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57 暴飲『暴食』

ケータリングで昼食。

愛魚、候狼、猟狐と来れば、もちろんその三人だけで終わるはずもなく。

ケータリングで運ばれてきた昼食。

今日はどこで食べるのかなと思ってたけど、持ってきてもらえるとは。

僕が今いる専用観戦席は高さ的には中二階だけど、観客席ともども呪文で作る時に魔法で動くエレベーター的な物も作られたから、こういうのも運びやすいのか。

昇り下りが楽だとは思ってたけど、さすが魔王。

つくづく王様待遇だ。

でも……


「こんなにたくさん、持って来る必要あった?」


……多すぎる。

僕だけじゃとても食べきれないという量。

そんなに贅沢しなくてもいいと思うんだけど。


「というか、いつも多いなって思ってるよ?」

「そこはそれ、後で拙者らもいただいておりますゆえ」

「粗末には絶対してない……食べ物は大切」


このケータリングに限らず真魔王城で用意される食事は、毎食いつも美味しいんだけど、毎食いつも多すぎる。

とはいえ候狼さんたちも食べてるから、捨てたり腐らせたりはしてないらしい。

それならいいのかな?


「了大くん。はい、あーん♪」


愛魚ちゃんがフォークを持って……ハムかな?

一口大の肉を刺して、僕に食べさせようとする。

別にフォークくらい持てるんだから、自分で食べられるけど……ここは乗っておこう。

メイドたちはともかく、愛魚ちゃんはやっぱり恋人だからね。


「あーん……うん、美味しい」

「なっ! 愛魚殿ばかりずるいのでは!」


あ、候狼さんの『ずるいのでは!』が出た。

猟狐さんの時といい今といい、候狼さんってちょっと『羨ましがり』なところがあるのかな?

って……羨ましがるってことは『そういうこと』だから……ゆくゆくは候狼さんにも、ってことになるのかな……


「うん……マナナさんだけ、ずるい……(わて)も」

「猟狐まで!」

「はい、リョウタさま……あーん♪」


なんて思っていたら、別に用意されたフォークで猟狐さんがパスタをくるくる巻く。

そうして一口分を取って、僕に向けた。

まあ、食べさせてもらうだけならいいか。

愛魚ちゃんは……特に嫌がったり神経質になったりはしてないみたい。

せっかくだから乗っておこう。


「あーん……はふっ、あふ……おいひ」


ちょっと熱すぎかもしれないけど、これも美味しい。

ソースはトマトとミンチの典型的なミートソースだった。

物珍しくはないけど、だからこそ安心する定番の味。


御屋形様(おやかたさま)! 拙者も! 拙者も!」


まあ、そうなるよね。

愛魚ちゃんは……大丈夫かな。


「?……了大くん、私の顔色を伺ってる?」


うっ、バレた。

デレデレしてたらダメだろうと思ってたんだけど。


「気にしないで、食べさせてもらってよ。そのくらい別に怒らないよ?」


いいのか……

そう言えば愛魚ちゃんは、夏休みのプールくらいの時にはもうすっかり落ち着いてたっけ。

じゃあ、候狼さんにも食べさせてもらうことにしようっと。


「せっかくだから、この赤の野菜を」

「御意に」


見たことがない野菜のサラダだ。

薄切りにして、細かいスティック状の何かを巻いてある。

何だろう?


「これは紅芯大根(こうしんだいこん)にござりますれば、食べた物の消化、吸収を助けてくれまする」


大根の仲間なのか……初めて見たよ。

いただいてみよう。


「それでは御屋形様、あーん、してくだされ♪」

「あーん」


ぱくりと一口で食べたら、普通の大根みたいな辛みじゃなくて甘みがあって……ちょっとコリコリ?

巻かれていたスティックは甘酸っぱくて……リンゴだった。

素材同士がいい感じで調和した味。

うん、美味しい。


「どれも美味しい。ありがとう」


巨乳美少女三人からの『食べさせてあげる♪』攻撃。

これもこれで……なんというか精神的な美味しさというか……

あ、そうだ。


「愛魚ちゃん、ちょっといい?」

「うん?」


さっきの紅芯大根のサラダをフォークで刺して、愛魚ちゃんに向ける。

せっかく、こんなにあるんだから。


「はい。あーんして?」

「ふぇ!?」


むしろ僕から皆に食べさせるのもアリでは?

皆で食べる分くらいありそうだもん、というか、僕からもやってみたくなった。


「あ、もしかしてもうお昼は食べちゃった後?」


とはいえ、お腹がすいてないなら無理には食べさせられないかな。

先に聞けばよかった。


「う、ううん! まだ食べてないよ! 了大くんからそういうのしてくれるなんて、ちょっとびっくりしただけ……」


確かに。

今までは『皆に押されてる』だけで『こっちから押す』って、あったかな……?

