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56 取らぬ狸の『皮算用』

第四試合。

ベルリネッタ対ルブルムということで、砕けた言い方をすれば『ハーレムメンバー対決』です。

決勝ラウンド第四試合は、ルブルム対ベルリネッタさんという組み合わせ。

第一試合がわりと短めに終わった上、第二試合は開始直後に終わったので、第三試合が終わってもまだ昼食には少し早い時間。

ということで、昼食前に第四試合も行おうという話でまとまった。

そこまで終われば準決勝進出者が出揃うから、ちょうどいい区切りだろう。


「参考までにお尋ねしたいのですが……ルブルム様」


ベルリネッタさんは真剣な表情。

あの人はただの『あまあまメイド』じゃない。

やる時はやる人で、そしてその時にはまったく容赦しない人だ。


「ルブルム様はもし優勝した場合、りょうた様にどのようにしていただくおつもりです?」

「んー、そうだね……せっかくだから、もっと激しくしてもらっちゃおう、かな……♪」


で、その真剣な表情で何を聞いてるんだ。

ルブルムもルブルムだ。

これまでのコスプレエッチなんかも激しい方だと思ってたのに、もっと激しくって。


「無理矢理《ピー!》させられちゃうとか、カエルレウムが見てる前で乱暴に《ピー!》されて《ピー!》されちゃうとか……あっ……いよいよ『後ろ』を、とか……♪」


ルブルムは僕をどういう奴だと思ってるんだ。

そんなひどいこと、凌辱系の薄い本で見たことはあっても……

あ。

考えてみれば、そもそもそういう薄い本をあれこれ僕に紹介してきたのはネットの中のりっきーさんで……りっきーさんの正体はルブルムだ。

ルブルムって、そういうことをされたいタイプなのか……

一応覚えておこう。


「そう言うベルさんはどうなの。もちろん、いつも通りじゃ嫌でしょ?」

「ええ、それはもう」


そして聞き返すルブルム。

ベルリネッタさんの口からは……


「優勝の暁には、りょうた様に『ママ』とお呼びいただくことにしましょう♪」


……そんな願望が聞こえた。

でも、申し訳ないけどそれは受け入れられない。

僕の両親はあっちの次元で普通に暮らしている。

母さんはこっちの次元の皆みたいな美人じゃなくても、そろそろ小じわや白髪が増えて老けてきても、お小遣いがいまいち少なく思えても、あれこれ口やかましく言われても、最近は会話が減ってても、それでも。

それでも僕の母さんはあの人だけだ。

他の誰も、例え愛魚ちゃんやベルリネッタさんでも、僕の母親にはなれない。

それは今度……いや、この試合の後すぐに、厳しく言っておこう。


「しばらくメイドの仕事はお暇をいただいて、りょうた様と添い寝をして、わたくしの胸に甘えていただきながら朝を迎えて、りょうた様に『あーん♪』していただいて食べさせながら朝食をとり、りょうた様と寄り添い合って書物を読みながら午前を過ごし、りょうた様に『あーん♪』していただいて食べさせながら昼食をとり、りょうた様に膝枕をしつつ二人で微睡(まどろ)みながら午後を過ごし、りょうた様に『あーん♪』していただいて食べさせながら夕食をとり、夜はお互いに激しく燃え上がって、浴場でりょうた様の体中をくまなく洗ってさしあげながらわたくしも身を清めて、またりょうた様と添い寝をして、わたくしの胸に甘えていただきながら次の朝を迎えて……はぁん♪」


というか、待て!

母親以前にどれだけ甘やかすつもりだ!

怖っ!

間違いなくダメ人間にされる!


「どっちが勝っても、準決勝でトニトルスさんに負けますように……」


つい祈ってしまった。

神様を信じるどころか、魔王なのに。


「ちッ、色ボケどもが! おい、トニトルス……(オレ)と当たる前にあんなんに負けんじゃねェぞ!」


うわ、イグニスさんがめちゃくちゃ不機嫌そう。

そりゃそうか。

イグニスさんは腕自慢で、強い相手と戦いたくてこの武術大会に来たのに、決勝ラウンド進出者の八名のうち二名がこの有り様じゃあなあ……


「それは言われるまでもないが、お主こそ……なあ」


トニトルスさんはイグニスさんを少しだけ見た後、すぐにもう一人に視線を移す。

もう一人の準決勝進出者、鳳椿さんへ。


「皆して《取らぬ狸の皮算用》でありましょう。仮にトニトルス殿が勝ち上がったとして、イグニス殿はまずはこの鳳椿と戦って勝てなければ、トニトルス殿とは当たれんのでありますよ?」


