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53 『龍』攘虎搏

予選ラウンドの続き。

敗退した猟狐さんは解説ポジションで引き続き出番多めかも。

武術大会の予選が続く。

まだ二組め、橙組の途中だ。

皆、武器も戦い方もそれぞれ違う。

そして、それぞれに利点と欠点がある。

ということは当然、対策もそれぞれ違うわけだから……最後にはそれらを頭の中の知識だけでなく体で覚えた経験、場数が物を言うんだろうな……


「ん……残念」

「猟狐さん、お疲れ様ですわ。では私は休憩をいただきますわ」


予選で敗退した猟狐さんが僕の観戦席に来て、幻望さんと交代で給仕に入った。

お茶のおかわりを注いでもらう。


「猟狐さん、打たれたところは大丈夫?」


一見平気そうにしているけど、これは聞いておこう。

いくら訓練用の武器だったとはいえ、あれだけ打たれたら痛いものは痛いだろうから。


(わて)は大丈夫、ありがとうございます……リョウタさまって、優しい……♪」


大丈夫ならいいんだけど、やっぱり気になるなあ。

少し心配していたら猟狐さんが僕の手を取って、打たれた右の脇腹に当てさせてきた。


「さすってもらえたら……リョウタさまの魔力で、元気になれます……」


そういうものなのかな。

魔力を意識して痛くなくなるように念じながら、そっとさすってみる。

いわゆる『痛いの痛いの飛んで行け』状態。


「ぁ……リョウタさまの、優しい手……♪」


なんだか猟狐さんの表情が、うっとりした感じの雰囲気かも?

でもまあ、これでいいなら……


「……リョウタさま、ぁ……お腹以外でも、胸でもどこでも……んっ、好きに、触って……♪」

「ちょっと!?」


……いやいや!

それはダメだよ!

猟狐さんをたしなめて、あくまでもお腹だけに『痛いの痛いの飛んで行け』するだけに留める。


「橙組からは《Stahlkuh/シュタールクー》さんが決勝進出です!」


しまった、予選の方をあんまり見てなかった。

シュター……何って言ったか……とにかく決勝進出者が決まって、二組めが終了したらしい。

猟狐さんから手を離して、次の組からはまたしっかり観よう。


「黄組からはトニトルスさんが決勝進出です!」


と思って見ていたら、次の黄組はトニトルスさんの圧勝。

長い棒を巧みに操る棒術で、遠めに距離を取っての戦い方。

間合いという意味でも実力という意味でも、文字通り『他を寄せ付けない』戦いぶりだった。

あんなに強いのに、本人曰く『教えられなくはない程度』って。

これくらいはできなきゃいけないと……皆の水準が厳しいと、そういうことか。

見世物じゃなくて見学として、この後もしっかり観ておこう。

次は、緑組!


「緑組からは候狼さんが決勝進出です!」


候狼さんはいかにも侍な口調のイメージ通り、刀で参戦。

『斬り捨て御免』といった感じで頭一つ抜きん出ている実力を発揮して、緑組から決勝に進んだ。

前半四組まで終わるだけでもけっこう時間が過ぎてしまった。

進行については開催プログラムの作成ごと皆に全部お任せしてしまったけど、そのくらいは時間がかかる前提と、各選手が休息を取ったり装備を確認したりする時間も要るのとで、日程は『予選前半』『予選後半』『決勝』と、基本三日間の予定プラス、長引いた時の『予備日』で組んであるらしい。

なので、今日はここまで。




翌日。

予選後半の四組、次は……青組から。

見ていると、剣や斧、槍といった近接武器だけでなく、弓を使う人もいる。

相手の攻撃を回避した直後にすぐ狙って撃ったり、回避しながら同時に撃ったりしている。

この弓矢の人を見てて気づいたから聞いてみたけど、試合中は選手の攻撃が周囲に飛び火しないようにと、外から試合が妨害されないようにとで、呪文で障壁が作られていた。

その障壁に当たって跳ね返ったから、矢は試合中の場内で床の上に落ちてはいたけど、背負った矢筒の中の矢が尽きた。

それでも負けにならないのかな?


「青組からは《Aiguille/エギュイーユ》さんが決勝進出です!」


と思っていたら、弓の人が勝った。

弓で相手の攻撃を受け流したり、落とされた矢を拾って撃ったりしながら戦い続けて、最後は弓を捨てて拾った矢を手で相手に刺して勝利。

ちょっと刺しただけに見えたけど……あれは、ありなのか?


「……もし、(やじり)に毒が塗ってあれば……あれでもう殺せますから……」


猟狐さんから解説が入った。

そうか、毒矢ならもう死んでるところだから、立派に勝利条件を満たすのか。

僕も矢には気をつけよう。

次は紫組。

紫組は……えらいことになってるぞ!