なかったかな、まあどっちでもいいか。


「それじゃ、はい。あーん」

「あーん♪」


乗ってきてくれる。

愛魚ちゃんがしっかり口に入れてから閉じたのを見て、フォークを引いた。


「ぅん、美味しい……♪」


愛魚ちゃんも紅芯大根が気に入ったかな?

よかった。


「そ、っ……そのようなこと……せ、拙者にも!」


もうこうなったら皆にやるに決まってるでしょ。

候狼さんは慌てん坊だなぁ。

じゃあ、このじゃがいもでどうだ!


「はい。候狼さんも、あーん」

「あーん♪ んむ、ぅむ……なんたる僥倖(ぎょうこう)……♪」


ちょっと香辛料が強めかもしれないけど、まあ、普通の犬じゃないから大丈夫でしょ。

……大丈夫だよね?


「拙者は犬ではなく、狼にござりまする……それとも、(ねや)で《雌犬》にしてくださるおつもりで?」

「まだお昼だよ、候狼さん」


大丈夫だった。

つい犬って言っちゃったけど、またなんというか、そういう話題に持って行こうとする……スルー。

それはさておき、こうして食べさせるのはなんだか面白くなってきたかも。

それじゃ次は、猟狐さんは……


「私は……これ、パスタ……」


さっき猟狐さんから僕に食べさせてくれた、ミートソースのパスタか。

よしよし、じゃあこれをフォークでくるくるして……


「猟狐さん、はい。あーん」

「あー……ん、おぉ……おいひい……♪」


猟狐さんも満足そうだ。

そんな感じで、食べさせたり食べさせてもらったりして昼食が進む……

進む……

ちょっとヤバいかも。

これは楽しいぞ!?


「じゃ、次は……」

「楽しそうで何よりです」


調子に乗ってた僕の背後から聞こえた声は、どこか冷たい。

振り向けばベルリネッタさんがいる。

気のせいか、表情も気配もなんだか怖い……


「あっ!? いや、美味しく食べてますよ!?」


やましいことはしていないのに、食事だってありがたく皆で食べてて、決して粗末にはしてないのに、なぜか焦ってしまう。

なぜだろう……


「いつもは内気なりょうた様の方から、今日に限って『はい、あーんして』だなんて……なぜわたくしはお呼びいただけないのかと不思議に思い、罷り越しました」

「おぅん……」


怖さの原因はそれか。

呻きのような呟きを、思わずもらしてしまう。

いや、呼ばないつもりじゃなかったけど。

むしろ話があるけど。


「って……そうだ、ちょうどいいや。ベルリネッタさん、例の『ママ』っていうのは無しですからね」

「そんなッ!?」


そう。

『ママ』っていうのは無し。

これはすぐ言っておくつもりだったから、呼ばなくても来たのは探したり呼んだりする手間が省けて助かった。

でも、反応が……


「くっ……やはり、りょうた様はルブルム様がお調べになった通り、女は組み敷いて乱暴に辱しめるのが燃えると……」

「そういう話はしてませんよね!?」


……そんなに愕然としてへこむところ?

本当、この人はこの人で、いろんな意味で危ないなあ……

どうしたものかと考えていると。


「まあ、今はそれよりも……りょうた様、わたくしはこの甘酢肉団子を」


料理を指定された。

甘酢肉団子?

うん、僕も食べてみて美味しいと思ったやつだ。

どれも美味しいけど、中でもお気に入り。


「所望いたしますので、りょうた様からわたくしに食べさせてくださいませ♪」


そうなるわけか。

そりゃ、愛魚ちゃんと候狼さんと猟狐さんには食べさせて、ベルリネッタさんには食べさせないなんてのは通らないよね。

別にもう残ってないわけでも、食べさせるのが嫌なわけでもない。

フォークで刺して、と。


「はい、ベルリネッタさん。あーん」

「あー……んっ♪」


ベルリネッタさんにも食べさせる。

『一方的にひたすら甘やかされる』というのは困るけど、こうやってお互いにあれこれしあって『おあいこ』なら、いいんじゃないかな。


「美味しい……りょうた様から食べさせていただけるなんて、格別……はぁん♪」


そういうものかな、と言おうとして思い直した。

間違いなく『そういうもの』だ。

例えば量も質も同じものでも、こうして皆でお互いに食べさせて楽しむんじゃなくて、出すだけ出して『一人きりで勝手に食べてろ』なんて言われたら。

それじゃこんなに楽しく、美味しくは食べていられない。


「さて、それではわたくしからもりょうた様に」


え……やっぱりそうなるの?