鳳椿さんの言う通り。

トニトルスさんはもう準決勝進出を決めているから、まずベルリネッタさんかルブルムのどっちかとは確実に対戦する。

でも、ベルリネッタさんもルブルムも準決勝進出を決める前から優勝した時の話をしてたし、それを『色ボケ』となじったイグニスさんにしても、準決勝で鳳椿さんに勝つ前から決勝戦でトニトルスさんと当たる話をしたし。

こういうのを《取らぬ狸の皮算用》と言うんだ。


「そういうことだ」

「あァ、(わり)ィ。己もボケてたな……人の(こた)ァ言えねェや。顔洗ってくらァ」


試合ではなく言葉でトニトルスさんと鳳椿さんに『一本取られた』イグニスさんは、会場の外へ。

不正対策として選手は基本的にあちこちに出歩かないように禁止されているけど、お手洗いや控え室は休憩場所として認められているし、他の選手の試合を観るかどうかも任意だし。

あと、敗退した選手の中でも猟狐さんと候狼さんはメイドだから、僕の席での仕事に移ったということで例外にしておこう。


「次の試合は観んのか」

「後でお前が勝つから、どっちも己とは当たんねェ。信じてるぜ」


イグニスさんはよほどトニトルスさんを高く買ってるんだな。

これは皮算用とは別の、強い信頼のように思える。

あれだけ信じてもらえてたらトニトルスさんも悪い気はしないだろう。

その場の誰も、僕も無理に引き止めずに、イグニスさんは自由にさせておいて観戦。

この試合の勝者がトニトルスさんと戦う。


「はじめ!」


さあ、試合開始だ。

ルブルムも決勝ラウンド進出者の顔ぶれを見てか、予選で使った両手用の重い鎚矛(メイス)から片手で扱える軽い鎚矛に変えてきている。

前の試合のエギュイーユさんもやっていた、攻撃速度重視の武器持ち替えだ。

別に、あらかじめ決めた武器だけを使い続けないといけないルールも、どんな武器を使うか事前に申告しないといけないルールもない。

なんだったら武器の種類そのものを変えてもいい。

むしろ実戦の緊張状態では何が起きるかわからないのだからということで、そのあたりは禁止にしなかった。

一方のベルリネッタさんは予選と同じで、刃渡りが《奪魂黒剣(ブラックブレード)》に近い、使い慣れたサイズの剣。

というか予選からずっとだけど、服装がいつものヴィクトリアンメイド姿だ。

候狼さんや猟狐さんのように戦闘服に着替えてはいない。

そう言えば勇者のガキと戦った時、甲虫の化け物もメイド服のままで倒していたっけ。

でも、動きづらくはないのかな?


「きっと……ベルリネッタさまは、考えがある」


猟狐さんが推測しつつ解説。

何か策があるからこそわざとメイド服のままなのだろう、と。

絵になるから……じゃないだろうなあ。

きっと何かある。


「やっ!」

「はあっ!」


当然だけどベルリネッタさんの剣よりルブルムの鎚矛の方が頑丈で重いから、まともに武器同士をぶつけると剣の方が折れる。

ベルリネッタさんもそれはもちろん承知しているから、ルブルムの攻撃は極力『防ぐ』よりも『避ける』ようにしていて、どうしても回避できない場合の防御も『受け止める』ではなく『受け流す』動き。

そしてルブルムの方は、軽めの鎚矛に変えてきたのがやはり正解だった。

武器破壊も当然視野に入れながら、的確に攻防を重ねていく。

これが予選で使っていたあの重い鎚矛だったら、ベルリネッタさんの動きについて行けずに全部避けられた上であっさり負けていたかもしれない。


「さすがベルさん……動きがとても綺麗」

「恐縮です。ルブルム様も無駄のない動きで」


互いを褒める二人。

これは本気の殺し合いじゃない、武術大会だから。

そうそう。

僕が見たかったのはそういう風に爽やかに競い合う、クリーンでフェアでいて力を尽くす勝負なんだ。

一進一退の攻防。

鎚矛は刃の鋭さではなく質量そのものでダメージを与える鈍器だから、刃引きとか訓練用とかはあまり関係ないけど、むざむざ食らうベルリネッタさんじゃない。

そしてルブルムも鎚矛の特性を理解して、どうしても生まれる隙をうまく回避や攻撃の動作に転化させている。

そうしているとお互い、少しずつ相手の攻撃の組み立てが読めてきたみたいだ。

相手が防御や回避から攻撃に転じる瞬間を狙って……

速い。

目で追うのもなかなか……?


「あーっと!?」


金属音が高く鳴ったかと思うと、ヴァイスの叫び声。

何が起きた?


