42 一寸の『虫』にも五分の魂
第37話でちらりと出た和風キャラが再登場。
その詳細説明の後、今後の方針についての会議になります。
登校日の帰りにクゥンタッチさんが迎えに来た様子を、クラス委員の富田さんに『腐った目』で見られる……という非常にありがたくない出来事があったものの、また夏休みは続く。
真魔王城に戻ると、反逆者の蜂やあの元・勇者の幼女の処刑は済まされていた。
「りょうた様を苦しめた愚か者どもは、わたくしが確実に仕留めておきました」
ベルリネッタさんが念には念を入れて、しっかりと……
フリューのように、転生もできないように消滅させたそうだ。
時々、ベルリネッタさんはすごく残酷になるけど、それもこれも全部僕だけのためだと思うと、悪く言う気にはなれない。
むしろ、本来なら魔王として僕がそういう毅然とした態度を取れなくてはいけないのを、率先して肩代わりしてくれる。
「ありがとうございます、ベルリネッタさん」
本当に、ベルリネッタさんには感謝ばかりだ。
さて、対勇者戦のことはそれでいい。
今日の目的は……
「あの巫山戯た餓鬼を仕留めて、白黒つけたようじゃな。約束通り、妾について詮索することを許そうではないか」
……この人だ。
一度死んだ僕を助けてくれた、豪華な着物の和風美人。
首筋から胸元のあたりが大きく開いているから、むちむちとした爆乳が半分近く見えていたり、あちこちに華美な装飾をいっぱい着けているから、ギラギラとした輝きがそれらから放たれていたりで、いろいろな意味で目に悪い外見だ。
それはまあいいけど、いくら命の恩人とはいえ『詮索することを許そう』って、どれだけ上から目線なんだろう……
ひとまず、できるだけ丁寧に接しよう。
「改めまして……真殿了大と申します。当代の魔王として、日々修行中の身です」
前に『そなたのことは知っておる』と言われてはいるけど、だからと飛ばすのは、やはり失礼にあたるだろう。
きちんと自己紹介。
「うむ。妾は《蘭花の鳳凰/Orchid Phoenix》……凰蘭じゃ。弟共々《鳥獣たちの主/Beast Lord》として、系統としては鳥やら狼やら豹やら……まあ、空と陸の動物を統べておる」
この凰蘭さんは、ビーストロード。
動物系、鳥や獣か……
あれ?
ということは……?
「黎さんや幻望さんは、鳥ですよね? 凰蘭さんの部下になります? 日頃はベルリネッタさんの指示で動いてるようなんですが」
黎明のセキレイと、幻覚のチョウゲンボウ。
パーシャルという半分解除の状態も見せてもらっているから、これは間違いない。
そのわりに、アンデッドロードのベルリネッタさんの指揮下にいるのは……?
「あれらはこの真魔王城に詰める常駐要員として、妾から寄越しておるからじゃ。阿藍の言い方を借りれば『出向』じゃな」
「凰蘭様と、弟の《鳳椿》様……お二方は常駐ではなく、所謂『外回り』のお仕事を多くこなしていらっしゃいますので、お留守の間の『御用聞き』という意味でもあります」
出向。
業務内容などに応じた人員の融通ということか。
凰蘭さんとベルリネッタさん、ロードの二人に説明してもらって納得。
「しかして、今日は会議ということじゃが……他の奴らはちゃんと顔を出しておるのかえ? あのフリューなどは、どこをほっつき歩いて……」
あ。
凰蘭さんには、フリューが反逆者として処刑された件が伝わってない?
ベルリネッタさんから今、その経緯と後任のデーモンロードがヴァイスになった件が知らされる。
「ふむ、なるほど……まあ、あの小娘の本気の精神攻撃はエグいからのう……存外、フリューよりも適任じゃろ」
真魔王城というか、こちらの次元にはインターネットやスマホやパソコンはないから、情報の伝達はどうしても遅れるんだろう。
そういう意味でも、黎さんや幻望さんの『御用聞き』は重要そうだ。
「そういう話が耳に入るのも遅れるとなると……今後は黎さんや幻望さんとも、もっと色々話すようにしないといけませんね」
「あれらと言えば、じゃ。もう手をつけたのかえ?」
僕が認識を改めていると、凰蘭さんが急に話題を変えてきた。
『手をつけたか』って……エッチしたかって意味!?
