって動きが鈍っても、お互い様でお構いなし。

ひたすら殴り合う。


「まだ、やる気……二人とも、すごい……」


猟狐さんの視線もずっと釘付けのままだ。

もちろん僕も、小細工なしの真剣勝負に視線が釘付け。

ここまで来ると二人ともかなりのダメージがあると見えて、もう動きもわりと単純にはなってきた。

それでもなお、まだ戦いをやめない。

相手が倒れるまで。

自分が勝ったと、皆に認めさせるまで。


「おッ……らァ!」


そしてイグニスさんが鳳椿さんの襟首をつかんで、頭突き!

真正面から、まともに入ったぞ……!?

さすがの鳳椿さんも、これまでのダメージに加えてこれではたまったものではなかったようで、倒れてしまった。


「う、ぐ……おぉ……」


鳳椿さんが……起き上がれない。

少し待ってみてもダメなようだから、さすがにもういいだろう。

止めよう。

ヴァイスは言いにくいようだから、僕から。


「それまで! イグニスさんの勝利とします!」

「……ッしゃァ……」


決着を僕が告げたとたん、イグニスさんも仰向けに倒れてしまった。

やっぱり限界が近かったのか。

というか、死んでないだろうな!?

急いで二人の様子を見て、手当てをするように指示した。




第六試合の前の休憩時間。

イグニスさんと鳳椿さんの様子を見に来た。

でも、これまでと変わりない選手控え室に下がっただけ。

医務室みたいな場所はないのかな?


「というよりほら、りょーくんにわかりやすい言い方をしちゃえば、ファンタジーだから」

「あ……そうか、魔法で」


二人の側にはルブルムもいた。

そういえばそうか。

こういう治療も、呪文があれば。


「はい。《癒しの閃光(ヒーリングフラッシュ)》……本当、派手にやったもんだね」


ルブルムがイグニスさんに呪文をかける。

あれは確か、僕が腕を骨折させられた時にも使っていた呪文だ。

ルブルムはこういう、治癒や回復関連の呪文が得意なんだよね。

光の点滅が終わるとイグニスさんの全身からアザが消えて、見た目にもわかりやすく治っていった。


「やー、(わり)ィね。つい熱くなっちまってさ」

「死ぬ前にやめとかないとダメだよ? もし死んだら、ワタシでも治せないんだからね?」


ダメージが消えたイグニスさんは最初の元気が戻って、あっけらかんとした様子。

鳳椿さんの方は……?


「鳳椿さんは大丈夫、というか、わざわざワタシから呪文をかけるまでもない人でさ……見てて」


そうなのかな……って、たしかフェニックスだっけ?

治りが早いのかな、と思って見ていたら、鳳椿さんの中で火の魔力が循環するのを感じた。


「ふう、今回は負けたでありますよ」


確かに、治ってる。

戦った後だから髪や衣服は仕方ないけど、鳳椿さんも肌にアザが残ってなくて、もう普通に動いてる。

濡らした布巾をメイドに用意してもらって、自分で顔や体を拭き始めるくらい元気。


「今回は特殊能力禁止の大会だから使わなかったけどよ……こいつ、なんでもありならこんな感じで、あれくれェの怪我なんざァその場ですぐ治りやがるからな。ずりィだろ?」


鳳椿さんの姉、凰蘭さんに《鳳凰の再誕フェニックスリニューアル》というのをしてもらったことがある。

あれは、その時の僕の『死んでいた肉体』さえも傷ひとつない状態に再生していたから、それと同質の再生能力が自分に使えるなら、なるほど確かにそうなるだろう。

不死鳥だけに、この回復力が固有の特殊能力なのか。

イグニスさんもイグニスさんで、今回はドラゴンとしての特殊能力は一切使わなかった。

どんなのがあるかは知らないけど。


「それを言うならイグニス殿も、ドラゴンとしての《息吹(ブレス)》で辺り一面火の海にするくらい造作もないお人でありましょう。なんでもありなら」

「まあな……くくくッ……」

「自分とて……ふふふ……」


うーん、ファンタジー……

フェニックス対ドラゴンの全力バトルは、ちょっと遠慮してほしいかな。

勝敗以前に、環境破壊が怖い。


「それでなくとも、今回は特殊能力に類するということで《機獣天動流きじゅうてんどうりゅう》のあれこれも禁止でありましたからな。いろいろ不自由ではありました」


機獣天動流。

イグニスさんがシュタールクーさんに使った《雷斬(らいきり)》以外は僕にはわからないけど、人間の姿のままでも二人ともこれほどまでに強いのがその流派の強さなら、僕もぜひ習ってみたい。

この大会が終わったら、教えてもらおう。


「それにしても、久々にあそこまでやったぜ。《完全燃焼》って感じだな!」

「自分も、精神的には《完全燃焼》でありますよ。勝ちは逃しましたが、勝ちのためだけに戦ったわけではないので」


うん、やっぱりイグニスさんも鳳椿さんもそういう人か。

二人とも清々しい人柄だ。


「さてと……トニトルスとベルリネッタの試合、見に行こうぜ。鳳椿、負けた方だってお前と三位決定戦なんだからな?」

「そう言われればそうでありました! すっかり忘れていたであります」


ルブルムの呪文で治ったイグニスさんと、自分の特殊能力で治った鳳椿さんが、元気になって試合会場に戻った。

次はトニトルスさんとベルリネッタさんの試合だ。

僕も観戦席に戻ろうっと。




◎完全燃焼

可燃物が十分な酸素の供給などの適切な条件下で燃焼し、残らず燃え尽きること。

転じて、人が力を完全に出しきることという意味も持つ。

特に、思うような結果が得られた時に使われる。


イグニスが決勝戦進出です。

次はトニトルス対ベルリネッタ!

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