51 馬子にも『衣装』
了大は学校生活にあまり馴染んだり愛着を持ったりしていませんので、文化祭イベントはあっさり目です。
もう二学期が始まったから、向こうの時間で月曜日になる前に戻らないといけない。
それを考えると、ここにいる間ずっと……なんていうか……
エッチして……そればっかりで過ごすのはダメだ。
もっと、こう、強くならなくちゃ。
例えば何か武器の使い方とか、格闘技とか、そういうのはトニトルスさんは教えてくれないのかな?
「教えられなくはない、という程度ですな」
なんだか曖昧な返事。
トニトルスさん、強そうなのに。
「なあに。武術であれば我よりももっと、うってつけの者がおりましてな。今度《灼炎緋龍》を紹介しますぞ」
ファイヤードラゴン!
すごくドラゴンらしい名前が出たぞ!
それっぽいなあ、ワクワクする。
「ただ……前にも会議の時にちらりと、あの凰蘭殿と話しましたがな。凰蘭殿の弟、鳳椿と修行に出たはいいものの、どこをほっつき歩いておるやら……イグニスめ……」
こないだの、撚翅対策会議の時の話だ。
ドラゴンたちの中で誰が出席するか持ち回りなのに、来なかったというイグニスさん。
その人がファイヤードラゴンなんだな。
「あまりにも顔を見せぬようなら、我から『カミナリ』を落としてやりますぞ」
カミナリ……
口でのお小言という意味か、魔法での雷という意味か、はたまたその両方か。
なんにしろ、今日はここにいないんじゃしょうがないや。
話が聞けただけまだいい方として、また後日。
お茶にでもしよう。
昨日は猟狐さんを呼んだら、候狼さんに『ずるい』と言われちゃったからな……それなら今日は候狼さんに頼もう。
二人とも平等に扱えば『ずるくない』だろう。
出てきたのは……
「焙じ茶と煎餅にござりまする」
……見ただけでわかるくらい説明不要の、日本の茶と菓子。
つくづくお侍さんだ。
そして。
「凰蘭様よりは定期連絡のみ、やはり件の撚翅はまだ見つからぬとのこと」
魔王として報告を受ける。
まだ事態に進展はないけど、目を光らせておくのは重要だろう。
ここは皆の働きを当てにさせてもらうか。
ん?
皆の……働き……?
そうだ!
ちょっと、いいことを思いついたぞ……!
今日や明日にすぐにとはいかないだろうけど、召集をかけて集まってもらえば、来週か再来週にはきっと……!
そして、今週はまた基本の反復……体内の魔力の循環を鍛えて過ごして、次元移動して帰宅。
月曜日からはまた学校だ。
文化祭の準備ムードで、少しずつ校内がそれっぽくなっていく。
……いや、真面目にやる気はないけど。
「了大くん、こういうのはどうかな? ガーリーな感じで♪」
やる気になるわけがない。
クラスの模擬店も、生徒会長から言われた『ミスター女装コンテスト』も、ただでさえやる気にならないのに……愛魚ちゃんがノリノリ。
何かファッション雑誌を持ってきて、流行のコーディネートらしいのが載ったページを開いて僕に見せる。
嫌だって言ってるでしょ?
バカなの?
週末は次元移動して、真魔王城へ。
トニトルスさんに相談して先週のうちに召集をかけておいたので、例の……イグニスさんの返事があったかを聞く。
「奴はそういう話には目がない性分ですからな。必ず顔を出すと言っておりましたぞ」
絶対来てくれるそうだから、楽しみにしておこう。
でもなんで来週なんだろう。
移動なんて《門》で一発では?
「曰くは《形態収斂》で人の姿のまま《門》に頼らず長距離を移動するのも、修行のうちだとか……まあ、今日まででは間に合わぬ者は奴の他にもおりますのでな。しかしリョウタ殿の体感で来週には必ずや皆、集まることでしょう」
それならいいや。
来週を楽しみにということで、今週もまたまた基本の反復。
循環させる量を増やせるように。
意識しなくても自然に行えるように。
まずはできる範囲で少しでも、強くならなくちゃダメだ!
「ねえ、了大さぁん……了大さんの魔力、すっごく……はぁ、高まってて……♪」
という時に、よりによってヴァイス。
しかも表情がすごく、なんていうか……『その気』というか。
「あたし、中てられちゃって、もう……さっきからずっと『きゅんきゅん♪』しちゃってます……♪」
エッチしてばっかりで過ごすのはダメ、って決めたばかりなのに、この誘惑。
正直困るから、どうにか我慢してほしい。
僕も我慢するから。
「あ、了大くん。ここにいたんだ」
愛魚ちゃんまで来た。
でも、ここ最近の愛魚ちゃんの用事といえば……
「了大くん、スカートが嫌なら、せめてホットパンツで!」
……これだよ。
愛魚ちゃんはなんでここまで執拗に、僕に女装させたいんだろう。
アホなの?
