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54 鞘走りより『口走り』

真魔王城武術大会、最終日の三日目は決勝ラウンド。

まずはトーナメント組み合わせの抽選から。


第一試合 候狼対鳳椿

第二試合 イグニス・コマ対シュタールクー

第三試合 エギュイーユ対トニトルス・ベックス

第四試合 サンクトゥス・ルブルム対ベルリネッタ


以上のようになった。

第一試合と第二試合の勝者で第五試合、第三試合と第四試合の勝者で第六試合、これが準決勝戦。

第五試合と第六試合の敗者が第七試合、勝者が第八試合を戦う。

それぞれ三位決定戦と決勝戦だ。


試合の数は予選ラウンドより少ない分、できるだけ各選手が休息を取れるようにインターバルを長めに設けるプログラム。

あとは、変わったところは……?


「決勝トーナメントにおきましても、同じく特殊能力や呪文などの禁止事項は変わりませんわ」


幻望さんから、決勝トーナメントに進出した各選手に説明が入る。

純粋に武術を競うという意味でも、ルールに変更はなしだ。


「ま、妥当だな。一部解禁にしようにも『線引き』が難しいからな」

「かと言って全部解禁してしまっては、それこそ『本気の殺し合い』になってしまいますので」


イグニスさんとベルリネッタさんから補足が入ったけど、言われるまでもなく全員がそれは承知していたようだった。

じゃあ、次は……


「試合前に、魔王・了大様より檄を飛ばしていただきますわ」

「ぅえ!?」


げき!?

えーと……何だろう、学校の全校集会で言うと『校長先生のあいさつ』みたいな……?

そして各選手も観客も、全員がこっちを見てる。

これも魔王の仕事か。

よし、カッコよく決めるぞ!


「よくぞ勝ち上がってきた、我が精鋭たちよ!」


会場に響く笑い声。

あれ?

おかしい?

『引っ込めー』みたいなブーイングはないけど、どうも笑われてるというか、茶化されてるというか。

っておい、今『了大様カワイイー♪』って言ったの誰だ!?

とりあえず静かになってもらわないと。

ドラマや映画なんかで見た偉い人みたいに、少し手を挙げてみる。

……成功。

皆が静かになった。


「……えー、各々が鍛えた力と技を、存分に発揮してください。期待しています……」


こんなもんかな?

なんか『滑った』かもしれないけど……まあ、手短に済ませておこう。


「ありがとうございました、了大様。それでは、第一試合から」

「はぁい、この後はまた今日もあたし、ヴァイスベルクが司会を勤めさせていただきまぁす♪」


進行役が幻望さんからヴァイスにバトンタッチされて、第一試合。

候狼さんと鳳椿さんが開始位置に立った。

今回は《形態収斂》解除禁止だからその姿を見ることはないけど《仕える狼》と《椿花の鳳凰》の《鳥獣たち(ビースト)》対決だ。


「鳳椿様、本日は主従の関係と言えども手加減はいたしませぬ」


そう告げた候狼さんに立ち向かう、鳳椿さんの表情が険しい。

眉間に皺を寄せて、目を細めて候狼さんを睨む。


「《鞘走りより口走り》でありますよ、候狼!」


僕と話した時どころか予選の間もずっと、こんな様子は見せなかったのに。

ちょっと……怖い。


「手加減などと、そのようなことは最初から頼んでも命じてもいないことであります」


瞬間、会場に熱風が吹いた。

いや……違う。

まるで熱風のような強い火の魔力が、鳳椿さんからほんの一瞬だけ吹き出したんだ。

暑さじゃなくて怖さで、嫌な汗が出てくる。

これが、戦う男の闘志……!


「眼前に立ち塞がる『モノ』を倒すとなれば、いかなる時も手加減無用でありますからな」

「っ……失言でした」


魔力を吹き出すのをやめて、鳳椿さんが表情と姿勢からも力を抜く。

一番近くでその魔力と闘志を浴びた候狼さんは……やはり冷や汗が頬から落ちた。


「はじめ!」


ヴァイスの合図で、試合開始。

お互いが構えを取った。

素手より刀の方が間合いが広いから、鳳椿さんは迂闊に飛び込まない。

少しずつ間合いを詰めながら、機会を伺う。

それはわかるけど……候狼さんが刀を抜かない?