「ベルリネッタさんの剣が! 折れてしまいました!」


音の正体は剣が折れた音か。

見ると確かに実況された通り、ベルリネッタさんが持っている剣が半分くらいの所で折れて、短くなってしまっている。

折れた切っ先の方も一応拾ってはいて、右手に本体部分と左手に切っ先部分、という形。


「降参っていう顔じゃない、かな……?」


ベルリネッタさんはまだやる気のように見えるし、ルブルムも構えを解いていないし、実際また打ち合い始めた。

こういう時は双眼鏡みたいなのが欲しくなる。

何かそういう道具はないかな。


「御屋形様、魔力を込めつつ瞳を凝らしてくだされ」


候狼さんの説明。

そうか、魔王輪の魔力で身体能力を上げるやつの応用か。

言われた通りにして『よく見てみる』と、確かに。

中二階の専用席からで遠くてもよく見えて、速さにもさっきより目がついていく。

剣が折れた分だけ短くなって、リーチもやっぱり不利なベルリネッタさん。

それでも渡り合いながら機会を伺っているから、ルブルムも気が抜けない。

なにしろ、ベルリネッタさんは剣以外に蹴りや肘打ちはおろか、目潰しなどの急所攻撃も織り混ぜてくる。

しかもそのすべてに迷いやためらいが一切ない。

……怖い。


「ルブルム様は確かに、よく鍛えておいでですが」


ルブルムが足を踏まれた。

間合いを支配された状態から、切っ先が眉間めがけて舞う。


「いささか『素直すぎる』ようですね。こういった《戦闘の策略(コンバットトリック)/Combat Trick》には疎いご様子」


切っ先を避けてどうにか反撃するルブルムは、踏まれた足は離されたけど、それでもペースがつかめない。

明らかに押され始めた。

ベルリネッタさんはそれでも、まだまだ余裕といった様子。

これでも本気じゃないのか……?


「無駄が『なさすぎる』のですよ。実直にして正々堂々、そして効率的」


ベルリネッタさんが切っ先を投げて……空中で曲がった!?

変な方向に軌道が変わって、ルブルムを襲う。

ギリギリで避けたルブルムの背後を取るベルリネッタさん。


「そう、正直でありすぎるがゆえに」


突然、ルブルムが体をのけぞらせて、苦しみ始めた。

何が起きてる?

自分の目のあたりの魔力を改めて意識しなおして、よく見ると……


「この程度の手に、引っかかってしまわれる」

「がっ……うっ……」


……糸か紐か、何か細い物が見えた。

ルブルムはあれで、首を絞められている!

どうあがいても脱出はできないようで、鎚矛を捨てて両手を上げて、あえなくルブルムは降参した。


「それまで! ベルリネッタさんの勝利です!」


空中で切っ先の方向が変わったのも、あの紐で引いていたのか。

どうして魔力を感じなかったのにあんな方向転換ができたのかと思ってた。

それにしても……


「あれは……絞首紐(ギャロット)……」

「ベルリネッタさま……メイド服は、秘器(ひき)を隠すために……」


候狼さんも猟狐さんも知らなかったようで、とても驚いた様子。

なるほど、秘器……隠し武器を仕込む目的には、ヴィクトリアンメイドの露出度の低さはうってつけだ。

それに、武器の種類を申告する必要がないということは、ああいう隠し武器も禁止ではないということ。

呪文や特殊能力ではないという意味でも、実戦での敵はいちいち自分の武器や戦法を申告してくれる訳ではないという意味でも、ルールから逸脱したとは言えないだろう。

物言いをつけるところじゃないな。


「さて、ここで昼食になります! 第五試合はその後ですよ!」


司会のヴァイスの声を受けて、観客席に人の流れができる。

そういえば僕もお腹が空いた……お昼を食べよう。

食堂に移動しようかと思っていたら、食事の方から来た。

仕上げ直前の状態で運ばれてきて、いわゆるケータリング?


「お食事をお持ちしました、なんちゃって♪」

「……手伝う」

「おっと、拙者も」


運んできたのは、なんとメイド姿の愛魚ちゃん。

大会への参加を見送ってどこで何をしてたのかと思ったら、お手伝いに入ってたのか。

猟狐さんと候狼さんも加わって、温めたりスープと混ぜたりといった仕上げがなされた料理が並んでいく。


「これで、よし……はい、了大くん♪」


愛魚ちゃんは、こないだの『ぶぇへへへ』なんて笑っていた表情なんて一切見せない、真面目な表情。

手際の方も問題なし。

そうそう。

こういうしっかりとしたところが、愛魚ちゃんの魅力だと思うんだ。

そんな風に考えながら、料理が並ぶのをじっと待った。




◎取らぬ狸の皮算用

まだ捕まえていない狸の皮が何枚になるか、売ったらいくらになるか、もう捕まえたつもりになって考える様子から、まだ手に入れていないもの、確実でないものを前提にして計算すること。

皮が取れる動物の中でも「人を化かす」と言われる狸を引き合いに出すことで、愚かさを強調している。


呪文や特殊能力でなければ隠し武器でもアリです。

アリですが……

正直、この武術大会編になってからブックマーク減少というのは、こういう路線は不評ですか?

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