「スカートがどうとか、何の話です?」
ヴァイスには意味がわからない。
そりゃそうか、と思っていたら、愛魚ちゃんから説明されてしまう。
すると。
「やぁん、あたしも見たいです、それ!」
追手が増えた。
やめてくれ、うんざりする。
「ねえ、了大さん……海であたしが『貸し一つ』って言ってたの、覚えてます?」
ここでそれを持ち出す!?
いや、覚えてるけど、いくらなんでも!
「了大さんのカワイイところ……あたしにも見せてくれたら、貸しはチャラってことで♪」
確かに『借り一つ』はあるけど、せめてもっと別の形がいい。
嫌だ、と言おうとしたら……
「話は聞かせてもらった!」
げえっ、クゥンタッチさん!
なんで真魔王城に!?
「そういうのはうちのシャマルが得意とするところでネ。リョウタくんはきっと……いや、必ず! 必ず可愛らしくなるさ。当日はぜひ、ボクたちに任せてくれたまえ」
クゥンタッチさんまでもがノリノリ。
さすがにクゥンタッチさんには『魔王役の先輩』としてこれまでいろいろ面倒や迷惑をかけてばかりだったから……どうにも断りきれず。
結局、女装してコンテストに参加することになってしまった。
そしてまた翌週は、文化祭の当日。
開催は土曜日と日曜日の二日間。
コンテストは土曜日なので、前日……金曜日の下校から愛魚ちゃんに捕まって、深海御殿の風呂で手足や顔の産毛を脱毛クリームで処理されてしまう。
やる気満々すぎるだろ。
そして当日……僕はワゴン車の中で、愛魚ちゃんとクゥンタッチさん、それとシャマルさんに囲まれていた。
愛魚ちゃんは既に『ミス男装コンテスト』用の衣装とメイクを済ませている。
アイシャドウだったかな、目のあたりの化粧がなんだか濃い……
もしかして僕も、そういう化粧をさせられるの!?
「真殿様はごく薄く、ナチュラルメイクで整える程度で大丈夫ですよ」
シャマルさんの低めの声で説明される。
考えてみれば、クゥンタッチさんの日頃の男装もシャマルさんがお世話してるのか。
そりゃ得意なわけだな。
「あえてサイズが大きめの上着をご用意いたしました。袖は余らせて指先だけを出す『萌え袖』で攻めましょう。スカートは丈が短すぎては下品になりかねませんので、膝まで程度で」
うわ、本当に慣れてるな。
……ん?
スカート!?
マジですか……スカートですか……
「首にはスカーフを。これと萌え袖で隠して、喉仏と手の甲を見せないのが基本となります」
あれよあれよという間に、どうやら準備が終わったらしい。
あとは人目を避けて、会場になっている体育館へ……
まだ時間が早いみたいで、演劇部の劇の上演中だった。
さすがに演劇部の人は男装や女装に『役作り』としての理解があるのか、特にバカにされることはなかった。
それか、シャマルさんのメイクとコーディネートが良いのかも。
《馬子にも衣装》って言うもんな。
まあ、変な騒ぎにならなければいい。
さて、劇が終わって、ミスター女装コンテスト……
キモっ。
「引っ込めー! キメェぞー!」
「やだ、キモーい! あははっ!」
参加者への容赦ないブーイングの雨あられ。
他の参加者は皆、手足の無駄毛を処理してなかったり、そもそも体型がゴツかったりで……僕から見てもキモい。
とはいえ僕も似たようなものだろうと思うと、とやかくは言えないだろう。
さっきの演劇部の人たちはよく顔に出さなかったな。
そこはさすがに演技してなんぼの部活動ならではのメンタル、ということか。
「了大くんなら普通にしてれば大丈夫だから。しっかり♪」
愛魚ちゃんはそう言うけど、気楽なもんだ。
僕の出番は最後に来た。
「さて、それでは最後になりました、生徒会推薦枠! 真殿了大くんです!」
司会のアナウンスと愛魚ちゃんの両手に押されて、ステージの中央へ。
くっ……どうせ元々はぼっちのいじめられっ子、ブーイングは慣れっこだ。
ファイダイとかアニメとかの、いかにもなロリキャラを思い出して……なんかそんな感じのポーズでどうだ!
こうか!
「……?」
ブーイングは……来ないな?
でも何やら観客席が騒がしい。
そのうち誰かがスマホを掲げ始めた……って、撮ってるのか!?
際限なく、どんどん増えるスマホ。
鳴り響く、撮影サウンドの不協和音。
地獄絵図か!
「やはり私の目に、狂いはなかったようね!」
いや、生徒会長さんよ……目は狂ってないとしても、頭の方はどうなんだ。
それとも最初からこうなるってわかってたのか……?