「まさか予選のうちからお前と当たるとはな、ルブルム!」

「カエルレウム、今日は勝たせてもらうからね!」


聖白輝龍(セイントドラゴン)》の双子姉妹、カエルレウムとルブルムが戦う組み合わせ。

この試合はきっと、すごいことになる!

イグニスさんや他の出場者もみんな注目して、試合を見に来ている一戦だ。

僕もしっかり観ておこう!


「さあ、紫組予選は中盤のうちから大波乱! 《聖白輝龍》ことカエルレウムさんと、同じくルブルムさんの姉妹対決!」


ヴァイスも司会として場を盛り上げる。

ここはまた猟狐さんに解説を頼んでみよう。


「猟狐さんはどっちが勝つと思う?」

「わかりません……お二人とも実力は伯仲、まさに《龍攘虎搏(りゅうじょうこはく)》の一戦……どちらに転んでも、不思議では……」


この猟狐さんもいつもより饒舌になってしまう興奮の一戦。

お互いの武器は何だろう。


「ルブルム! 姉妹だからって手加減しないぞ!」


カエルレウムの武器は大型の戦斧……いわゆる、バトルアックス。

柄も長めで全体的に大きい。


「今日は《形態収斂》解除や特殊能力は禁止の試合だから、そういう意味では手加減だけど……その範囲で、ワタシも全力だよ!」


ルブルムの武器は……棍棒?

重そうな先端部には、突起がついてる。


「あれは……単に棍棒というより……《鎚矛(メイス)/Mace》……重さや力を出縁(フランジ)で集中させて……だいたい何でもへこみます」


メイス。

そういえばファイダイでも、使ってるキャラがいたかも。

お互いに当たると痛そうな武器をもう一度よく確かめて、開始位置の線に。


「はじめ!」


始まった。

二人とも武器が大型なせいか、すぐには動かない。

相手の隙を伺っている。

少しずつ間合いを……摺り足で半歩ずつ詰めたり、左右に軸をずらしたりして、探り合い。


「そりゃあああぁーっ!」


先にしびれを切らしたのは……やっぱりカエルレウム。

大型の戦斧なのに鈍重な動きではなく、むしろ速い。

もちろん、猟狐さんの小太刀二刀流ほどの速さや手数はないけど、あの大きさなら威力は相当ありそうだ。


「ふうっ!」


それを受けるルブルムの鎚矛も負けていない。

どちらも全金属製で、相手の武器の重さと威力にも耐えてる。

何度も打ち合ったり避けたり。


「ふ、ふふ……いつも部屋で引きこもってゲームばっかりのくせに……やるじゃない」


そんな台詞をルブルムがこぼす。

確かに、日頃のカエルレウムがこういう武術の修行をしている様子なんて、僕は今まで一度も見たことがない。

クゥンタッチさんにも『どうしようもないグータラの引きこもり』と評されていたくらいだから、意外と言えば意外だ。


「お前こそ……ネット依存のガチャ廃人のくせになかなか戦えてるじゃないか……見直したぞ」


カエルレウムの台詞も似たような感じ。

ルブルムについても同じく、僕は修行の様子を見たことはない。

というか……言われてみればむしろこの二人は『コンシューマのレトロゲーム』と『基本無料のソーシャルゲーム』という違いはあるけど、どっちもそれぞれのジャンルでかなりやりこんでいる『ガチ勢』か。

こういう場面を見ているだけだとそういう感じはしないけど、やっぱりやる時はやる、強い人なんだな。

そしてまた打ち合う。

避けて、防いで、また避ける。

お互いの攻撃はどれも決定打にならず、試合は長引く。


「やはり……こうなる」


やはり、って。

この展開は、猟狐さんには予想通りだったらしい。


「やはり? どうして?」

「カエルレウムさまとルブルムさまは……姉妹だけに、ご一緒に鍛錬なさることも多く……お互いの手の内もよくご存知……ですから、必然」


なるほど、そういうものか。

それはなかなか勝負がつかないわけだ。

そう言っている間も、打ち合いは続く。

さすが《龍の血統の者》だけあって、疲れが見えることもないから、なおさら長引く。


「くっそおおぉぉー!」


カエルレウムの絶叫。

なんか、アクションゲームで行き詰まった時と同じような焦りが見え始めたかな。

ルブルムはそうでもない。

つとめて冷静にカエルレウムの出方を見ている感じ。


「あ……ちょっと、危なげです……」


猟狐さんも感じたらしい。

カエルレウムから感じる魔力が、いつもより強くなってるぞ?

これは……?


「くぅらえぇぇーっ!」


戦斧の持ち方を少し変えて、カエルレウムが飛び込む。

振り方も威力より速さを求めたものに変えてて、さっきより速い。

ルブルムが押され始めたかな?


「……っと、ちょ……えぇ!?」


さっきより速い連続攻撃に押されて、それに対する防御で一瞬ルブルムの動きが止まった。

そこにカエルレウムがもう一撃……この一撃が本命か!