「つけてません!」
確かに、二人とも巨乳美少女だし、最初からそういう話もあったし……
興味ないのかと言われれば、正直、あるけど……
愛魚ちゃん、ベルリネッタさん、トニトルスさん、カエルレウム、ルブルム、ヴァイスと、既に六人に『手をつけた』状態。
堕落しないようにと気をつけていた『食べ放題』に、まんまとはまってしまっている。
「そうかえ……あれらもなかなか、魔王の側室にしても恥ずかしくない器量良しと思うがのう。聞いておるぞよ? まるで金棒の如く太く硬い、女をひいひい言わす『お宝』じゃと」
広げた扇で口元を隠しながら、目を細めて笑う凰蘭さん。
というか、ひいひいって。
そういう話はしっかり伝わってるのか。
前にベルリネッタさんが言ってたらしいから、ベルリネッタさんの方を見てみると……
「ええ、言わされましたので♪」
……ええ、言わせましたけれども。
それにしても気まずい。
ここは話題を別の方へ……そうそう。
「それは置いといて、さっき『今日は会議』って言ってましたけど、何についての会議なんです?」
思えば、議題は何なんだろう。
今回は勇者との戦いに勝てたからいいけど、他の敵が現れないという保証はどこにもない。
もっと強い敵が現れたらどうする、お前がしっかりしろよ、みたいなダメ出しは覚悟しておこう。
「うむ。後々の調べで、件の蜂めは傀儡……ロードとしては偽者であったというのがわかってのう。裏で糸を引いておった者、本物のロードがおるという報告と、それを含め虫ども全体への対策、あとは……」
「……先送りになっておりました、りょうた様に『いかにして人間をやめていただくか』という方法の協議となります」
お、おう……
このところ慌ただしくて、すっかり忘れてた。
思えばクゥンタッチさんにも『人間をやめて魔王になります』ってはっきり言ってある。
それがなくても、虫たちへの対策も必要だ。
電子文明の次元なら、殺虫剤とか農薬とかを撒いて対処するんだろうけど……どうするんだろう。
いや、どうするんだろうじゃなくて、僕自身がどうするかを考えろ。
周りにすごい人ばかりだから、ついつい甘えそうになる。
気を引き締めて、会議室に向かった。
会議室には僕と、ベルリネッタさん、クゥンタッチさん、アランさん、愛魚ちゃん、トニトルスさん、ヴァイス、凰蘭さんが集まった。
僕が上座……一番偉い人の席というのは落ち着かないけど。
ここに居るということは、トニトルスさんがドラゴン系のロードなのかな?
「我ら《龍の血統の者》には今、誰がロードという取り決めはありませんからな。こういう場への出席は持ち回りで、とは申し合わせておりますが……イグニスの奴め……」
トニトルスさんの説明。
本当はその、イグニスという人が来るはずだったらしい。
何か予定外のことでもあったんだろうか。
「いやいや、イグニス殿には我が愚弟に稽古をつけてもらっておるのじゃ。政事のわからぬ阿呆な弟じゃからして、ならばせめて腕っ節くらい鍛えてもらえとな、妾から頼んでのう」
「ふむ? 凰蘭殿がそう言うなら、よかろう……イグニスと鳳椿ならば修行馬鹿同士、仲良くやるだろうしな」
さっき、ちらっと名前が出た……ほうちん? さん?
一緒に修行中だからいい、ということらしい。
それなら僕もとやかく言うのはやめよう。
実際、ベルリネッタさんもアランさんも特に気にしてないみたいだ。
「私……ここに出席してていいの?」
愛魚ちゃんの疑問はもっともだ。
ロードなのはアランさんで、いくら実の娘とはいえ愛魚ちゃんには具体的な役職はない。
「愛魚、お前はいつか私をも優に超える力をつけて、次の《水に棲む者の主》とならねばならないからな。今のうちに、場に慣れておきなさい」
そういう考えでのことなのか。
アランさんはなんだかんだで娘思いだ。
ただ実の娘だからという理由だけで世襲させることは決してないけど、そんなことをしなくても実力でやっていけるように、それだけの実力がつくように、あれこれと手を回している。
今回もその一環ということか。
「はぅ……緊張しますねえ……」
ヴァイスはそわそわして、落ち着かない感じ。
そういえば、ヴァイスがデーモンロードになってからはこういう会議なんて初めてだっけ。
まあ、ヴァイスはけっこうおっとりした感じの性格で、自己主張は激しくない方だから……意見や政策に余程の差でもなければ大丈夫だろう。
「では、会議を始めるとしよう」
進行役はクゥンタッチさん。
引き締めるところはきちんと引き締める人だ。
「まず虫どもの対処だけど、ロードだと思われていた蜂の頭の中に寄生虫がいたことがわかってネ。その虫……《撚翅/Strepsitera》の親玉こそが、真のロードだ」
頭の中に寄生虫……
想像したらグロい。
ちょっと鳥肌が立ってしまった。
「思えば変な話でした。メイドに化けて潜入した蝶は《形態収斂》を使えていましたが、ロードが《形態収斂》を使えないなどというのは」
ベルリネッタさんからも補足が入る。
この次元では《形態収斂》で人間の姿に統一しつつ自分の実力を隠せるのが力量の基準、という価値観がある。
その基準に満たない蜂がロードを名乗っていたのは、確かに変な話だ。
「ふむ……寄生虫か。汚い仕事は操った虫にやらせて、自分は安全な場所にこそこそ隠れているわけだな」
アランさんの分析力が光る。
でも、虫たちのロードの正体もわかったばかりというのは何だろう。
こういう風に集まる軍団とは違うのかな?