舞台袖の中で愛魚ちゃんと固い握手を交わしながら、二人して満足そうにしている。
結局、他の参加者が散々だったのもあって、観客票も集まって優勝となったけど……嬉しくもなんともない……
あとは愛魚ちゃんがミス男装コンテストの優勝をぶっちぎりでかっさらったところで切り上げて、早々に退散した。
その後は愛魚ちゃんにも、個人的に撮られまくったけど……
「了大くん、カワイイよ、了大くん……ぶぇへへへ……」
……気のせいか、笑い声がキモい。
もうどうにでもしたらいいよ……
散々な目に遭った。
文化祭の二日目はバックレることにして、それと月曜日は振替休日だから……
愛魚ちゃんが気が済むまで僕(の女装姿)を撮ったところで、また真魔王城へ。
と、その前に普通の私服に着替えてから。
女装のままで真魔王城に行ってたまるか。
「了大くん、カワイイよ……すっごくすっごくカワイイ……ぶぇへへへ♪」
愛魚ちゃんはいよいよ頭がどうかしたらしい。
さっき散々撮りまくった僕の女装写真をスマホであれこれスライドショーにしては、この有り様だ。
釘を刺しておこう。
「カワイイって言うのやめて」
「もう、了大くんってば恥ずかしがらなくてもいいのに……めんこい♪」
「方言で言ってもダメだから!」
普段、学校で見せてる優等生の言動はどこに行ったんだ。
ちょっと幻滅したぞ……?
「観客席でも見てましたけど、とっても素敵でした♪ はあ……あたし『きゅんきゅん♪』しちゃいます♪」
「ボクも感動したよ。魔王の魔力をまるごと隠す、雛鳥の如き愛らしさ……」
更にヴァイスとクゥンタッチさんまでこの有り様。
もう嫌。
「了大くんの魅力を引き出したシャマルさんのメイクとコーデもお見事でした」
「恐縮です」
そう、今回のことはこのシャマルさんの腕前にもよる。
男装メイクが上手いのはクゥンタッチさんを見れば納得だけど、女装メイクも上手いとは……
「言ってしまえば単純な話さ。このシャマル自身、男だからネ」
「はぁ!?」
な……何だって……全然気づかなかった。
愛魚ちゃんと一緒に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
道理で胸も全然ないわけだ。
「あたしは気づいてましたけど……黙ってた方が面白いかなって♪」
なるほど。
ヴァイスはサキュバスという特性上、相手の性別を見抜くのはお家芸か。
言いふらすことでもないという意味でも、黙っててくれて正解だろう。
「おや、学校の方で何か面白い出来事でも?」
少しも面白くなかったので聞かないでほしい。
それに、ベルリネッタさんは何を言い出すかわからないところがないでもないし。
「了大くぅん、ベルリネッタさんを除け者にするのはダメだよぉ? ぼっちは淋しいよぉ?」
言い方が妙にねちっこい。
愛魚ちゃんは本当、どうしてしまったんだ……
「というわけで。ベルリネッタさん、こちらを」
うわ、スマホの画面を見せた。
撮りまくってさっき見てたスライドショーが……
「まあ! りょうた様にそのような格好を……」
叱ってやってほしい。
けど、そろそろ少しずつパターンが見えてきた。
たぶんこういう場合のベルリネッタさんは叱ってくれない。
「なぜそのままお越しくださらなかったのです! わたくしも直に拝見したかったものを……」
というか僕が悪いの?
嫌だよ。
この際だから、はっきり宣言しておこう。
「もう二度とやりませんからね!」
もうやらないからな。
僕は強くカッコよくなりたいんであって、オカマになりたいわけじゃない。
「ぇえー!?」
「そんな!?」
うわ、愛魚ちゃんとベルリネッタさんが心底ガッカリしてる。
ガッカリしたいのはこっちだよ?
もういいや。
トニトルスさんの所に行こう。
先週の話で来週……つまり今週には、召集した外回りの人たちも集まっているはずだ。
「うむ。皆、集まっておりますぞ。久々の武術大会ということで、腕自慢が名乗りを上げましたのでな」
そう。
僕が思いついて召集をかけた理由は、武術大会の開催。
撚翅や虫の大群に負けないよう気を引き締める意味と、腕前を競い合って更に強くなってもらう意味とで。
皆がどういうスタイルで戦うのか見てみたいし、バトル漫画でもこういう展開ってよくあるし、ね。
さて、例のファイヤードラゴンさんは……?
◎馬子にも衣装
馬に人や荷物を乗せて運ぶ下働きの『馬子』でも身なり次第で下働きとはわからなくできることから、どんな人間でも身なりを整えれば立派に見えること。
孫をかわいがる意味で「孫にも衣装」と書いて使うのは誤り。
ベルリネッタと並ぶダブルメインヒロインの片方のはずの愛魚が、最近なんだか残念な方向のキャラ付けに。
あしたはどっちだ。




