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55 『牛』は嘶き馬は吼え

イグニスが本気を少しだけ見せたら、第三試合。

棒術対弓術という組み合わせです。

機獣天動流(きじゅうてんどうりゅう)》。

それが、イグニスさんの武術の流派か。

逆上した黒牛……《形態収斂》を解除した全開のシュタールクーさんを相手に、イグニスさんはその極意で真っ向から立ち向かうと言う。


「ブモオオオォォォッッッ!!」

「……そういや、大会じゃ特殊能力やらなんやらは禁止だからな。せっかくだから、こいつで試し斬りとしゃれてみるか」


試し斬りときた。

物騒な台詞が出た、けど……


「例え死んでも、うらみっこなしだぜ? おめェから仕掛けたんだからな」


……そう。

仕掛けたのはシュタールクーさんの方だ。

そして、見ておけと言われた他の選手も観客も、誰も手出しはしない。

言わば『第二ラウンド』の様相。


「ブフゥッ!!」


黒牛が突進して行く!

イグニスさんは、構えのまま魔力を高めて……


「機獣天動流が、天動奥義(てんどうおうぎ)……《雷斬(らいきり)/Raikiri, Thunder Slayer》ッ!」


……縦斬り!

雷をも斬る『らいきり』の名に恥じない超高速の一撃が、黒牛の額の真ん中に正面から綺麗に入った。

刃引きされた訓練用の剣だからか、黒牛がとてつもなく頑丈だからか、それはわからないけど……血が出たり頭が割れたりしている様子は見られない。

でも、突進の勢いは全て削がれて、床に叩きつけられた格好だ。

こ、殺した……?


「死んではいねェか。刃引きで命拾いしたな?」


殺してはいないらしい。

よかった。

今の一撃で頭を冷やしたのか、黒牛が霞んで姿を消す。

シュタールクーさんが《形態収斂》で、また人の姿になった。

さっきと同じ大柄な全体像だけど、肩を落として、さっきよりも小さく見える。

あれは、相当堪えてるからかな?