「我らは魔王直属の《六つの軍団》ですからな。鳥獣、水生、不死、悪魔、宝物、そして我ら龍……虫など何匹集まろうと、雑兵にも数えておりませぬ」
こういう説明は本当、トニトルスさんから聞くとわかりやすい。
でも、宝物って……?
「あの勇者が使っていたような《生きた工芸品》ですよ。今はほぼ壊滅状態ですが、復元したり新しく生み出したりして少しずつ、勢力を戻させております」
リビングアーティファクトの軍団なんてあったのか……
ほぼ壊滅状態とはいえ『ほぼ』ってことは、本当に全滅したわけじゃないってことか。
将来に期待しよう。
「おお、その話が出たついでに。あの餓鬼が持っておった剣も、その宝物としてひとまず、妾の預かりでよいかや?」
勇者が使っていた剣のことだ。
僕は剣の使い方なんて心得も何もなく、よくわからない。
ましてやあのガキみたいに、道具の力で慢心したくもない。
それなら凰蘭さんに預かってもらおう。
不満も異存もないので、この話はすんなりと進んで終わり。
話を戻して……
「で、その……ネジレ、バネ? 撚翅というのは倒すとして、他にも寄生された者がいるかどうか、寄生されたかどうかの見分けはどうするか……」
ここは皆の意見を聞こう。
僕が独断で決めようとしても、いいことはないだろう。
「虫どものあの数をいちいち見分けようと? 時間と人手がいくらあっても足らぬわえ。皆殺しじゃ」
凰蘭さんがバッサリ。
でも、それでいいのかな……
「普通の虫なら寄生に耐えられずに死んだり、そもそも寄生させる価値がなかったりするからネ。対象を妖虫に限定すれば自然環境への影響も軽微だろうから、その上で全滅させるのが一番根本的だろう」
クゥンタッチさんも同調。
城下町を蜂の大群に襲われているから、許す気になれないんだろう。
これについては仕方ない。
「一応、見分けがつく呪文はありますからな。見所のありそうな者に限り、それで選り分けますぞ」
全部は無理だけど、有力者だけは何とかできるかも。
トニトルスさんからは妥協案を出してもらえた。
「しかし、反逆の芽は摘むに限ります。ここは了大様御自らその御威光を示していただくのが、虫どものみならず他の者にも効果的かと」
アランさんは虫たちへの対処だけでなく、その先のことも考えている。
確かに、僕自身がしっかりしないとまた反乱が起きるだろう。
ヴァイスと愛魚ちゃんは特に反対意見も対案もないようで、ほぼ見学状態。
「本来、魔王直々のお手討ちは名誉ある刑罰ですが……」
前にもベルリネッタさんはそういうことを言っていた。
でも今は、一番大事なのは形式じゃない。
「《一寸の虫にも五分の魂》とも言います。返り討ちに遭うどころか、自分自身も寄生されてしまう可能性だってあります。全員、たかが虫と侮る気持ちは捨てましょう」
魔王として集まった全員に通達。
誰だって頭の中に寄生虫なんて入れられたくない。
もちろん僕だってそうだ。
「その上で、まず撚翅、次いでその邪魔をする者を寄生されているかどうかを問わず……殺しましょう」
あんまり言いたくもやりたくもないけど、仕方ない。
やらなければ僕や皆まで寄生されてしまう危険がある。
これは……魔王の責任だ。
◎一寸の虫にも五分の魂
どんな小さな者、弱い者でも、その境遇なりの意地や感情があるのだから決してに馬鹿してはならないこと。
一寸は約三センチメートル。
弱者を侮ることへの戒めや、自分の意地を示すときなどに使う。
新キャラ《蘭花の鳳凰》凰蘭が登場。
『鳳凰』の漢字それぞれに雌雄の意味合いもありますので『凰(=雌のおおとり)』プラス『花の漢字一字』で法則を決めながら「やっぱり魔力のある花と言えば蓮だよねー」などと考えていたら『凰蓮』になってしまい……「オネエパティシエアーマードライダーじゃねぇー!」と、慌てて弟に使っていた『蘭』をこちらにスライド。
名前だけ出た鳳椿(初期は『鳳蘭』でしたが椿に変更)や、イグニスも近々登場させるつもりです。