何しろ三人いたから、けっこう食べさせられてて……わりとお腹が……


「まあ。わたくしの手からは、お召し上がりいただけない……とでも?」

「……いただきます」


来るならせめて、もっと早く来てよ……とも言えず。

ベルリネッタさんからもあれこれ食べさせられて、率直に言って食べ過ぎになってしまった……




そんな風にして昼食の時間が終わったけど……苦しい。

さっきの紅芯大根は消化にいいって言ってたけど、そういう話じゃないか……

こういう《暴飲暴食》というか……お酒は控えたから、暴飲とは違うかな?

ともあれ、この暴食と言っていい食べ方は贅沢すぎる。

今後は控えたい。

そしてケータリングの食器やらなんやらを下げながら、愛魚ちゃんはお手伝いに戻った。


「それでは、第五試合を開催します!」


さあ、観戦に集中しよう。

第五試合は、鳳椿さん対イグニスさんだ。

二人はよく一緒になって鍛える『修行仲間』らしいから、お互いの手の内……パターンが見えてるから長引く、というのがありそう。

予選の時にカエルレウム対ルブルムでもあった話だ。


「鳳椿、ちゃんと昼飯は食ってきたか?」


イグニスさんの口には……串が一本。

お昼は何か串焼きでも食べてたのかな。


「軽く、でありますよ。このような時に《暴飲暴食》は禁物でありますからな」


鳳椿さんはほどほど程度の量にしておいたらしい。

それは……


(ちげ)ェねェ。(オレ)も、食い過ぎで鈍ったおめェに勝ってもつまんねェからな」


……そういうこと。

食べ過ぎで動きが悪くなったから負けました、ではあまりにもお粗末だからね。

きっと僕でも同じようにする。


「それでは……はじめ!」


司会のヴァイスの声で、試合開始。

二人とも前の試合から変わらず、鳳椿さんは空手、イグニスさんは扱いやすい片手剣だ。

まずは、イグニスさんの打ち込みを鳳椿さんが受け流したり、鳳椿さんの突きや蹴りをイグニスさんがかわしたり、という展開が続く。

剣はそんなに長くないから鳳椿さんに間合いの不利はあんまりないけど、その反面もしも鳳椿さんが懐に入っても、イグニスさんに取り回しの不利はあんまりない……という感じ。

なんというか……組手?

お互い、まだ『感触を確かめている』だけのような、まだまだ本気には程遠いような……?

候狼さんも猟狐さんも、目配せでなんとなく説明を求めてみても何も言ってこない。

『黙って見ていろ』ということか。

そうしよう、うん。


「んじゃそろそろ、速めて行くか!」


イグニスさんの剣がさらに速くなる!

やっぱりそうだ。

シュタールクーさんを一発で仕留めたあの速さには及ばないと思ってたんだ。

ベルリネッタさんの隠し武器の紐も見えたくらいには魔力で目を強化してるけど、それでも動体視力がなかなかついて行かない。

鳳椿さんは……


「まだまだ! もっと速くなければ、自分は斬れんでありますよ!」


……全部捌いてる上に、まだ余裕がありそうだ。

すごい。

空手って、こんなにも強くなるのか!


「はッ、言ったな!」


そしてイグニスさんは……あれ?

さっきより少しだけど、遅くなった?

僕の目が慣れてきただけかもしれないけど、剣が逆に遅くなってる気がする。

まさか、バテたわけじゃないよね?

まだよく知らない人だけど、それはあまりにも『らしくない』気がする。

何だ……?

そういう攻防の中で、鳳椿さんの姿勢が崩れた。

この隙を見逃すはずがないイグニスさんが……


「せッ!」


……そこに今日一番の速い打ち込みと、高い金属音。

あれはシュタールクーさんの時より速い。

そうか、さっきのは疲れたわけでも僕の目が慣れたわけでもなく、本当に遅くしていたのか!

その速さに相手の目を慣れさせて、この一撃だけを入れるために、わざと……!


「ですから『見えている』でありますよ」

「……やっぱ、通じなかったかよ」


イグニスさんの持っている剣が折れていて、鳳椿さんは腕を交差させている。

鳳椿さんが、剣の腹側……横の広い面を、両手で挟むように両側から叩いたせいだ。

あんな速い打ち込みから、逃げも避けもしないで、そんな反撃を仕掛けるなんて!


「ま、こんな玩具(オモチャ)じゃおめェは倒せねェよな」


イグニスさんが折られた剣をあっさり捨てて……構えた。

素手同士の勝負で続けるつもりか!


「こッからは素手喧嘩(ステゴロ)だ。おめェに合わせてやるよ」

「徒手空拳は、甘くはないでありますよ」


まだまだ余裕がある二人。

二人とも本当に……強い……




◎暴飲暴食

量や回数などの度が過ぎるほど、むやみに飲食すること。

暴飲の部分は、特に飲酒という意味合いが強い。


イチャイチャパート多めでしたが、バトルパートはシリアスに。

あと、紅芯大根は別にファンタジーな野菜ではなく実在します。

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