「候狼さん……シュタールクーさんも、また僕が撫でた方がいい? 様子を見てきてほしい」


候狼さんに聞いてみる。

競い合って強くなってもらう目的もあって開いた武術大会だけど、別に参加者の心を折りたいわけじゃない。

シュタールクーさんの場合は怪我よりも精神面が心配になってきたから、一度会っておきたくなった。


「御意に……ですが」


候狼さんも真剣な表情。

今日、鳳椿さん相手にうっかり口を滑らせて負けたばかりだから、候狼さんなら気持ちがわかるだろう。

でも『ですが』というのは何かな。


「シュタールクー殿の、此度の暴挙……あれは、殺し合いでなく武術を競うという本大会の理念、ひいては御屋形様のご意志に反するばかりか、およそ真逆」


確かに、候狼さんの言う通り。

参加者の心を折るのも、ましてや参加者同士で殺し合いをさせるのも、僕は少しも望んでない。


「まさしく《牛は(いなな)き馬は吼え》というあべこべの話にござりますれば『何のお咎めも無し』というわけにはまいりませぬ」

「うん、それは考えておいて、また後日通達しよう」


他の皆への示しもある。

何かしらの罰則、処分は下す必要があるだろう。

これも魔王としての責任、僕の仕事だ。




逆上の末に出した全開さえも一刀のもとに叩き伏せられ、シュタールクーの落胆は相当なものだった。

しかも叩き伏せた相手、イグニス・コマは全開どころか半開ですらない《形態収斂》のまま。

仮にあのイグニスも全開で、ドラゴンの姿と力を惜しみなく自分に向けて振るっていたとしたら、間違いなく命がなかった。

それほどの力量の差を思い知り、また気が滅入る。

もはや今のシュタールクーにとって、大会の残り試合の行方どころか今後の身の振り方さえも、どうでもよくなっていた。

そこに現れたのは。


「ここにおられたか、シュタールクー殿」


《仕える狼》の候狼。

シュタールクーと同じく、決勝トーナメントに進出しながら初戦敗退という結果に終わった者として、およそ『同格』と言える人物だった。


「なんだい。あんたもあたいをバカにしに来たのかい?」


捨て鉢な物言い。

目に映る全てが目障りのようで、シュタールクーの声色は明らかに苛立ち混じりだ。


「そうではござらん。拙者とて今日、鳳椿様に負けた身の上……お手前の悔しさは、察するに余りある」


対して候狼は理解を示す。

勝てなかった相手がいるのはお互い様だ。

自分だけを棚に上げて、負けたことを詰るつもりは毛頭ない。


「ただし、お互い御屋形様の臣下という意味では、話は別でござる。此度(こたび)の醜態、御屋形様は追って沙汰を申し付けるとのこと」


イグニスに負けたことよりも、日頃の暗黙の了解……不文律を破って《形態収斂》を解除したことが問題なのだ。

勝敗ではなく、そこは詰られる。

そこまでの殺意を出すのは、了大の本意ではないのだから。


「打たれた頭はまだ痛むか? 痛むなら御屋形様が優しく撫でてくださる。たちどころに快復でござるよ」


そして、了大はあくまでも怒ってはいないことも付け加える。

大会の理念と規則に違反したことだけが問題であり、何もシュタールクーを見放すつもりはない、むしろ気にかけていると。


「……どの(つら)下げて行くのさ。あたいは、これ以上格好悪いところは見せらんないね」


候狼の提案を突っぱねたシュタールクーは、会場を後にする。

それを止める者は、候狼を含め誰一人いなかった。




候狼さんが戻ってきた。

シュタールクーさんは……連れて来てないな。


「シュタールクー殿は『合わせる顔がない』との事。しかし元気そうにしておりましたので、心配はご無用かと」


怪我が大したことないならそれでいいか。

処分の具体的な内容の方は、また今度考えておくことにしよう。


「さて、次の試合は……えーと」

「弓術のエギュイーユ殿と、棒術のトニトルス殿の対戦にござりまする」


弓矢と棒の戦いか……

間合いが遠めの武器同士、という感じはするけど。


「候狼さんや猟狐さんは、どう見る?」

「拙者は、トニトルス殿の棒術は此度の大会で初めて拝見しましたが、あのエギュイーユ殿の弓術相手ではどうなのやら?」

「ん……トニトルスさま、いつも呪文ばっかりだから……」


飛び道具有利の予想。

特殊能力禁止ルールだと、そうなるのかな……

まあ、実際に見てみるとしよう。


「よろしくお願いします。いい勝負しましょうね」

「うむ、よろしく頼む」

「はじめ!」


エギュイーユさんもトニトルスさんも穏便に挨拶を交わして、試合開始の合図。

お互い、無理に間合いを開けようとも詰めようともしない。

トニトルスさんの武器は、身長より少し長い程度の棒。

槍や矛ではないので、両端には何も付いていない。

ひたすらまっすぐで断面も正確に丸い、まるで僕が育った次元のホームセンターで売っていそうな感じの見た目だ。

そしてエギュイーユさんの武器は日本の弓道で見かけるような長弓じゃなくて、取り回しのいい短弓、それも予選よりもっと短い物に替えたらしい。

トニトルスさんの棒術、突きや薙ぎ払いといった攻撃を巧みにかわして、合間に素早くつがえた矢を放つ。

でも、トニトルスさんもその矢を防いだりかわしたりしながら、的確に攻撃を繰り出している。

お互いに譲らない展開。


「予選では、矢筒の矢が尽きてもなんとかしてたよね」

「ええ、むしろここからがエギュイーユ殿の真髄かと」


エギュイーユさんは死角を狙ったり回り込んだりして、射撃が単調にならないようにしながら同時に、外れた矢が一箇所に固まらないようにもしている。

場内と場外の境目に呪文で作られた障壁で跳ね返り、場内のあちこちに落ちている矢を素早く拾うことで補充。

もちろんトニトルスさんもなるべく拾わせないようにはしているけど、攻撃は止まない。

大振りの薙ぎ払いが避けられて……


「ここです……!」


……大きめの隙ができたところに、矢が飛んでくる。

無理な態勢から強引に、それでいて確実にトニトルスさんは矢を避けた。

その隙を突いて、エギュイーユさんは一気に間合いを詰める!


「あれは予選でも使った、鏃を直に刺しに行く手……!」


取り回しの面では、棒の長さは近い間合いではかえって邪魔になる。

そこにほぼ密着の間合いまで詰め寄られれば、動きはなおさら不自由になる。

これはトニトルスさんが相当不利だ!


「まだだ!」


そこでトニトルスさんは棒で床を突いて、宙に飛んだ。

棒高跳びのような感じ。

なるほど、横方向には障壁があるけど、高さ方向にはない。

エギュイーユさんを飛び越える形で追撃を避けながら、間合いを開けて仕切り直し。


「さすがにやりますね。しかし」


飛び越える形になったせいで立ち位置を入れ替える形にもなって、拾うのを邪魔していた矢がエギュイーユさんの足元に多めに落ちている。

それをエギュイーユさんはひたすら連射。

しかも間合いを開けてしまったせいで、トニトルスさんからは棒が届かない。


「その棒の間合いは見切りました。届きませんよ!」

「ふむ……間合いか」


それなのに、トニトルスさんは突きを繰り出す。

その間合いじゃ……


「ですから、届きません……と!?」


……届かないと、僕もエギュイーユさんも思い込んでいた。

でも、棒は一気にエギュイーユさんに届く。

突きの勢いのままトニトルスさんが手を離して、エギュイーユさんめがけて棒を投げ飛ばしたからだ。

どうにか避けたエギュイーユさんだったけど、その後が失敗。

矢をつがえてしまった(・・・・・・・・)