「……候狼は、本当は『居合』が得意」


猟狐さんの解説は本当にありがたい。

あらかじめ鞘から抜いて構えてから斬る剣術じゃなくて、構えから一瞬で抜いて斬る剣術。

そうした方が、刀が鞘の中で『走る』から速い、と聞いたことがある。

……漫画の中、フィクションでの話だったから、実際のところは知らないけど。


「さすが、隙が見つからんどころか、得物の長さも測れんでありますな」


鳳椿さんの視点だと、刀の長さも見えないらしい。

うまく構えれば、鞘を含めたの長さがわからなくなるのか。

僕は出されたお茶に添えられたスプーンを持ってみて、見る角度を手元で変えてみた。

なるほど、長さがわかりにくくなる角度がある。


「……鍛えましたゆえ」


スプーンはもういいや。

お茶の横に置いて、目線も試合の方へ。

候狼さんも少しずつ間合いを詰める。

そろそろ……


「ふッ!」


……そろそろ届くかな、と思ったところに、三日月のような光がきらめいた。

候狼さんが一瞬で抜いた刀が、弧を描いて宙を斬る。

しかし、それを察していた鳳椿さんは飛び退いて、間合いを開けて回避していた。

その間は一秒にも満たない。

いや、その半分すらもなかったかもしれない。

あっという間どころか『あっ』という声すら出せなかった間の出来事だった。


「よくここまで。感心であります」


鳳椿さんが構え直す前に、わざわざまた刀を鞘に納める候狼さん。

抜いたままにしない理由は何だ?


「刀の長さを、悟らせないつもり……」


抜いて構えた状態の刀は刃渡りが見えるけど、鞘に納めて特定の角度から見た刀は長さがわからない。

さっき自分が見たスプーンの角度を思い出す。

なるほど。


「しかし、得物の間合いは見えずとも」


また鳳椿さんが構えて、ゆっくり間合いを詰める。

たぶん……もう少しで刀の間合いかな?


「やりようは!」

「ッ!」


あともう半歩と思ったところで、一気に鳳椿さんが駆け出す。

でも鳳椿さんは素手だ。

あれじゃ刀は届いても、空手の技は届かないんじゃないのか?

候狼さんは、もう抜き始めてる!


「ぐ……!」


……でも、抜けない。

刀を持つ候狼さんの右手首を、鳳椿さんが前蹴りで止めながら蹴っていた。

手首を蹴られた痛みと刀を抜けなかった驚きとで、候狼さんが止まったその隙を、鳳椿さんが見逃すわけがない。

正拳突きがみぞおちあたりに入って、候狼さんは膝をついた。


「それまで! 鳳椿さんの勝利です!」


判定用にかけられた呪文が、正拳突きを入れた鳳椿さんの右手で防具から光を放つ。

候狼さんは呼吸を乱して苦しそうにしていて、まだ立てない。

決着だ。


「得物の長さは見えずとも、腕の長さは丸見えでありましたからな」


そういうことか。

どんなに射程が長い武器でも、結局は保持も操作も腕と手でしているから、そこを狙うことができれば間合いの不利は覆せるんだな。

それも勉強になる。

覚えておこう。


「は、はー……あ、ありがとう、ございました……」

「休憩の後、第二試合を行います!」


どうにか呼吸を整えながら立ち上がって、鳳椿さんに一礼して去る候狼さん。

残念だけどここで敗退だ。

今、ヴァイスからのアナウンスがあったけど、第二試合はもう少し後。

その間に。


「猟狐さん、候狼さんが打たれたところは大事がないか、見てきてもらえるかな」


候狼さんの様子を見てもらおう。

さっきはしっかり急所に入ったように見えた。

武器でない素手での正拳突き、しかも自分で立ち上がれたとはいえ、気になるからね。

目に見えないだけで実は大怪我だったら大変だ。


「……連れてきます」


え、連れてくるの?

ここに?

医務室に連れて行くとかお医者さんに()せるとかじゃなくて?


「……リョウタさまがさすってくれたら、すぐに……元気になります……」


そう言えば猟狐さんが負けた後も、打たれたお腹をさすってあげたっけ。

あれで実際効いたみたいだし、また『猟狐ばかりずるいのでは!』って言われても困るし、それならそうするか……

少し待っていたら、候狼さんはすぐに来た。


御屋形様(おやかたさま)が撫でてくださると聞いて!」


あ、元気そうだ。

候狼さんは全然つらくなさそうというか、何も変わったところがない。

息が荒いような気がするけど、どうやら打たれたところが痛いからではないというか、明らかに別の原因……興奮気味というか。


「別に心配なさそうだね?」

「猟狐ばかりずるいのでは! 拙者も撫でられとうござりまする!」


うわ、見事に予想通りの台詞が出た。

しかも前を!

服の前を開けすぎ!

お腹丸見えどころか、おっぱいも下半分がほぼ見えてるから!

そんなに堂々とされると、こっちが恥ずかしいよ!