真正面から縦斬り!


「砕け、龍尾圧潰(りゅうびあっかい)!」

「……それは、ダメでしょ!」


打ち込みの瞬間、眩しい光が場内いっぱいに走った。

なんとか鎚矛を横に構えて防御したルブルムだったけど、足がめり込むほど床がへこんだり、攻撃を受けた点で鎚矛が『く』の字に曲がったりしてしまった。

ルブルムは曲がった鎚矛をその場に放り投げて、肩をすくめるしぐさ。

やる気が明らかになくなっている。

降参かな……というか、むしろさっきのカエルレウムの技……あれ、ありなのか?

禁止している『特殊能力』に相当するんじゃないか?


「それまで! 特殊能力使用によりカエルレウムさんの反則負けです!」

「あぁーっ!?」


うん、ないわ。なしだよね。

『やっちゃった!』という表情でカエルレウムが叫ぶ。


「ちょ、ちょっとくらい、いいだろ!? なあ!?」

「いけません。ルールはルールですからねえ」

「バカ、(オレ)だって皆だって我慢してんだ。ダメに決まってんだろう」


でもダメなものはダメ。

これは殺し合いじゃなくて、ルールのある試合だからね。

司会のヴァイスもこの状況では審判(ジャッジ)として、毅然と対応。

ルールをなあなあにしてしまったら、あとはただの殺し合いになっちゃう。

僕が開催したのはあくまでも『武術大会』だから、今回のカエルレウムは失格にするしかないだろう。

実際、イグニスさんも他の皆もあえて抑えてるんだから。

それでもまだ食い下がるようなので、ここは僕からも。


「ルールだけでなく、鍛錬した武術を純粋に競うという大会の理念にも反した行為は認められません! カエルレウムは失格です!」

「ぐぬっ……!」


主宰にして魔王の立場から、裁定を後押し。

出場すらしてないくせにずいぶん『上から目線』ではあるけど、僕も発言したことでようやくカエルレウムも引き下がった。


「だからワタシは『禁止の範囲で』って言ったのに……ま、そういうことで♪」

「ルブルムさんの勝利です!」


姉妹対決は、最後の最後でなんとも残念な結果に終わってしまった。

でも、どっちも死んだり大怪我したりしなくて済んだと考えれば、これでよかったと思うことにしよう。


「紫組からはルブルムさんが決勝進出です!」


結局、その後は別の鎚矛に取り替えたルブルムが勝ち上がって、決勝にコマを進めた。

妥当と言えば妥当……かな?

次は白組、あとちょっとで予選も終わりだ。


「白組からはベルリネッタさんが決勝進出です!」


白組は終始ベルリネッタさんの圧勝。

例の《奪魂黒剣(ブラックブレード)》を使いこなすほどの剣さばきで対戦相手を全員一撃で仕留めて、余裕の決勝進出だった。

最後、黒組には鳳椿さんがいる。

あのイグニスさんと一緒に修行することもあるほどの修行熱心な人だそうだけど、どんな武器で、どう戦うんだろう。


「それでは、推して参るでありますよ!」


武器は……武器……あれ?

鳳椿さんは両手とも何も持ってない上に、背中や腰に何か提げている様子もない。

まったくの素手で出てきてるぞ!?


「鳳椿さまは……武器は持たない……徒手空拳(カラテ)


カラテだ!

武器なしというか、パンチやキックこそ武器というか。

まあ『武術大会』だから、反則でも何でもないか。

そういうわけで今回、鳳椿さんは拳や蹴り、肘や膝などが攻撃になるということで、武器の代わりに防具に対して判定用の発光の呪文をかけてあるらしい。

でも、大丈夫かな?


「黒組からは鳳椿さんが決勝進出です!」


終わってみればこれまた圧勝だった。

考えてみれば武器の重量がない分だけでも、誰より身軽なんだ。

その身軽さで相手の攻撃を全部避けて、しかも一撃は鋭い。

あらゆる面で、黒組の他の出場者より鳳椿さんの方が上だった。

さて、出揃った決勝進出者を振り返ってまとめると……


赤組 イグニス・コマ

橙組 シュタールクー

黄組 トニトルス・ベックス

緑組 候狼

青組 エギュイーユ

紫組 サンクトゥス・ルブルム

白組 ベルリネッタ

黒組 鳳椿


……以上の八名。

シュタールクーさんとエギュイーユさんは、この大会まで聞いたことがなかったな。

今後は覚えておこう。

ただし決勝は翌日ということになっているから、今日は予選後半まで。

この中から、誰が勝つんだろう……?




◎龍攘虎搏

実力の拮抗した英雄や豪傑が激しく戦うこと。

龍と虎が激しく戦う様子に例えて言う。

「攘」は「打ち払う」の意味、「搏」は「殴る」の意味。


予選ラウンドが終了しました。

なるべく盛り上げていきたいところ。

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