トニトルスさんは低く屈んだ姿勢で突っ込んで、エギュイーユさんから見て左下に潜り込む。

弓を持って伸ばした左腕と、矢をつがえて反る方向に力を入れた体勢が、エギュイーユさんの反応を一瞬遅らせてしまう。

でも、その一瞬があればもう十分。


「あ……!?」

「勝負あったな」


トニトルスさんの左手が、エギュイーユさんの左の太股あたりで光った。

あれは、一本入った時の識別用の呪文の光。

その手の中には……?


「何も弓矢や投石だけが飛び道具ではない。相手の得物が『絶対に飛ばぬ』という確証はないぞ」


トニトルスさんは、エギュイーユさんの矢を左手に一本持っていて、光はそこから出ている。

エギュイーユさんは『やられた』という表情。


「ぐっ……お見事です」

「いやいや、我も危なかった。結構なお手前で」

「……?」


密着状態で起きた一瞬の出来事で、司会兼審判のヴァイスにはよく見えていなかったらしい。


「自分の得物を投げるのも、相手の得物を奪うのも、戦法自体は禁止ではなかったろう。呪文や特殊能力ではないぞ?」


そうだ。

実戦の極限状態なら、どちらも十分にあり得ることだ。

一部始終をしっかり見ていても魔力を使った感じではなかったから、これは特殊能力ではなく武術や体術の範囲内、大会のルールに違反しない正当な勝利だろう。


「ああ……それまで! トニトルスさんの勝利です!」


ヴァイスがトニトルスさんの勝利を告げて、第三試合も終了。

第四試合の前にまた休憩時間になった。

候狼さんやシュタールクーさんと違ってエギュイーユさんは少しチクッと刺されただけ、しかも訓練用の鏃だったから、怪我の心配はないだろう。

そこは安心して、試合の感想の話。


「惜しげもためらいもなく得物を投げる機転……さすがは知将と名高いトニトルス殿ですな」

「ん……それに、突きの姿勢はかなり基本通りだったのに……そこから投げる変化」


候狼さんも猟狐さんも、驚きを素直に表す。

あれには僕も驚いた。

しかも、決め手は更にその後。


「飛び道具で注意を引いてから至近距離で刺す自分の勝ち方を、まさか逆にやられて負けるなんてね。エギュイーユさん自身もすごく驚いたと思う」


逆といえば、さっき候狼さんが言った……何だっけ。

牛がなんとかって……


「あれもまた《牛は嘶き馬は吼え》といった様相にござりましたな。自らの得物と得手を使われて、あべこべに仕留められるとは」


……それ。

その諺みたいな感じで逆の現象を起こして、トニトルスさんが勝ち上がった。

話をしていたら休憩時間が過ぎて、次の第四試合。


「悪いけど、りょーくんとのラブラブはワタシのものだよ、ベルさん」

「ルブルム様、その言葉はそっくりお返しいたします。りょうた様のお情けは……必ずやわたくしに」


ルブルム対ベルリネッタさん。

二人とも既に僕の『お手つき』ではあるけど、それでも……いや、だからこそなのか、やけに気合いが入った表情。

一応、メインの賞品は《最精鋭の大メダルモストエリートメダリオン》のはずなんだけどな……

まあ、ルブルムはベルリネッタさんからも『様』付けで呼ばれるほどの《聖白輝龍》だし、そのベルリネッタさんはアンデッド軍団を率いる《不死なる者の主》だし、そんなものがなくても既に『特権階級』ということか。

となると、必然的に目的が……


「あれは……二人とも、もしかして僕目当てに……!?」


……希望者への副賞として宣言された、僕とのエッチ。

そんなに……?


「えっほん。御屋形様」


大袈裟に咳払いをして、候狼さんが僕を呼ぶ。

何だろう、改まって。


「拙者もどちらかと言えば『副賞』目当てでの参加でござる♪」

「……(わて)も♪」


改めて『オッケー』の意思表示をされてしまった。

本当に、魔王って一体『何』なんだろう……




◎牛は嘶き馬は吼え

本来、いななくのは馬でほえるのは牛であるのを逆に述べて、物事が逆さまであることをたとえたもの。


シュタールクーとエギュイーユは、ここではチョイ役どまりになってしまっていますが、ゆくゆくは再登場してもらうつもりでいます。

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