仕方ない、撫でるか……


「じゃ……撫でるね」


ああ、もうわかる。

この人は全然怪我してないや。

でもまあ公平に扱うという意味で、猟狐さんの時と同じように魔力を意識して『痛いの痛いの飛んで行け』しておく。


「んっ……♪ 御屋形様、もう少し上にござりまする♪」


そうか、みぞおちあたりだったっけ。

もうちょっと上……うっ。

気をつけないと、おっぱいの曲面……いわゆる『下乳』に手が当たるぞ。

慎重に避けながら……


「そのようにご遠慮なさらずとも♪ 御屋形様、どこへなりとご随意に『手をつけて』くだされ♪」


……元気そうだね。

そんなに元気なら、もういいかな。

手を離してみる。


「ええっ、もっとぉ!」


匂いを嗅いだり撫でてもらいたがったり、とんでもない『犬キャラ』だな。

この候狼さんには、ちょっと気をつけよう……


「それでは、第二試合を行います!」


あ、第二試合が始まる。

予選をあんまり見てなかった、シュタールクーさんが出てきた。

これまで会ったことがなかったけど全体的に大柄な女性で、おっぱいどころか身長もどこもかしこも大きくて、背もイグニスさんよりさらに高い。

手足も太いなあ……


「シュタールクー殿は鋼の雌牛の悪魔。力自慢の疲れ知らずにござりますれば、日頃は門番を勤めておりまする」


候狼さんから解説が入った。

メイドは城内のあちこちにいるから見かけるけど、門番は基本的に城の外か、城内でも詰所の中にいることがほとんどだから、城内だけを見ていると会わないわけだ。

気をつけた方がいいかなと考えているうちにイグニスさんも出てきて、両者が開始位置に立った。


「はん。ドラゴンだかなんだか知らないけどね、あたいの敵じゃあないさ!」


自信満々のシュタールクーさん。

対するイグニスさんは……


「口先だけの言葉や見せかけだけの威勢を競う大会じゃねェぞ。そういうのは、腕づくで証明した後で言うもんだぜ」


一歩も引かない構え。

両者、開始位置に立って……


「はじめ!」


……一閃。

ヴァイスが『はじめ!』と言い終わったのとほぼ同時くらいに、シュタールクーさんが倒れた。

右の脛を押さえて苦しむシュタールクーさんを見下ろすイグニスさん。

その右手に握られた剣は、決着を示すために光っていた。


(おせ)ェ」

「……い、イグニスさんの勝利です!」


あまりにも『速い』決着に、ヴァイスも一瞬言葉に詰まるほどだった。

でも結果は明白。

イグニスさんの勝ちだ。


「さて、腕づくで証明した後ってことで聞きてェんだがよ……『誰』が、おめェの敵じゃあねェッて?」


イグニスさんの詰問に、シュタールクーさんは言葉もない。

打たれた脛の痛みよりも、試合に負けたこと。

さらにそれよりも、ついさっきの自分の台詞がまるで無意味になったことが、視線を逸らさせるほどの後ろめたさに変わる。


「……さっき、鳳椿の奴が言ってたろ。《鞘走りより口走り》て……うっかり手が出るより、うっかり口が滑る方が(こえ)ェんだぜ」


この人には生半可な技や力は通用しない。

ましてや裏付けのない言葉なんて、なおさらだ。

本当に、イグニスさんは……強い。

そんな会話が終わった時。


「ブオオオオオッッッ!!」


イグニスさんの目の前に、まるで大きな岩のような黒い牛が現れた!

あれは、まさか……


「……愚かな! 《形態収斂》を解除するなどと!」


……やっぱりか。

さっきまで倒れていたシュタールクーさんの姿はない。

あの黒牛こそが、シュタールクーさんの真の姿だ。

候狼さんも、これには苦い表情。


「シュタールクーさん! いけませ……」

「止めんな、ヴァイス」


この状況で《形態収斂》を解除するなんて、殺意を表すのと同じだ。

それなのに、止めようとするヴァイスを拒んだイグニスさんは……


「……上等だ、来いよ。ここからは何でもありの『真剣勝負(ガチ)』だ。おめェらもよく見とけ!」


……どうもこうもない。

実力行使に徹する人だ。

観客たちにもよく見ろと叫んだら、黒牛に向けて剣を構えて……

ん、剣?

あれは訓練用に刃引きされた、普通の剣だろ!?

いいのか!?


「ブルウウウッッッ!!」

「……見せてやるよ。《機獣天動流(きじゅうてんどうりゅう)》の極意」


イグニスさんの魔力が高まる。

混じりっけのまったくない、どこまでも純粋な火の魔力だ。

その魔力の高まりにまるで呼び込まれたかのように、黒牛が鼻息も荒く、吼える!




◎鞘走りより口走り

鞘が緩んで刀が抜けてしまうのは危ないが、迂闊なことを口走ってしまうのはそれよりもさらに危ないということ。

失言を戒めることわざ。


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